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悠久の機甲歩兵・夜光  作者: 竹氏
特殊部隊
37/79

第37話 夢

 あちこちで燻る炎からチラチラと粉が舞い、黒煙が薄暗い空を深く染めていく。

 崩れた高層ビル、割れた地面、折れた街路樹、千切れた電線、伏せたまま動かぬ人の形。

 戦闘という嵐がもたらした景色の片隅に、自分はまだ突撃銃を構えて立っている。身体の節々に鈍い痛みが走り、視界が半分赤く染まっていても。


『まさか、カーテンウォールが墜ちるとは』


 銃口を向けた先。分隊を引き連れて現れた黒いロシェンナは、ヘッドユニットを軽く揺らして、町に横たわる巨大な影を指し示す。


『今頃、作戦司令部は大混乱に陥っていることだろう。たかだか機甲歩兵の1個中隊を――あるいは、貴様1人を消せなかったが為に、我々の侵攻作戦は頓挫する。終わらない戦争のシナリオは、どうしようもない程大きく綻ぶことだろう。天上の神を気取る政治家連中の顔を、これ程見てみたいと思ったことはない』


 彼が出てくるのは分かっていたことだ。異なる国旗の下にあり、かつ同じ戦線に配置されて長く、これまでも幾度となく銃火を交えてきたのだから。

 黒いロシェンナは、いつの間にか聞き慣れてしまった慇懃無礼な男の声を垂れ流しつつ、ゆっくりとこちらへ向き直る。


『教えてくれないか、流星の君。貴様は本当に単なるパイロット――否、私と同じ人間なのか?』


 意味のない質問に失笑が零れた。

 もしも自分が機械なら、あるいは機械と変わらぬほど感情を殺せたなら、今日に至るまでの苦痛や葛藤を覚えることなど無かっただろう。

 乾いた声で否を告げる。すると黒いロシェンナは、どこか安堵したようにフッと笑った。


『……愚問だったな。我らは等しく機甲歩兵であり、同時に異なる旗の下に立っている。他一切は瑣末なことに過ぎん』


 アイユニットを赤く輝かせ、細い鎧はゆっくりと浮き上がる。まるで堕天使だな、なんて柄にもないことを思った。

 だが、身体はまだ動く。機体の損傷も許容範囲内。弾薬も完全に尽きた訳じゃない。ならば相手が神の使いだろうなんだろうが、敵であるなら1匹でも多く道連れとするのみ。たとえ待っているのが苦痛を伴う死であろうと、それが自分のこなすべき任務。


『始めようアマミ・キョウイチ。誰の筋書きにもない、我々兵士だけの、兵士の為にのみ存在する、自由な戦争を!』


 深呼吸を1つ。エーテル機関がヒィンと甲高い声を上げる中、口の端に笑いが零れた。


 ――自由、か。大層な言い回しだが、お前が僕の最期となるなら、それはなかなかに悪くない。



 ■



 マグカップを片手に欠伸をかみ殺す。

 そんなごく普通の朝、なのだが。


「おにーさん、なんだか眠そうですね」


 と、パンを齧っていたファティマに、大きく首を傾げられる。

 いつもの朝食時でも、欠伸くらい僕は普通にしていたと思うが。


「そう見えるかい」


「ん。最近、よく欠伸をしている」


「テクニカに来てから、あんま眠れてないんスか?」


 シューニャとアポロニアにも揃って指摘されたとなれば、どうやら顔に出ているらしい。

 極々平穏な空間に、なんならVIP向けであろうゲストルームまで用意してもらっておきながら、全く情けない話だが、ここで誤魔化す訳にも行かないだろう。


「まぁうん、眠れてない訳じゃないんだが、どうにも夢見が悪くてね。大したことじゃないよ」


「なんだなんだ。まさか特殊部隊様が今更、枕が変わったら寝られねぇ、なんて言わねぇよな?」


「だとしたら、僕ぁ随分前から不眠症だろう」


 相変わらず、器用に兜の中へと食品を押し込んでいく骸骨に、馴染みの苦笑いを投げ返す。

 どんな場所でも寝ようと思えば寝られるし、多少疲れが残っていても体を動かす方法は知っている。何より、多少夢見が悪かろうと、眠れてはいるのだから問題は無い。


「眠れないのは身体に良くない。大丈夫?」


「大袈裟だよ。君らのおかげで、随分と楽をさせてもらってるんだから――っとと」


 ついと手を伸ばした先。持ち上げようとしたマドラーが、音を立てて机の下へ転がっていく。

 その様子に、骸骨は呆れた様子で肩を竦めた。


「おいおい、本気で寝ぼけてんのか? ま、医療用ポッドに入るだけなら、寝ぼけてたって変わらねぇが」


「そうも言えないさ。とりあえず、顔でも洗ってくるよ」


 ハハハと自嘲的に笑いながら、僕は足元へ転がったマドラーを拾い上げ、ついでにマグカップの中身を一息に飲み干してから席を離れた。

 いつまでも眠たい顔をして、皆に余計な心配をかけるのはよろしくないだろうと。



 ■



「あん? 夢がなんだって?」


 ダマルは()()()()()()に指示を出す手を止めず、また振り返ろうともしないで聞き返してくる。


「眠っている時に見る夢。アレは、何か体の良くないことと繋がっていたり、する?」


 本が語るには、夜魔が人に取り付いて遊んでいるだとか、神々の見せる啓示だとか、別の誰かが見ている景色を映しているのだとか。

 そのどれにしても、私には確証がないと思っている。同時に調べるには難しく、完全な否定も難しい。

 ただ、それはあくまで私たちの知識や技術によるもの。神代の叡智ならば正確な答えを出しているかもと。


「そりゃまぁ、全く無関係ってこたァねぇだろうがな。こう熱が出た時なんかはこう、訳の分からん夢見たりするしよ」


 鉄兜を指で叩く骸骨の言葉に、小さく肩が震える。

 私の望んだ正確な答えでは無い、けれど。


「キョウイチの体は、やっぱり調子が良くないのかも……」


 私の口から零れた不安に、カッとダマルは笑う。


「ちょっと疲れたってだけだろ。何より、ここには医療用ポッドも置かれてて、実際今使ってる最中だ。終わっちまえば、ケロッとした顔で出てくるさ」


「でも、よく眠れなくなったり、悪夢を見たりするのが、何かの前兆だとしたら」


「心配し過ぎだ。そもそも俺たちゃ、アイツを治すために薬やら道具やら探してんだぜ? ま、ここまでドンパチすんのは流石に予想外だけどよ」


 ダマルの事である。何も考えていない訳では無いのだろうけれど、彼の言葉はどうしても軽薄に感じられ、私はポンチョの下で強く拳を握り込んでいた。


「今後、戦闘は可能な限り避けるべき。キョウイチへの負担が大きすぎる」


「本気でそう思ってんなら、アイツに直接言うんだな」


 手袋に包まれた手が、トントンと手首を叩く。

 なんでもこの動きは神代において、時が来た、とかそういう意味を持つらしい。古くは、ウデドケイという、身につけて時を計る道具があったのだとか。

 神代人達がどのようにして時を切り分けていたのか、私には明確な想像がついていない。ただ、それは驚くほど正確であり、ダマルが何を伝えようとしているかはすぐにわかった。

 ありがとう、と小さく頷いてから、私はカクノウコを後にする。

 おーとめっく達を避けながら、いつもより早足で通路を歩き、行き着いたのはグニャグニャとした謎の紋様が描かれている扉。

 それは私を迎え入れるように開き。


「キョウイ――!?」


 彼の名前を呼び切る前に、声は息の抜けるような音に変わり、口だけがパクパクと動く。

 一方、ぽっどに腰を下ろしていた彼は、眠そうな顔をこちらへ向けて、いつもより柔らかく笑った。


「シューニャ、わざわざ迎えに来てくれたのかい?」


「それはそう……じゃ、なくて」


 釘付けになっていた視線を無理やり引き剥す。それでもなお、胸がバクバクうるさかった。

 というのも。


「ま、前、その、はだけてるから」


「ん? あぁすまない。ガウンのサイズが微妙に合わなくてね」


 キョウイチはどうしてか、前を合わせるような形の単純な衣を1枚だけという、とてもとても薄着であり、それも大きく胸元がはだけていた。もしかすると、下着すら身につけていないかもしれない。

 彼の素肌を見たこともあるのに、どうしてか凄く顔が熱かった。なんといえばいいか、凄くいけない姿を覗いた感覚で。


『天海大尉』


 ガリ、と鳴った天井からの声に、反射的に彼の背中へと半身を隠す。今の顔は、誰にも見られたくなかったから。

 一方、ビィトゥエンティピーエムの声は私のことなど気にした様子もなく、いつも通り淡々したものだった。


『君の身体だが、あまり状態がよくないようだ。過去の診療記録が無く要因は不明瞭だが、生命維持装置の負荷限界状態下における、マキナの戦闘機動実験時に発生した、身体の複合的障害に類似する症状が散見される』


 状態が良くない。その短い一言だけが耳に残り、おそるおそるキョウイチの顔を見上げた。


「現状は理解しているつもりだが」


『医療用ガスによる活性化療法では、事実上根治は不可能だろう。先進医療センターを受診し、高度再生治療を受けることを推奨する』


 彼は服を軽く整えながら、どこか億劫そうに首を軽く回す。

 自分のことなのに、まるで関心がないかのように。


「善処しよう。それで、現状だとそちらにとっては不足だったかな」


『必要なデータに欠損は無い。協力感謝する、大尉』


 天井からの声はそう言ったきり黙り込む。

 体の話なのだろうけれど、私には内容の半分も理解できなかったが。


「待たせたね。行こうか」


「あ、う、うん」


 キョウイチのあまりにいつも通りな雰囲気に、私は自然と頷いていた。

 背の高い背中を、1歩後ろから追いかけるように歩く。

 本当に何も変わらない立ち姿。けれど、目に見えない何かが、彼を内側から蝕んでいるのだとしたら。

 少し、いやかなり怖い考えが、薄暗い通路に落ちる沈黙を拒絶した。


「その……身体、楽になった?」


「どうかな。ポッドで使う気化薬品は麻酔作用――無理矢理深い眠りにつかせるような効果があるから、その残り香のおかげでちょっと身体はダルいけど」


 また欠伸を噛み殺しながら、彼はいつもより気の抜けた笑みを零す。

 それなのに何故だろう。こんなに不安が湧き上がってくるのは。

 優しい笑顔の傍に居られれば、これ以上安心できることなんてないはずなのに。


「シューニャ?」


「私にも、支えるくらい、できるから」


 不思議そうな声も気にせず、私はキョウイチの体へ寄り添い、その腰へ短い手を回していた。

 躓いたり、転んだりしてはいけないから。そんな言い訳で、不安な気持ちを覆い隠す。


「……ありがとう」


 少しだけ、彼の体重が肩に乗った気がした。気の所為かもしれないけれど、ん、と短く返してまた歩き出す。


「ダルいのが取れたら、治療前よりは良くなる?」


「……正直、違いは分からないだろうね。元々日常生活には、支障がないくらいだから」


「そう」


 私にだってわかる。

 彼の言葉が暗に、永遠に治らない病が、目に見えない形で体の中に巣食っていることを示しているくらい。

 私に何ができるだろう。どんな時に、どんな苦しみが襲ってくるのか分からない病を、頭でっかちなだけの自分が、何の役に立てるのか。

 あるいは、女として、恋人として、彼にどんな安らぎを分けてあげられるのだろうか。


「あの、シューニャ? そこまでくっつかれると、流石に歩きにくいんだが」


「っ! ご、ごめん!」


 無意識の内に、腰へ回していた手にちからが入っていたらしい。慌てて離れそうになり、それでも寸でのところでどうにか力を抜きつつ踏みとどまった。

 けれど、その意味は。


 ――私は、この手を。


 放したくないのだ。とても利己的で、我儘な自分が告げる。

 けれど、それは一体どうしたら。

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[良い点] 現状どうしようもないジレンマ 三人娘を悲しませないようにしてくれい大尉殿('ω')
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