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悠久の機甲歩兵・夜光  作者: 竹氏
噂のアメクメーネ
35/79

第35話 1904

 しっかりとした足取りは見間違いではなかった。

 にも関わらず、オートバランサーにも支えられているはずの白い足は、ぐらり横向きに傾いでいく。

 吹き荒れた爆風と衝撃に、翡翠ごと吹き飛ばされる。だが、地面に転がされてなお、生命維持装置に繋ぎ止められた意識は、声となって喉を震わせた。


『狙撃だ! 北東方向! ルウルア機が被弾!』


『あん、だとぉ!? そっちにゃ何も見えねぇぞ!? どんな距離から撃ってきてんだ!?』


 ダマルの位置から有視界で捕捉できない距離。それでいて、環境遮断天蓋の残骸と第三世代型マキナの装甲を同時に貫通するほどの威力を持つとなると、僕の脳裏に過るのは1つしかない。


『緊急、総員直ちに屋内へと後退! 絶対に体を出すな! 敵は重電磁加速砲リニアカノンを使用している可能性が高い!』


 再び瓦礫を盾としつつ、狙撃予想位置へ銃口を向ける。あの大型砲を担いでいるとすれば、再射撃までのクールタイムはそれなりに長いはず。射点の特定くらいなら、とエリアスキャンを走らせた。

 しかし、システムの返答はスキャン範囲外エラー。レーダーやセンサー類に異常をきたす環境が悪いのか、敵の偽装がスキャンに対して巧妙なのか。

 それとも、アウトレンジをものともしない本物のエーススナイパーが居るのか。


『巫女様! くそっ、何と言う事だ!』


 後退指示すら聞かず、瓦礫の裏へ飛び込んできたパワートレースは、機甲歩兵本隊を率いていたアタバラらしい。

 撃ち抜かれた尖晶のヘッドセットを前に跪くと、嘆くように額を押さえた。

 彼の悲痛な気持ちは理解できる。しかし、まだ敵はこちらが狙っている以上、同情を寄せてやる余裕はない。


『僕が囮になる。彼女を施設の中へ運び、状況をB-20-PMへ報告するんだ!』


『ッ……承知した!』


 頷くアタバラを背に、僕は再び足に力を籠め、アクチュエータにエネルギーを回す。

 敵の射点すら曖昧な状況で、重電磁加速砲の弾速を躱せるとは思わないが、それでも、囮を務められるとすれば自分しかないだろう。

 しかし、さぁ飛び出すぞと腹を括った矢先。


『恭一、待て』


 ダマルの鋭い声に足を止める。

 一体何かと思ったが、程なくして彼の言葉を補完するように、ファティマの声が無線から聞こえてきた。


『お、敵が逃げていきますよ』


『レェダァでも捉えている。敵部隊は撤退を開始した模様』


 シューニャからの報告も合わせ、チラと瓦礫の向こうを覗き込めば、敵部隊は確かに後退を決めたらしい。追手に対して散発的な銃撃を繰り返しつつも、潮が引くようにじわりじわりと稜線の向こうへと消えていく。

 その迅速さを見るに、どうやら撤退は早い内に決定されていたのかもしれない。だとすれば先ほどの狙撃は、こちらの指揮系統を混乱させることで友軍の撤退を支援する目的だったと考えられる。

 ものの見事にやられた、と言うべきか。


『全機、戦闘を停止せよ。深追いは厳禁だ。シューニャ、引き続き周辺警戒を頼む』


『ん、わかった』



 ■



 玉匣の傍ら、脱装した翡翠のログを眺めながらも、戦勝に湧くような気持ちは浮かんでこない。

 否、果たして自分たちは、本当に勝ったと言えるのだろうか。

 確かにテクニカ自体は守り抜くことができた。その上で、敵の輸送機1機を鹵獲し、少なくとも身内の損害はない。

 しかし。


「戻ったぜ」


 くぐもった声に顔を上げれば、銀に輝く見慣れた兜と、状況を経てなお無表情な金髪が目に入った。

 同時に休んでいたキメラリアの2人も、開け放たれたままの車内から顔を出す。

 聞きたくはないが、知らねばならない。


「どうだった?」


 短い僕の問いに、ダマルは携帯端末をタッチペンでなぞり、こちらに情報を飛ばしてくる。

 映し出された写真は、回収された白い尖晶の物だった。


「敵弾は額部装甲板を貫通。瓦礫で威力を殺されてなけりゃ、ヘッドユニットは原型を留めてなかっただろうよ」


 自分も彼も、何度となく見てきたであろう光景は、言葉にされずとも結果くらいわかる。

 それでいてなお、骸骨がもう一度口を開いたのは、視線を落とした彼女らに事実を伝える為か。あるいは、散っていった者に対する一種のけじめだったのか。


「……まきなを身につけていても、こんな、簡単に」


「珍しい話じゃない。むしろ僕ら機甲歩兵にとっては、背中合わせの日常でもあったことだよ。それでも、悔しく悲しいことに、変わりは無いが」


 ダマルに同行して状況を見てきたからだろう。表情こそ平静を保っていたシューニャは、瞼を落として小さく体を震わせる。

 マキナが無敵の鎧でないことは、自分の負傷やモーガルの戦死から、彼女らとて理解していたはず。しかし、言葉の1つすら残せない最期には、実感がなかったのかもしれない。


「ご主人……」


「戦って死ぬのは、今も昔も一緒なんですね」


 ああ、と短く返す。

 ファティマのぼんやりとした一言こそ、人類が背負い続ける戦争の本質だ。

 マキナは現代の矢も槍も通さないが、装甲を撃ち抜く800年前の武器を前にすれば、無敵などとは程遠い。

 しかし、僕の落とした沈黙を、短くたどたどしい声が切り裂いた。


「ちがう」


 聞きなれない声色に視線を向ければ、そこに居たのはパイロットスーツを着た女性が数人。

 それも顔や頭を覆う強化型であり、目元にはセンサー補助用であろう非透過型密閉式のゴーグルまで装備する徹底ぶり。

 何をしている者かは、疑う余地もないだろう。


「……その格好、もしかしてマキナ隊の?」


 こくん、と先頭の女性が頷く。

 それに続けるように、後ろに続いていた者達が口を開いた。


「ルウルア、は、きえていない」


「ルウルア、は、つづいている」


「ルウルア、は、つながっている」


 滔々と流れる水音のように、彼女らの声は広い通路に響き渡る。

 だが、透き通ったような声と裏腹に、僕の背中には冷たい何かが触れたような感触があった。


「何を、言ってやがる……?」


 ダマルも同じ気持ちだったのだろう。

 独特の不気味さ、と言うべきか。一種のグロテスクを突き付けられたような感覚に、自然と足が後ろへ下がりそうになる。

 しかし、彼女らは困惑するばかりのこちらを気にすることなく、先頭の1人がゆっくりと自分のヘッドマウントディスプレイらしきゴーグルへ手をかけた。

 同時に頭部を覆っていたマスクが取り払われ、押さえつけられていた髪が大きく膨らむ。

 そう膨らんだのだ。まるで、風船に空気を入れたかのように。


「スゥのばんがきた。それだけ」


 どこか涼し気に、深い紫を湛える瞳。虹色に輝く半透明の髪。

 ルウルアによく似た、しかしどこか異なる女性。

 表情の読めない彼女に続いて、後ろの面々も同じようにマスクを取っていく。そして同じように現れる、特徴的な髪と双子のように似た顔。


「君は……君たちは、一体――」


 何者か、と問うより早く、自分の通信機がガリと音を立てた。


『天海大尉、B-20-PMだ。デブリーフィングに必要な情報処理が完了した。制御室へ頼みたい』


 狙ったようなタイミングの通信に、言葉が喉の奥へとつっかえる。

 それは多分、自分だけではなかったのだろう。呆然と誰も声を発せない中、自らの胸を押さえてスゥと呼んだ先頭の彼女が、1歩だけ前に出る。


「タイイ、さん」


 吸いこまれそうな瞳が、こちらを見ていた。

 何を考えているのかはわからない。ただ、どこか子どものように純粋な視線と、あまりにもたどたどしい口調で。


「ユチのこと、スゥのこと、わすれないでいてくれたら、うれしい」


 さっきまでその瞳は確かに自分を見ていたはず。しかし、彼女はまるで返事など求めていなかったかのように、あっさりと踵を返し去っていく。

 機甲歩兵隊であったなら、同じ戦場に立っていたことは間違いない。だが果たして、顔すら見たことのなかった相手に、クヴァレの少女は何を伝えたかったのだろう。それとも、ただ目についた相手に、浮かんできた言葉を放っただけなのか。


『大尉、聞こえているかね?』


「あ、あぁすまない。直ちに向かう」


 無線に急かされ、思考を振り払う。

 考えた所で仕方がない。想像はいくらでも膨らませられるかもしれないが、明確な答えを知っているのは、去っていった彼女だけなのだ。

 また次会った時にでも、言葉の意図を問うてみればいいだろう。



 ■



 ブーンと何かが鳴っているだだっ広い空間に、ぐったりと倒れたままの機械人形。

 管理権限者代理と呼ばれるそいつは、顔どころか目もこちらへ向けることもなく、しかしピクリとも動かない口から声を発する。


『改めて感謝する、大尉。あれだけの戦力差を前に、よくテクニカを守ってくれた』


「随分と軽いな管理権限者代理。この戦果は、手放しで喜べるものではないだろう」


『否、敵部隊の規模は独立国家共同体、統合防衛軍の混成中隊とほぼ同等。あり合わせの武装を持たせた実験体に防衛を頼らざるを得ないこちらの状況では、施設の独立性を保持できる可能性はゼロに等しかった』


 B-20-PMの声色は変わらない。元より機械的で平坦な口調ではあるが、この瞬間はなお一層、それが際立って心をざわつかせる。


『君たちは圧倒的な戦力差を覆し、更に敵機を鹵獲するにまで至っている。君の働きは当機の想定を遥かに超えたものだ。当機及び施設システムの評価判定において、称賛を否定する結果は出力されていない』


「完璧だったと言いたいのか。ルウルアを失ってなお、僕らの戦闘結果が」


 ギッと拳が鳴った。

 背中を預けた相手が敵弾に倒れることなど、戦場では日常風景の一部に他ならない。

 敵であれ味方であれ、生き残っていれば死に慣れる。自分の中にある戦いのスイッチもまた、死と向き合い続けてなお、心を壊さないようにするための安全装置といえるだろう。

 だが、どれほど当たり前となっても、戦友の死に弔いも後悔も浮かばなくなる程、自分は人間らしさを失ったつもりはない。

 表情が自然と強張っていたのだろう。どこから検知しているのかさえわからないが、B-20-PMはなだめるような言葉を重ねた。


『君たちが気に病む必要はない。CC5G32-0003アルファ、識別名ルウルアを損失した根本的な原因は、研究個体であるキメラリアに施設防衛を担わせた当機の判断によるものだ。彼女が破壊されたことを加味しても、施設財産の損耗は想定より遥かに小さく収まっている』


「そ、損失って……アンタねぇ!」


「流石に聞き捨てならねぇぞコラ。アイツとお前がどんな関係だったか知らねぇが、ここを守るために戦って死んだ奴に言うセリフじゃねぇだろが」


 アポロニアとダマルが揃って前へ踏み出す。正直に言えば、自分も同じ気持ちではあったが、それでも僕は、動かない人形に掴みかかりかねない2人を手で制する。


『言葉が不快だったのなら謝罪しよう。当機の設計はコミュニケーションに特化しておらず、人間の感情を適切にエミュレーションすることが難しいのだ』


「……では、そちらがバイオドールであることを理解した上で、1つだけ聞かせてもらいたい」


『承諾する』


 前のめりとなった2人が動かないことを確認し、ゆっくりと吐く。


「君にとってルウルアが亡くなったことは、ただの物的損失に他ならないのか?」


『バイオドールが如何に人間と近しいプログラムを組まれているとはいえ、存在そのものは生物とかけ離れている。故に、数字上の損失である以上に表現する方法を、当機は持ち合わせていない。あるいは、持ち合わせるべきではないと考える』


「彼女は君を信頼していた。少なくとも、自分の目にはそう映ったからこそ、残念に思う」


『残念、か。難しい入力だ』


 B-20-PMはそう言うと、何らかの演算を走らせているのか、ぱたりと言葉を閉じる。

 リッゲンバッハ教授はプログラムとなってもなお、心という部分を往年のままに残していた。だがそれは、根幹が人間であるからなのだろう。


「認めたかねぇが、あのルウルアは二度と戻らねぇんだぞポンコツ。それでもまだ、お前ン中での損失は軽微なのか?」


『当機及び施設システムは定量的な評価しか下せない。感情という数値化できない評価については、君たち人間が下すべきものだ』


「……チッ、ああよくわかったぜ。バイオドールってのが、人間の見た目を模しただけの演算装置だってことがな」


 ダマルの中には、機械への愛情もあったのかもしれない。存在しないはずの小さな舌打ちは、どこかとても悔しそうで、悲しそうに思えた。


 ――数値化できない評価は、人間がするべき、か。


 合理的と見てしまえばそれまでの結論だろう。機械の放った言葉である以上、受け取れる意味以上を求めるのは間違っていることも理解している。

 ただ僕は、これがB-20-PMという機体が下した、最良の判断だったのではないかとも考えた。

 悼む心をエミュレートできない自らに代わり、人間らしい何者かに、ルウルアを想ってほしかったのではないか、と。

 都合のいい結論だ。それでも、死に納得するためには時として、こじつけがましい理屈でも必要な場合がある。

 故に僕は一呼吸を置いた後、誰の為にもならない感情の摩擦を、ひとまず忘れておくことにした。


「この話題は終わりにしよう。まさか、賞賛の為だけに呼び出した訳ではないだろう?」


 構わないか、と問いかけるのは機械ではなく、むしろ生身を持つ身内の方。

 肩を落とすアポロニアに、目を伏せるシューニャ。ファティマはいつも通り飄然としたままブンと大きく尻尾を一振りし、ダマルは低くフゥと息を吐いた。

 合わせて、ジジ、と動かないB-20-PMのボディが鳴る。


『大尉が鹵獲した中型マキナ輸送機ストークス及び、当該機を操縦していたC-54型戦闘用バイオドールが、重要と思われる情報を保持していることが確認された』


「随分曖昧な言い回しだな。どういう意味だ?」


『情報は暗号化された通信データをソースとしている。現在も解析を継続中であるため、表現が曖昧となることは容認してもらいたい』


「承知した。それで?」


『鹵獲機の暗号通信ログに、独立国家共同体統合防衛軍の作戦目標及び、敵拠点に関する情報が含まれている可能性が高い。C-54は指揮官機としてチューニングされている点から、情報はかなり詳細なものであると考えられる』


 手元の端末へ送られてくるバイオドールのスケルトンモデル。その中でピックアップされたC-54の情報を見る限り、量産化こそされているものの、どうやら生産開始早々、様々な不完全性が露呈したモデルらしく、早々に後継機へとバトンタッチさせられたらしい。

 使えるものはなんでも使う、という精神か。はたまたテクニカを攻撃しているのが予備的な部隊なのか。どちらにせよ、これだけで敵の内情は知りようもない。

 B-20-PMは単純に、知り得た情報をこちらと共有しただけなのだろう。端末から顔を上げれば、彼は待っていたかのようにスピーカーを鳴らした。


『現時点において当機は、再度そちらに協力を仰がねばならない事態が発生する可能性が非常に高いと判断している。どうか今暫く、テクニカへの滞在をお願いしたい。無論、ゲストルームは用意させてもらおう』


 ピリ、と空気が一瞬張り詰める。

 言わんとしていることは理解できた。解析中のデータに、テクニカの行方を左右する情報が紛れ込んでいるかもしれないと、B-20-PMは考え、かつそれに対処できる武力を求めているのだと。

 隣でカラリ、骨が鳴った。


「まぁた厄介事の種って訳だ。できることなら、貰うもん貰ってさっさとお暇したいところなんだが――」


 肩を落とすダマルに代わり、シューニャが1歩前へ出る。


「私達がこの場所に来た本来の目的が、全く果たされていない」


 忘れてはいけない。僕らは物見遊山に来たのではなく、かといって、埃を被った企業連合軍の職務を遂行するために居るのでもない。

 必要なのは物資と、この厄介な身体をどうにかする方途なのだ。


「そういうことだ管理権限者代理。先の契約に従い、あらゆる設備、物資の使用権は認めてもらうぞ」


『承諾しよう。では、よい滞在を』



 ■


 解放されたランプの外。淀んだ雲が流れる中、ゴォと推進器の音が木霊している。


『グランシャリオ04より活動中の全コマンドへ。現在の作戦行動を中止、RTB(基地へ帰投せよ)。繰り返す、RTB』


『C-54-0005。コピー』


『C-54-0014。コピー』


 短い応答を聞いてから、私は巨大な重電磁加速砲を整備ステーションへ預け、機体を脱装する。

 ほんのりと漂うオゾンの香り。砲身から伝わってくるジワリとした熱。

 自分は変わってしまったはずなのに、全て同じように思えるのは、逆に気持ちが悪くも思えたが。


『意外な判断だねぇ。増援も向かわせてたんだから、勢い任せに押し切るかと思ったのに』


 視界の中に浮かび上がる浅黒い肌の男。網膜に投影されているのだろう。インプラント式の装備が便利だとは聞いたことがあったが、精神的には物理的な通信機にした方がいい気がする。

 不快感を振り払うように、風に揺れる髪を押さえながらため息を1つ。


『私が決めた訳じゃないわ。それくらいの事、貴方も分かっているでしょう』


『生憎と、後方待機組の方には連絡をくれなくてさ。マハ・ダランはなんて?』


『別に。作戦中止の判断を伝えてきただけよ』


 必要最低限の返答に、軽い雰囲気の男は困ったように乾いた笑いを零す。


『アレも無口だからなぁ。君の予想は?』


『そんなこと、聞いて何になるの』


『俺は自分と異なる視点を大切にしたいと思っててね。ちょっとした危機管理って奴だよ、うん』


 少し考える。

 わざわざ無駄話に興じてやる義理などないが、それらしい理屈まで並べてきたのだ。デブリーフィングの一環だと思えば、許せる範囲だろう。


『テクニカの状態は想定より酷い。対応に出てきたのも警備部隊ではなく、整えられたゲリラと言った感じだったから、施設本来の役割は果たしていない可能性が高いわ』


『うぅん、確かに見た感じ廃墟だね。そこにヤバイ野良犬でも住み着いたのかな。それが?』


『問題なのは、整えられたゲリラ、という点よ。こちらの作戦目標が敵の殲滅ではなく、高度処理機能を備えたバイオドールの確保である以上、施設諸共自爆されたりしたら困るでしょう』


 理念を持たない単純な暴力集団ならともかく、精神的支柱を持つゲリラは厄介だ。犠牲を躊躇わない狂信は、命さえ消耗品の武器と見なすこともあり、その行き着く先は、全てを巻き込む集団自決となりかねない。

 しかし、機械的な戦闘ログだけでは、そこまで見えないのも事実で、男はふぅむと不思議そうに唸った。


『廃墟をねぐらにするような連中に、そんな団結力が本当にあるものかな』


『予想を聞いたのはそっちよ。確証なんて求められても困るわ』


『だよねぇ』


 あくまで予想。施設に潜む敵が何者なのかさえ、私たちは理解していない。する必要が無いとすら考えている。

 私も、ついさっきまでは同じ考えだったが。


『……強いて言えば、あの異質な雰囲気は』


『え? なんて?』


『何でもないわ。通信終わり』


 ザッというノイズを残し、うるさかった無線は沈黙する。

 私は半開きのままとなっているランプから、流れる雲の下を見た。

 既に黒い大地は海に変わり、荒廃した建物は遥か彼方。それでも、敵部隊の動きは目に焼き付いている。

 ただ武器を持っただけの暴徒ではなく、無謀なテロリストとも違う。それでいて、単純ながら妙に統率の取れたゲリラ。

 その先頭に立っていたのは。


 ――ただのマキナ。それだけよ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 人格、精神の上書きかなぁ… しかし敵側の脅威レベルが前よりも随分高いこと('ω')
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