ナスキー ( 産声 )
大規模修繕中のパラス教会の台所ではアースオーブンが作られています。
王妹ウリエル様は私に約束をした通りに職人を手配してくれました。
平に削られた大きな石が組まれ土台が作られている。その横では職人さんが粘土に水を足し、足で踏んで捏ねています。
「ねえ、トゥーリィお姉ちゃん。何を作っているの」
私の側にいるシュリンちゃんが興味深そうに作業を見ています。
「これはね、オーブンを作っているんだよ」
「オーブン?」
「これがあるとね、パンがウチでできるんだよ」
「パンが」
「そう。それも出来立ての熱々のパンができるんだよ。これがまた美味しいんだ」
「そうなの。早く食べたい」
「まあ、オーブンが出来上がるまで時間がかかるから、もうちょっと待ててね」
「うん、待ってる。ねえ。お姉ちゃんは、熱々のパンを食べた時あるの?」
「あるよぉ。教会本部に厨房を手伝っていた時に分けてもらったんだ。熱々のところへバターを塗ってパクって食べるの」
「うん」
「口の中に溶けたトロッとしたバターと、焼きたてのパンが混ざっていい塩梅で美味しいたらありゃしない」
聖女見習いとして聖教会教導部で学んでいた時を思いだす。皿洗いとか手伝って、料理人と仲良くなって食べさせもらったんだよな
あ。
おっと、よだれが。あの味を思い出してしまった。
「早くできると、いいね」
「うん」
「そうだ、作る途中で手伝ってて言われてるの。シュリンちゃんも頼めるかなぁ」
「もちろん手伝うよ」
「良い子、良い子」
「へへ」
思わず、シュリンちゃんの頭を撫でてしまった。
オーブンができあがれば、パンだけじゃなくて、ピザとかキッシュとかもできる。肉も火が程よく通って柔らかく食べられるはず。シュリンの姉のセリアんも喜ぶはずだ。食いしん坊だからね。
そうそう、オーブンの方も入り口のアーチを作り出しています。消石灰と穀物の研ぎ汁を混ぜたモルタルを使って焼き煉瓦をアーチ状に積んでいくのですね。
できあがればその後ろに砂で丸く山を作る。その上に捏ねた粘土を乗せていく。ドームの形が出来上がったところで中の砂を抜く。
そのドームの内側へ粘土をペタペタと貼り増しするのをやってくれと言われています。ここは手伝ってと言われています。シュリンちゃんも面白がって、いつまでもやってるんじゃないかしら。
そうだ、私、職人さんたちに、
「皆さん。作業お疲れ様です。休憩にしませんか。赤甘茶作りましたので皆さんでどうぞ。ビスキィもありますよ」
お茶とか付け合わせのお菓子をお出ししないといけませんでした。
「助かる。ちょうど喉が乾いたって思ったとこなんだ。おい、みんな、休憩するぞ。聖女様のご好意をいただけるなんて光栄なんだぞ」
「「「へい」」」
「皆さんのお口に合えば良いのですけど」
「うまいに決まってますって。聖女様からいただけるですから、美味しくないなんて言ったら罰が当たります」
「まあ、嬉しいことをおっしゃいます。さあ。召し上がれ」
「「「おぅ」」」
職人の皆さんはホクホク顔で食されています。お世辞だったとしても嬉しいものですね。
でも、皆さん。私は、まだ見習の身なんですよ。お恥ずかしながら。
さて一通り給仕も終わり、私は次の御勤めへ向かわないといけません。
「シュリンちゃん。辻業へ出るから、私に変わって作業を見てもらえる?」
「は、はぁ~い」
いつの間にか、ビスキィを頬張るシュリンちゃんが返事を返してきました。ちゃっかりしてるなぁ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃ………、ご、ゴホッ、おほっ」
慌てて食べたのでしょう。どうやら喉に詰まらせたようですね。
シュリンちゃん落ち着いて食べてね。今日だけはつまみ食いしても怒らないからね。
私も抜かりなく、先に一ついただいております。ほほほ。
ゴホンっ
さて、いつも通り詩篇と聖水、スレイベルをカバンに詰めて表へ出ます。今日は五つ先の辻に立って聖句を奏上します。聖教会に勤める聖女見習いのお勤めなんです。
先日伺った肉屋のスリッチャーのお宅の近くなんです。そういえばそろそろ赤ちゃんが産まれても良いはずなのですが、
ガチャ
うん?
肉屋さんの玄関が勢いよく開きます。中からスリッチャーさんが出てきました。丁度、よかった。奥さんの具合聞いて見よう。
「こんに………」
「トゥーリィーじゃないか。良かった」
へっ? 良かった?
見ると、スリッチャーさんの顔が焦っているように見えます。
「奥さん、しっかりして!」
扉の奥から切羽詰まった声がします。
「どうかしたんですか? 奥さんは?」
「それが………」
何か、言い辛そうなんです。それに玄関の奥が騒がしい。
「子供が生まれた……」
えっ。お子さん産まれたんですか? なら、なんで辛そうな顔をしているのでしょう。
「おめでとうございます。男の子? 女の子? どちらです………」
彼は一度、扉の方を見ます。そして声を絞り出すように、
「泣かないんだ。息もしてるかわからない………」
「えっ………」
「体の色もおかしいんだ。青黒いというか、紫っぽいというか」
それってまずいんじゃないでしょうか。もしかして、もう………、
「トゥーリィ、いや聖女様。後生だ、二人を助けてくれ。頼むよ」
二人って奥さんもなんですか。私が今、ここにいると言うことは主の思し召し。聖女のお勤め果たします。
「エイゴウ・コンフィレ。お受けします。中へ入りますね」
「ああ、頼むよ」
私は玄関に立ちすくむスリッチャーさんの横をすり抜け奥へと向かいます。
「で、奥さんは大丈夫なんですか?」
「血が止まらないんだ………」
「えっ…………」
「産婆が言うんだ。どっちも危ない。覚悟はしてくれって」
「………」
もう、言葉が出ません。最悪の事態じゃないですか。スリッチャーさんも奥さんも私だって生まれるの楽しみにしていたんですよ。
「頼むよ。聖女様……、もう、主に縋るしかないんだ……、頼むよ」
「わ、わかりました」
私の後ろから涙交じりの声が聞こえる。私は歩きながら手で印を結び主へ祈りを捧げます。
フォセレ・ヴェレ
我は乞い願う
インコルミターテム・ウェストラーム・プレコル
皆様が無事でいられますように
廊下を進み、奥の部屋へと進みます。そしてドアノブを掴み………、
開けます。まず、
「あんた、しっかりしな」
産婆さんでしょうか、誰かを励ます声が聞こえてきます。
そして、
「うっ、これは」
鉄のような匂い。これは血の香り。生臭い臭いも混ざっています。部屋の中を淀んだ匂いが充満しています。
ベッドの上には下半身にシーツをかけられた人が横たわっていました。シーツの端から見える敷布に赤いもの滲み出しています。かなりの量じゃないですか。
よく見ると、シーツにも点々と赤いものが滲み出ています。そしてシーツの横に折り畳まれたシーツの上に血の気を失った赤ちゃんが置かれていました。目を瞑り口を閉じています。
息をしているのかしら。首に赤い紐みたいなものが巻かれています。一重でしょうか、二重でしょうか。
「あんた、あんた、しっかりおし」
産婆さんがスリっチャーさんの奥さんに声をかけています。
「………、あ、赤……、赤ちゃん。私の……赤ちゃん……」
「あっ………」
力なく、か細い声で奥さんは声をだします。産婆さんも何も言えずにいました。
「………、……赤ちゃん?」
血の気の抜けた顔で微かに空いた目でこっちを見て虫の息で奥さんは自分の子供のことを聞いてきました。
でも、奥さんも危ない。このままじゃ命の火が消えてしまいます。
どうしよう。トゥーリィ、あなたならどうするの。産まれたばかりの赤ちゃんは息をしているかどうかわからない。
でも奥さんは、まだ生きている。微かだけど声が出せるんだ。じゃあ、奥さんからだと思う。
「赤ちゃんは………、男の子?………女の子?………どちら………かしら」
小さく、掠れた声が聞こえてきます。
「どっちでも……、かまわ……ない……わ。夢だったもの」
「喋らなくていいから。気をしっかり持って」
産婆さんが仕切りに奥さんに声をかけています。
「あの………人の子を産むのが………、早く抱いてみたい。私の………」
それが、聞こえてないのでしょうか。譫言のように奥さんは言葉を絞り出す。
「………赤ちゃん……」
違う、奥さんじゃない。先に主へ奇跡を願うのは、子供から。そう、絶対そう。
ズキンッ
あ、頭に疼きが。これは、私の額に負わす御方。死を司る裁定の神が目を開けようとしている。じゃあ、赤ちゃんはもう、
ー 汝に問おう ー
頭の中に凄まじい力を持つ言霊が入り込んできます。いつもながら頭が破裂するんじゃ無いかと思うぐらい強い思念。
ー 彼の幼き魂は天に帰るもので有りや無きや ー
否です。
私は答えます。いつもなら裁定の女神シャイが答えるはずなんだけど、思わず私が答えてしまった。
違う。絶対に違う。この子はスリッチャー夫妻の希望なんです。この子を天に返してしまったら、奥さんの生きる希望も潰えてしまう。その先にあるのは絶望。そして………死。
否です。否です。否です。
ー ほう ー
なぜ? と頭の中に御方の声がしました。
なぜなら、この子は、まだ目を瞑ったまま開けていない。耳だって聞こえているか分からない。
私はこの子に見せてあげたい。奥さんの顔を、スリッチャーさんの顔を、二人の笑顔を。
外に出てお日様の光を空の青さを、咲き誇る花の綺麗な様を見せてあげたい。
二人の笑い声を。祭りの音楽は笛や太鼓のリズムは陽気で楽しいよ。外の出れば囀る小鳥の声が聞こえるよ。全部聞かせてあげたい。
あなたの産まれた世界は素晴らしいんだよって教えてあげたい。
ー ふっ ー
なんだろう。御方が含み笑いをしているように感じられる。やってみせろと言っている気がします。
ならば、
私は折り畳まれ血で汚れたシーツの上にいる赤ちゃんに近づく。手桶で洗った手を伸ばし、首に巻かれた紐のようなものを解いていった。
なんかあったかい。紐の中に液体が動いている。紐の片方は赤ちゃんお腹に継ながったたまま、もう片方は奥さんに掛けられたシーツに下に潜っている。臍の緒っていうんだっけ。
「………、あ……、ちゃん、お……、どこ……」
奥さんの呟きが聞こえる。
「クシュ」
あっ、なんか、聞こえた。微かだったけど聞こえてきました。息を吐き出すような音。私の前に横たえられた赤ちゃんから聞こえる。呼ばれて答えているなんて、流石は親子、会話しているみたい。
息をしているならば命の火は消えていない。微かでも灯っていれば、なんとかできるかもしれない。
私は、手で印を結び、
フォセレ・ヴェレ
我は乞い願う
ダー・エイ・ルーチェム・ウィデーレ
この子に光を見せてあげて
ダ・アウディーレ・ソヌム
この子に音を聞かせてあげて
フォウェア・マトリース
母の温もりを
カロール・パトリス
父の温かさを
ドナ・アモル・パレントゥム
両親の愛をお与えください
私は祈ります。深く深く祈ります。
ドミナス。フォセレ・ヴェレ
主よ。我は願う
『レスレクティ<ゲヘナ>』
私の渾身の願いが世界に溶け込んでいく。周囲が眩いばかりの紫の光で満ちていきます。濃く深い色に塗れた紋様の様な文字が周囲に溢れ出し舞い踊り出す。
お願いです。この子を抱き上げてみたい。抱きしめたいんです。笑顔を見せてあげたい。お願いします。お願い、主よ。
ー 再び、汝に問おう ー
頭の中に凄まじい力を持つ言霊が入り込んできます。もう、頭が破裂したんじゃ無いかと思いました。
ー 彼の幼き魂は天に帰るもので有りや無きや ー
「否です。この魂は幼い無垢なる魂。未来さえ定かなるもの。ならば、行く末を見守るのも私たちの勤めと存じます」
ー 未だ、魂の裁定の場には及ばずと言うことなりや ー
「はい。この子が世界の中、希望を見つけ、使命を知り、事を為すまでお待ちいただけますか」
ー なるほど、そちの言い分受け取るとしよう。刹那の刻の果て、再び見えるとしよう ー
辺りに満ちた紫色の光が赤ちゃんに収束する。小さな体に溶け込んでいきます。
光が止み、静寂が訪れて数刻、
おぎゃぁ、おぎゃぁ、おぎゃあ、おぎゃあ
赤ちゃんの鳴き声、産声が狭い部屋に力強く鳴り響く。血の気が戻り赤く染まった全身を使って泣いています。
小さな小さな手をぎゅと握り、小さい口を目一杯開けて泣くんです。
やった。命の火は灯ったんだ。
「あっ、赤ちゃん………、どこ?」
鳴き声が聞こえたのでしょう、奥さんの声にも力が蘇った気がする。動くのも億劫そうで、横になっていたのに、鳴き声を探して頭をあげて周りを見出した。
やった。奥さんの気力が戻りつつある。
ならば、私は彼女を手助けするまで、
フォセレ・ヴェレ
我は乞い願う
レスティテュティオ<オール>
全ての痛みを、飢えも、渇きも苦しみも癒したまえ
主へ届けと、心を込めて祈ります。
「ああ、あぁ」
奥さんが吐息を吐きます。苦しみの色はない。解放された安堵の吐息です。
これで、なんとかなりそう。後は、
「産婆さん、赤ちゃんを産湯で洗ってあげてください。奥さんに抱いてもらわないと」
「分かっとるよ。後は私らに任せんしゃい」
「お願いします」
産婆さんは赤ちゃんに色々と処置を始める。顔を拭い、臍の尾を切って、産湯で体を洗っている。
奥さん方も汗を拭かれ、足の間でなんかしてるし、お腹もマッサージされていた。
そして、
「おめでとう。女の子だよ。抱いてあげな」
産婆さんは赤児を奥さんに手渡す。奥さんは壊れ物を扱うように赤児を受け取り抱きしめた。頬に涙が流れる。でも唇は弧を描く。
微笑みながら赤ちゃんを見つめている。なんて慈しみ深い光景。神々しい姿。
そうだ、この姿を見せてあげたい人が外で待っていました。本当なら私が伝えるべきではないのですが………
ガチャ
私はドアを開けます。
「スリッチャーさん。お子さん無事でしたよ。おめでとうございます。女の子ですって」
「そうか、産声が聞こえたんでまさかと思ったけど………」
見るとスリッチャーさんの目に涙が見えます。
「奥さんの出血も止まりました。もう大丈夫ですよ」
「そうか、よかったぁ」
スリッチャーさんは顔を手で覆い、膝をつきます。肩も震えている。
「あいつも無事か」
「はい」
「はぁ〜」
彼の口からも安堵の声が。
「さあ、中に入って奥さんを労ってください。お子さんも可愛いですよ。さあさあ」
私は彼の背中を押して、奥さんのいる部屋へ向かわせます。
「あぁ。ありがとうな。トゥーリィ。行ってくるよ」
スイッチャーさんも立ち上がり、ドアを開け部屋の中に入りましたた。
一時は、どうなるかと思いましたけど、なんとかなってよかった。
でも、子供を産むなんて、なんと大変なことなんでしょう。
「よくやった」
部屋のなかからスリッチャーさんの歓喜に満ちた声が聞こえる。
でも。子供が生まれるなんてなんと嬉しいことなんでしょう。
「頑張ったな」
さらにオイオイと喜びに満ちた涙声も聞こえてきます。
子供ができるなんて、喜ばしいものなんですね。
私も、二人を手助けができてよかったです。
私にも何れ、子供が………、
まあ、無いかな。自分のこと考えれば分かります。でも、なんだろう。黒髪の男の人の笑顔が浮かぶんです。彼となら………。
ない、ない。私は目の前に浮かんだ妄想を手で払う仕草をします。
さあ、私は、皆さんのため、外で辻業をしないといけません。お勤め、お勤め
がんばろっと




