大広間に響くは響めきとベルの音
よろしくお願いします。
廊下をを渡り大広間へと続く扉をを開けた。中から響めきが聞こえてきた。
「何、何かあったの?」
シュリンがサマンサに連れられて、先にここへ来たはずなんだ。礼拝に来た王族の方達も、ここで食事をされるということで、すでに中に入ってるのではないか。
急いで扉をを潜り、中へ入っていく。中は、三列の長テーブルが並んでいる。既にその上にはショープレートやバン皿が置かれ、カトラリーが配置されている。
テーブルについている修練生やシスターたちが一斉に奥を見ていた。私は壁際を足音が出ないように静かに早く足を動かして奥へと向かう。
そこでは、長テーブルの先にあるゲストや聖教会の重鎮が座るメインテーブルの前で、1人の麗人が頭を垂れていた。
輝くようなブロンドを編み上げ、豪奢なドレスのガウンスカートを両手で持って広げ、優雅にカーテシーを披露している。
その前にいるのはスモックを着た小さい子ども。ベールを被っているから顔までは分からなかったけど、あれは、
「シュリンちゃん!」
そう、この大聖堂へ私と一緒に来たはずの獣人狼族の女子。
その子がテーブルの前で立っている。後ろにはシスターのサマンサが付き添っているのだけれど。なんか、怯えているというか、狼狽している。
カーテシーをしている麗人の方を見たり、後ろのサマンサやメインテーブルに座っている人たちの顔を見渡し、忙しなくしていた。
その子がこちらへ振り向く。私の呟きを聞き取ったんだろう。
「お姉ちゃん。トゥリィーお姉ちゃん」
円らな目を見開き、私に助けを求めてきた。そのまま、私のところに走り込んできて抱きついてしまう。
すると、麗人がカーテシーを解き腰を上げ立ち上がって、私の方へ振り返って、
「ほう、やはり其方も来ておったのだな。トゥーリィよ」
碧眼が私を覗く。
「ウリエル様!」
「改めよ。御前の前であるぞ」
すぐさま、叱責が飛んできた。記憶にある怒声だ。
しまった。公式の王族の礼拝の場だっけ。
「すみませ………、つっ、陛下!」
言い慣れない言葉なんで、慌てて噛んでしまった。痛みが頭の中を走る。
思わず口元を手で覆ってしまった。恥ずかしさで頬も熱くなる。
「いつもの、仮面はどうした。ハビットの色も違うのでな、すぐにはお主と分からなかったぞ」
顔を綻ばせ、笑いながら私に話しかけてくるのは、王妹のウリエル様。王家の一員としてこの城壁都市に座す貴人。
「お主も息災か? 昨日の今日で大変なのではないのか」
昨日、この都市の外に広がる街区で怪異のバジリスクが暴れ、かなりの被害が出た事件が起きた。かろうじて事件は治められたものの、
「我も、其方らが起こした奇跡によって命を存えた身。感謝の礼拝に来たまで。そうかしこばるな。なあ、ゾフィー。宜しいだろう」
ウリエル様のお側には、ヴァレットメイドのゾフィーさんが控えていた。彼女も昨日の犠牲者の1人だったりする。
「まあ、御前がそうおっしゃるのであれば是非ないことにございます」
この御二方とも、本当に怪異に巻き込まれて命を落としかけている。ウリエル様に至っては心の臓が止まっていたんだ。
それをシュリンの中にいる古の大聖女フロース様が復活の奇跡レスレクティで主に奇跡を嘆願した。それが認められて奇跡が成就して御二方とも命がつながったんだ。
ゾフィーさんの返事も、以前に比べて柔らかいものになっている。
「本日は、そのお礼にと参拝したのだが、まさか命の恩人と会い見えることになるなど主の思し召し。我は最高の賛辞を持って挨拶させていただいたまで」
それで、この大広間に響めきが広がったんだね。
だってね。この城塞都市の内側は、人至上主義で凝り固まっている。蔓延しているんだ。
そんな中、この国の、ひいては、ここに住まう人の頂点に位置する方が地を這うものとして蔑まされている獣人族に頭を下げたんだ。騒ぎになることもうなづける。
「ですが、周囲への影響っていうのを、もっと考えてもらえますか? 見てください、シュリンが周りの喧騒に怯えちゃってますよ」
よっぽどだったんだろう。シュリンは私にびったりと張り付きハビットを握って離さない。そして震えが止まらないでいる。ベールの下の耳も畳まれているに違いない。
「それは、すまぬ事をした。シュリン、我を許してたもれ」
又、ウリエル様がそんなことを言うものだから、周りが再び騒つきだす。可哀想にシュリンは顔を私の着るハビットに埋めるように押し付けてきた。
すると、ウリエル様の側から男の子が私たちに向かって走り出してきた。10歳はいかないだろう。
見た感じシュリンと同じ年付きに見える子だ。ウリエル様と同じブロンドと碧眼が見て取れる。かの方のお子様。第五王位継承権者。ルイ王子で在られますね。
わたしとシュリンの近くまで走って近づいてくると、
「お前が母上を助けたと言う聖女か?」
「お前ではないでしょう。改めるように。あなたぐらい言いなさい」
ウリエル様は王子を諌めるが、彼はどこ吹く風と気にもせずに、シュリンに問うてきた。
一瞬体を震わせると私から顔を離しオズオズと彼女は殿下を見る。そしてウンと軽く相槌を打った。
「そうか、あなたが母上の命の恩人なのだな。母上もそうなら、僕にも恩人だ。よくやってくれた」
そして殿下は右手を差し出す。
「これからは頼む。あなたとともだちになりたい。よろしいか?」
シュリンは、困ったのだろう。
殿下に差し出された手と私の顔を交互に見る。私は、苦笑しながらも首肯した。
もしかしたら、これが人と獣人との歴史の転換点になるのかもね。
「うん、いいよ。ともだちになってあげる」
戸惑いながらも、答えてくれた。
うん、シュリンは良い子だね。
それを聞いた方々の間にを笑顔が溢れていった。
「さあ、さあ」
ここで手が打ち鳴らされ新たに声が上がった。ウリエル様の側で成り行きを見守っていた女性だ。
ベールを被り、ふくよかな体に私のより光沢の良い生地を使ったハビットを着ている。
この聖教会の責任者で修練部の講師でもあるマザーテレジア、その人なんだね。
「お子様たち、仲良くなったようですね。では、早速、お食事にいたしましょう。折角の料理が冷めてしまいますよ。皆様、ご自分の席に戻って頂けるかしら」
柔らかい話し方だ。彼女は温和で優しいというのが、この話し方でもわかるよ。
私も、つい最近まで修練部にいて、よくお世話になったもの。でも怒らせると大変なんだ。何度も諌められて、とっちめられたよ。私も彼女の言う通りにしないとね。
そうして座るところを探そうとキョロキョロと長テーブルの空いているところを探すと、
「トゥーリイ、貴女と、その子は、こちらですよ」
と、マザーテレジアに呼ばれた。
私もメインテーブルに座れというのだね。
「えっ、そんな王族の方々がおられる上座に私なんかいても」
私、晒し者にされるんですか? ちょっと、いやかも。
「貴女も聖女なのですよ。もっと自分に自信を持ちなさいな。貴女のためでもあり、貴女の後を歩む子たちのためになるのですから」
「はあい」
マザーテレジアにそこまで言われたらね。私は納得するしかないな。
渋々ながら長テーブルを縫ってメインテーブルへと歩みを進めると、
「この子」
「トゥーリイ」
「トゥーリイね」
「トゥーリイなの」
「トゥーリイじゃない」
「トゥーリイでなくって」
聖女になるべく、ここで一緒に学んだ子たちからの声がテーブルの向こうから私に届く。
驚きと喜びと恐れと期待と信頼と嫌悪そして怒りと色んな感情がこもった言葉が私に投げかけるられる。
「この子たちは」
『アグネス』
『カタリナね』
『セシールか』
『アガペなのね』
『ルチアじゃないの』
『アナスタシア、元気だった』
私も彼女たちの顔を見ながら、当時を思い出しながら歩んで行く。
メインテーブルに着くと、サマンサから1番端の席へと案内された。シュリンは私の横に座っていた。その横にはルイ王子、ウリエル様と続いていく。
そして料理が配られていく。
王族の方々列席とあり、メニューが豪華になった。お肉が、お肉が、お肉が沢山。
ウチの教会では、周りの住人の方にいただいた雑穀のごった煮と菜食がメインで、お肉がついても一切れが二切れ。
それがお皿いっぱいで出てくるなんて、よだれが止まりません。あら、はしたない。わしとしたことが。
その後、スープが配られた。
野菜中心で塩胡椒で味が整えられる。そしてパセリで彩が成される。
でもこのスープは火を絶やさずに大釜で炊かれ、日々の素材を煮込むからそれぞれの味のヴイヨンが溶け込んで美味しいんだ。
以前、厨房の人に教えてもらった。ビスキィなんかのレシピも教えてくれた人だよ。
今日は、この聖教会総出でお出迎えだから給餌もしている。その人も見かけた。
後で新しいレシピ教えて貰おう。
参列した全てへの配膳が終わると
「では、いただきましょう。トゥーリイ、感謝の言葉を奏上していただけますか」
首座に座すマザーテレジアが徐に告げてきた。
「えっー!」
いきなりのことなんで、私は動揺してマザーの方を覗き見てしまう。にっこりとした笑顔がマザーテレジアが帰ってきた。こんな大事な席になんてことやらせるとかな。
いや、こんな席だからさせてもらえるかわからんけど、指名された限り、やるしかない。
側に控えていたサマンサからハンドベルを託された。それを見て心の中で嘆いてしまった。
『えっー』
なぜって、嫌な記憶が蘇るからだよ。
ハンドベル私がを鳴らすと怪異が出てくる。それが飛び回る。引っ掻き回されて、食われるは暴れられるはで、大変な思いをしたんだよね。
「どうしたのトゥーリイ。みんな待ってきますよ」
私が躊躇しているとしサマンサが心配をして声をかけてくれた。え
「すいません」
私の頭の中は、どうしたものかと混乱していたけど、怪異は去った。もう出てこないと思うことにして、ハンドベルを振るう。
リーン
ベルの音が大広間の中、鳴り響き、壁に残響を染み込ませていく。
静寂となる中、私は手で印を組むと、感謝の言葉を贈る。
えティヴィ・グラディアス・アゴゥ
主よ奏上致します。
「主へと御言葉繋げる大聖女よ、主へお伝えください。主よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。 ここに用意されたものを祝福し、我らのの心と体を支える糧としてください。 なれば、我らは歓喜の祈りを捧げたもう」
そして、私はハンドベルを振るった。
ありがとうございました。




