昇ります
よろしくお願いいたします。
階段を下から覗き込むと白いスカプラリオで黒い肩衣を着た受付訳のシスターがいた。
体を傾げて、こちらを覗き込んできている。
王族の訪問? 突然の? なんてこったい。私だって聖教会本部ねんておいそれと来られるところじゃないんだ。
「すいません。パラス教会のトゥーリィです。被服部へ取り次いでもらえないでしょうか?」
ここには止ん事無い方々が、お見えになっているんだ。あまり大声は立てられない。
喋りは潜むけど声量はそれなりにって言う高等技術を使って階上へ声を送る。
「えっ⁉︎ トゥーリィ。あなたなの」
1人のシスターが階段の手摺りに捕まり、横歩きで会談を降りてきた。
「サマンサ!」
見知った顔だったよ。これなら話が早く済むかもしれない。
サマンサは、教会のシスターなのだが、元は私と同じ聖女見習いだったんだ、
しかし途中で修練を辞めてしまい、主に使える者としてシスターになったんだ。面倒見の良い、優しい女性だったね。オルガンとか、教えてもらったな。
「今日は、どうしたのですか? 城壁の外へ赴任して以来、こちらには来なかったではありませんか」
彼女が微笑みを携えて、階下に降りてくる。この笑顔で十分、衆生は救えると思うのだかけれど。
「ごめんさい。サマンサ。向こうで御務めを始めたはいいものの、のっけから事件に巻き込まれたんですよ。おかげで頂いた聖衣がボロボロ。着る物がなくなりまして」
自分が今来ている教導部時代の服を降りてくる彼女に見せた。
「観てくださいよ。懐かしいでしょ。鞄の底に挟んであったのひっぱり出したんです」
「ああ、私の知っているトゥーリィがいます。アンバーのハビットを着て、あなたがここを旅だったのは夢だったのですね」
階段を降り切ったサマンサは、近づいてくると笑顔で私をその胸にかき抱いた。顔を包帯で隠している怪しい風体の私を怪しみもせず。
「只今、サマンサ。元気だった? 便りのひとつも送らなかったことを謝らせてください」
「便りがないのは、あなたが息災である証拠よ。気にしない。しないで」
「サマンサ!」
私も彼女を抱きしめた。
あぁ、この香りだ。この微かに甘く感じる香りこそ、サマンサの香り。
私も彼女も暫く抱擁していた。互いの無事を確かめているんだ。
すると、
「トゥーリィお姉ちゃん。この方はどなた?」
しまった。シュリンの存在を忘れてしまった。名残惜しいけど抱擁をとき、シュリンへ向く。
「この方はサマンサ、ここで修練していた時に一緒だったんだよ。お世話してもらってたんだよ」
「じゃあ。この方も聖女様なの?」
確かに、そう思えるだけの雰囲気をサマンサは持っている。
サマンサは、顔を綻ばせ、腰を落として、シュリンと目を合わせてくれた。この城壁内では、忌むべき存在の獣人族を物怖じのしないでいる。
「可愛いシスターさん。いらっしゃい。私は聖女様ではありませんよ。ここで大聖堂のレセプションを受け持つ案内係のサマンサと申します」
広い心を持っている彼女こそ聖女だと強く思ってしまう。でもね、それは表向きの話。
「レセプション? 何?」
シュリンの首が傾げる。彼女には聞き慣れたい言葉ではあるのだが、見るとサマンサのての指がワキワキしている。
「お姉さんは、こちらで働いてるんですね」
シュリンなりに、言葉を感じたんだろう。殊勝な言葉を返していた。目元が綻んでいて、なかなか可愛いもんだね。
でも、
「サマンサ。可愛いからって抱きついちゃダメだよ」
そう、彼女には可愛いものに目がなく、抱きつく癖がある。獣人族とか関係なし、わたも何度も抱きつかれたか。
「お姉ちゃん」
遅かった。
サマンサは、シュリンに抱き付いたと思ったら、顔に巻いてあった布を解いて、自分の頭を擦り付けた。
「このモフモフゥゥ」
彼女はモフモフ、ふさふさした毛皮が大好きで、その感触で候恍とした表情を浮かべている。
シュリンはジタバタと踠き抵抗するも埒が開かぬとなすがままに抱かれていた。
「シュリン、ごめん。ちょーとだけ我慢してくれればいいから、サマンサが満足するまででいーからね」
「わかったあ。我慢するねえ」
暫くサマンサは、シュリンの毛皮に顔を埋めていた。
そして満足したのだろう。彼女はツヤツヤになった顔を晒して、
「うふ、やっぱりモフモフ最高。す、て、き………、はっ?」
やっと、こっちの世界に戻ってきてくれたようだ。
「サマンサ、楽しめて?」
「うふ」
「御楽しみのところすみませんが。私めのお願いを聞いていたたげますでしょうか?」
「ふふふ、ごめんなさい。モフモフに、意識持っていかれました。それで、御用って?」
「やっぱし忘れられた。しょうがないねぇ。着るもん無くなったから、貰いに来たの」
それを聞いてサマンサはポンと手のひらを叩いて、
「そうでしたわね。私としたことが、ほほほほ」
「案内、お願い」
「そうそう、さっきも言いましたけど、王族の方々が見えになっているの。衛士が目を光らしているから、私から離れないでね」
満足は、したようだけど、未だサマンサはシュリンを抱いている。
でも、そんなことに、お構いなく階段を登っていく。
まるでシュリンの重さなど感じないように。まるで宝物のお人形を抱える子供のような抱き抱えて階段を登っていく。私を置き去りにしてスタスタと登っていく。
でもね頼んだの私だよ。
「サマンサ! 早いって。置いてかないでよ。頼むから」
ひーこら言って彼女を追って登っていく。結構、角度があってきついんだよね。降りる時なんか、落ちるって錯覚してしまうん。実際、落ちて聖女見習いの癒しの練習に使われたのもいったっけな。
一心不乱に登っていると、
「うわぁ」
シュリンの驚く声が上から落ちてきた。
思わず、上を仰ぎ見ようとするけど精神力で首を上に動かさない。上を向いた途端、きつい角度の階段で仰反ってしまい、バランスを崩して下まで真っ逆さま。
聖女見習いの練習台と相成ります。
そしてそのままのぼり切って会場の壁が見える。そこには腕を広げて柔和に微笑む大聖女の肖像画が飾って有り、上がり切ったものを出迎えてくれるんだ。
苦行を終えたものに、最大の賛辞を微笑みを頂けるという演出らしいんだ。
苦しんだ末にこんな尊いもの見せられたら縋りたくなるねって感じかな。
シュリンは、これを見て感嘆したんだろうね。
そして最後の階段を踏み会場へ上がると
「お姉ちゃん。ご苦労様」
サマンサから降りていたシュリンが抱きついてきた。
ちょっと待って、今っ、抱きつかれてバランスを崩したら私が落ちるから、私がみんなの練習台になる羽目になるから、シュリンだってそうだぞ。
なんとか、体勢を保ち落ち着いたところでシュリンが喋ったんだ。
「この絵は私か? 私ってこんなに美女なのな」
シュリンの口調が変わった。
小さく拙い話し方でなく、成人した女性の語りになってた。
フロース・プルクラー
シュリンの中にいてシュリンの口を使って話している。古の大聖女と呼ばれた女性。ここの聖教会を興したな方。
そしててシュリンの欠けた魂を補い、私が意識を失った時の夢の中で御喋りした方。
「でも、私の夢の中でお会いした彼方の方がもっと笑顔が眩しかったですよ」
それを聞いたのかシュリンの口角が上がる。喜んだのかな。
「嬉しいことを言ってくれる。お世辞を言っても何も出ないよ」
やはり、嬉しいらしい。
「ても、いらない配慮ですかね。胸がマシマシです。増量されてますね。痛ぁ」
いってる途中で脛を蹴られた。シュリンの小さい足なんだけど、靴の硬いところが皮の薄いところにヒットしたんだ。
描かれた聖女のハビットの胸ははち切れんばかりに豊満だった。男ならそこに頭を埋めたい。バフバフしたいって思うぐらいだろうか。
夢の中の彼女はそこまでではなかったんだね。
「言わねば分からぬものを。そういうのは黙っておくものよ」
私はしゃがみ込み痛みでひりつく脛を手で摩り、
「それが忖度っていうんですね」
「なかなか、物知りだね」
「最近知りましたぁ」
パンパン
サマンサが手を叩く。
「ハイハイ。ど突きショータイムは終わりにして、大礼拝室の中では王族の方々が礼拝されています」
なんとなく、無視していたけど、実をいうと大聖女の立像画の下の大扉の左右には軽装鎧に肩衣を羽織った近衛衛士が立って居て、私たちを冷ややかな目で監視している。
私とシュリンが絡んで戯れ合っていでも見逃してくれていた。
肝要な騎士たちですね。
因みにサマンサたちには、認識阻害を起こすようにシュリンの中の大聖女が施術していたんだって。
さすが海千山千のベテラン先輩聖女だ。
「シュリンちゃん。そしてトゥーリィはこちらに」
サマンサは、礼拝室前の奥にある小さい通用扉を開けて、私たちを手招きしている。の扉の先は教会関係者の生活空間へ行く廊下につながる。私の行き先の被服部もその先にあるんだ。
ありがとうございました。




