えっ,うっかり? 誰が
よろしくお願いします
城門が近づいてきた。帝都ウルガータの四方にある巨大なゲートのひとつ。成人男性5人分の高さの門が見えてくる。
入り口の左右に衛士が立ち、微動だにせずに年に出入りする人や馬車を監視している。
ゲートの大型のキャリッジが余裕に並んでいける通りの片方を先頭に長い列ができていた。多分、先頭では入門審査、人別検めと入門税の取り立てが行われているのでしょう
「さすが、帝都ウルガータ。人の出入りも多いですね。入城するのも大変。時間もかかりそうです」
「ここいらの経済から軍事の中心だからな。入城するものが多いのもうなづける」
「ヴィンス様なら顔パスで入ることができるのではないですか?」
今、私が乗っているカート馬車の御者を務めているのはヴィンセント様。皇位継承権を持つ王子様なのです。
私が所用で城内へ行く途中に彼の善意で馬車に乗せてもらうことになったのです。
気さくに声をかけてもらい恐縮するばかり、力を抜けと言われても、なかなかできることではありません。
列の流れは、ゆっくりとしたもの、私は立ち上がり、列の先頭の方を仰ぎ見る。まだまだ時間がかかる模様。
「お急ぎですか?なら、私はここまでで充分」
御者台に座る彼に声をかける。教会のタダイ神父に城塞都市の中にある聖教会本部に行って来いと言われただけでいつまでに帰って来いとは言われていない。多分、夕飯時までに帰られればいいはず、だから時間的には余裕があると思う。
ヴィンス様をあまりに引き留めてしまうのはいけないと思い、
「時間の方は余裕がありますので歩いても間に合います。ヴィンス様は先に行かれては、どうですか?」
「俺は構わんぞ。城に泊まるつもりでいるからな。どうって事はない」
即答でした。本人は構わないと言っても,私には。
だって、ヴィンス様ってお顔もいいですし、背筋もぴしっと通った美丈夫なんですよ。そんなイケメンな方の隣に、顔に包帯を巻いた端女のような娘が座っていたらどんな事言われるやらです。
それが証拠に、この列に並ぶ頃から奇異を照らすような視線をヒシっと感じるんです。いたたまれないんですよ。雀の涙ほどしかない乙女心がズタボロです。
居心地が悪くても、キョロキョロの周りを見渡して気を紛らわせる訳にも行かないし,かといって止ん事無き方々と話す話題もないし、昨日の事を蒸し返すのもなあって感じで無言で下を向いているしかありません。
ゆるり,ゆるり、と時間が過ぎて馬車も少しずつですが前に進んで行きます。やっとのことで検問のところまで来ました。軽装鎧を着て槍を持った門番役の衛士が近づいてくる。
私は襟ぐりから紐を引き出し割符を取り出す。ゲートを潜る時に使いなさいとタダイ神父が渡してくれたものなんです。衛士の方にそれを渡す。これを見せれば教会関係者ということで身分が保証され,通行税も免税されるというもの。
「聖教会のものか?」
そして御者台に座るヴィンス様と私を舐りつくように見てきた。
つくづくハビットを着ていればと後悔しきり,あの修道服さえ着ていれば立場と身分がわかるというもの,早く受け取りに行かないと,
「男の方は良し。女あ、怪しい面相をしよって! よって人相を検める。包帯を取れ!」
「なっ」
やっぱし。頭に包帯をまいているせいで,何かと疑われてしまう。
何かに取り憑かれているのか,悪魔つきとまで言われてしまったこともありました。
かと言って包帯をせずにいると物心がつかないうちから気持ち悪いと手で払われるは、倒されて足蹴にされたり、水,さらに泥水までかけられたりしたものです。
そういう痛みから逃げようとしたのでしょうか、癒しの力が発現。これによって聖教会へ引き取られたんですね。
引き取られた後、同じ力に目覚めて聖女候補として引き取られた子たちにも,色々とされたけど意識を失い生死の狭間を彷徨うようなことがない分、そんなに気にしていない。
むしろ、平然としていたのが功を奏して仲良くしてくれる子たちもできたりしたんだね。
そんなやり取りをしてきると、ヴィンス様が、
「俺の身分を明かすか? そうすれば……」
私を庇ってくれるのは嬉しい。でもこんな些事で王族の威光を晒すもんじゃない。
「ダメです。こんなことで貴方に醜聞が出るのは良くない。ここは動かないで」
私は彼を止める。
「何をごちゃごちゃごちゃ抜かしている。早く取らぬか」
しかし衛士は痺れを切らしたのか私の髪を握り、引っ張って御者台から私をひきづり降ろされてしまう。勢いが強すぎて,そのまま俯せになってしまう。
「トゥーリィ! 大丈夫か? やはり俺が身分を……」
ヴィンス様が私を庇おうと,声を荒げる。でも彼のためにも、ここは忍の一文字ですよ。
「おやめください。ここは私が我慢をすればよいのです。ヴィンス様におかれましては,ご自愛をおねがします」
「トゥーリィ!』
そのお気持ちだけで私は満足です。
「こんな場所で,仲間割れかぁ。最近,聖女を騙る偽物が出没しておる。お前たちがそうなのだろ。許可証も偽物に違いない。語るに落ちたな」
衛士は,ドヤ顔で宣ってきた。
「起き上がれ,膝立ちになって,手は頭の後ろで組め。偽聖女!召し取ったり」
衛士が勝ち誇る。不味いなんてもんじゃない。このままだと,ビンス様にも嫌疑がかかってしまう。どうしたら良いのかわからない?
このいざこざで並んでいる人々が私たちの周りに集まり始める。興味津々にこっちを眺めている。
そんな群衆の中を黒い影が縫うようにすり抜けてくるものがあった。膝立ちになっている私の側の衛士の後ろに立ちボソッと、耳打ちする。
すると、衛士が慌て出す、
「なに、聖女⁈ だと、本物なのか?」
「はい、我が主人の言付けもありますので」
「御前様の覚えめでたい輩だと」
「はい、こちらの方々を通しするようにと申されております」
衛士の体がブルブルと震え出した。
「退けぇ! 退けぇ!」
すると、城内から先ぶれの声が聞こえてきた。
「侯爵家の馬車が通る。退けぇ!退けぇ!」
それを聞いて、ゲート付近にいたもの全てが退去する。私たちの近くで屯していたギャラリーも蜘蛛の子を散らすように散り散りとなり見えなくなった。
そして、4頭引きの大型キャリッジが城内からから現れて,私たちの近くで止まる。キャビンの観音扉が開くと,中から見事な金髪でその長い髪を緩く巻き,緋色の乗馬服の背中へと流している見目麗しき令嬢が現れる、彼女の名はレディ・コールマン。守護令嬢のふたつ名を持つ侯爵令嬢在られる方だ。そして彼女は、
「トゥーリィ! やはり,貴方でしたのね。いつもと違うので解りませんでしたわ」
和かに私に話しかけてくる。
「侯爵家のご令嬢の知り合いだと」
衛士の顔が陰る。
「トゥーリィ? その御仁は?」
そしてレディ・コールマンは、私の後ろに男がいることにも気づいた。小首を傾げて私の後ろを覗き込む。そして彼が誰であるのかを気づいてしまった。
「ヴィンス! ヴィンセント様でいられますね」
「あぁ、お前も息災だな」
「はい、ご機嫌宜しゅう」
そして、乗馬パンツ姿ながらスカートをつまむそぶりをして見事なカーテシーを決めてくる。
「侯爵家が敬意を示すなど、止ん事無き方々では、ないか。俺はなんといことをしたんだ」
とうとう、衛士は力なく膝から崩れ落ちてしまった。
いえ,違うから、只の市井の聖女見習いです。そう、ハビットも着ていない私は、ただの使いっ走りなんですよ。
そんな私を衛士の方は恐ろしいでも見るように慄き見上げてくる。違う意味で化け物に見られているのがショックだったなあ。
「レディ・コールマン。貴女は、下町へ行かれるのですか?」
「はい、工事の進捗を監督しなければいけませんから」
そうなのだ。怪異が暴れたおかげで道路がズタズタになっている。それをこの御仁ともう1人が資材を投げ打って修復していたりするんだ。しゅごれいじようの肩書きはだでじゃない。
「では、私くしは行きますね。お二人のお邪魔をしてもいけませんね。オホホホっ」
なんか、勘違いされてませんレディ.コールマン!
「いえ、ちがいますから」
ヴィンス様も何か言い返してください。何、頬を掻いているんですか。
ここを去っていくレディ・コールマンと佇むヴィンス様を交互に見ながら私は途方に暮れた。みんな私を買い被りすぎよー。
「なぜでしょう。貴方がいくところで必ずトラブルがあるですが?」
私の横合いに、いきなり黒装束が現れる。
「何を言っていられます? あなた,あなた、あなた………」
黒のロングドレスに暗色のピナフォアとヘッドドレス。このメイドサーバントは、
「何時ぞやのうっかりメイド!」
彼女はがっくりと膝をおとす。
「うっかりとはなんですか。うっかりとは」
彼女は顳顬に皺を寄せて言い返してくる。
「あんな、裏の仕事の最中に、くっちゃべる貴女をうっかりと言わずになんと言いますか?」
「なっ…、まあ、よいでしょう。何時にお返しさせていただきまず。私はチーニィ。御前様に,あなたとの連絡役を仰せつかりました。以後、宜しゅう」
「連絡係? そんなに気を使わなくてもいいのに。ねえ,チーちゃん」
そんな、市井の端女たる私に伝えることなんてないのにねえ。すると彼女の様子がおかしい。拳に力が入りブルブルブル震えている。
「ちーちゃんとはなんですか?ちーちゃんと。私にもスカサハ・オンブラという名があります……、あっ」
「さすがァー! うっかりメイド」
本名、なのってやんの!
「あなただって,うっかり聖女ではないの⁈」
「なっ」
言い返された。でも言い返すし、しし、自信ないよぉ。やらかしすぎてるの。
もう
「あっは、はははは」
ヴィンス様が笑い出した。
「お前ら,うっかり聖女に,うっかりメイド。いい仲間になりそうじゃやないか」
そうは言いますけどね。私はカチンと来た。
「自分の剣をへし折られるヴィンス様だって、うっかり剣士ではありませんか!」
「なっ」
ざまぁ、黙らさせてあげました。
聖教会本部まで道半ば。
ありがとうございました。




