エグゼキュート
よろしくお願いします
自分の口から自分の言葉が自分の声で発する事で安堵した。なんせ、運命の女神とやらが私の口を使って喋り、私の体を使ってセリアンの臓物を捨てようとしていたんだから、
「セリアンは、確かに言葉は汚いし、口は悪い。だけど家族思いの優しい娘なんです」
そう、セリアンは意識がなくて、ぐったりしていたシュリンを私のいる教会までつれてきたんだよ。小さいとはいえ、子供1人を抱えてきたんだ。大変な思いをしたはずなんだ。
ー 静粛に 裁定の途中である ー
途端に頭の中に声が響く。凄まじい圧力に頭が破裂しそうになってしまう。痛みに頭を抱えて跪いた。でも、こんなものに負けるわけにはいかないの。刃を食いしばって、立ち上がって喋ろうとした時、
「お姉ちゃん。どこ? どこにいるの。セリアンお姉ちゃん!」
小さい子供の嗚咽混じりの声が聞こえる。この声はシュリンちゃんだ。心配になって姉を探しに来たんだね。
「ぉ、おっ、おねぇ、おねちゃ、お姉ちゃん? グスン、グスン
とうとう、居た堪れたくなったのだろう。泣いてしまっている。
「聞いていただけましたか? セリアンを頼みにしている家族がいるんです。小さい妹が、あの惨状の中、彼女を探している」
私は、光の柱が並び立つ中、御方と呼ばれる存在へ訴えた。
ー 汝、咎人を庇い立てしようということか ー
ズクン。
痛ったぁ。御方が私の話に興味を示してくれたよう。でも、頭の中に響く声が圧を持って私を苛んでくる。でも、シュリンのためにも挫けちゃいけない。
「それに、セリアンは胸に何か埋め込められたって言ってました。その後のことは覚えていないって、事切れる前に虫の息で話をしているじゃありませんか」
そう、この騒ぎはセリアンのせいじゃない。彼女の体を乗っ取った誰かの仕業なんだね。
「それって自分の意思では動いていないってことですよ。こんなんで罪だ言われたって、おかしいと思いませんか。だからセリアン自身はやっていない。当然、無実です。私はこう考えますよ」
と、虚空に向かって私は吠えてやった。すると、セリアンの鼓動する臓器が乗る大皿が少しだけ動いて、沈んだ。
ー 裁きの天秤が動いた。然るに汝に一理があるようだな ー
やった。私の話を聞いてくれた。天人たる御方も、少しはわかってくれたかもね。これならセリアンの罪は問われないかもしれない。一縷の望みだけど。
ー 汝の言い分も理解した。なれば、再びの裁定を ー
《《《リィーア》》》
有罪
《プロバージョン》
周りに立つ柱から相変わらず、有罪の声が出る。でもボツッと別の意見が出てきてくれた。一体、どうなるやら、余談が許さないよ。
ー ディクレェタァム ー
判決
私は、固唾を飲んで御方の裁定を待つ。
ー プロバージョン ー
え、プロバージョン? それってなんなの? セリアンは罪を問われないってことなの?
ー稚拙な判断で災厄を齎したのは明白ー
ーなれど自覚なき行動でもあるー
ー近しき者の嘆願もあろうー
ズキン
相変わらず、言葉が頭に響いてきて、圧で爆ぜてしまいそう。天人たる御方、プロバージョンってどんな意味なんですか。私、わからないんですけど。
それに、セリアンは息をしているように見えない。動かないんだ。彼女の胸から鼓動する臓器が取り出されてから、一度痙攣したきりピクリともしないだよ。これじゃあ………。
私は両手を組み、主に乞い願う。
「フォセレ・ヴェレ」
次に手で印を結び、奇跡を願う。
「サナ・メ・ドミィニ」
更に、その場に跪き祈る。'ドミィニィ'教会の始祖たる聖女へ祝福と託宣を授けた主へ。
「ロゴ、エニム、ビィタ」
命乞いを
しかし、主へ祈りを捧げている私の頭に力ある言葉が響く。裁きの刻がきた。
ージャジメント nova nativitasー
私の目の前でセリアンは音も立てずに散華した。ひと山のチリとなって消えてしまった。
「何で!」
必死に主にお願いしたのに! 罪は問わないのではなかったのですか? プロバージョンは、そういう意味ではなかったのですか?
あまりの仕打ちに思わず叫んでしまう。
ー クラァーサ・クーリェ ー
閉廷する
しかも、私の頭の中で厳かに響いてきた。そして並び立っていた光の柱が全て消え去っいく。裁きの場が終わってしまったということなんでしょうね。私が申し開きしたことは聞き入れてもらえなかったということなんでしょうか。
ごめんね、セリアン。ごめんね、シュリンちゃん。私、何も力になれなかったよ。
目が潤んでいく。涙が流れ落ちるかという時に、
『涙を流すでない、心の優しい娘よ』
私の口から、私のではない言葉が呟かれる。もしかして離しているのは、運命の女神シャイと呼ばれていた方。また、私の口を使って私に話しかけてきているの。
『罰は下されぬ』
罰は下されないって言ったって、実際のところ、下されてみたいなんですけど。
「ですが、セリアンは消えてしまいましたよ。天人は異なことを言うのですか」
あまりの仕打ちに、天人だろうが構わずに捲し立ててしまう。
『慌てるでない。優しい娘よ。罪の審議のため心の臓を取り出されて、あの者の体は朽ちてしまった。故に御方は温情を下されたのですよ。しかし、それには代償を伴います』
今更、何ですとぉ。ここにおいてぇ、
「何ですか? それは命ですか? それも誰かの! 家族ですか? それとも私のですか?」
『慌てるでないと申しておろう。笑止である。優しい娘よ』
「では、何か試練でも受けるのですか?」
ー 汝らの絆とやらを呈せよ ー
ズン
「アゥん」
いきなり、御方の言霊に頭にドカンと割り込まれて、意識が飛んでしまった。
「かはっ」
私は意識を取り戻し、息を吐き出した。そして周りを見渡してみると倒れている者たちが動き出し、確認や介抱の声が飛び交う。通りに音が戻っている。
どうやら、普通に時が刻まれているようだね。元に戻れたようだ。安心したら、何やら顔がスースーするんだ。そうか、マスク。衝撃に飛ばされたんだっけ。
「いけない。マスクがないんだ。あれを探さないと」
ひとりごちて、手をつき上体を起こす。
「目が覚めまして?」
いきなり声をかけられて、ゆっくりと後ろに振り返ると緋色が目に入った。鮮やかな緋色の騎士服だね。それにブロンドの髪は三つ編みとなると、噂の彼女、
「レディコールマン!」
「これ、あなたのものでしょう。かなり飛ばされていましたが何とか見付けられました」
レディ・コールマンが手に私のマスクを持って佇んでいる。そのうち、何かに気づいて、私の額をじっと見つめてきた。徐に手を伸ばして指先を額につけてくる。
「この文様は目ですか? 両目の黒と緑のアイライン。ロータスレッドの虹彩、ひっ」
アイラインに沿ってだろう指で額をなぞっていた手を引っ込めた。
「動きました!ほっ本物!」
いきなり、スッと私の手が動いた。彼女の頭に伸ばし指を髪の中に滑り込ませる。
因みに、私は動かしてない。耳の少し上の辺りで探っている。すると彼女は声を出し始める。
ー 我、萌芽と枯枯を司るものなり。業は審判 ー
「私がしゃべっていませんわ。一体、誰が私の唇を使って話をしているというのでしょう。聖女様、貴女なのですか?」
「私ではありません」
「では、誰が?」
「実は………」
ー我の名をつげるなかれ、未だその時にあらず ー
グァン
いたっ、いたた。
コールマンに急かされて、思わず事情を話そうとしてしまったのだけれど、頭の中が割れそうに痛くなり、言葉が続かない。
ー 我は僅かな未来において真実の羽持ち、審判場にて其方を待っておるぞ ー
「審判、そして真実の羽って。聖女様、もしかして私くし、冥界神の言葉を発してきるのですか?」
痛みに耐えながら、私はレディ・コールマンに黙礼で肯定の返事するのがやっとでした。
「貴女の額に座すのは」
彼女は畏怖と好奇心の眼で私の額を見続けている。そのうちに額から目をつぶるような感触があった。そして、
「あちー熱い熱い!痛っいたタタタタタタタタ タァ」
突然、額が焼かれるような感触! 肌がジリジリと爛れていくのがわかる。
慌てて、レディコールマンが持っているマスクを引ったくるように取り上げ、額に貼り付けた。
実は、このマスクは痣を隠すだけでなく、痛みも和らげてくれたりする優れものだったりする。奇跡を祈ったりして力を使ったりすると、爛れが酷くなり痛みも増してくるんだ。これのおかげで!いつもなら我慢できるぐらいに痛みが治まるのだが、使った御力が大きすぎた。
「治りきらないよー いたタタタタタタタタだぁ」
悲鳴を上げ、身悶えているのだが痛さがひかない。そこから駆け出し教会へ逃げ込んでしまった。
「聖女様、どちらへ行かれる? 詳しい事情をお聞かせください」
私を呼び止める守護令嬢レディコールマンを、その場に置き去りにして教会に飛び込み、部屋に入ってベットの上で蹲り痛みにたえた。シーツに頭を擦り付けて、
「これも、貴方がいう試練などでしょうか?」
何とかして欲しいと額にいるであろう御方に訴えた。
ありがとうございました