第31話 リユースかリサイクルか
ガラスの向こうを人型重機、いわゆるパワートレースが、収穫された作物を抱えて歩いていく。
広大な水耕農地。元々施設全体の食料生産を担うため、地上部の特に天蓋沿いに作られたものの一部だろう。
作物まで800年前と同じということはなさそうだが、少なくともテクニカに暮らすデミだのキメラリアだのは、古代技術を本来あるべき方法で使いこなせているように思える。おかげで、現代風の荒い衣服が風景から浮いて見えた。
「おぉー……」
「キメラリアにはパワートレース使わせてんのか?」
「種族の縛りなんてないよ。乗れる奴を乗れる物にってだけさ」
窓に張り付いたままのファティマを横目に、俺は格納庫の中へと髑髏を巡らせる。
産業用として利用している方は、特に何の変哲もない量産品だが、気になるのは刺々しいカスタムがなされた戦闘用だ。
ハンガーにラッチされ、オートメックによる整備を受けている機体を眺め、兜越しに顎を撫でる。
装甲をツギハギしたゲリラ仕様。にも関わらず、妙に纏まりがあるのは、やはり現代人達の手による工作でないからか。
「しっかし、よくこれだけ武装したヤツが残ってたもんだぜ」
「いんや。トゥーゼロが言うには、他の管理ユニットが戦力補強の為に設計した急造品、らしいよ」
「てこたぁ、メカニカルに特化した人工知能かバイオドールか辺りが居たんだろうな。こんなのでも現代文明相手じゃ無双できそうなもんだが」
「逆に機甲歩兵が相手だと、賑やかしの移動砲台になればいい方だけど。機動力が無い上に火器管制装置も簡易品だしね」
バイオドールに率いられて育ったからか。ルウルアは現代人かつキメラリアという、マキナとは最も無縁であろう立場ながら、多少の技術的知識は持ち合わせているらしい。
適当に乗り回している内に扱えるようになった、という感じでもないのだろう。正直、少し感心した。
「これって、ゆっくりしか動けないんですか?」
外で働くパワートレースを眺めていたファティマは、動きの緩慢さが気になったらしい。大して興味も無い癖に、中々どうしていい質問を投げてくるものだ。
「元が重機だからな。戦闘用じゃねぇのさ」
「ジュウキ、とは?」
「穴掘ったり家作ったり、そういう作業用機械ってこった。マキナよりパワーはあるが、素早い動きはできねぇよ」
「ふむ……コウテツと似ている気がする」
ほぉ? と俺は髑髏をシューニャの方へ回した。
「流石だな、いい着眼点だぜ。企業連合の第一世代マキナは、こいつらパワートレースからの発展品だ。特に甲鉄は、その色をよく残してる」
中期モデルまでは、操縦系も大型パワートレースと近い思考検知のみで、身体追従を必要としない形だったことをよく覚えている。が、重機が低速でしか動作できないのと同様に、パイロットの思考に対する反応性の低さも受け継いでおり、身体追従操作を複合的に用いるような二世代型マキナと比較して、運動性や機動性が劣悪となってしまったのだ。
「シューニャ、ダマルさんが何言ってるかわかります?」
「……半分くらいなら」
「そんだけわかりゃ上等だろ」
カカカと顎を鳴らす。
半分理解出来れば内容の大半は飲み込めているだろう。もう半分残るのは、俺のウンチクみたいなものなのだから。
「ダマル、だっけ。アンタも大尉さんと一緒で、神代の知識を持つ人なのか?」
「そんなとこさ――っと。こりゃ本当に急造品だな。パワートレースを骨格に、装甲と外部カメラを無理矢理くっつけて、汎用の武装ラック背負わせただけかよ」
駐機されているパワートレースを覗き込んでの感想は、ジャンクを寄せ集めた前衛芸術。
装甲と言っても金属板や廃材を固めたような何かで、カメラやセンサーの類は、オートメックやマキナの予備部品だったり監視カメラだったり携帯端末だったりと多種多様である。
規格化された感じはなく、とにかく戦闘で使えるように混ぜ合わせただけ。一応はマキナ用の武装を、肩の汎用ラックへ砲戦装備のように据付けてはいるが、まともに狙えるのか、そも使えるのかにさえ疑問が残る。
プラモデルかよ、と零れかかった感想は飲み込んだが、ルウルアは何かを察した様で、へらりと肩を竦めて見せた。
「言ったっしょ。移動砲台になればいいほうだって」
「できれば嘘であって欲しかったんだが。お前も残念だったなファティマ。こいつぁお前でも扱えなくはねぇだろが、乗らねぇ方が多分強ぇよ」
「……なんでボクの考えてることがわかったんですか」
ジトリとした目で睨まれる。ただ、尻尾の先端が忙しなく揺れている辺り、内心は結構焦っているらしい。
「あんだけ説教したんだ。生身の戦闘に限界感じるくらい想像つくってぇの。だからそんな梅干しみたいな顔すんなよ」
古代基準と言われればそうかもしれないが、少なくともファティマは美形の部類なのだ。それをわざわざ、塩漬けされたような表情に変えたい訳じゃない。
パワートレースはその操縦系から、身体とフレームの密着を必要とせず、キメラリアにしかない身体的特徴を許容できるだけの余裕は確かに持っており、増設された装甲は防御力としても期待できるだろう。
しかし、元来重機である鈍重さは、高い柔軟性と瞬発力を兼ね備えた身体から剛力の一撃を叩き込むファティマの戦闘スタイルと、あまりに噛み合わなすぎるのだ。本人が、へにょりと尻尾と耳を垂らしてしまうくらいには。
「そう焦るこたぁねぇさ。俺だって全く考えてねぇ訳じゃねぇんだ。ルウルア、次頼む」
はぁい、と気のない返事が格納庫の中へ消えていく。
凶暴かつ自由な猫ではあるが、聞き訳のないガキではないのだ。今すぐに解決できる問題でないことは、理解してくれたらしい。
一方、クラゲのような見た目の奇妙な髪をした女キメラリアはというと、どうしてか訝し気に首を捻っていた。
「次って、あとは荷電粒子砲とマキナくらいで、他はガラクタばっかりだけど、敢えて見る必要ある? その感じじゃ、ウチらよりよく知ってんでしょ」
「わかってねぇなァ、その発想自体がド素人なんだよ。数だけで戦力が把握できりゃ苦労しねぇっての」
多少話ができる奴だとは思っているが、所詮は文明の残滓を啜っただけの原始人。テクニカに残っていた何某かは、思考回路までを育ててはくれないという証左だろう。
やれやれと大げさに手を広げて見せれば、ルウルアはムッと表情を強張らせた。
「なんさ、喧嘩売ってんなら買うよ」
「どうか気にしないでほしい。ダマルは誰が相手でもこういう言い方をするから」
珍しいこともあるものだ。シューニャが庇ってくれるとは。
これぞ日頃の行い。ようやく我が家の絶壁娘もこの骸骨の価値に気付いたのだろう。ガシャンと鎧を鳴らし、俺は自らの胸に親指を突き立てた。
「わかってるじゃねぇか。俺ってそういうとこあるからなぁ」
「ねぇ、やっぱぶん殴ちゃいかん? ちゃんと加減するからさ」
「……やるなら、全部終わってからにして」
弁護士にいきなり匙を投げられた。俺が何をしたと言うのだ。
漂う陰の雰囲気を察するに、何か通じ合うものがあったのか。いやそんなことよりも、流石に種族の特徴すら把握しきれていないキメラリアに、退勤パンチを貰うのは全く嬉しくない。むしろ命の危険を感じ、俺は慌てて軽い身体を大きく振り回した。
「おいおいおい! いきなり梯子外す奴があるか! 諦めんなよ! 擁護するならちゃんと最後までやれって! 揺りかごから墓場まで!」
「ダマル」
もしかすると、この場にポラリスが居たのかもしれない。そう勘違いしてしまうくらい冷たく、また鋭い声だった。
「真面目にやらないなら、ケイヤキクを兜一杯に詰める」
「すんませんでした。真面目にやります」
あの目は本気だ。確実に俺を、異臭と植物アレルギーの海に沈めようとしている。それならまだ、ぶん殴られる方が幾分マシかもしれない。
重機よりもなおぎこちない動きで携帯端末へ向き直る。最低限、見た目だけでも真面目な仕事ぶりを見せておかねば、今晩辺り涙と鼻水に沈むことになるだろう。それだけは避けねば。
「アンタ、見た目によらず過激なんだね」
「そう?」
「自覚無しかよ。そんで? 素人じゃないアンタは何が見たい訳? マキナ? それともガラクタ?」
ルウルアもキメラリアだからなのか、多少引いている様子だった。やはりシューニャの方が数段危険人物と考えるべきであるらしい。
とはいえ、呆れた様子で腕とサイドヘア代わりの触腕を組んで見せる彼女に対し、俺は機体の整備ログを確認しながら声のトーンを落とした。
「時間が許す限り全部だ。それとな姉ちゃん」
「な、何さ」
「ガラクタかどうかは、お前が決めることじゃねぇ。俺が見て判断することだ」
細いスリットの兜は、俺の髑髏を覆い隠している。どうせ中身が見えた所で、表情なんて存在しえないのだが。
それでも、ルウルアは僅かに気圧された様子で、表情を引き攣らせていた。
「言ってくれるじゃん。その自信が、虚勢じゃなきゃいいけど」
馬鹿馬鹿しい話だと、孔しかない鼻で笑う。
肉も内臓も元の骨格さえも、800年前の何処かに忘れてきた俺だが、それでもメカニックとしての矜持だけは捨てた覚えがないのだ。
■
携帯端末を睨みつける。
この所、少しばかり細かい字が見にくくなった気がしなくもない。これも怪我の弊害だろうか。
「指揮官機の尖晶が1、黒鋼が3、素銅が1、ヴァミリオンが2、フクシヤが3、どれも現地改修型か」
「それと武装パワートレースが15に、強化歩兵が30人、施設防衛用の移動式荷電粒子臼砲が2基だとよ」
マキナに搭乗するのはデミか、あるいはルウルアと同じキメラリア・クヴァレであるらしい。身体的特徴が髪の毛のみに現れているからなのか、他のキメラリアと違ってマキナのインナーフレームに適合できているようだ。
一方、パワートレースや強化歩兵は、これまでにも見てきたケットやカラと言った高い身体能力を誇る種族がほとんどらしい。装備品まで書かれた彼らは、訓練さえ行き届いていれば中々の戦力になるだろうが。
兵員用座席の背もたれに体重を預け、ため息を1つ。
「「贅沢なゲリラ」」
綺麗に重なった声に、だな、だろ、とそれぞれの語尾が続く。それくらいわかりやすく、単純な感想しか出てこないのだ。
ハハハ、カカカと、示し合わせたような乾いた笑いが浮かぶ。これまでに見てきた現代文明の連中と比べれば、最高級と言っていいかもしれない程の部隊編成であるにも関わらず。
「それは?」
「自警団みたいなもんだってことさ」
耳慣れない言葉に首を傾げるシューニャを、ダマルはさらりとあしらう。多分、事前に答えを考えていたのだろう。
現代文明相手の自警団なら、戦力として十二分。国家軍とすら余裕でやり合えるし、たとえミクスチャに襲われたとしても単独で撃退できる力を持っている。
しかし、僕は唸りながら眉間を揉むしかできなかった。
「先の偵察部隊程度ならともかく、統合防衛軍の攻撃部隊と正面からやり合うのは正直厳しいな」
「いやいや、いくら何でも定数満たした攻撃部隊なんざ出しちゃこねぇだろ」
これまでの今を見ていれば、ダマルの言いたいことも理解はできる。だが、今回の相手は正直に言って、全く別物と考えなければならないだろう。
「敵戦力が不明瞭である以上、想定は常に最悪であるべきだ。施設の占領が目的だとすれば、最低でも1個中隊が投入されるはず。加えて、これまでの傾向から考えるに、統合防衛軍は強化歩兵との混成部隊を編成している可能性が高い」
「最低でも、マキナ20機に強化歩兵60人ぁだと? 流石にたまんねぇな」
対するこちらは、現地改修とは名ばかりの継ぎ接ぎ整備マキナばかりで、機甲歩兵は正規訓練を受けていない民兵たち。
一方、相手はバイオドールによる柔軟性の薄い自動運用とはいえ、ただの無人動作のマキナよりは明らかに動きがいい。シンクマキナによる統括制御より一段落ちる、と言ったくらいだろう。
こちらに唯一の救いがあるとすればあの陽電子砲台だが、正規軍部隊の配置次第では全く役に立たないことも考えられるため、僕は眉間を揉むしかなく、数を聞いた現代人3人も明らかに引いていた。
「うへぇ、国でも滅ぼすつもりッスか?」
「ミクスチャの方がまだ簡単そうですね」
「……勝てる?」
ポンチョの裾を握りこむシューニャに、いかんなぁと僕は後ろ頭を掻く。
彼女らを不安にさせたところで、物事がうまく進む訳でもないというのに。
「あくまで想定だよ。僕らは昔の記憶から、これまでの敵勢力を偵察部隊だと考えているが、実際はあれが最大戦力だった可能性もある訳だし」
「統合防衛軍が攻撃部隊を編成してくるってのも、ポンコツバイオドールの世迷言かもしれねぇしな」
ただでさえ現代は、800年前から地形も生態系も文化も変わり果て、マキナがリビングメイルなどと呼ばれ化物扱いされる世の中である。バイオドールが正常に国家機関に運用されていると考える方が、むしろ不自然だろう。
B-20-PMも機械だ。彼の計算が過去文明の常識を元にしたものならば、杞憂に終わる可能性の方が高い。そうなれば、僕らの役目は何事もないまま終わりを迎え、契約通り集めるべき物を集めさせて頂くだけのこと。
「そうだダマル。これを見てくれ」
「あん? 何だよ急に――」
画面を切り替えた携帯端末を手渡せば、途端に骸骨はいつもやかましい口を閉じる。
彼ならば、一目見ただけで何を意味しているか理解したことだろう。
「こりゃテクニカの施設ログか。どこで拾ったんだ?」
「管理権原者代理からの頂き物だよ。残念ながらこの場所に、翡翠が配備された履歴は見つからなかった」
「お前、アレに会いに行ってたのか? いやそんなことより、だとすりゃこの長旅は骨折り損確定じゃねぇかよ」
特殊部隊の専用機として作られた少数生産モデルである以上、無くて元々とは僕もダマルも同じように思っていたことだ。それでもなお、後部ハッチにもたれた骸骨がぐんにゃりと脱力するのはむべなるかな。
あくまで、この話に続きがなければ、だが。
「そうでもないさ。ここには稼働可能な兵器の自動生産ラインが残されているらしいから」
「はぁ? そりゃ確かにすげぇが、ンなモンあった所で俺たちにゃどうすることも……待て」
技術遺構としてなら価値があるかも、という悲観的な考えから、急にダマルはカコンと骨を鳴らして姿勢を正す。現代人たちがいい加減、話について来れず眠そうにしている中でだ。
「まさか、エーテル機関を新造する方法があるってのか?」
「代理曰く、設計図面さえあれば作るのは不可能じゃない、とのことだよ。必要な資材の類も、多少は在庫しているとか」
ニヤリと、髑髏が笑った気がした。下顎骨が薄く開いている辺り、多分間違ってはいない。
「……成程な。で、金襴機関製《翡翠》GR2000Pの設計図面には、心当たりもあると」
「あの人のデータベースになら、その辺は入ってるさ。賭けてもいい」
「ゲームにならねぇよ。だが、これで希望が見えたな」
マキナの設計製造に関することなら、赤ら顔の老翁を置いて右に出る者など居ない。その範囲が材質から武装に至るまで広がっていることもよく知っている。
全く有難い縁だ。存在するかどうかさえ分からない実物を探して世界中を巡るよりは、余程分のある賭けだろう。
「しかし解せねぇな。あのバイオドールはデータ渡す為だけに、わざわざお前を呼び出したのか?」
「いや、元々呼ばれた理由は――」
と、言いかけた所で耳障りなブザーの音が響き渡った。
これにはうつらうつらしていたアポロニアが、ビクンと体を震わせて頭を上げ、ファティマも目をしばしばさせながら顔を擦っていた。
「な、なんスかこの音……!?」
ため息を1つ。兵員用座席からゆっくりと腰を上げる。
「どうやら、想定で終わりにゃさせてもらえねぇらしいな」
もしかすると、長い夜になるかもしれない。




