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悠久の機甲歩兵・夜光  作者: 竹氏
特殊部隊
49/79

第49話 仕様変更

 広いエアダクトの格子をひっぺがす。

 ガシャンとそれなりの音が響いたが、非常誘導灯だけが光っている部屋の中で、何者かが動く様子は無い。

 それを確認してから、俺はゆっくりと兜を覗かせた。


「ルームクリア」


 軽く手招きをすれば、打ち合わせ通りに犬猫が脇を通り抜けて左右を警戒し、シューニャが俺のすぐ後ろについた。

 広い空間に出たからか、同時にファティマとアポロニアが耳をくるりと回す。


「外が騒がしいッスね」


「ああ、どっちかは知らねぇが、こりゃしくじりやがったな」


「そうなった時の為に、ボク達が居るんでしょ」


「分かってんならいい。アホ共が押し寄せてくる前に、サッサと仕事を片付け――待て」


 作業を始めようと、手はず通りに1歩踏み出したシューニャを、タクティカルグローブに包まれた手で制する。


「どうかしたッスか?」


 訝しげに振り返るアポロニアに返事もせず、俺は手近な分電盤から伸びるケーブルに視線を落とした。


「離線されてる……?」


 スリットの向こうに見えるのは、錆び付いた丸型端子。何にも繋がらない太い線が、床に散らばったガラクタの上に垂れ下がっていた。

 それを視線で追ってみれば、壁は鉄骨の下地が露出したまま。梁からはロープで電源ボックスがぶら下げられ、その横には簡易的な投光器が立ち尽くしている。

 そのどれもが表している答えは、俺の乾いた頭の中に1つしかない。


「お、おいおいおい、なんだよこりゃあ。どれも仮設のまま放置されてんじゃねぇか! こんなもん破壊したところで何も――」


「ご明察」


 突如、目の前が白く染まる。

 浮かび上がった複数の人影に、小さく存在しない舌を打つ。

 俺たちはバイオドールの持っていた確度不明の情報に、まんまと誘い込まれたのだと。


「嫌な話だよねぇ。建設中に仕様変更があって、構造をやりなおし。でも元の設計には入っていないから、パズルは上手く完成しなくて、こんな風に放置された部屋ができる、なんてさ」


 ゆらりと顔を上げた俺に少し遅れて、犬猫も武器を構え直す。


「……てめぇ、旧世代の人間か」


 喋っているのは中央の人影だろう。声質からどうにも優男的な印象を受ける。

 ただ、周りを武装したバイオドールと、数機のマキナに囲まれて肩を竦めるあたり、印象通りとも思えなかったが。


「少なくとも、見た目はそうだね。君も変な兜のせいで蛮族かと思ったけど、昔話が通じてるようで何より」


「だったらなんだ。茶でも淹れてくれるってのか?」


「そりゃいい、荒事は好きじゃないんだ。武器さえ下ろしてもらえるなら喜んで」


 パッと手を広げてみせる人影。その余りに軽薄な雰囲気に、俺はカタリと顎を鳴らした。


「勝ち誇った面ァしやがって。気に入らねぇぜ」


「どうするッスか……?」


「いつでもいけますよ」


 アポロニアがグルルと喉を鳴らし、ファティマが薄い笑みを浮かべる中、俺は彼女らに何も言わない。

 行動でのみ示す待て。しかしどうやら、優男には理解できなかったらしい。


「おいおい、短気はよしてくれよ。せっかく会えた同盟国の盟友だろ」


「ぁあ? 人様の庭まで踏み荒らしに来た奴が、同盟だ? 盟友だと? 随分ハッピーな頭してやがんな」


 光に慣れ始めた視界の中、神妙な面構えの優男にグローブの指先を突きつける。

 俺の肩書きには、既に夜光協会以外の文字は無いのだ。


「どうしても、かな?」


「先に吹っ掛けてきたのはそっちだぜ。話がしてぇならまず頭下げんのが筋ってもん――」


 頭で鐘がなったようだった。

 体が宙を舞う感覚。この所、何度か似たような経験をした気がする。

 だからだろうか。床を転がっていく最中にあってもなお、揺れる視界の中で意識が留まっていたのは。


「ダマルさん!?」


「こいつ、やりましたね!!」


 たちまち激しく殺気立つ犬猫にも、男は動じていないのだろう。硝煙を上げる拳銃を片手にしながらも、まるで他人事のように、困った困ったと首を振る。

 向こうはマキナ連れの上に多勢、こっちは生身3人と骨身1体とくればそれも当然か。


「いや悪いね。こんな方法、ホントは好きじゃないけど、俺も聖人じゃないからさ。まぁそゆことで、残った子達はできるだけ生け捕りに、よろしく」


『捕縛優先命令を確認、戦闘開始』


 アイユニットを光らせ、青金が動き出す。バイオドール共も同様、一斉に銃口がこちらへ向けられた。



 ■



 咄嗟によくわからない棚の後ろへ跳び込めたのは、あるいは訓練の賜物という奴かもしれない。

 ボクとアポロニアが床へ身体を転がせてから、きっと瞬きする間もなかったと思う。とても目では負えない火花の雨が、そこかしこに飛び散った。


「うわわわっ!? あいつら、この部屋ごと吹き飛ばすつもりッスか!?」


「ごちゃごちゃ言ってないで撃ち返して下さい!」


「簡単に言うなッス! 手数が違い過ぎるんスよ!」


 頭を出す暇もない、と叫ぶアポロニア。ボクでもそんなことくらい分かるのだが。

 あの影みたいな男は捕縛なんて言っていたが、この様子では捕まえる気なんて本当はないのだろう。昔のジュウという奴が直撃すれば、人間でもキメラリアでも関係なくほとんど死んでしまうのだから。


「でも、このままじゃ逃げることも――あっ」


 はたと目についた。宙に床にと輝く攻撃の中、ちょうど反対側の棚の影に転がっている白いソレ。

 きっと撃たれた衝撃で転がり落ちたのだろう。相変わらずどういう仕組みなのかサッパリ分からないが、兜を失った黒い眼孔はこちらを見ていた。


 ――ダクトの中へ、放り込め。


 倒れ伏したままの身体がジワリと指を伸ばし、声を発さない顎をカタカタ震わせて訴える。

 自信はなかった。多分そんな感じだろう、というだけで。

 けれど、ボクには今を打開する方法なんて思いつかない。武器を振り回すことはできても、考えることはそんなに好きじゃないのだ。

 大きく息を吸う。するとほんの一瞬、火花の数が減ったように思えた。


「……えぇい! いちかばちか、です!」


「ちょっと!? 今何て言ったッス――げえっ!?」


 ミカヅキを盾にする形で構えたボクに、アポロニアは唖然としていたように見えた。けど、踏み出してしまえば止められない。足に込めた力に任せ、棚の影から影へと大きく跳んだ。

 剣の腹で火花が弾け、握りこんだ手に痺れが走る。


「あちちっ――う゛ッ!?」


 跳んでいる最中に撃たれたせいか、上手く着地できず謎の棚に背中から突っ込む。

 二の腕に走る熱さは、きっとダンガンが掠めたからだろう。薄く血が伝っていたし、衝撃のせいで頭もぐらぐらしていたけれど、どうやら影に飛び込むことはできたらしい。

 ただ、自分の目測は正しかった。目の前に、死の象徴が転がっているのだから。


「ふー……今のは、ほんと、死ぬかと思いました」


「こ、こんのバカ猫ぉ! 何にも言わずに飛び出す奴があるッスか!」


「全くだぜ。無茶しやがって」


 キャンキャンカタカタとやかましい人達だと、深く息を吐く。ボクだって痛いのは嫌いだし怖くないなんて思ってはいない。

 ただ、躊躇っている余裕がないだけ。


「呼んだのは誰ですか。言っときますけど、加減しませんからね」


「恨みゃしねぇよ。やれ――ア゜ッ」


 そう言うからには躊躇わない。勢いよく眼孔に指を突っ込み、壁から生えている()()()とかいう入口目掛け、身体ごと腕を大きく後ろへ捻った。


「しゃあっ!」


 ヒョッと音を立てて飛んでいく髑髏。どうして下顎が取れないのか不思議だが、ともかくダマルさんの本体は、激しい攻撃の中でも綺麗に()()()の中へと吸い込まれていった。

 ふぅ、と一息。あの中にはまだシューニャが居るはずだから、きっと何とかしてくれるだろう。

 問題はこっちの方だが。


「それで、これからどーしますかぁ?」


「自分に聞かれても困るッス!」


 大声の会話は、多分相手にも聞こえていただろう。一応武器こそ構えていても、こっちはほとんど手詰まりだ。

 にも関わらず、不思議なことに攻撃がピタリと止まった。ボクなんかは、まきなが迫ってきたところで後ろから叩き切ってやろう、とミカヅキをしっかり構えていたのに。


「あー、そこのお嬢さん方? はじめといて悪いんだけど、もう1回だけ武器を降ろして話をしないか? どうしても聞かなきゃならないことができたんだ」


 アポロニアと顔を見合わせる。

 もしかすると、ボクたちはとても運がいいのかもしれない、と。



 ■


 狭い空間を這いながら、いくつか角を曲がって曲がって登って降りて。

 あんなにも激しかった戦闘の音は、離れて間もなく聞こえなくなった。

 嫌な想像が頭を過ぎる。ただ反響が届かなくなっただけ、と思いたいが。


「悪ぃな、運んでもらっちまって。そこ右だ」


 ポーチに繋がれた髑髏は、特に気にした様子もなくカラリと顎を鳴らす。


「どうするの?」


「電気系の中枢設備を見つけるか、じゃなきゃマハ・ダランを直接ぶっ壊すしかねぇ」


「けど、これではファティ達を囮にしているようなもの」


「さっきの状況じゃ、あれがほぼ最前手だ。それに、あの男が俺の想像通りの古代人なら、どうにかアイツらから情報を聞き出そうとするだろうしな」


「確証がある?」


 私はさっきの状況がよく見えていない。だから、ダマルが慌てていないなら、きっと大丈夫だとは思うが、それでもついつい質問を重ねた。


「結果的に貧乏くじなのは認めるぜ。尤も、俺たちがマシとも限らねぇが――静かに」


 光の零れる隙間で影が動く。足音から察するに、何らかの集団が通過しているらしい。なんならバイオドールらしき声も聞こえてきた。


『非常事態レベルB、潜水艦用エアロックに損害発生。水中ドッキングエリアに浸水を確認。侵入者の可能性あり、最優先で対処せよ』


『D-50-0429、コピー。分隊、初動対応開始』


 敵連中はこちらの存在に気づいた様子はなく、重なる足音の群れは次第に遠のいていった。

 ほぅ、と息を吐く。自然と緊張していた身体からも、一気に力が抜けてくれた。


「どうやら、ルウルア達が仕掛けたようだな。都合がいいぜ。降りれるか?」


「その前に、緊急用の通信を使うべき」


「……リスクは高ぇぞ」


「既に想定していた作戦は頓挫している。私たちはまだ気付かれていないにしても、このまま動くのは危険」


 私の存在は、まだ敵に気付かれていないかもしれない。だが、ダマルの頭が()()()に放り込まれた瞬間は、確実に見られているだろう。

 何より、私と喋る頭蓋骨だけでは、何者ともまともに戦えない。いくら囮が複数存在していても、敵と鉢合わせてしまえば結果は同じ。その時点で降伏する以外の選択肢が消え失せる。

 ならばせめて、と振り向かずに提案すれば、ダマルは少し考えてから、無線頼むと小声で言った。


「ウェザーインフォメーション、今日の天気は曇のち雨。大雨注意報が発令中」


 兜を失ったからだろう。頭蓋骨は私が近づけたレシイバァに向かって、よく分からないことを喋る。

 意外にも、返事はすぐに返ってきた。


『明日未明にかけて前線が急速に近付く。外出は控えるように』


 それもまた、全く理解不能な内容だったが。


「……なんて?」


「どっかに隠れて待ってろってよ。どうやら向こうは無事みたいだな」


「言葉の意味が、全然分からなかった」


「暗号ってのはそんなもんだろ。まぁ、付け焼き刃的対策なのは否めねぇが」


 内心少しムッとする。隠語の類を使うのは分からなくもないが、それならせめて身内にくらいは教えておいて欲しい物だ。

 しかし、髑髏は私の不服に気付いた様子はなく、それ外せ、と指示を出してくる。

 格子ではあるものの、どうやら大した強度はないらしい。2、3回ガンガンと叩けば大きく亀裂が走り、最後にもう1発叩けば、音を立てて床へと落ちた。

 生まれた隙間から腕を伸ばし、逆さまになった髑髏を覗かせる。


「通路クリア。誰も居ねぇ」


「んっ、しょ」


 頭だけのダマルをベルトに繋ぎ直し、私は隙間に身体を滑り込ませる。

 きっとファティなら何処に掴まらなくても跳び下りられるだろうが、身長も低い上に運動も得意ではない私では、足をぶらぶらさせながらゆっくり行くしかなかった。


「落ちんなよ。怪我すんぞ」


「わかって、る……っとと」


 どうにかこうにか、よろけるだけで尻餅をつくこともなく着地したことに、ダマルはふぅと安堵の息を漏らす。内心、私も同じ気持ちだったが。


「よし、とにかく隠れねぇとな。とりあえずこの辺の部屋なら――」


 髑髏はどうやっているのか、ロープに括られたまま器用にぐるりと頭を回す。

 周囲にはいくつも扉があったが、しかし何処に入れば見つかりにくいかなんて想像もつかない。

 加えて私の耳には、とてもとても嫌な音が聞こえた気がした


「だ、ダマル、今の……」


「あん?」


 頭蓋骨の正面がゆっくりと私の見ている方向へ戻ってくる。

 耳がいい訳ではないし、勘が鋭い訳でもない。だが、今の音は杞憂なんかではなかった。

 通路の角から覗いた足先に、小さく唇が震える。なのに声は出ない。

 悠然と姿を現したそいつは、私とダマルに正対するやギラリと目を光らせる。

 見たことのない、まきな。


「おまっ……跳び込めぇ!」


「うあああっ!?」


 最早選んでいる暇など無かった。とにかく、必死で1番近くにあった扉目掛けて床を蹴っただけ。

 独りでに開く扉が、私を受け入れてくれたのは不幸中の幸いだった。閉まりゆく扉の向こうに見えた通路には、激しい攻撃の嵐が吹きすさんでいたのだから。


「い、生きてる……私?」


 頭を抱えながらそんなことを呟けば、途端に腰で髑髏が叫ぶ。


「ボーッとすんな! 早く立て! 扉ロックしろ!」


「わわ、分かってる!」


 ぐらぐらする視界が治るのを待つ暇もなく、縋りつくようにジドウドアのタンマツに触れた。

 緑色に浮き上がっていたジドウカイホウの神代文字が、赤色のセジョウチュウに切り替わり、扉はまた独りでに閉じる。

 最後にチラとまきなが見えた気がしたが、それは左右から生えてきた金属の壁によって視界から消えていった。

 鼓動が早く呼吸が短い。嫌な汗が体のあちこちから噴き出した気がする。


「間に、合った……?」


「間一髪だぜ。だが、今の機体は――」


 ダマルが何か言おうとした瞬間のこと。


「ひぅ!?」


 激しい音が部屋中に響き、金属製の扉が大きく変形する。

 神代の物だからと言って、全てが強靭だなんてあり得ない。そんなことくらい、私だって分かっていた。

 それでもまさか、紙を折るかように真ん中から扉がひしゃげていくなんて考えもしない。


「くそっ! 走れシューニャ! こんな扉じゃ時間稼ぎにもなりゃしねぇ!」


「で、でも、この部屋は行き止まり!」


「いいから動くんだよ! 止まったらそれで――」


 大きな机と棚だけが置かれた部屋には、隠れる場所も逃げる先もない。

 それでも、私は言われるがままに足を動かしていた。まきなのジュウがこちらに向けられる瞬間まで。


 ――もしかして、死んだ?


 あれの威力は知っている。たとえ神代の鎧を着ていたとて、人間くらい簡単に血煙にできてしまう、トツゲキジュウ。

 不思議と、怖いより先にごめんなさいが浮かんだ。

 それは上手くできなかったことをタマクシゲの皆に対して、あるいは親不孝となったことを司書の谷に暮らす家族に対して。

 何より、せっかく癒えつつあった心の傷を、新しくキョウイチに背負わせてしまうことに対して。

 最後の抵抗に、躓くような恰好で床へ転がる。きっと何の意味もないけれど。

 頭上を1発の弾丸が通り過ぎた気がした。


『おおおおッ!』


 しかし、その後にやってきたのは死を告げる痛みでも冷たさでもなく、激しい衝突音。


「キョウ、イチ……?」


 返事はない。

 ただ、絡み合った2つのまきなは激しく火花を飛び散らせ、部屋の中を破壊しながら突き進み、最後に窓のある壁を突き破って薄暗い広間へと落ちていった。


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