悲嘆
「ルイー」
ウリエル様の叫びが大広間に響き渡る。
ルイってヴィンス様の弟君ですよね。一体、何が起きたと言うの。
「アアッ、アアアァアー、アアァ」
ウリエル様の嘆きの声を上げている。あの気丈な方がが泣き叫ぶんだ。よっぽどのことなんだろう。
私は体にのしかかる瓦礫を退かし、声の上がる方に向かったの。
「叔母上」
ヴィンス様も散乱する瓦礫をものともせずに大広間の奥へ駆けていく。すぐに追い越されてしまいます。
あの様子なら、体の方も大丈夫ですね。瓦礫が吹き荒れる惨状の中、怪我もないようで安心しました。
「ヴィンス様、ご無事で」
「トゥーリィか。今は、叔母上の元へ行くのが先決。急ぐぞ」
「はい」
「ん? お前、その顔」
振り返って私の顔を見た彼がギョッと顔をして呻く。
しまった。魔人に何かぶつけられて、仮面が何処か飛ばされていたんだっけ。目の周りにある痣が曝け出されているんだ。あれを見るばショックだよなあ。いろんなことが続いて忘れていました。
「いや、すまん。なんでも無い。気にしないでくれ」
ヴィンス様、全くもってすみません。要らぬ、気を使わせてしまったみたいで。まっこと、お見苦しい物を見せてしまいました。
「トゥーリィ、貴女の力を借りるかもしれん。その時は頼む」
「はい」
でも、そんなことはおくびにも出さず、私を頼ってくれる。なんか嬉しくなってしまいます。
私は、急ぎ前を行く彼の後ろを這々の体でついて行く。落ちている瓦礫に足をとられて、何度も転びそうになりましたよ。
でも、ヴィンス様の頼みに簡単に返事はしたんだけと、私は癒しの施術は、得意って言うほどじゃないんだ。
成功した時もあるけど、そう何度も、上手くできるとは限らない。シュリンちゃんがウリエル様の近くにいれば、彼女の中にいる方がなんとか出来るかもしれないけど。
え⁈ シュリンちゃん
そういえば、あの娘はどうなってる? それこそウリエル様のそばにいた筈なんだけど。
「アアッ、アアアァアー、アアァ」
「叔母上⁈」
「あぁっ……………」
どうやら、ヴィンス様がウリエル様のところへ、無事に着いたようで、ウリエル様の慟哭が止まった。私の方も何度もすっ転びそうになりながらも、なんとか彼に追いついた。
「ヴィンス、ヴィンス。ルイが………」
「こっ、これは………」
「頼む。ヴィンスよ。医師を呼んでくれぬか。このままでは………」
彼の背中の向こうから悲しみに暮れたウリエルさまの声が聞こえてきます。ヴィンス様からも苦渋の言葉が………
「ヴィンス様、ルイ殿下は、どうされたのですか? ウリエル様は」
私は、すぐに駆け寄り、お二人の様子を伺おうかと思ったのですが、
「見るな。トゥーリィ。見るんじゃない」
強くヴィンス様に止められました。彼は背中で私の前に立ち塞がり、奥を見させてもらえません。
でも、辺りから鉄の匂いがしてきます。これって血の香り。誰かが怪我をしているんじゃないのですか?
それも、かなりの出血。香りがわかるほど血が流れてしまっては、命があやぶられます。それにウリエル様の叫び………、もしかして、
「ヴィンス様、退いてください」
「トゥーリィ。止めろ」
私は、止められるのを構わずに、彼を振り払い、前に進みます。そして、ウリエル様を見ました。
えっ、ウリエル様が怪我? そうは見えませんが彼女のドレスは血で真っ赤に染まっています。その姿で誰かを掻き抱いていました。
それに、あれはなんでしょう? ウリエル様の胸に抱えられたものから折れた柱のようなものが立っていました。
えっ、腕の隙間の中に金色の髪が見えます。
「ヴィンス、ルイが、ルイが私を庇ったばかりに………」
ウリエル様の嘆きが聞こえてきました。もしかして怪我をしたのはルイ殿下なのですか。恐る恐る、目を凝らして見ると、
「ひぃ」
思わず出た叫び声を飲み込みました。
だって殿下の胸に木の柱が刺さっているのですよ。大人の腕ぐらいある柱が心の臓がある辺りに。
悪いことに刺さった場所から、未だに赤い血がドクドクと流れています。殿下の口元も血で真っ赤に濡れている。
これはもう、どんな名医でも治療することなんてできません。これを治すとしたら、奇跡を主に願うしかありません。
そう、私。見習いといえ、今、この場にいる聖女の私しかできないんです。私はギュッと手を握りしめ、決意を固めました。手で印を結び、願いを立てようかと思ったときに、
「やっと来てくれたね。トゥーリィ」
えっ、この声ってシュリンちゃん。今までどこにいたのでしょう。
見れば、小さい赤毛の獣人浪族の彼女はウリエル様とルイ殿下に寄り添い、手で印を結び、主へ祈りを捧げていました。小さい体で
必死に祈っています。
「千切れかかっているルイ殿下の命の紐は私が繋ぎ止めて居るんだけど、なにぶんに、この子じゃ力が足りない」
小さい子供に見えるのですか、喋りは年にそぐわぬ大人そのもの。
実を言うとシュリンちゃんの魂には、聖教会を起こした古の大聖女のフルース・ブラクラーがいるんです。今は、その彼女が話しているんです。
「あなたが来てくれたお陰で、どうにかなりそうだよ。手伝ってくれるかい?」
「当たり前です。私だって聖女の端くれ。やらずにいられましょうや」
あの、気丈なウリエル様の悲観にくれた姿を見たら、なんとしても助けたくなってしまいます。
「助かるよ。時間が無い。早速始めさせて貰う」
「はい」
大聖女の魂を命の中に奴したシュリンちゃんが虚空に指を滑らせ、聖印を刻んで行きます。そして告げました。
「トゥーリィ! アペェレ・ラディクス 開きなさい。貴女の根源を」
これは、前にウリエル様を蘇らせたときにされた事。言葉が私の体に染み入っていく。
するとわたしの中、頭の奥、胸の奥,腹の奥、下っ腹の奥、体の奥底で扉が開かれと輝くものが湧き出して溢れ出してきます。
それが私の中を満たし、そして更に増していく。いっぱいに満たされても詰められていき、溢れて吹き出していく。
「あっあぁ」
輝きが噴流となってシュリンちゃんへ向かう。あの時は、いきなり説明も無しだったんで、なすすべも無しで任せるにばかりだったけど、今は違う。
ルイ様を助け、ウリエル様に悲しみを解いてあげなくちゃいけないんだ。
「あぁー、あぁー、あぁーあがぁぁぁぁ」
苦しくて呻き声が出るけど構わない。私にできることが、これしか無いって言うんだったら、気合いを込めてやってみましょう。
「良いよ。トゥーリィ。流石だね。物凄い力を感じる。これなら行ける。さあ、始めるよ」
私から力の噴流を受け取ったシュリンちゃんは印を結び、主へ願いを捧げます。
フォセレ・ヴェレ
我は求め、乞い願う
世界が緊張する。何を望み、何を欲するのかを待っています。
「トゥーリィ。貴女も共に願いなさい」
「はっ、はい」
「デュエット」
シュリンちゃんと私、トゥーリィの口が揃って言葉を紡ぐ、
「「レスレクティ<ゲヘナ>」」
二人の祈願が世界に溶け込んでいく。
すると、周囲が眩いばかりの紫の光で満ちていく。その色は前にも増して濃く深い。紋様の様な文字が周囲に溢れ出し舞い踊り出す。
私が、これなら行ける。願いが成就される。と思った矢先、
ー 汝に問おう ー
頭の中に凄まじい力を持つ言霊が入り込んできた。もう、頭が破裂するんじゃ無いかと思ったよ。
ー 彼の幼き魂は天に帰るもので有りや無きや ー
この声は、私の額に座す御方。死を司る神様のひと柱。
あっ、額で何かが開く感触がある。そういえば、レディ・コールマンが言っていましたっけ。私の額にコーラスレッドに縁取られた瞼を持つ目があるって。
普段、私の周りには鏡なんてありませんから知る由もなかったんです。
いつも、言葉を拝聴するだけ。その御方が私に問い掛けたんです。ルイ殿下をどうするかって。そんなお決まっていますよね。
「否です。この魂は幼い無垢なる魂。未来さえ定かなるもの。ならば、行く末を見守るのも私たちの勤めと存じます」
ー 未だ、魂の裁定の場には及ばずと言うことなりや ー
「はい。彼が、己の使命を見つけ全うするまで、お待ちいただけますか」
ー なるほど、そちの言い分受け取るとしよう。刹那の刻の果て、再び見えるとしよう ー
ノヴァ・ナティヴィナス
頭の中に力ある言葉が響き渡る。すると、私に周りから力が集まって来るのを感じます。
え、御方が手伝ってくれるというの。私に力を貸してくれるというのですか。神の力を使えと。
ならば、その力、殿下に余すことなく注ぐまで。
ツッ、御方の力を使った所為で顔が焼け付くような痛みが走ります。痣も広がっているように見受けられます。
でも、構いません。今はルイ殿下をお救いすることが先決なんです。
グッと痛みは歯を食いしばって我慢しましょう。ルイ殿下に手を翳し私の内から溢れる力を、そして御方の御力を殿下に注ぎ込みます。
すると、どうでしょう。私たちの辺りを囲う紫色の紋様の色が濃くなっていきました。
濃くなって、濃くなって更に色が濃くなっていく。そして次第に見た目には色を無くしていくようになるんです。
でも、そこから凄まじい力を感じるんです。今まで感じたことのなかったぐらい強い力を。人の目では感じることができなくなるんですね。
でも、流石に強すぎて目が眩んで見ることができなくなりました。
そして周りに満ちる力に押し潰れそうになって堪らずに目を瞑ってしまいました。
ー 汝、最後まで見届けよ ー
ノーヴェ
ー 新生 ー
御方の言葉が頭の中に響き、辺りに満ちる力が荒れ狂い、私は、そこに止まることは許されず吹き飛ばされました。
堪らずに私は意識を手放してしまう羽目に………




