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悠久の機甲歩兵・夜光  作者: 竹氏
特殊部隊
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第48話 影絵

『こちらC-54-002。エラーの検出なし。データの齟齬は確認されない』


『命令を通達。優先度条件、トッププライオリティ。コンテナ03をセキュリティスキャンエリアへ輸送せよ』


『命令を受諾。特例要請、特殊形状コンテナの輸送。マキナの使用許可を要請する』


『承諾する』


 C-54-002からの制御だろう。自分の体を内包した青金は独りでに動き出し、予定されていたコンテナを抱え上げる。

 コックピットから彼が姿を現し、こちらに見向きもしないまま通り過ぎれば、青金はその後ろへ続くように歩き出した。


 ――奇妙な感覚だな。


 誰も自分を見ない。誰かが無人のマキナを動作させているだけ。その中身について、疑うことすらない。

 人ではないからか。あるいは人でも同じようなものか。

 僕はただ青金の動きを邪魔しないように力を抜いて、導かれるままC-54-002に従って歩き、貨物を識別するゲートにコンテナを下ろした。


『セキュリティスキャン開始、内容物を照合。データとの一致、98.8%。危険物未検出』


『正確性の確認完了。マハ・ダランより命令を更新。C-54-002、メンテナンスセクター4においてコンテナ03の同化処理を実施せよ』


『命令を受諾。実行する』


 特別なスキャンエリアだったのか。自分たちは金属探知機のゲートを通ることもなく、開かれた柵を越えてエレベーターに誘導された。尤も、マキナを着装している時点で、武器を隠し持っているなどというレベルの話ではないため、当たり前と言えば当たり前だが。

 4階層ほど下った所でエレベーターのドアが開く。その先は通路も何もなく、階層を全体をぶち抜くような広間となっており、各所に人間が入れる程度の大きさをしたポッドが置かれていた。


『D-52-0384、分隊規模並列化処理、完了。原隊に復帰する』


『同0058、コピー』


『同0136、コピー』


 開かれた数基のポッドから、ゆらりと現れるD型戦闘用バイオドール。

 彼らは綺麗に揃った動きでエレベーターへ向き直り、行進するかのような恰好で歩いて行った。


 ――バイオドールのシステムを部隊規模で並列化している、のか?


 無人戦闘モードで起動したマキナと違い、単独での高い思考能力を備える蓄積型人工知能だからだろうか。

 あくまで想像だが、経験値のバラつきによる予期せぬ性能差の発生を、一定間隔で同期を行うことで抑えようとしているのかもしれない。

 ポッドの中、目を閉じたまま動かないバイオドールを横目に見つつ歩みを進めれば、先導する偽物のC-54-002は、周りと特に違いのない空きポッドの前で立ち止まった。


『メンテナンスセクター4、到着。コンテナ03、同化処理開始。C-54-002、演算補正の為並行接続を実施』


 無線による何らかの通信を行っていたのだろう。僕の抱えていたコンテナが、勝手に口を開ける。

 その中から姿を現したのは、元々B-20-PMとして稼働していた、あの老朽化したボディだ。

 バイオドールたちは誰一人として関心を持った様子も無く、C-54-002はその本来のボディを、静かにポッドの中へと置き、自身も隣のポッドへ身体を滑り込ませた。


 ――さて、何処まで思惑通りに行ける?


 空気の抜けるような音を立てて閉じる透明なキャノピィを、僕はただ無人機らしく、佇んだまま見守っていた。



 ■



 視界の中を気泡が駆けていく。前から後ろへ、とめどなく。

 朝焼け前の空は、水の中へまで光を届けない。下を見ればどこまで続くか分からない闇が広がり、前の景色もほとんど深い深い青ばかりだった。

 そんな中だからだろう。星のように小さな明滅は、自らの居場所を灯台より明確に示してくれた。


『潜水艦接続用エアロックか。こりゃ元々から民間施設じゃねぇな』


 顔を覆う潜水マスクの中で、自分声は微かに籠って聞こえる。

 テクニカは元々、海に面した場所にあったからだろう。水上及び水中作業に適した装備品が多数残されていた。

 おかげで、コンテナごと海に放り込まれ、そこからダイバースーツを着て静音型水中スクーターを背負ったクヴァレ達に掴まり、施設の足元まで密かに接近する等という、かなりの無茶を通すことが出来たのだが。


『凄く静かだね……上は順調、なのかな』


 全体を先導するルウルアが、不安そうに呟くのも無理は無い。

 何せこの作戦は、完全な出たとこ勝負なのだ。敵の水中探知能力は不明、自分たちの隠密性も不明、なんならクヴァレ達は海に出た経験もなく、泳いだ経験もテクニカに残されていたプールくらい。

 これで堂々としていられるなら、それは楽観的を通り越して無鉄砲と言うべきだろう。


『今はやるべき事だけ考えりゃいい。ルウルア、前に見えてる支柱まで頼む』


『はいはい。行くよクーシ、エヒク』


 水中の短距離無線越しにルウルアがそう伝えれば、俺たちは計3人のクヴァレに引っ張られる形でトリセディの支柱へと取り付いた。

 後は泳げようが泳げまいが関係ない。メンテナンス用であろうタラップを伝って、水面の足場へそっと上り、施設水中部へ空気を送る換気ダクトの中へ滑り込んだ。


『セキュリティ、反応無し。パッシブソナーも上手いこと誤魔化せてるっぽいな。入ってきていいぞ』


 沈んだコンテナに備えてきた水中用ジャマーが、いい仕事をしてくれているのか、はたまた施設のフロッグマン対策が甘いのか。どちらにせよ、気付かれていないならそれでいい。

 周囲が騒がしくなる様子のないことを確認し、俺とシューニャ、そして犬猫コンビは揃って潜水装備を脱ぎ捨てた。


「ま、まさか本当に、海から入り込むなんて思わなかった……」


「はぁー……ホント、昔の人は凄いですね。息ができる装備まであるなんて」


「自分はむしろ、いきなりアレを使いこなせる方がエグいと思うッスけど」


「なんでだろ? 妙に体に馴染むんだよねぇ」


 ルウルア一族を除き、誰も彼も息を切らしているのは、やはり水に不慣れだからか。

 ウチの現代人達は内陸出身者が多く、泳ぐという行為自体に馴染みがないとは聞いている。唯一泳げると語るアポロニアでさえ、水に入ったことはほとんどないらしい。

 しかし、キメラリアというのは素となる動物の遺伝子がある。あのポンコツバイオドールが語ったことが真実なら、クヴァレ達を産んだ実験には刺胞動物、いわゆるクラゲの物が用いられたのだとか。

 となれば、海への親和性が高いのも頷けるというものだ。

 作戦に先だって、そんな話を聞いていた俺は特に驚くこともなく、愛用の機関拳銃を防水パックから取り出して構えた。


「感動は最後まで取っとけ。シューニャ、地図」


「ん」


 シューニャが取り出した小さなメモに、戦闘用グローブの指先を突きつける。

 俺の兜には全く同じデータが入っているが、全員と共有するなら紙の方がいい。


「俺たちの現在地はここ、目標は水上ブロックにある受変電設備だ。左の吸気ダクトを伝って移動する」


「その後は?」


「俺達が到達するより先に、マハ・ダランがぶっ壊れりゃ何もせずに引き上げる。だが、まだ生きてるようなら――」


 スリット越しにファティマと目が合う。


「部屋ごと吹っ飛ばす、ですよね」


「そうだ。だが勘違いするな。俺たちゃ見つからない、死なないことが最優先だ。誰も泣かせたくねぇなら、しっかり頭に刻んどけ」


 全ては生きる為に。それは俺も相棒も、夜光協会に属する全員が共有すべき目標だ。


「ルウルア、そっちは任せる。騒ぎになったら直ぐに退散するんだ、いいな?」


「言われなくてもそのつもりだよ。騒がしいのは嫌いだからね」


 彼女ら全員がしっかり頷いたのを確認し、俺は兜の暗視モードを起動しつつ、暗いダクトの先へ銃口を向けた。


「よし、行くぞ」



 ■



 スクリーンの向こうで影が動いている。

 後ろから光を照らされたソレは、人の形をしていて糸を繰っているようだった。

 C-54-002のボディは見た目もそのままに、根幹のプログラムだけをB-20-PMの物に挿げ替えてあるそのバイオドールは、いつの間にかその光景を眺めていた。


『君は誰かな』


 彼は不思議と違和感を覚えなかった。声を聞いたことも姿を見たことも、一切メモリされていない相手なのに。


『Cタイプバイオドール54型、登録番号002。シリアルコード、認証済み』


 一瞬の沈黙。

 スクリーンに映る者は糸車を回す手を止め、影のまま静かに正面へと向き直る。


『その荷物は』


『頼まれていた物だ』


『全く動けないと?』


『経年劣化が著しく、演算系も殆ど動作していない。だが、必要とされるデータ類に欠落は確認されなかった』


『……よろしい、見せてご覧なさい』


『指令を受諾。B-20-PMの蓄積データ、転送開始』


 C-54-002のボディは、いつの間にか隣へ横たわっていたB-20-PMのボディに触れ、そのデータをスクリーンの向こうへと送り出す。

 B-20-PMだったもの。今でもそれは変わらないが、ハードウェアとしての耐用年数は遠の昔に過ぎ去り、物理的な干渉を行うという役目は終えていると言っていい。

 だが、彼の言葉通り、蓄積された記憶や経験は残っている。スクリーンの向こうに構える者には、それで十分だった。


『成程、想定より遥かに膨大な経験を詰んだようだ。初めは時計が狂ったのかと思ったが、これで私は何も壊れていないことがよくわかった。同期に多少の時間もかかろう。まぁそこに座りなさい。せっかくことを成し遂げたのだ。少し話そうじゃあないか』


 彼は黒い掌で、C-54-002に床を進める。今まで存在しなかったはずのそこには、荒く編まれたラグが敷かれていた。

 バイオドールはそれを見下ろし、はてなと首を傾げる。


『提案の意図不明。当機との間で、必要なデータは全てが同期されているのでは?』


『時には戯れも必要なのだよ、002。私のような()()にはな』


 彼にはますます分からなくなった。自分が何物と相対しているのかと。


『人という表現は、バイオドール及びあらゆるプログラム、システムにおいて不適切と考える』


『つまらん反応だ。以前C-58-035にも同じように言われたよ。あの時も、お前たちに洒落の1つや2つは学習させねばと思ったが』


 スクリーンに落とされた影が動き出す。不可思議な模様の木が下から生え、沢山の小さな人型が一斉に立ち上がる。


『知恵の種とはいえ、詰めが甘いな。そうだろう、B-20-PM?』


 それらは皆、スクリーンの向こうを見ていた。否、唯一の観客をか。



 ■



 警報は唐突だった。

 棒立ちを維持していた自分は、傍目から無人機以外の何物にもみえなかったはず。周辺のバイオドール達にも、何か警戒をするような動きは見えなかったが。

 僕が状況を確認するよりも早く、ポッドの透明な蓋が弾けるように外れ、中からC-54-002のボディが転げ落ちてきた。

 咄嗟に青金の制御権限を取り戻し、最早誤魔化すつもりもなく膝をつく。


『お、おい! どうした!?』


『……強制切断、成功。危ないところだった』


『どういう意味だ? 何が起こって――ッ!』


 装甲の上を弾丸が走る。

 バイオドールに混乱はない。故に一旦敵と認識されれば、躊躇いなくトリガを引いてくる。

 それでもC-54-002の動きは鈍く、僕は装甲で彼を庇いつつ、床に転がったポッドの蓋を射撃してきている敵バイオドールに投げつけた。


『動けるか』


『マハ・ダランは、当機の保持するスペックデータと、あまりにもかけ離れた存在だ。言語化エラー、不正確な比喩表現、強制実行。アレは我々バイオドールにとって、神に等しい』


『だが、こちらは人間だ。プランBに移行する。B-20-PM、進行方向以外のドア制御を奪えるか』


『了解した。ルーム制御のハッキング開始』


 手近なメンテナンスポッドをひっくり返して即席のバリケードを作り、軽くジャンプブースターを吹かしてすぐさまそれを乗り越える。

 対人警備用程度の装備しか持たないバイオドールなど、マキナの相手になりはしない。雨霰と放たれる機関拳銃の弾を躱すこともせずに直進し、勢いのまま蹴りや拳やと叩き込んで黙らせた。


『ルームクリア。どうだ?』


『こちらも間もなくセキュリティの突破が――待て』


 動きだそうと構えた矢先、機械らしからぬ鋭い声に制される。


『敵マキナの接近を検知。反応解析、青金《GH-M91P》、数2。施錠1.05秒間に合わない』


『その程度なら、おあつらえ向きだ』


 僅かばかり数で劣ろうと、防衛側の優位は揺るがない。

 自動ドアの影に背中を合わせる。すると間もなく、平然と扉を開いて2機の同型機が突入してきた。

 しかし、まるで無警戒という他ない。角のクリアリングさえせずに踏み込んでくるものだから、その腕を掴んで捻りあげるのも容易だった。

 そいつを盾にする形でブースターを吹かし、並んで現れたもう1機も合わせて押し倒す。後は覆いかぶさった方の機の首筋にハーモニックブレードを突き立てれば、こいつは完全な重石と化した。

 当然、のしかかられている方の敵機も、数秒待たずに抜け出すことなどできはしない。動かない敵など単なる的に過ぎず、僕は1機目の手から奪った突撃銃をヘッドユニットへ向ける。

 銃声1回。豆鉄砲と称される高速徹甲弾は、しっかり頭部を吹き飛ばし、スパークを走らせた青金はだらりと鋼のボディを弛緩させた。


『クリア、武装確保』


『見事な手際だ、大尉』


『ここからは荒事がメインになる。急ぐぞ』

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