グラディアス・ドゥミィニイ 主に感謝の祈りを
周りが暗くて何も見ることができない。そんな闇の中に私の意識が浮かび上がる。
目が覚めたのかな。でも、起きたつもりなんだけど眠いんです。疲れて疲れ果てて意識を失ったはずなのに疲れがまだと残ってる感じがする。
ぼんやりとした意識のままポツネンと立ちすくんでいると、なんか頬を叩かれる感じがするのね。
ペシ、ペシペシ
止めてもられるかなぁ。私は凄く眠いんだよ。とっても疲れていて寝ていたいんだ。
ペシ、ペシペシ
何度も何度も繰り返して。終いには怒るよ。兎に角、止めてくれるかな。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんトゥーリィお姉ちゃん」
ありゃ、この声は知ってる。
あのぅ、あのぅ、誰だっけ。あの赤い髪の毛の………、獣人………、狼の………、そうだ、シュ………、だめだ。考えてはいるんだけど、まとまらないや。
ペシ、ペシペシ
もう、いい加減にして欲しいな。止めろって怒鳴らなきゃいけないかな。でも、面倒だしな。どうしよう。
思いあぐねていると、
『早く起きぬか!この、どたわけが』
頭が割れるんじゃないかってくらいの怒声が耳に入り込んできた。
「はひぃ」
私は、思わず瞼を開いてしまう。驚いて跳ね上がるように体も起こしてしまった。
「ツっ! 一体………。いったい、痛い、痛い,痛い」
いきなり、瞼を開いたものだから、眩しくて目に針でも刺さったような痛みが走る。
「もう、フルース様。もっと優しく起こしてもらえますか…………、あれれ? そうだ。シュリンちゃんだよね」
そう、シュリンちゃんの魂には聖教会の祖、フルース・プルクラー様がいるんだっけ。
「やっと、起きたようね。いつまでも目を覚さないものだから心配したのよ」
今度は起こされた時とは打って変わって口調が柔らかくなる。痛む目で目の前を見ると赤毛の獣人狼族の女の子が心配そうに私を覗き込んでいた。
「お姉ちゃ〜ん」
またしても、口調がすがるような感じになり、小さい子が話すふうに変わった。この感じはシュリンちゃんだ。
「シュリンちゃん。ありがとうね。私を起こしてくれたんだ」
「そうだよぅ。全然、起きてくれなくて心配したんだからね」
「ごめん、心配させちゃったね。もう、だいじょうぶだから」
「本当?」
「本当。もう大丈夫だから、安心してね」
眉尻を下げて、心配してくれるシュリンちゃんの頭を撫でてあげ上げる。彼女は、目を細めて気持ちよさそうにしてくれた。不安は取り除けられたかな。
ふふふ、髪の毛の感じが心地いい。しばらく続けてもいいかな。
ところで、
ねえ、私。こんな事してて、いいの? 大事な事を忘れてない?
大事なことって、何だっけ ・・・
あっ! 私、ボケてる。肝心なこと忘れてる。
「シュリンちゃん。私が気を失った後、どうなった? ルイ殿下は? ウリエル様は?」
「え⁈ えぇ」
私がいきなり、強く聞いたんで驚いたのか、シュリンちゃんが言い澱んでいると、
「ルイは無事だ。叔母上も大事ない」
背中の方から、声が掛かかります。この声は、
「ヴィンス様ですね」
「あぁ、俺だ。ほら、あそこを見てみろ。お前が奇跡を願ってくれたおかげだよ」
ヴィンス様が指し示す方を見ると、ウリエルさまが金髪のルイ殿下を抱きしめて、ハラハラと涙を流しているのが見えました。
でも、さっきと違って、悲しい感じがしないの。その顔は微笑んんでいる。口角を上げて、抱きしめているルイ殿下と嬉しそうに話をしているのが見えるんです。
ルイ殿下も恥ずかしそうにしている。あぁ、良かった。私とシュリンちゃんの願いが主に聞き遂げられたんだ。
私の額に座す御方も手を貸してくれたみたいだし、何とかなったんだね。私は跪き両手は印をを結んで、
グラディアス・ドゥミィニイ
感謝致します。主よ
グラディアス・ディース・パティル
御方に深き感謝を
思いを込めて祈りを捧げます。
ああ、良かったぁ………、あれ? あれあれ、まだなんか忘れてる気がする。
んん〜………、
あっ、
私は立ち上がるとヴィンス様の元に駆け寄り、
「ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィンス様。レディ・コールマンとフィリップ卿は,どうされました。二人とも魔人に壁の外へ飛ばされたのですが」
「あいつらか? あいつらなら」
レディ・コールマンもフィリップ様も、私を助けにきてくれたんです。それが魔人になすべもなく、外へ放り出されたんだ。怪我で済めばいいのだけれど、もしかして、
「外で、治療を受けてるよ」
「へっ?」
え、二人とも無事なんですか? 見たところ、かなりひどい状態になってたはずなのですが、
「騒ぎを聞いて、俺が聖教会に敷地に突入したら、いきなり壁が吹き飛んで、コールマンが落ちて来たんだ、本当に驚いたぞ」
「え、えぇ」
「俺が、何とか受け止めたんだ。まさかできるとは思わなかったよ。何だろうな、受け取る寸前、彼女が落ちるのが一瞬緩んだんだ。だから受け止めることができた」
そう何ですね。きっと主の思し召しなんでしょう。ああ、主へ感謝を捧げないといけませんね。
「そうしたら今度はフィリップが落ちてくるじゃないか」
「ヴィンス様が受け止めたので?」
「まさか、あのガタイを受け止めるなんて無理な話。それに野郎に抱きつくなんてできるわけないじゃないか。俺はそんな趣味はないぞ」
それは、あまりにも酷いのではないのですか。卿は魔人の攻撃を受けて死に体な状態で落ちたはずです。
「ちょうど下で茂っていた木の上に落ちて、それがクッションにでもなったんだろう。直接、地面に激突して酷いことには、なっていない」
「では、お二人ともご無事なんですね」
「大丈夫だ。命に別状は無い」
「ああ、良かった」
ふにゃ〜。それを聞いて私は安心してしたのか、緊張が抜けて、腰を落とし地面に座り込んでしまいました。
「二人とも、運が良かったとしか思えん。それともトゥーリィ。お前が、なにかしたのか?」
「私が? 私は動けなくって、何もできなかったです」
私は、何もかも吸い取ってしまうという魔人にぶつかって、生命力っていうんですか、力を抜かれて動けなかったんです。まともに喋ることもできなかったんですよ。
「それこそ、心の中で、お二人の無事を主へ願うくらいしか」
「おおっ。そうか。さすが聖女だ。その願いが二人を救ったんだ。神がお前の願いを聞き届けられたんだよ。そうでなければ説明などつかん」
「だとしたら嬉しいものですね」
私は居ずまいを正して両手で印をを結んで、
グラディアス・ドゥミィニイ
感謝致します。主よ
グラディアス・ディース・パティル
御方に深き感謝を
私の願いを聞いていただき、ありがとうございました。更なる思いを込めて祈りを捧げます。
そして,丁度、祈りも済んで一息ついたところで、
「是非、叔母上のところにも行ってやってくれ。ルイにも笑いかけてくれるといいだろう」
「はい」
ヴィンス様からも頼まれたし、私もお二人のお顔が見たい。早速、向かおうかとしたところで、
「そうだ、トゥーリィ。これを拾っておいたぞ」
と言って鈍色のマスクを私に渡そうとしてくれた。マスクを受け取りながら彼を見上げ、
「ありがとうございます。魔人に飛ばされて、どこに行ったのか見当もつかなくて、困るところでした」
「良かったな。瓦礫に埋もれかけていて、ちょっと探すのは苦労したが、なんとか掘り出せたよ」
「そうなんですか。ご面倒かけてすみません。おかげでマスクをつけることができます」
わたしは顔にマスクを付けて止め紐を結ぼうかとします。
すると、なんででしょう。ヴィンス様は顔を曇らせて、
「やはり、マスクをつけるのだな」
「はい。前にもお話ししましたが、私の顔って痣があるでしょ。お見苦しいもの晒すわけにはいけまませんよ」
ハハハ、空笑いをしながら答えます。
それに、このマスクは聖遺物とかで痣とかの痛みも抑えてくれるんですね。
実は私の額に座す御方とかの力を借りると物凄く痛むんですよ。偶に耐えらるたくなる時もあるんです。だから、このマスクって手離せないのですね。
「そんなに気にするものではないがな」
ヴィンス様が私に近づいて、顔を寄せじっくりと顔をのぞいてきました。
近い、近い、近い。
仮にも、殿方。更にヴィンス様って意外とイケメンなんです。そんな彼が顔を寄せてくるんです。あまっさえ、
「惜しい。折角、可愛いのに」
えっ⁈ 可愛い? ボソって言われても困ります。聞こえてますよ。
そんなこと言われたら私は頭に血が上がり頬から全てが熱くなってしまいます。見なくても分かります。耳まで真っ赤なはずです。
「もう、何を言われます。お戯れもいい加減になさいませ」
「聞こえたか? 悪い、悪い。気にしないでくれ。とにかく早く、叔母上のところへ行ってやってくれないか」
「もう。わかりました」
茶化さないでくださいよぉ。お世辞ですよね。本気にしてもしょうがないですよね。分かりました。分かりました。早速、行かさせて頂きます。
「そうだ。その後で良いからフィリップの所へも行ってくれ」
「どうかされたのですか?」
「意外とダメージが深いらしくて医官が苦労しているようなのでな」
「早く、言ってください! すぐ行きますよ」
もし、命に関わることだったらどうするんですか。骨が幾つも折れているんでしょうか。もしかして内臓が破裂でもしたのでしょうか。一刻を争うかもしれません。私は行き先を講堂の外へと向けようとします。
「大丈夫。フィリップも、あれで頑丈なんだ。あれ式のことでくたばるなんてとはないさ」
「ですが万が一ということもありえます」
「そうはいうがな、一応、無事なんだから。誰かさんが祈ってくれたおかげだ。恩にきるよ。ありがとう。兎に角、先に叔母上に顔を見せてくれるか。お前を待っている筈だ」
「分かりました。行ってきます」
フィリップ卿には後ろ髪を引かれる感じがしますが、ヴィンス様に、あれだけ頼まれたら行かずにはいられません。
「シュリンちゃん。行こ」
「うん」
私は傍にいるシュリンちゃんの手を取り、ウリエル様の元へと向かいます。
でも、十歩も歩かないうちに………
「きゃっん。ひっ、ヒデブゥ」
「おっ、お姉ちゃん」
落ちている瓦礫に足を取られて、頭からすっ転んでしまいました。仮面のおかげで顔は無事ですが。自分でも分かります。ドジですよね。
まあ、シュリンちゃんを巻き込んで転ばなくて良かったかな。へへっ。
「痛つっ。シュリンちゃん、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。お姉ちゃんこそ、大丈夫なの? 痛くない?」
「痛くない。痛くないよ」
何とか、変な瓦礫の上に転ばなかったみたいで膝を打っただけかな。後で癒しをかけておげば良いかもね。
そして立ちあがろうとすると横手から手が差し伸べられました。
「貴女、大丈夫なの。凄い勢いで倒れてましてよ」
「アナスタシア⁈」
彼女は、私と同じ聖教会で修行しているステューデント。学生なんですよ。聖女の卵なんです。
「良かったぁ。貴女は無事だったんだ。怪我はない? 癒しをkwっけようか。そうだ、他のみんなは大丈夫なの」
「そう、いっぺんに聞かれても困りますわ。兎も角、私も怪我はありません。他の子達も無事だとお伝えしますから」
「そう。みんな、大丈夫なんだぁ。本当に良かったぁ」
「貴女のおかげなんでしょうけど………、さあ、お立ちなさい」
彼女は私の手を引いて、立ち上がる手助けしてくれました。
でも、私の顔をジッっと見つめてくるんです。何か、顔についているのかな。
「ところで、トゥーリィ。貴女、マスクなんかつけてるけど、どうしてかしら?」
「どうしてって。アナスタシア、貴女は知っているでしょう。私の顔に痣があるの」
「えぇ、まあ」
「聖女として市井に出るのに見苦しくないように………と」
「嘘、おっしゃい。今日、見させていただいたけれど貴女の顔に痣など無くてよ」
「えっ? ない?」
「久しぶりに貴女のお顔見ましたっけど、痣など、これぽっちもなかったですのよ。綺麗なお顔でした」
本当に、無かったのかな。だからかあ、ヴィンス様にしろ、みんな、不思議そうな顔してたもんね。
でも、今は顔の痛みを感じる。実際、痣はあるんです。
少し前に池の水面に映る自分の顔を見た時があります。あまりお見せできるものではありませんでした。みんなが言う通りの痣がない顔はどんななんでしょう。まあ、そんな事を蒸し返してもせんなき事。
「ありがとう。アナスタシア。そう言ってくれて嬉しいよ。でもごめん。私、急いでいるの。行かなきゃいけないところがあんだ」
「なら、早くお行きなさい。こちらは、こちらでやっておきますから」
「じゃあ、お願いするね。また、今度来るから、ゆっくりお話ししましょ」
「わかりましたわ。また、今度で」
「じゃあ。アナスタシア」
私は、手で印を結び、
「ドミナス・テェクム」
主は汝とともに
アナスタシアへ送辞の言葉を送ります。
アナスタシアも手で印を結び、
「ドミナス ノービスコム」
我らは主とともに
私に答辞の言葉を返してくれます。
お互い挨拶を交わして,私はウリエル様のところへ向かいます。 また、瓦礫に足を取られて転ばぬように慎重に足を進めていかないといけませんね。すると、
「おぉー、トゥーリィ。いや、聖女殿。それに小さき聖女まで」
ウリエル様の歓喜に満ちた声に迎えられました。涙の跡が残って入るものの満面の笑顔で私たちを迎えてくれます。
いやあ、聖女様なんて、見習いのみに過分のお言葉。お恥ずかしいものです。
「近くまで寄って見てたもれ。ルイが、ルイが………」
余程、うれしいのでしょう、恥ずかしがるルイ殿下を抱えて嬉しそうに話してきます。
あっ、恥ずかしがる殿下、可愛い。
見たところ、ルイ殿下にも酷い傷とかとかまだ見ることができません。良かった。本当に良かった。
みんな無事だったんだ。
私は考えます。今日、そして今まで色々と大変な目に会いました。本当に何回、死にかけたか分かりません。
主の試練もなかなか過酷。生きていられりゃめっけものでしょう。これも主の思し召しなんですね。
でも、私は生きています。そして手で印を結び深く祈ります。
グラディアス・ドゥミィニイ
主よ、感謝致します。
私は、頑張りますと、




