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悠久の機甲歩兵・夜光  作者: 竹氏
特殊部隊
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第46話 動きやすさを求めた結果なんです

 ぶーらぶーらと揺れる尻尾。時々その先端を手の甲に当ててくるのは、多分わざとなのだろう。


「結局、ヒスイは置いていくんですか?」


 ペール缶のような管理ロボットに腰を下ろしたファティマは、やや遠くに見えるメンテナンスステーションを眺めながら呟く。


「だぁから、こいつを読んどけっつったろうが。シューニャのお手製だぞ」


 パシン、とクリップボードを叩きながら歩み寄ってくる骸骨鎧。そこに挟まれているのは、遠足のしおりと書かれた、いわゆる作戦手順書だ。言わずもがな、余計な表題を書き足したのはこのアンデッドだろう。


「ちゃんと読みましたよ。途中で眠くなって寝ちゃっただけで」


「何処が()()()()だ何処が。いいからさっさと着替えてきやがれ。シューニャ達はもう行ってるぞ」


 ダマルが追い払うようにガントレットを振れば、ファティマははぁいと気の抜けた返事を残し、どうやっているのか器用に管理ロボットを操って、ブーンとロッカールームの方へ消えていく。


 ――昔あったなぁ、ああいう動画。猫が自動掃除機に乗ってる奴。


 まさか人型の存在でそれを見るとは思わなかった。なんて、至極どうでもいい思考を、呆れたようにため息を吐く肉のない相棒を前に切り替える。


「最終の仕上げは間に合ったのかい?」


「カッ、俺を誰だと思ってやがる。アレの整備くらい身体が覚えてらァ。お前の方こそどうなんだ?」


「君と同じで、身体に染みついているさ」


 ターレットトラックが牽く荷台の上。やや傾斜して乗せられた懐かしい機体が、ちょうど目の前をゆっくりと通り過ぎていく。

 青金は黒鋼の輸出用廉価版。だが、外見は装甲部の塗装こそ異なっていても、それ以外は完全に瓜二つ。

 昨日、動作試験で着装したが、その時はまるで久しく乗っていなかった自転車に跨るような気分を覚えた程だ。

 尤も、企業連合の機甲歩兵であった者なら、その8割以上は僕と同じ感想を抱く気もするが。


「これで特殊部隊仕様《C-2型》なら、完璧だったんだがなぁ」


「贅沢抜かすんじゃねぇよ。あのチンチクリンがちょっとでもよくしろってうるせぇから、この短期間で機関だけでも後期量産タイプ(D型)のに載せ換えてんだぞ」


「その方がいいと教えてくれたのはダマルの方」


 こつん、と軽い足音に視線を向ければ、誰より早く着替えを終えたのだろう。シューニャがこちらへ歩いてきてた。

 いつも身体を隠しているポンチョはなく、代わりにパイロットスーツから進化したインナー型のバトルスーツと、アウターとして衝撃硬化性のあるアーマーを身に着け、キャスケット帽の代わりに戦闘用ヘルメットを被った、まさしく強化歩兵スタイル。

 あまりにも普段と異なる雰囲気に、一瞬おぉと声が出かかったが、寸でのところで喉の奥へと押し返した。


「キョウイチ、体の調子はどう?」


「これまで通りだよ。だが、いつもよりはうんと楽をさせてもらえる、だろう?」


「そのつもりで色々考えた。最良の結果は、戦わずに決着をつける事」


「気楽なもんだな。想定すべきは最悪の方だろうが。思い通りにいかねぇのが戦争の常だぜ?」


 ダマルの言い分は間違っておらず、当然シューニャもそれだけで不安が拭いきれた訳ではないだろう。


「力任せの正面突破よりは余程合理的だよ」


 彼女は自分にできることを考え、提案してくれた。たとえそれが楽観であっても、目指すべき結果は同じであり、後は自分がこなせるかどうかというだけの事。

 機甲歩兵として、1人の男として、成さねばならないことなのだから。

 心の中で気合を入れ直し、さてそろそろ行くかと軽く身体を伸ばした時。

 通路の向こうから何故かとても情けない声が聞こえてきた。


「ごーしゅーじぃーん……? ちょっと助けて欲しいッスぅ……これ、着方合ってるッスかぁ?」


「どうしたアポ――うぉ、でっ……!?」


 何か辛いことでもあったのかと慌てて振り向いた先。視界にそれが入った時、僕は慌てて口元に拳を当て、咳払いで声を誤魔化さねばならなかった。


「ゴホンッ! あーその、着方はそれでいいんだが、チェストアーマーのサイズが合っていないんじゃないか?」


 想定外の質量、と言い換えてもいい。

 衝撃を受けた際、瞬間硬化することで体を守るアーマーは、体の動きを極力阻害しない作りではあろう。

 だがそれは、金属などで作られた鎧と異なり、人並み彼女の胸部兵器を押さえつけるのに、何の役にも立たない代物。チェストアーマーの厚みで押さえられている分、バトルスーツだけの部分はなお一層、アポロニアの膨らみを強調する形で膨らんでいた。


「戦う奴の身体じゃないっしょこれ」


「な、なにおう!? 別に自分だって、望んで大きくなった訳じゃないッスからね!」


 如何にグルルと唸れども、着替えを手伝っていたルウルアがそう呟くのはむべなるかな。胸元を隠そうと腕で覆えば、入り切らなかった分がなお強調されるという悪循環。

 恋人となってもなお、目のやり場に困る。なんなら周囲に居る男共の視線も独り占めにしている当たり、速やかな対処が必要だろう。


「すまんルウルア。もう少し大きいサイズを頼むよ」


「えー……これ以上大きい奴あるかなぁ」


 そそくさと退いていく2人組。その姿が見えなくなって、ようやく僕は方の力が抜けた気がして。


「キョウイチ、鼻の下」


「見てない見てない見てない」


 冷たい声に、ブンブンブンと勢いよく首を振った。

 忘れてはならない。シューニャにとって、スタイルの話題は巨大な地雷であると。

 にも関わらず、鎮火の努力を妨げる奴も居る。


「んな訳ねぇだろボケナス。強化歩兵装備の装甲部位に押さえつけられてなお、バトルスーツが盛り上がって主張する光景なんざ、凝視しねぇ方が失礼ってもんだろ」


 細いスリットの走る兜の中は、多分真顔だったろう。髑髏フェイスが、真顔かどうかを判断できるかはともかくとして。

 ダマルがそんなことを言うものだから、翠色の視線も隣からこちらを刺してくる。その言葉に嘘はないか、と。


「ハッキリ言うんじゃないよ。いやその、インパクトがなかったと言えば、流石に嘘になるが……」


 穏便に済ませたい。そんな思いと裏腹に、圧を受けた僕の目は自然と泳ぐ。

 これほど疑いたくなる行動もないだろう。視界の片隅に捉えたシューニャの顔は、気付けるかどうかギリギリな感じで、微かに頬を膨らませており。


「む……私だって一応、なくはない。こうすれば少しは――」


 一瞬、目を疑った。

 何への対抗心なのか。両腕を体の中心へ向けてグッと寄せれば、柔軟性の高いバトルスーツとチェストアーマーは、しっかりと体のラインを強調し。

 慌てて僕は、シューニャを隠すように、腕の中へと抱え込んだ。


「ひゃぁ……っ!?」


「こらこらこらこら! そういうことを無防備にするんじゃないよ! 戦闘用装備が変態的な目的で作られた物みたいになるでしょうがっ!」


 周りに見られていないかと、威嚇するように見回せば、行き交うもの達はそそくさと歩くのみでホッとする。

 シューニャの身体は、確かに起伏が目立ちにくくはあるが、それでも見た目にも麗しい年頃の女の子であることに変わりは無いのだ。彼女の心情はともかくとして、僕からすれば気が気でない。

 ただ、あまりに唐突なことだったからか、当のシューニャは腕の中でキョトンとしていたが。


「ご、ごめん?」


 照れたように首を傾げるあたり、本気で何を心配されているのか分かっていないらしい。もう少し危機感を持ってもらいたいものだが、それを見ていたダマルはいやいや、とガントレットを横に振った。


「昔っから有名じゃねぇか。玉泉重工の歩兵装備開発部門にゃ、全身タイツ型インナーの強烈なフェチが居るって話。パイロットスーツだってそうだろ?」


「初耳だよ。というか、僕ぁ高度装備品をそういう目で見たことなんて――」


 一度もない、といいかけて固まった。

 その理由は単純。視界に映っていたのは、着替えを終えて現れた身内の影である。


「ひえー……この装甲が最大なんスかぁ……? なんかこう、収まり切ってない感じがするんスけど」


「元々全部隠れてるんだからいいじゃないですか。ねぇおにーさん、こんな感じのボク、どうでしょう? 似合ってますか?」


 溢れんばかりの破壊力と、あまりにピッタリ収まった健康的な姿。

 片や恥ずかしそうに体を丸まらせながら、片や新鮮でしょう? と何かを期待するように。


「……キョウイチ、やっぱり私みたいに貧相な身体じゃ、ダメ?」


 腕の中からの一言は、まさしくとどめだったと思う。

 生唾を飲み下した自分に、ズイと細いスリットが迫ってきた。


「どうした。ハッキリ言えよ、相棒」


「……すみません、僕は嘘つき男です。どうぞ吊るしてください」


 まだ耐えろ。今じゃない。

 そう言い聞かせる言葉は詰まるところ、自分が彼女らの格好を見て、劣情を抱いている証左に他ならなかった。



 ■



 棺桶。

 マキナの事をそう呼ぶ奴はよく見かけた。本当にそうなった奴は、なおのこと多い。

 次は自分の番だろうか。でなければ次の次か。激戦に身を置く中、時々そんなことを考えていたのも覚えている。

 だが、今をそうしてやる気は更々ない。


「人員及び装備の積載完了。地上要員、退避確認よろし」


『了解。輸送機ピギーバック、これより離陸する』


 機内通話装置の向こうから返ってくるB-20-PMの声。合わせて、ピギーバックというあだ名を貰った機は、ただでさえ喧しいエンジン音をなお一層轟かせ、じわりと巨体を浮き上がらせた。

 今の自分たちの中で、鹵獲された中形マキナ輸送機ストークスを操縦できるのは、C-54-002のボディにクローンデータを送り込んだ彼しか居ない。

 プログラムさえ組まれていれば、訓練の必要なく実用レベルの技能を取得できる汎用性こそ、バイオドール最大の強みなのだろう。


「も、もう飛んでるッスか?」


「浮いてます、浮いてますよ」


 安全バーを抱え込みながら尻尾を丸めるアポロニアと、独特の浮遊感を楽しんでいる様子のファティマ。対象的な2人の反応に、骸骨はカッカッカと兜の中で笑っていた。


「そう興奮するなよ。おしゃべりしてると舌噛むぞ」


 君も大概喋ってるじゃないか、と言いたかったが、そもそも舌がないから関係ないのだろう。

 逆にここまで無言を貫くシューニャは、ひたすら緊張した様子で、体を強ばらせていた。

 しかし、激しい振動と押し付けられるような感覚は長く続かない。


『巡航高度への上昇完了。進路を目標座標へ固定する』


 唐突に落ち着いた機内で、僕は安全バーを押し上げつつ、再び機内通話装置のスイッチを押した。


「機長、到達予想は?」


『想定では翌未明になる。あくまで、トラブルなく飛行を続けられればだが』


「了解だ。皆、時間のある内に体を休めておいてくれ」


 夜は長く、歩兵の出番はまだ先だ。

 ならば少しでも体力を温存し、リラックスしておくのが務め、と思ったのだが。


「こ、こんなとこで無茶言うッスねぇ……いつ落っこちるかと思うと、とても寝れないッスよ」


 既にロックは解除されているのに、未だ安全バーを握りしめたまま、プルプルと首を横に振るアポロニア。

 気持ちはわからなくもない。何せ彼女らにとっては、人生初めてのフライトなのだから。

 とはいえ、緊張は神経をすり減らし体力を奪う根源でもあり、ダマルはカタカタと顎を鳴らした。


「そう簡単に落ちるかよ。敵襲がありゃ叩き起してやるから、とにかく黙って目ぇ瞑ってろ」


「じゃ、ボクはゴロンしときますね。シューニャ、一緒にどうですか?」


 個性と言うべきか性格と言うべきか。ファティマは同じく現代産まれのはずが、早くも空を飛ぶことに馴染んでしまったようで、座席の上に体を横たえると、両手を開いてシューニャを呼んだ。

 あるいは、アポロニア同様に緊張していた彼女を、放っておけなかったのかもしれない。


「……じゃあ、お願い」


 微かに声を震わせたシューニャは、狭い座面の上で仰向きになったファティマの上に重なり、柔軟なチェストアーマーに頭を預けた。


「あのぉ、自分も近くに寄せて貰えたり、とか……?」


「はー、しょーがないですねぇ、今日だけですよ」


「すげえ腹立つんスけど」


 文句と軽口を言い合いながら、アポロニアは重なった2人へと寄り添うようにして、床へと腰を下ろす。

 尻が痛くなりそうではあったものの、少しでも近くに居た方が安心できるのだろう。こっそりとファティマの手を握り、言われた通りに目を閉じていた。

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