第34話 ワイヤーワーク
吹き込んでくる爆風が機体を撫で、飛び散った黒土塊が装甲にパラパラと音を立てる。
際限ないかのような攻撃に隙間はなく、影からサブアームだけを伸ばして形ばかりの応射してはみるものの、狙いすら定めない豆鉄砲など敵が意に介すはずもない。それどころか、圧倒的な手数の暴力に、サブアームが握りこんでいた突撃銃すら弾き飛ばされてしまうありさまだ。
『ヤバいヤバいヤバいって! 動けないから、敵近づいてきてるし! こんなの終わりでしょ!?』
『命乞いはしないんじゃなかったのかい?』
『がぁぁぁぁぁ! 確かに言った! 言ったけどさ!? こんなのどうやって切り抜けんの!? 後ろは壁で、前は鉄の塊、左右にまきなで――危なっ!?』
チュインと音を立て、白い尖晶の装甲が機銃弾を弾く。
ルウルアはよく頑張っている方だ。兵士としての訓練を受けた訳でもないだろうに、これだけの猛攻の中、まだ正気を保っていられるのだから。
とはいえ、そう長くも持たないだろう。敵はこちらの攻撃が緩んでいるのをいいことに、少しずつ距離を詰めてきている。どこにも逃げ場がなく、空からの支援まで受けている状況では、乱戦に持ち込んだが最後、何人道連れにできるかという絶望的な話になってしまいかねない。
上空から注ぐロケット弾の火炎と煙が視界を塞ぎ、爆轟に機体が揺れる。
敵マキナも既に近く、次に隙が生まれれば突撃してきてもおかしくない。これはいよいよ本気の取っ組み合いかと息を吐き。
ふと、煙と銃弾の隙間に白い何か長く伸びているのが見えた気がした。
『……君、1人で居るのは好きかい?』
『え、な、何急に。そりゃ1人で居る方が気楽だし、というか正直、人前に出たり大勢で騒ぐのは苦手なんだけど』
突然の質問に、瓦礫の壁から突撃銃だけを覗かせていたルウルアは、当たり前のように訝し気な声を出す。
どうやら、彼女の冷静は上っ面だけではないらしい。本当に気骨のある娘さんだ。
『ならよかった。背中を頼むよ』
ジャンプブースターに青い光を灯す。合わせて機関出力を調整し、脚部アクチュエータへのエネルギー割振りを増強。
マキナを着装した経験のある者ならば、僕が何をしようとしているかは、大雑把にでも理解できたことだろう。実際、隣で戦っていた彼女は、慌てた様子でこちらを振り返った。
『は? ちょ、ちょいちょいちょいちょい!? 頼むってアンタ、自殺でもする気!?』
『道筋がついただけさ。少しの間でいい、左右のマキナを同時に牽制してくれ』
『だから待てって! 説明してけよ! あぁもぉ、これだから人の話聞かない奴は大っ嫌いなんだぁぁぁぁ!』
悲痛ともとれる叫び声と銃声を背に受けながら、僕は躊躇いなく弾雨の中へ飛び出した。
人が雨粒を躱せないように、装甲に受けた弾丸が火花を散らし跳ねる。
被弾警告が響き、装甲ストレス値増大を知らせるインジケータが危険を知らせてくるが、だからと言って止まれば最後だ。
黒土を踏みしめ、高めたアクチュエータ出力に物を言わせながら、勢いをつけて大きく跳ぶ。当然、周囲に自分を庇ってくれる物など1つもない。
振り向いてきたストークスのガンポッドが、黒光りする銃口でこちらを睨む。
が、その一方で、僕の視線の先には白い線が伸びていた。
1つ、2つ、3つ。太いそれらはピンと張られ、太ましい鋼の鳥のあちこちに張り付いて。
『よーいっ!』
通信機からノイズ交じりに聞こえた声と共に、機関砲の弾丸がヘッドユニットをかすめる。
嵐となるはずだった攻撃は、たったそれだけ。ぐらりと揺らいだ機体は、全く明後日の方向へと弾丸をばら撒いていた。
それもそのはず、白い線の続く先は巨大施設の開口部。凄まじい推力を誇るはずのストークスをしてなお、白く伸びたロープをすぐさま引きちぎることは叶わず、何かに巻き取られるような恰好でバランスを崩していた。
『くそ、なんて馬鹿力してやがる!? ケンインシャが持っていかれそうになってるぞ!』
『ぬぅ、神代の化物めぇ……おい小さいの! ワシらの太糸とて長くは持たん!』
『泣き言吠えてないで、ちったぁ気骨を見せやがれッス! アンタらの家なんでしょうが!』
『あ、そろそろ離れといた方がいいと思いますよ。さっきからミチミチって』
苦しそうな会話はその瞬間、弾けるような音によって聞き取れない叫びへと変貌する。
同時にストークスを繋いでいた白い線は、まるで龍がのたうつような恰好で激しく宙を舞い、砲台移動用の車両が開口部から外へ放り出されてきた。
一方、大柄な垂直離着陸機は、その鈍重そうな見た目と裏腹に、翼端のティルトジェットを器用に振って、すぐさま態勢を立て直す。
だが、10数えられる程の間があれば、状況の優劣はオセロのようにひっくり返るもので、翡翠のマニピュレータはしっかりと、半端に開かれたカーゴランプを掴まえていた。
『思ってた以上の仕事ぶりだな。全く、末恐ろしい子たちだよ』
ブースターを噴射し、宙返りするようにカーゴランプの上へと躍り出る。すると直ちに、ランプ備え付けの機関銃を構えていたバイオドールが、こちらへ向けて発砲してきたものの、所詮は対人用火器。至近距離からの射撃であっても、第三世代型マキナの強靭な装甲相手には火花を散らすばかり。僕は翡翠の手でそいつの頭を掴み、そのまま機外へと放り捨てた。
――懐かしいな。こんなに広く感じたことは珍しいが。
元は企業連合が運用した輸送機である。800年前において、何度世話になったか分からない。
マキナが出払った貨物室をゆっくり歩きつつ機体前方へ。コックピットのドアはロックされていたが、こちらが完全武装である以上、その程度は障害にもなりはしない。
鍵部分に突撃銃を3発撃ち込めば、分厚い与圧扉はすんなりと開き、その向こうにはパイロットらしいバイオドールの姿が見えた。
『機を着陸させろ。指示に従わなければ、この場で射殺する』
『敵対者と確認。鹵獲の危険性大、これより当機は保全プロトコルに従った自己破壊を――』
言い切るよりも早く、翡翠の拳を顔面へ叩き込む。
壊してしまわないよう、それなりに加減はしたつもりだが、どうやら衝撃は大きかったらしい。まるで意識を失ったかのように、その場でぐたりと体を弛緩させた。
軍用機械というのは厄介なものだ。人間と違い、機能停止に陥ったり、己が破壊されることを恐れてはくれないのだから。
『手間をかけさせてくれる。航空機は専門外なんだが、まぁ、こいつなら』
錆びついた脳の中から、昔々に教えられた記憶を引っ張り出す。あれは確か、いつも中隊を運んでくれていた、一蓮托生とも言うべきパイロットとの雑談だったような。
――ストークスには、パイロットのバイタルが消失した際、自動的に緊急着陸するモードが搭載されている。足元を見ない雑な着陸にはなるが、俺が愛機よりも先に天高く飛んだ時も安心してくれ。
――できる限り、快適な空の旅を所望したいんだがね。
――機と一緒に地面とキスしてサヨウナラ、よりはマシだろ? ああそうだ隊長さん。もし自動で緊急着陸モードに入らなかった時は、そこのガラスを叩き割ってくれ。雑学的でも、覚えておいて損はないだろ?
ベテランの彼は、チョコバーを齧りながらそんな風に言って笑っていた。
結局、僕の方が先に戦線離脱してしまった為、彼がどうなったのかは分からないが。
『こんな形で役に立つとはね』
エマージェンシーと書かれたガラス板を叩き割り、中の赤いボタンを押し込めば、機体はガタガタ揺れながらもゆっくりと降下し始める。
パイロットが言っていた通り、機体が考えているのは着陸することだけ。真下がたとえ森でも沼でも関係ない。
メキメキとなった音は、バイオドールの強化歩兵か何かを踏み潰したのだろう。敵方の信号を発信し続けている以上、向こうに狙われることはないが。
『こちら翡翠、ストークスの制圧完了。緊急着陸モードを起動、施設南側に着陸する。撃つなよ』
『そんな余裕あるか! は、早く帰ってきてッてばぁ!』
鼻声涙声もむべなるかな。キャノピーの向こうに見えるのは、暴風のような攻撃を受けながら、必死で場を守り続ける白いマキナの姿のみ。
しかし、これは不味いかと思ったのも束の間。
『カカカッ、そうビビるなよ虹色女』
僕が加勢に動くより先に、敵の突撃横隊側面で、大きく火の手が上がった。
『っしゃオラァ! 騎兵隊のご到着だ! 全機突撃、食い破れ!』
ノイズが走る骨の声に続き、環境遮断天蓋の開口部や崩落部から、次々と飛び出してくる友軍部隊。
どうやら、内部へ誘引した敵部隊は、無事に掃討できたらしい。
数の劣勢を覆したことで、士気も旺盛な友軍部隊は、盾持ちのマキナを先頭とし、後ろから強化歩兵隊を引き連れた格好で、雄叫びも高らかに突撃していく。
こうなっては、囮である自分たちの出番はほとんどない。ストークスを壁にしようと後退してきた強化歩兵をハーモニックブレードで撫で切ってから、僕は長く敵の銃撃を耐えきった瓦礫の後ろへと舞い戻った。
その先で目に入ったのは、尻もちをついて肩で息をしている、何とも情けない恰好の尖晶である。
『ひー、ひー……もう、もうヤダ。ウチ、シャワー浴びて寝る。しばらく部屋から出ない。絶対絶対』
笑っているのか泣いているのか曖昧極まる声に、小さく胸を撫でおろす。
あの猛攻を囮になりながら、目に見える損傷もなしに生き延びたのだ。強運も含めて見事な実力だと褒めてやりたいところだが。
『生きているようで何より。ただ、戦いが終わらない内からひっくり返るのは頂けないぞ』
『無茶苦茶やらせといて、どの口が言うんさ。ほーらー、せめて手ぐらい貸してよ。こちとら足ガックガクだっての』
立てないと駄々を捏ねる子どものように、両手を広げて見せるルウルア。それも見た目は高性能な第三世代マキナなのだから、見た目と言動のギャップに苦笑が零れるのは当然だろう。
それでも、彼女は本当によく頑張ったのだ。背中を預けていた相手が言う以上、手を貸すくらいしてやらねば罰が当たるというもの。
『やれやれ、難儀な巫女様だな』
伸ばされた手をマニピュレータで握り、ジワリと引き起こせば何のことはない。軽くふらつきはしたものの、ルウルアはしっかりと自分の足で黒い土を踏みしめ、服の裾を払うかのように、装甲に着いた泥汚れを軽く叩いてため息を吐いた。
『はーぁ。ほんっと、柄じゃないことなんてするもんじゃないわ』
『その割には、中々いいセンスだったと思うが』
白いヘッドユニットの中、彼女は苦笑を浮かべていただろうか。口調にもそんな雰囲気が滲んでいた。
『お世辞は結構だよ。こんなの、もう二度とやんないか――』
風を切る音と火花。
その瞬間、目の前で何かが通り過ぎたように見えた。




