翌朝のこと
よろしくお願いします
昨日の騒動も終わり、ベッドに入ったら、すぐ寝ついてしまった。
とにかくヘトヘトで、ベッドが恋しかったのは覚えている。
それでも身体に染みついた営みというのは、どんな状態でも繰り返されてしまう。
日も登らない薄明かりの中、目が覚めてしまう。体の節々が痛む中、ベッドから降りて、寝巻きがわりの貫頭衣姿で壁を伝い、厨房へ。
すると廊下の先、厨房の入り口から灯りが漏れている。一体誰が起きてるのか不思議に思いながら、厨房へ入ると、既にトゥニカに着替えたタダイ神父が釜戸の前に立って湯を若いしていた。
「おはようございます。タダイ神父。お早いですね」
「おう、トゥーリィ。起きたかね。まだ寝てていいのだぞ。あれだけの事をしたんだ。昨日の今日で取れる疲れでもないだろう。今日は休みなさい。代わりにやっておくから、寝てなさい」
「ですが、神父様これは、私のお勤めですから」
「トゥーリィ、瞼がくっつきそうな顔をして眠くないなんて言えないぞ」
確かに、目がしょぼしょぼして、眠気は取れない。でも私が、私であるというレーゾン・デートル。日々の日課をしない訳にはいけないかと、
「私の仕事を取らないでくださいよう。これじゃ、御まんま食べられないじゃないですか」
「はっ、はっ、はっ。わかったよ。なら、これならどうだ」
タダイ神父は、居住まいを正して、顔をみるとしたり顔で、
「では、聖女見習いトゥーリィに本日のお勤めを指示いたします。とにかく休みなさい。後のことは私と他の人たちでなんとかします。良いな」
「そんなんじゃ、休むしかないですかあ。ずるいですよぉ」
もう、嬉しくて涙が出で来そう。本当にいいのかしらん。
と、いうことでベッドに横になったんだけど、眠れないんです。
教会の外では、さっそく復旧が始まり土木作業の音が五月蝿くて寝るなんて無理な相談でした。
人の話し声、作業道具から出る音。今日はなんかロックゴーレムまで駆り出されているようで、地面をほりかえし土を盛り、慣らして固めるというのに凄まじい騒音が出る。振動も激しいから耳を塞いだって身体毎シェイクされてしまう。
辛抱たまらずに、厨房へ駆け込んだ。
丁度、そこにいたタダイ神父に、
「五月蝿くって眠るなんてできません。お勤めに入りたいです」
涙ながらに訴えたのだけれども、
「ては、被服部へいって、新しい服をもらって来なさい。もう着るのないんじゃないか」
そうだった。ハビットもボロ布になれはて、トゥニカもスカプラリオも切り裂かれてしまい、修復不可能になってしまった。後は農作業のドレープしか残っていない。
あれじゃ、汚れがこびり付いて洗っても取れないんだ。少し香りも残っているし。
「被服部へ渡す手紙を書いておくから、着替えたら撮りに来るように」
「はい、タダイ神父」
仕方ない、手紙を届ける仕事だと思って行くしかないね。
シュリン、セリアン、ごめん。後は頼むよ。
私は自分の部屋に戻ると、この聖教会に来た時に持って来た鞄をベッドの下から引き出して開ける。下着の替えの下。一番の底に畳んでしまってある服を取り出す。ギャンブとタブリエだ。 聖協会本部で修練をしていた時に着ていたものだったりする。見習い以前、必死に知識と御技を叩き込まれていたっけ。涙とか諸々が染み込んでいる。
オフホワイトのギャンブは肩からネックラインにかけてレースと刺繍がされている。そして黒いタブリエ・ドレス。まあ、ロング丈のエプロンだね。
貫頭衣を脱ぎ、引き出しだものに着替えをする。終わった時、窓から何やら、コッ、コッと音がしている。
気にはなったんで窓を開けると、光が二つ浮いていた。昨日何度か、私にぶつかってきた光の玉。私に触れた時にメッセージみたいな想いが伝わって来たから、なんとなくだけど察することができた。ことが終わった時、ヴィンス様からこの度の顛末を聞いた。
最初は、さる男爵領の饑饉から始まった。
雨が続き、日照不足から作物ができず、食べるものも売るものも尚更無くなった。裕福とはいえなかった領主はそれでも少ない資産を切り崩してまで、飢えた領民へ食べるものを配ったんだ。
その時、事件が起きる。ある領民の不満が爆発し、投げた石が炊き出しを配っていた領主の娘の目に当たった。娘は片目が潰れてしまった。
実は、婚約も決まり嫁ぐまでもう少しという時期だったんだ。当然、婚約は解消された。悲観した娘は自殺する。付き添って怪我の看病をしていた男爵の奥方も心を病み、娘の後を追うように自らの命を断った。
その所業に激怒した領主は民衆を部下を使って弾圧する。怒った民衆は反乱を起こし、財も人望もなくした男爵を殺してしまう。
この男爵はウリエル様の家の寄子。一門だったりする。
男爵は何度も嘆願をしていたんだけれども、他に幾つもの問題を抱えいたウリエル様の対応が疎かになり、やっと手をつけた頃には、反乱が成功し男爵も処刑されたあとだった。人伝てに聞いたのは、今際の際に呪詛のような言葉を男爵は履き続けていたということだった。
その殺された男が遠いこの地で、ウルエル様に牙を向けたんだ。己の屍は自分の領地で屍を晒しているというのに。
話を聞いていて、私は涙を流した。二つの光の球の思いは、怨嗟じゃない。優しかった夫に、父に会いたいという想いだったんだ。不幸によって命を落としたけど最後に願ったのは、家族のことなんだね。
聞き終わって私が願った。
衆生の救済のために願うのが聖女なれば、ひとりの隣人として妻と娘の救済を願った。 無惨な最後を遂げた夫であり父である男を想い泣く彼女たちを救ってほしいと願った。
「フォセレ・ヴェレ」
我は乞意願う
「ウェントゥス・アウラーレ。クゥアレェレレ<アッフェメラルアニマ>」
風の大御神、儚き魂を見つけて
両の手を結び、天に翳して願った。
フォッ
私の周りがそよぐ。聞き届られますように
そして、今、二つの光に寄り添うように儚い瞬きが泳ぐ。互いを寄せ合うように群れていく。
そして三つの光を、何処かへ風が運んでいく。
私は、窓越しにそれを見送った。
何処かで親子3人で戯れる、微笑ましい姿、遇い見えん
そうして、私は唇を綻ばせながら、廊下を抜けて教会を出た。城砦都市への入り口へと向かって。
ありがとうございました。




