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悠久の機甲歩兵・夜光  作者: 竹氏
噂のアメクメーネ
32/79

第32話 スターシェル

「くそっ、人が今から寝ようって時に……!」


 格納庫の傍にある指揮所へ足を踏み入れた時、ルウルアは酷く億劫そうに、半透明の髪と触腕が一体化した頭を掻きあげていた。

 着崩し気味の恰好が、言葉の通り就寝直前に慌てて飛び出してきたことを語っている。

 身だしなみに気を遣えないのは、珍しい話でもないが。


「状況は」


「いつも通り最悪。また小競り合いだと思いたいんだけど」


 僕が皆を先導する形で、中央へ置かれたテーブルへ大股に近づけば、巫女と呼ばれる彼女は言葉の神聖さと裏腹に、やってられないと肩を落とす。

 テーブルへと浮かび上がる視覚化されたセンサーの情報。やはりノイズが激しいものの、玉匣のレーダーと違って全く使い物にならない訳ではないようだ。これなら、自分たちを待ち伏せできたのも頷ける。

 とはいえ、広域を検知するには足らないのだろう。遠くなればなるほど、何かを検知しているという以外の情報は出力されていなかった。

 その代わりに、ドタドタとクシュの男が駆け込んでくる。


「斥候から報告! 北東方向の窪地に敵集団、まきな多数が空から降りてきているとのことです!」


「空だって? どういうことさ?」


「残念だが、君の望みは通らなかったらしい」


 クシュの報告が嘘でないなら、自分たちの想定としても最悪だろう。

 遅れてセンサーが敵を捉え、新たなアンノウンが表示される。そいつは高度を急速に落としており、上には一際大きな反応が停滞していた。


「ヘリボーンによる強襲か。敵さん、いよいよ本気で落としに来てるらしいな」


 他人事のように言い放ったダマルを、ルウルアはギッと睨みつける。

 しかし、それも束の間。舌打ち1つで彼女は触腕を胸の前に組むと、視線を僕の方へ流してきた。


「説明してって言いたいけど、そんな余裕ないか。こっちの戦力はダマルから聞いてるよね」


「予習が足りていないところはカバーを頼むよ」


 1歩前へ。立体映像を拡大し、本来あったであろう形のテクニカ施設モデルの1点を指し示す。


「まずは荷電粒子砲台だ。ポイントE4へ集中配置。敵の地上展開地点に攻撃を加えてくれ」


「外で止めきれるとは思えないけど?」


 いきなりダメ出しを食らう。多分だが、テクニカの防衛スタイルは基本的に、内側へ敵を誘い込んでからの包囲殲滅なのだろう。1匹も逃がさない、という意志が強く伝わってくる。

 地の利を生かした戦略としては悪くないし、多くの場合において下手な策を練るより極めて有効だろう。だがそれは、上手く敵を誘引でき、かつ一纏めに殲滅できる場合のみだ。今回の襲撃規模が想定通りなら、あのエレベーターホールだけで耐えるのは無理がある。


「あの砲台を内側に置くのは宝の持ち腐れだ。素銅とフクシヤ、それからパワートレース隊の半数は、環境遮断天蓋の開口部および崩壊部分に展開。屋外の防衛線を火力支援させてくれ。残りのパワートレース隊と強化歩兵隊は基本戦術通りエレベーターホール前で待機、指示があるまで隠れておくよう徹底を。ダマル、この隊の指揮は任せる」


「ったく、便利に使いやがって。専門じゃねぇんだがな」


 ダマルは既にここの部隊員と顔を合わせていたのだろう。面倒臭そうに兜をガラガラ鳴らしながら踵を返すと、パワートレース隊の指揮官らしきカラの女性に、人を集めるよう指示を出していた。


「シューニャはこの場所で状況確認オペレーティングを頼む。戦況を逐一報告してくれ。ファティとアポロは彼女の護衛を」


「ん、分かった」


「はぁい」


「了解ッスよ」


 彼女らの返事を聞いて頷きを1つ。緊張は伝わってきたが、見慣れぬ機器と環境を前に不安を感じている様子はなく、古代機器に対する彼女らの成長を感じられる。


「で、主力ウチらはどうすんの」


 腕を組んでこちらを見つめるルウルアは、敢えて言葉にしてほしかったのかもしれない。

 たとえそれが、分かり切っている内容だとしても。


「機甲歩兵隊は、真正面から敵を迎え撃つ」



 ■



 夜空にパッと咲く光の花。1つ、2つ、3つ。

 それらは尾を引きながら、暗闇に呑まれる大地を照らし、地上を行く金属の影を拭い去る。

 赤い閃光が虚空を駆けた。それは始まりの合図だったかもしれない。

 刹那、静寂に包まれていたはずの夜は、ライブハウスさながらの凄まじい銃声に包まれた。


『涸れ川方向に敵発見! まきな4、いや5! 歩兵多数!』


『南の丘からも近づいてくるぞ!』


『1匹も通すなよ! 撃ちまくれ!』


 黒い地面をまばらに押し寄せる歩兵の一団。その先陣を切って進むマキナに対し、曳光弾が光の帯を作り出す。

 進む敵はマキナが牽制射撃を行いつつ、歩兵は一心に前へ前へと進むのみ。一方の友軍部隊は、照明弾の光に照らされた敵の影目掛けて、各々の得物に火を吹かせ続けている。

 この状況なら、守る側が優勢なのは言うまでもない。こちらは環境遮断天蓋という揺りかごの中から武器を覗かせる一方、丘や涸れ川(ワジ)を越えてきた相手には、身を隠す障害物の1つすらないのだから。

 しかし、如何に無人兵器と言っても中身はB-20-PMの親縁たるバイオドール。無謀な突撃だけで攻勢を締めくくるはずもなく、それは空から弧を描いて飛来した。

 パワートレース隊のクシュだろうか。目のいい彼は、それが明らかに環境遮断天蓋目掛けて飛び、音と光を伴って炸裂するまでをしっかり見ていたようだ。


『うわっ!? て、敵から攻撃! 丘を越えてきました!』


『狼狽えるな! 見えない場所からの攻撃など適当だ! 当たりはしない!』


 そう言っていたのは指揮官機だろうか。直後に新たな爆発が起こり、いくつもの悲鳴が聞こえた気がしたが、誰のものかはわからない。

 音にだけ聞く防衛線の有様を、僕はひたすら地に伏せたまま、薄い膜を被されたマキナの中で聞いていた。

 正しくは、僕とルウルアは、というべきだが。


『ハクゲキホウ、だっけ。あれは反則っしょ』


『攻撃部隊ならそれくらい持ってるさ』


 爆発の威力から察するに中口径迫撃砲。となれば、直協支援部隊の中心は通常歩兵だろう。

 敵がバイオドールである以上、生身の人間よりは強力な物を運んできた可能性は当然ある。しかし、機甲歩兵が運用する物と比べれば明らかに火力が小さく、見ている限り精度も悪い。


『シューニャ、敵の位置情報を送る。B-20-PMへ、砲撃制御を行うよう伝えてくれ』


『ん、届いた。この場所へ撃て、だけでいい?』


『定格出力での連続射撃を、と』


『テイカクシュツリョクで連続……わかった』


 無線を切り、匍匐姿勢のまま地形の影へ後退する。


『砲台って、そんな使い方できるんか』


『驚きたいのはこっちなんだがね。まさか、直接照準射撃しかしていないとは』


 それが普通じゃないのか、とルウルアは白い尖晶のヘッドユニットを傾ける。分かっていたことだが、どうやら自分とは常識が異なるらしい。

 中型の陽電子砲台といえば、対地対空両用の一般的な施設防衛用武装だったはず。照射出力の調整が可能である上、直線を描く弾道特性から、確かに施設内での近距離射撃運用もできなくはないが。


『頭下げろ。来るぞ』


 雑談に興じる間もなく、ぼんやりと橙色に照らされていた夜の戦場を、雷のような閃光が駆け抜けた。

 それはまず盛り上がった丘の地面を赤く染め、もう1基からの砲撃が赤熱した地面を吹き飛ばし、続く連続照射が地形を丸く貫いていく。

 もう少し時間がかかるだろうと想定していたものの、砲性能が高かったのか、地形が薄く脆かったのか。どちらにせよ、丘の側面部分はあっという間に溶け落ち、その裏側へ隠れた迫撃砲部隊に突き刺さった。

 一瞬後、轟音から遅れて吹き抜ける爆風。続けて爆風、爆風。

 保持していた弾薬が誘爆を起こしたのだろう。少なくとも、これで火力支援の1つは潰せたはず。

 だが、そのくらいで敵が諦めるはずもない。被害を免れた支援部隊の連中は、こちらの反撃を知ってか次々と丘を越えはじめ、攻撃は更に苛烈となっていく。


『ぐっ……まだ堪えてるしかない奴、これ?』


『ああ』


 敵味方双方の銃火爆音が響き渡る中、ルウルアはじっとしていることに恐怖を感じているらしい。

 ここは塹壕ではないが、人であれキメラリアであれ、不慣れであれば似たような物なのだろう。

 ヘッドユニット越しでも、彼女の不安げな視線が手に取るようにわかる。いや、たとえ視線がなくとも、無線から聞こえる短い呼吸が、それを如実に語っていた。


『ホント、信じて大丈夫なんだよね? ウチ、戦うのはそんなに得意じゃないよ』


『泣き言なら、出てくる前に言い切っておくべきだったな。僕と君に《だけ》は、下がる道なんてないぞ』


『わかってる、わかってるってば。ただもうちょっとこう、言い方とかあるじゃんか』


 ぶつぶつと文句を垂れるルウルアに、フッと小さな笑いを零す。

 プリズムのような髪だか触腕だかを持つ奇妙なキメラリア。それでいて、テクニカだった施設に暮らす人々を纏める存在。にもかかわらず、纏う雰囲気はまるで自堕落な学生のよう、と。

 どう評すればいいのか分からない彼女の、なんだか素らしい反応が見られた気がした。

 できることなら、そういう姿は戦場以外で見せてもらいたいものだが。

 敵部隊が指定していたラインを通り過ぎる。火砲の音声おんじょうに紛れた足音と駆動音に、僕は抑えていたエーテル機関に火を灯す。


『期待する相手を間違えたね。行くぞ!』


 音と火花を散らし、ステルス幕を吹き飛ばしながら立ち上がる。

 目指すは敵の攻撃側面。ここまで薄っぺらな偽装を頼りに、こそこそと隠れていた甲斐があったというものだ。

 ジャンプブースターから青白い光を迸らせ、右手に突撃銃、左手に中型の盾を握って地面を蹴った。


『チッ、やったらぁぁぁぁぁ!』


 1拍遅れてルウルア操縦の尖晶が後を追ってくる。正規の訓練を受けていないとはいえ、その反応は悪くない。

 黒い丘の斜面を滑り降りながら、正面に近づく敵の突撃横隊へと狙いを定めトリガを引いた。

 高速徹甲弾の直撃に、強化歩兵装備のバイオドールが弾け、透明の循環液を撒き散らす。全く無防備なその様子から、どうやら自分の存在には全く気付いていなかったらしい。

 だが、撃たれれば当然連中だって反撃してくる。それも機械である以上、多少情報処理に手間取ったところで混乱には至らず、一部の部隊が綺麗にこちらへ振り向いた。

 あまりにも合理的に、あまりにも予想通りに。


『巫女様が動かれた! 一斉攻撃!』


 アタバラと言ったか。ルウルアの傍付きをしていたキメラリアが声を上げれば、一気に正面からの砲火が激しくなる。

 こちらへ対応していた連中は、無防備な側面を晒した上火力も分散しており、猛攻を受けた部分から突撃横隊に綻びを生じさせた。

 その綻びの中を、僕とルウルアは全力で駆け抜け、敵の隊列を突き崩していく。


『くそっ、まきなを逃した!』


『絶対に足を止めるな! 撃ち漏らしたって構わないんだ!』


 強化歩兵を蹴散らし、ポツポツと現れるマキナで手の届きそうな奴には、突進ついでの銃剣を叩き込みながら、敵陣形を一気に横断する。

 装甲に弾ける機銃弾を気にも留めず、対戦車誘導弾をフレアで撒いて、追いついてきた1発に盾を吹き飛ばされてもなお、速度を緩めず突き進んだ先。僕はスライディングするような恰好で、地形の窪みへ飛び込んだ。

 アクチュエータ、フレーム共に損傷無し。装甲ストレス値は許容圏内。エーテル機関は不安定だが、戦闘機動を維持するだけの出力はなんとか維持している。


『ハァっ、ハァっ! あーもう、やっぱカッコつけてウチも行く、なんて言うんじゃなかった!』


 機体の状況を確認していれば、僕とは僅かにズレたルートを突破してきたであろうルウルアが、窪みの中へ転がり込んでくる。

 それも黒い土砂をブースターで撒き散らすなり、金属の拳で恨めしそうに地面を叩く始末。

 今更ながら、出撃前に告げられた追従宣言は、恰好をつけての事だったのかと首を捻った。


『ほぉ? 僕ぁ単独行動を何かしら疑われてるものかと思っていたが』


『それもある! けど、本気で敵を横切るような突撃するなんて思わないじゃん!? てか、なんでアンタ平然としてられんのさ!?』


『慣れが感情を凍らせているだけ、かな――ッ!』


『ぐえっ!?』


 咄嗟に尖晶のヘッドユニットを地面へ叩きつけ、自分も土の壁に身体を伏せる。

 通り抜けていくのは機銃の雨。どうやら自分たちの追撃に舵を切った連中が居るらしい。


『い、いきなり何すん、だぁ!?』


 僕の手を振り払ったルウルアは、苦情を咆えかけた所で固まった。

 彼女の目にも見えたのだろう。大きな跳躍機動を持ってこちらに接近してくるマキナの姿が。


『やはりこっちに来たか。機甲歩兵隊へ通達、全機エレベーターホールまで後退。防御陣形を整えろ』


『承知した。お前ら、退くぞぁ!』


 アタバラのだみ声を境に、環境遮断天蓋の外側正面に展開していた機甲歩兵隊は、射撃を加えつつゆっくりと後退していく。

 それを見ていたからだろう。近づいてくる敵機へ、牽制にしかならない突撃銃をばら撒く最中、隣からどことなく悲壮感の漂う叫びが聞こえてくるのは。


『ねぇ! ウチらは下がらんの!?』


『せっかく敵を分断できたんだ。一緒に下がっては意味がない』


『くそっ、やっぱり体のいい釣り餌かよ! 分かってたけど、分かってたけどさ!』


 何を今更、と思ったものの、声に出すのはやめておいた。

 自分達が目標とすべきは、敵火力を分散させてからの各個撃破。それもルウルアの言葉を借りて釣り餌側となる自分達は、圧倒的な物量差がある相手に脅威と判断させ、友軍が敵部隊を撃破するまでの間、可能な限り長く敵を釘付けにしなければならない。

 まさか自分以外に、進んで餌となるような長が居るとは思わなかったが。


『あまり叫び回ってると舌噛むぞ』


『もーッ! 荒事は好きじゃないってのにさ!』


 飛来するグレネード弾に、揃って窪みから飛び出す。

 装甲にまとわりつく爆発煙を振り払うような形で、僕は空中で機体を翻した。

 さて、ピエロがどこまで観客を飽きさせることなく幕間を繋げるか。根競べと行こう。

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