第33話 親鳥
タマクシゲのレェダァとは違って、古いテクニカの物は、建物の中に居る敵味方の位置をしっかり捉えている。
名前は同じ。だとすれば、何が違うのだろう。私にはよくわからないが。
「ダマル、敵がそっちへ向かってる。あと角を3つ」
机に浮かび上がった地図と、輝く赤い点を追いかけながら、レシィバァに声を投げる。
すると間もなく、カタカタという雑音のような音を混ぜ合わせた、独特の声が帰ってきた。
『予定通り引っかかったって訳だ。数は?』
「レェダァの見立てだと、まきなが10、歩兵が30」
『半分はスケコマシ突撃隊に貼り付いたか。合理的なリスク管理のつもりだろうが、バイオドールも所詮は機械だな。下は任せとけ』
ガリ、と音を立ててムセンが切れる。これにもいつの間にか慣れたものだ。
けれど、私はダマルの言葉に微かな引っ掛かりを覚えた。
「合理……?」
「どうかしましたか? シューニャ」
護衛役として私の隣に立つファティが、不思議そうにこちらを覗きこんでくる。
「ん……考えてみたら、敵がここを狙う意味がわからない、と思って」
アチカでもそうだったが、そもそもトウゴウボウエイグンという神代の組織は、果たして何のためにばいおどぉるとやらを送り込んでいるのだろう。
戦争や襲撃、略奪の理由で最も単純なのは領土や財貨。国主の自尊心や国同士の怨恨というのもよくある話だが、遥かな時を隔てた存在が相手となると、どうにも噛み合わない気がする。
うーん、と首を捻っていれば、ファティマも同じように何かを考えてくれたらしい。ピッと人差し指を立てた。
「ボクたちと同じだったりしませんか? ほら、神代の道具って珍しいですし」
「想像するなら、それが1番あり得そうだけれど、内容があまりに曖昧過ぎる。彼らが求めているのは、一体何?」
私たちはずっと、武器やヒスイの部品を探し回っていた。今はそれに薬も含んでいる。どれも確かに希少な物で、武力を持って奪い取るという選択に至る可能性は十分にあるだろう。
ただ、敵の力は今の国を相手取るには十分すぎる。このテクニカだって、神代を知るカンリケンゲンシャダイリが防御を固め、そこへキョウイチやダマルの協力も得たから、対等以上に渡り合えているに過ぎないだろう。
もし彼らの目的が武力の拡大だとすれば、それは何のために。
『しゃおらぁ! まんまと引っかかりやがって! 野郎共、十字砲火だ! 四方から焼き切ってやれ!』
「下、始まったみたいですね」
ビリビリと地響きが床から足を伝って上がってくる。
ファティマはそれを感じてか、吹き抜けのある方へ顔を巡らせていた。
――今は、考えても仕方がない、か。
答えのない問いは、ムセンから聞こえる戦いの音に飲み込まれていくようだった。
■
突進からの交差際、横薙ぎに振られた敵の収束波光長剣を跳躍からの宙返りで躱し、がら空きとなった背面に突撃銃を叩き込む。
ここまで近距離であれば、豆鉄砲だろうと弾かれはしない。首の頭の背中の装甲に、いくつも穴が開き、前身の勢いそのままに青金は地面を転がっていく。
空になった弾倉が自動的に外れ、サブアームが3本目となる予備を叩き込む。
残弾倉、残り1本。弾薬の浪費は忌むべきものだとわかってはいるが、確実に減っていく数字は半ば必要条件だった。
『大漁じゃないか。中々幸先がいいな』
『いいわけあるか! 見えるだけで2対7だぞ!? しかも歩兵のおまけつきで、うわわわっ!?』
地面を滑るように走っていた尖晶は、飛び出してきた敵の射撃に驚いてか、たたらを踏むような恰好になりながら、ジャンプブースターの推力で無理矢理姿勢を整えて距離を取る。
ルウルアの回避運動は粗削りだが、才能なのか種族的特性によるものか、中々どうして反応は悪くない。訓練を重ね、もう少し戦場に慣れれば、立派な突撃前衛になれそうだ。
『何、内側を殲滅しきるまで堪えればいいだけだ。その後は、確実に形勢逆転できる保証付きだよ』
『言葉通じないな!? それまで無事でいられる自信がないって言ってんの――痛ぁッ!?』
その動作は半ば反射だった。体当たり気味に尖晶を瓦礫の奥へ押し倒せば、さっきまで自分たちの立っていた地点に、パズルピースを嵌めるかのような正確さで迫撃砲弾が降ってくる。
無茶な機動をしたせいか、エーテル機関のレギュレータ負荷値が一瞬大きく荒ぶった。こめかみ辺りに走った鈍い痛みは、不安定な生命維持装置が悲鳴を上げている中で、地面に勢いよくダイブした結果だろう。
とはいえ、剥がれた環境遮断天蓋の一部らしき板切れに身を隠せたのは不幸中の幸いというべきか。自分たちを追って降り注いだ弾丸の雨が、分厚いソレにド派手な火花を散らしたのだから。
『あ、アンタさ! 助けてくれるのはいいんだけど、もうちょっと優しくできない!? これでも一応、か弱い乙女なんだけど!?』
『砲弾の方が好きなら、次はやめるが』
『アンタ、結構性格悪いって言われるっしょ』
『戦場だと、生存が最優先なものでね』
『ほんっと可愛くない。こっからどうすんのさ?』
毒が吐けるなら、彼女も負傷はしなかったらしい。こめかみの痛みとの交換なら、悪くない結果だ。
武装を確認した僕が、瓦礫の端に背中を預けて立てば、ルウルアは反対側の端へ同じように機体を寄せ、2丁持ちとなった突撃銃の弾倉を交換する。
ドォ、と今まで以上に激しい爆音が頭上で鳴った。
『くそ、こちら砲台! 敵の攻撃を受けて1号が炎上、2号も動かなくなっちまった!』
自分たちに貼りついていたマキナの一部が、砲台の排除へ回ったのか。あるいは残っていた迫撃砲が上手く開口部へ飛び込んだのかはわからないが、これで最大の火力支援は失われた。
さて、これからどうすると言われると。
『命乞いは?』
『冗談。それするなら1匹でも道連れにした方がマシ』
ヘッドユニットの中で細い笑みが零れる。あれだけ文句を叫んでいても、ルウルアはやはりこの場所を守る責任から逃げるつもりは無いらしい。
『なら、精々抗うとしよう。君が右、僕が左だ』
『りょうかーい。そんじゃ……せーのっ!』
同時に翻って瓦礫の影から飛び出す2機。照準などつけず、適当に弾丸をばら撒いて敵の注意を分散させられれば。
と、思っていたのだが。
『『わーお』』
ルウルアと声が重なる。戦場だというのに、一瞬静寂が訪れた気さえした。
自分達を白く照らし出すサーチライト。その向こうに見えるのは、宙を舞う巨大な金属の塊だ。
ヘッドユニットの中へ響き渡るロックオン警報。多分、尖晶の中も同じような状況だっただろう。僕らは示し合わせたかのように、揃って再び瓦礫の影へ飛び込めば、次の瞬間には今までより遥かに激しい銃声が辺りを支配した。
『あばばばばばば、ちょい待ちちょい待ち! 空飛ぶ奴は聞いてないって!』
ルウルアは叫びながら、ヘッドユニットを腕でカバーするような恰好でしゃがみ込む。
見たことがない兵器、かつ空の脅威となれば当然かもしれないが、僕にとっては馴染み深い存在だった。
『ストークスまで前に押し出してきたか。流石に分が悪いな』
『よかったよ! まだ人並みにヤバいと思える感覚持っててくれてさ! あれ何!?』
『企業連合軍が運用していたティルトジェット式のマキナ輸送機。的が大きい上に航空機としては鈍重だから、攻撃任務にはあまり向かないんだが』
砲台を破壊したのは十中八九こいつだろう。まともな対空兵器さえ無ければ、如何に大柄で動きが鈍いと言っても、対地支援攻撃くらい余裕でこなせる。
ただでさえ、機甲歩兵1個中隊15機を搭載してなお余裕という、推力オバケが自慢の機体だ。翼に対地支援用のガンポッドやら多連装ロケットポッドやら、キーホルダーのように山程ぶら下げて飛ぶのはむしろ当然と言える。
さっきチラリと見えた限り、残っている武装はガンポッドくらいだろうが、下手に瓦礫から身を晒せば、マキナの装甲があってもなおあっという間にハチの巣にされてしまいかねない。
機銃弾の雨が続く中、僕はノイズ混じりの無線に声をかけた。
『ダマル、聞こえるか』
『あぁん!? なんだよ、こっちはまだかかるぜ!』
『親鳥が出張ってきた。向こうは余程攻勢に自信があるらしい』
一瞬の沈黙。
あちこちに響く銃声砲声の中、相棒の乾いた骨の音がいつもより大きく聞こえた気がする。
『――カカッ、成程な。予想以上の大盤振る舞いじゃねぇか。無茶も承知ってことでいいな?』
『任せる』
『言質取ったぞ。犬猫、出番だぜ』
言質とはまたゾッとする言葉だ。自分たちの考えが重なっているという前提がなければ、の話であり、ルウルアは怪訝そうにこちらを見つめていた。
■
無駄にだだっ広い通路を駆ける。
「急げ急げぇ!」
「これボクが手伝わないといけないことですかぁ?」
「四の五の言ってないで走るッス!」
自分は妙に重たいキカンジュウを肩に担ぎ、後ろに続くファティマはダンガンの詰まった箱を両手に持ち、さらなる予備を体中に巻き付けて。
このテクニカとやらは無暗に広い。その分、何処へ行くにも長い距離を走らねばならず、少人数での防衛には全く不向きなように思うが、神代の考えに苦情を言っても仕方がない。
キカンジュウの重みに非力な手がプルプルし始めた頃、ようやく自分はテクニカの高所にある開口部へ辿り着いた。
外から吹き込む風に、炎と煙の臭いが鼻を衝く。相変わらず好きにはなれそうにないが、顔を顰めている暇はない。
短い二脚を開いてキカンジュウを床に置き、ショウセイを覗き込む。その先に捉えるのは、低い場所をフラフラと飛ぶ巨大な何かだ。
「あいつッスね……こないだ見かけた奴ッス」
「こっちに向いたら、全部捨ててでもすぐ逃げる、ですからね」
ガチャン、と隣へファティマの抱えていた箱が下ろされる。その中から伸びる帯をキカンジュウの上蓋のへ突っ込んで、小さな取手をしっかりと引いた。
今まさに眼下で起こっている戦闘を見れば、言われるまでもない話だ。こんな所で、自分は死にたくないのだから。
「耳塞いで――始めるッスよォ!」
とりがを引き込む。
タマクシゲの上で扱うキカンジュウとは違い、固定されていないそれは自分の肩へ衝撃を走らせる一方、聞きなれた破壊の音を派手に響かせた。
暗闇の中へ伸びる赤い光の尾。トレエサァとかいう狙いを定めるための弾の流れに合わせ、少し上、少し右と銃身をずらす。
だが、それが敵に当たった時、全く明後日の方向へと跳ね返っていった。
「あの、なんか全部弾かれる気がするんですけど」
「さ、最初っから効くなんて思ってないッス!」
大きな耳を両手で押さえたファティマの、あまりに飾り気のない感想は、全く見ての通りだった。
相手が人間が相手なら、キカンジュウは雑草を刈り取るように薙ぎ倒していける。しかし、まきなやミクスチャと言った化物相手には力不足であり、なおの事巨大な神代の兵器はこちらを意に介する様子もない。
弱点でもあれば、と思うのだが、そもそもタマをばら撒く武器である以上、狙って撃つというのは正直難しい。
そんなことを考えていれば、まもなくガチンと手元から聞きなれた音が鳴った。
「タマ切れ!」
「はい次」
空になった箱を捨て、次の箱から帯を引っ張り出して、上蓋の下へ突っ込み取手を引いてソウテン。
もう一度ショウセイを覗いても、やはり奴は意に介していないらしい。振り向かせるのが役割だ、とダマルさんから言われているのに、こうも無視され続けるのは妙に腹立たしかった。
「んだらぁぁぁぁ! こっち向きやがれッスぅ! あ゛ッ!?」
ドドドと鳴っていたジュウセイが、突如耳慣れないガチャンコという音に変わり、手から振動が消える。
嫌な汗が背中を伝った。何が起こったのかなど、正直見なくても分かるが、信じたくはない。
否、自分がどれだけ信じたくなかろうと、結果は変わらないのだが。
「げぇっ!? 詰まったッス! こんな時に、このポンコツぅ!」
「もー、何やってるんですか!」
ファティマの馬鹿にしたような声に言い返す余裕すらなく、ガチャガチャと取手を荒く引いてみたところで、キカンジュウは全く動かない。
さっきの時点で敵の気もまともに引けてはいなかったが、撃てなければ僅かな可能性すらなくなってしまう。
故障した時の直し方は、一応ご主人から教えてもらったことがある。けれど、そんなに繰り返し練習したこともなければ、慌てている状況で冷静にできるはずもなく、どうしようどうしよう、と焦る弱気ばかりが頭を回り。
「……ロープで引っ張ってみる、とかどうでしょう?」
「は、はぁ? なぁにを馬鹿な、相手空飛んでるんスよ。まずあそこまで届くロープなんてないし、あったとしてもどうやって引っかけるんスか」
変なこと考えてないで、別の武器を持ってくるなり、味方を呼んでくるなりしてほしい、と本気で思った。
しかし、ファティマにとってはただの思い付きではなかったらしい。腰からピィと細い糸を引っ張り出し、ジッとそれを眺めながら口を開く。
「前にボク、ウィラミットに抱えられて、建物の間を跳んだことがあるんです。あの時の糸がもし、最初から張られていたんじゃなくて、こう、相手にくっつけたり巻き付けたりできるなら」
「そりゃあ、効果あるかもしれないッスけど、自分らはアラネアじゃないんスから――」
と言いかけて、はたと気付いた。
多分、ファティマは分かっていて自分に言ったのだ。
この場所は、様々なキメラリアが集まっている空間なのだと。




