◆第一話 クビ
全2万5千文字くらいの短編になります。
ラストまで一気に更新します。
「マニャウェル、悪いが僕達のパーティーから抜けてくれないか」
「……え?」
リーダーの放った言葉の意味が飲み込めず、少し間を空けた後、私は問い返した。
その反応が気に障ったのか、リーダー――ハイドは、額に手を当てながら深く溜息を吐く。
困った奴だ、とでも言うように。
「意味が通じていないようだから、はっきり言おう。マニャウェル=ホーク、君には我がパーティー【ヴィザールの靴】から脱退してもらう」
【ヴィザールの靴】。
それが、私の所属するパーティーの名前。
飛ぶ鳥を落とす勢いで功績を上げ、今やこの国で知らぬ人もいないAランクパーティーである。
その【ヴィザールの靴】の拠点の会議室にて、私はハイドから解雇を言い渡されていた。
「ど、どうして? 私、何かとんでもないミスをしちゃった?」
いきなりパーティーをクビなるなんて、知らない内に大きな失敗をしてしまった可能性が高い。
今から取り戻せるかわからないが、皆に迷惑を掛けたのなら、自分で尻拭いをしたい。
そう思ったのだが、ハイドが告げたクビの理由は全く違うものだった。
「そうじゃない。単純に、君は【ヴィザールの靴】に相応しくないんだ」
「相応しく、ない?」
「能力が低すぎんだよ」
そこで、ハイドの座るテーブルの横に立っていた巨漢が言う。
彼はバリテン。
【ヴィザールの靴】の団員であり、ジョブは《重戦士》だ。
「わかってるのか? 他のメンバーは全員がAランク冒険者なのに、お前だけがDランクなんだぞ?」
「それは……」
そんなの、わかっている。
私以外のみんなは、凄い力を持っている。
それに比べて、私は劣っている。
だから、そんな私でも皆の力になれるように、私にできる事でパーティーを支えてきたつもりだった。
「……ノーテとウィグも、同じ意見?」
私は、同席している残りのメンバー達にも尋ねる。
修道服を纏った女性――《僧侶》のノーテは、眉尻を下げて悲しそうな表情を作る。
「大変残念ですが、リーダーのおっしゃる事も一理あるかと……」
その隣、長身で頭部が黒犬の獣人――《獣士》のウィグは表情を変えることなく、まるで興味無さそうに言う。
「オレはリーダーに従うだけだ」
「……もう、私の助けは要らないって事?」
「助け? マニャウェル、君はどれだけ傲慢なんだ」
ハイドの目が――侮蔑と怒りの入り交じった目が、私を睨む。
「むしろ、助けられていたのは君の方だろう。希少な“才能”持ちだっていうから仲間にしてやったのに……言ってみろ、君の才能の名を」
才能。
この世界に生きる人間に、極希に宿る特殊な天稟――文字通りの才能。
才能を持つ人間は限られており、私もそんな才能持ちの一人だった。
……なんだけど、その、私が持っている才能というのが……。
「……《器用貧乏》」
私の口にした単語に、ハイドは更に溜息を吐き、バリテンは声を上げて笑う。
ノーテまで、「ぷっ」と苦笑を漏らしている。
才能――《器用貧乏》。
ジョブやポジションに関係無く、様々なスキルを広範囲で覚えられるという才能。
但し……。
「君のスキルは“成長”しない」
ハイドの言う通りだ。
通常、私達が取得したスキルにはLvが付いており、経験値を積んでいけば成長する。
例えば、《魔法剣士》のハイドが持つスキルで言うなら、《紫電一閃Lv.3》《疾風斬りLv.2》というように。
そして、《器用貧乏》最大のデメリットは……どんなにスキルを磨いても、“Lv.1”より上にレベルアップしない事。
つまり、初歩から成長しないのだ。
「お前の特技は“そこそこなんでもきでる”程度。そんな奴、俺達と釣り合わないって事だ。なぁ、ハイド」
「ああ」
バリテンの発言に対し、ハイドは一切間違い無いというように頷く。
「Aランク冒険者への昇格条件の一つが、『Lv.3に達したスキルを所持していること』だ。僕もバリテンもノーテもウィグも、全員が“Lv.3”の上級スキルを持っている。君だけがお荷物なんだよ」
「それは……わかったよ。でも、何が何でもいきなりすぎない? どうして今になって、そんな理由で……」
「近々、我々【ヴィザールの靴】に新メンバーが加入することになってね」
ハイドはふっと薄ら笑う。
「この街を納める領主貴族のご令嬢だ。とても魔法の才能に長けた方でね、早くから経験を積ませて英才教育を施したいと領主様がおっしゃられていた。ご令嬢が冒険者パーティーへの参加を希望されたとの事で、僕の元に依頼の文が届いたんだ。『我が娘が所属するに相応しいのは、【ヴィザールの靴】以外にはありえない』とまで言っていただけてたよ」
「まぁ! 素敵ですね!」
「流石、リーダー」
ハイドの言葉に、ノーテもウィグも追従するように褒め称える。
「わかるだろ? そんな高貴な方の所属するパーティーに、君のような品位を損なう存在がいたら問題だ」
「……わかったよ」
私は頷く。
追放される理由が、余りにも下らなすぎて話し合う気にもなれなかった。
何より、彼等が私の言葉をまともに聞き入れるはずもない。
もう決定した事を覆す気も無いだろう。
――こうして私はいとも容易く、長年所属したパーティーを去ることになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まったく酷すぎます!」
【ヴィザールの靴】の拠点を去った私は、とりあえず冒険者ギルドに脱退報告をしに向かった。
で、冒険者ギルドで担当の受付嬢に事情を説明したところ――お酒を奢ってくれることになった。
「【ヴィザールの靴】の皆さんは、マニャウェルさんにどれだけ支えてもらっていたのかわかっていないんです!」
「うぅ……ありがとう、ルインさん」
ギルド近くの酒場にて――テーブルの上には軽食と、空いた麦酒ジョッキが並んでいる。
私は向かいの席に座ったギルド受付嬢のルインさんに、感謝の涙を流す。
お酒を奢ってくれた上に愚痴まで聞いてくれる……本当に優しい人だ。
「そもそも、どうしてクビにされたマニャウェルさんが脱退報告をしに来なくちゃ行けないんですか! それこそ、残った人達の仕事でしょう!」
「んー……まぁ、そうなんだけど、こういう雑事は多分ハイド達もやらないと思ったから」
「え、マニャウェルさんが自発的に!? どうしてそこまで……」
「別に、彼等のためじゃないよ。諸々の手続きをしておかないと、一番迷惑を被るのは冒険者ギルドの職員さん達だと思ったからね」
ニコッと笑うと、今度はルインさんが涙目になっていた。
「わーん! マニャウェルさん善い人過ぎますよ! こんな善い人をクビにするなんて、最低最悪ゲロ以下過ぎます、【ヴィザールの靴】! 絶対バチが当たりますよ!」
ルインさんも善い人なんだけどねぇ……時々、素で口が悪くなるからねぇ……。
まぁ、今はお酒も入ってるから、仕方が無いか。
「決めました! 私、絶対にマニャウェルさんを手助けしますから! マニャウェルさんでも受諾できそうな依頼を探してみます!」
現状――私は無所属のDランク冒険者。
しかも、職業は支援中心の《緑魔道士》だ。
複数のスキルを持っているけど、どれもLv.1の初歩スキルばかり。
こんな履歴書では、まともに受けられる仕事も無い立場だ。
「本当にありがとうね、ルインさん」
「任せてください! では、行ってきます! うおーーーー!」
「え! 今から!?」
気合い満々で、ルインさんは酒場から出て行った。
冒険者ギルドは24時間営業だから開いてるとは思うけど……。
「あ、しっかり奢りの代金は置いてってくれてる」
ルインさんがテーブルの上に残していった貨幣を発見し、私は微笑を浮かべる。
「………」
ガヤガヤと騒がしい店の中、一人になって、私は物思いに耽る。
思い返すのは、今までの【ヴィザールの靴】の記憶。
バリテン、ノーテ、ウィグ、そしてハイド……仲間達とダンジョンに潜り、モンスターと戦い、依頼を達成してきた。
彼等との間に軋轢や、壁のようなものは……正直、感じる瞬間もあった。
それでも、仕事仲間としては評価してくれていると思っていたのだ。
「要らなかったのかな、私……」
一人になったからか、一気に気分が落ち込んでしまった。
テーブルの上で腕枕に顔を埋め、私は小さく溜息を零す。
「もしかして……マニャ先輩ですか?」
そこで、頭上から声を掛けられた。
「んー?」
顔を上げると、テーブルの横に一人の凜々しい青年が立っている。
胸当てと肩当て、脛当てだけの簡単な防具。
腰には反りのある長い剣――刀を装備している。
短い黒髪に端正な顔立ち。
「もしかして……ライレオ?」
「やっぱり、マニャ先輩だ! お久しぶりです!」
ライレオ=レッド。
私が昔通っていた、騎士学校時代の後輩だ。
「すごい久しぶりだね、ライレオ。なんだか、立派な感じになっちゃって」
「ハハッ、実は俺、今は冒険者パーティーを立ち上げて、リーダーを務めてるんです」
「え、そうなの!?」
あの真面目なライレオが、まさか冒険者になるなんて。
「絶対、王国騎士団にでも入ると思ってたのに」
「ええ、誘いは受けていましたが断りました。その……先輩に憧れて、冒険者になりたいと思ったので」
「あはは、お世辞も上手くなったね」
私なんかにオベッカ使わなくてもいいのに。
しかし、王国騎士団への入団を蹴って冒険者になるなんて、そんな野心に溢れる子だったんだ。
「頑張ってるんだね」
「はい、先輩に少しでも近付けるように」
ライレオは向かいの席に座る。
そして、キラキラした目を私に向けて来た。
「俺の事なんかより、先輩こそ凄いじゃないですか! 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの、あのAランクパーティー、【ヴィザールの靴】の一員なんですから!」
「あははっ……まぁ、そのパーティーから今日クビを宣告されたんだけどね」
私の言葉に、ライレオは「く……び?」と硬直する。
「そんな……どうして」
「私じゃ、見劣りするんだって。しょうがないよね。一人だけDランク冒険者で、しかも《器用貧乏》なんていう将来性のない才能持ちだし」
でもねぇ……と、私は続ける。
お酒が回ってきたのか、急激に眠気が襲ってきた。
判然としない意識のまま、思った言葉をただただ口にする。
「私なりに頑張って、みんなの役に立てるように努力してきたんだけどな……」
「……先輩、履歴書はお持ちですか?」
「え?」
履歴書とは、冒険者ギルドに提出する、冒険者としての能力や経歴を纏めた書類である。
基本的にはギルドが管理し、控えは冒険者に渡される。
持ち歩くか否かは個人の自由だが、私は持ち歩いている。
「うん、一応」
「失礼ですが、拝見しても」
「……うーん」
立派に成長した後輩に、落ちぶれた先輩の履歴書を見せるなんて、何だか恥ずかしいけど……。
私は、ライレオに「はい」と、履歴書を渡す。
ライレオは私の履歴書を真剣な表情で読む。
そして、驚いたように目を見開いた。
「う……あまりじっくり見ないでね、恥ずかしいから」
「……先輩、うちのパーティーに入りませんか」
「へ?」
ライレオが、私の手を取り、目を真っ直ぐ見詰めてくる。
冗談を言っている雰囲気ではない。
「正直、まだまだ実績も何も足りていない、積み上げ中のDランクパーティーです。派手な活躍を見せ続けて、爆速で成り上がった【ヴィザールの靴】に比べれば物足りないかもしれません。でも――先輩が入ってくれたら、この上なく頼もしいです」
「………」
こんなに、人から必要とされたのはいつぶりだろう。
【ヴィザールの靴】では無かった経験……。
いや、もしかしたら、初めての事かもしれない。
「……うん」
私は頷き――。
「……先輩? 先輩!? 大丈夫ですか!?」
――そして、何だか気持ち良くなって、そのまま意識を手放した。