騒動の終わり
よろしくお願いします
段々と街に喧騒が戻ってくる。バジリスクなんて大物が暴れたんだから、人々は我先にって逃げ出していた。道路や建物には、かなりの被害が出たんじゃないかな。
そこへ、めくれた道路と山になった瓦礫を避けるように、2頭の馬が近づいてきた。馬車では進むことは難しいけど、騎乗すれば荒地を走破するのは、難しくはないはずだね。
一頭には鮮やかなブロンドの髪を緩く巻き緋色の騎士服の背中へと流している令嬢、もう一頭には紫の騎士服を纏った偉丈夫が馬に跨って、こちらに近づいてくる。
「やはり、トゥーリィでしたか? こんなスペクタルなことをするのは、あなたぐらいですから」
顔には、緋色をベースに煌びやか意匠をほど押した仮面をつけた令嬢が言ってくる。この都市で、守護令嬢を名乗る、レディ・コールマン公爵令嬢。
ちょっと酷くありません?
そんなに毎度毎度、やらかしている訳ではない。ないはず、無いよね。無いって誰か言って、お願い。
好きでやらかしている訳じゃ無いんです。巻き込まれているだけなんです。信じてください。お願い、信じてよおぉ。
「トゥーリィ。お前が関わっているとすれば、これくらい想定内だよ」
お付きの偉丈夫も傷に塩をなすりつけるような言葉を私にぶつけてくるんだね。これが。
やはり顔に紫をベースにして、こちらは渋めな意匠を施した仮面をつけている。ロード・フィリップ。伯爵家の次男坊。
「トゥーリィ、あなた仮面はどうなさいました? 衣装は藍色のバーヌースを羽織っている様ですが? 素肌を晒しても良いのですか?」
「騒動の最中に飛ばされてしまって、探してもらっています」
「大変ですわね。こちらからも人手を出しましょう」
「あつ、助かります。ないと困るんで、」
レディ・コールマンは私の顔面に痣があることは知っている。仮面がそれを隠すだけのもので無いことを知っている。額に神たる御方が座すことも。
そして、さらに近づくと、今気づいたと言う様にして、
「そちらに座すのは、ヴィンセント殿下でありましょうか?」
私のすぐそばにいる黒衣の大剣士に話かけている。
「そうだ。呼ばれたから来てやったぞ」
公爵家の令嬢へ生意気に答えてるよ。どんだけの身分なんだろう。
「こちらまで来ていただけたと言うことは、私の提案にご理解いただいたと考えてよろしいか」
そんな口ぶりを気にすることもなく、レティ・コールマンは微笑んでいる。
「公爵家からのお誘いだ。手紙だけでは失礼と、顔だけ見せて断ろうかと思ったけど、止めた。話に乗ってやる」
ヴィンス様はご自分の足に横たわる私の顔を覗き込みながら話していた。
すると
「喜びなさいな。トゥーリィ。仲間が増えました。そこなお方はヴィんセント様。王位継承権第4位を持つ皇子様よ」
レディ・コールマンは、どえらいことを言ってる。ウリエル様を叔母上って呼んでたからなぁ。それなりの身分とは思っていたけど。皇子様とは恐れ入った。
丁寧には話していたはずだけど、何かやらかした気もする。本当に不敬罪で首が飛ぶかもしれないよ。トホホ。
「まあ、そう言うことだ。これから何かとよろしくな」
お気軽に話しかけていくけど、私は返事に困る。どう話せばいいんだよ。
「これから、彼は'チィトゥリー'と名乗らせるわ。身分とも関係ないから、気軽に呼んでやって」
ちょっと待ってくださいよ。そんな、おいそれとはできませんて。
とまあ、私は、件の彼の上で目を白黒させて、体を捩っていた。どうしよう。どうしたもんだと考えあぐねていたんだね。
すると、遠くから
「トゥーリィお姉ちゃん」
見習い修道女のシュリンちゃんの声が聞こえてきた。
「仮面、持ってきたよー」
渡りに船とは、このこと。私はヴィンス様の脚の上から頭をどかして立ち上がりシュリンに向かっていった。
「ありがとうね。シュリンちゃん。助かるわぁ」
そう言って彼女へ近づいていった。
突然、
ゾワッ
背中に悪寒が走る。シュリンの後ろに黒い煙、いや霧、兎に角、邪な悪意の塊が地面の裂けたところから噴き出してきた。
あれは、バジリスクが大地に取り込まれた時に滲み出てきたものじゃないか。滅した訳じゃなかったようね。それが今更、出てきたんだ。
更に、まるで意思のあるような動きを見せる。蛇のような姿に集まって形作っていく。
そして先端がうねってあたりを睥睨するような仕草をするとシュリンに食いつこうかとするように霧の先端が尖り、そして裂けて顎を作り出す。そして落ちてくる。
「シュリン」
私は彼女へ叫ぶと指を差し向ける。彼女がそれに注目することを祈って、左に振る。
「右へ」
シュリンの顔が指差す方向へ振れて体も引きづられるように向いていく。ほんの僅かの時間差でシュリンの腕の外側を黒色の顎が落ちてきた。
ガチン
と、聞こえてきそうなふうに地面に食いつき、顎門が閉じた。獲物を仕留め損ねたのがわかったのだろう。再び上空へ登り上がっていく。
私は、咄嗟に
「剣士様、剣を」
と請う。
でも、彼の視線は自分の足元に落ちている折れ曲がった大剣を見る。
「ダメだ。使えん」
絶望に打ちひさがれた言葉が帰ってきた。
ゾワッ
再び、背中に悪寒が走る。上空に上がったものが再び、私たちを狙って顎を開き、落ちてくる。
「なれど」
私は彼の足元へ走り寄る。大聖女に開けられた、私自身の深淵から湧き立つものがある。それに従って、身体が動く。
私は、彼の足元にある大剣のグリップを両手で持ち、引き上げた。
「テーラ、テーラ、フォセレ・ヴェレ」
大地の女神テーラ、我は請い願う
私は、折れ曲がった大剣を地面に突き立てた。鍔まですんなりと埋まってしまう。
「エッセ<テルース>」
大地の加護もて、
「剣士ヴィンス、お願いです。一緒に抜いてください」
「是非もなし!」
彼は躊躇なしで、地面に埋まった己の剣のグリップを握り、私と共に、大地という鞘から引き抜いていく。
そして辺りが震え出す。大剣の刀身から溢れ出た力が周りを震わしていくんだ。
そこへ、黒い邪なものが顎門を開けて落ちて来る。私たちを食い散らそうと落ちてくる。
私とヴィンスは、抜き様に力の満ちた大剣を振り上げて、それにぶつけた。
「アルソシア<エクソシス>」
祓い給え、清め給え
キンッ
短い金属音を残して、力持つ刀身が黒いアギトに食い込み切り裂いていく。微塵の抵抗感もなく斬り通してしまう。
切られた黒い澱みは、火に炙られたように蒸発してしまった。
大剣は振り切られ、地面に落ちる寸前で止められた。私は、グリップから手を離して、体験を剣士に預け、新ためて両手で印を組み、大地に感謝を伝えていった。
「グラティア<サンクス>」
大地に深き感謝を捧げ
そのうちに周囲に満ちた力が霧散して静かさが戻る。
「全くなんなんですか? 強風に煽られて、辺り一面が見なくなったと思ったら、視界がすぐに晴れました」
レディ・コールマンが宣う。彼、彼女たちには刹那の出来事だったろう。旋風が湧き立ち、すぐに散っていたという具合に。
しかし、一瞬の争いは、あったのだ。折れていた大剣は剣士ヴィンスに握られている。しかして、刀身はスラリと戻っていた。刀身の写りが地金のそれでなく、限りなく透けているクリスタルのようなものに変わっている。
「これは、もしかして聖剣と呼ばれるものではないのか。尋常ではない力を感じる」
呆然と佇む剣士のそんな呟きも、辺りの復興のために集まり出した人の群れの中に消えていく。
こうして一つの騒動は、終わっていった。
ありがとうございました。




