主よ、我の願いを聞きととげられよ
よろしくお願いします
目の前はガレ場になっている。地を這うものであるバジリスクが暴れたせいだ。近くの建物も、あいつの呪いで外壁が灰化して崩れ落ちている。平地なんて、探したってないよ。
至る所に大石,小石が積み重なり、地面は隆起しひび割れて落ちている。見渡せば、甲虫や,ウツボもどきが嫌な羽音や鳴き声を撒き散らし飛び回る。挙げ句の果てに、
ピッギャアアアアアーン
地獄から誘いが錐のように頭の中に突き刺さる。
こんななかでも、やめたいなんて気が起きなかっのは不思議に思う。守るものがあるんだ。頑張らなきゃ。
「さてと」
始めますか、と一歩踏み出したんだけど、
「はらあっ」
転がっていた拳大の石を踏んで,ずっこけた。折角着たバーヌースも砂まみれになってしまった。でも,これで気合いが入った。腰紐にくくりつけている2本のジョゼル権杖を外し両手に持つ。天へ捧げるように上へ掲げた。
これから始めるのは舞うこと、夢幻の間に見知ったこと。偶然開いた詩篇パサールへ藍いハビットを着た修道女が差し示した文言、
舞踊
そう、舞って踊って奇跡を嘆願するんだね。手や足の動き、体捌き、足踏みリズムにハミング。そして祝詞をメロディに乗せて幾重にも主に捧げてお願いするんだ。
聖教会内で聖女になるためのカルキュラムにあった舞踊は,このためか? あの時は、こんな使い方なんて教えてくれなかったよ。
古の大聖女は、このために後世に残したのかな。
まあいいや。幻の中の彼女が言ったではないですか、'実践あるのみ'と。
権杖をささげ持つ手指て聖印を組んでいく。これが一重。そのまま手首を返し権杖を返していく。そして手首を軸に回していく。これが二重。今度は利き足のつま先で地面を叩く。
トントントン
とリズムを刻む。今度は軸足の踵を浮かして地面を打ちリズムを刻んでいく。
タンタンタンタン
三重四重と人語を介さない嘆願を捧げていく。
ドゥミィニ、ドゥミィニ
アウディ クゥラモレム アニマェ
いつの間にか、唇が綴っていった。
'聴いてたもれ、我の魂の叫びを'
途端に、額にある痣が疼き出す。内なるものが私の体から躙り出ようと蠢き出す。胎動を感じて体が動き出した。捧げ持つ権杖を片方ずつ背中へ回していく。そしてもう一度前へ回していく。一重二重。羽織っているバーヌースも旗めいた。
リズムをとっていた足を一歩前へ、腕を広げ、その足を軸に体を返し,そしてそのまま回していくローテーション。権杖が螺旋を描き、風音が吹き始める。五重六重。バーヌースが翻る。
私は体をかたむけ、回す軸に変化を与えた。権杖の軌跡がたわむ。風音も揺れた。
そのうちに足先が円をなぞるようにステップしていく。その軌跡も螺旋を描いたレボリューション。
二重螺旋が出来上がったダブルフェリックスとなる。権杖が風切る音が旋律を奏でる。七重八重九重、更なる口上なき嘆願を捧げていく。
私はその旋律にハミングを重ねていった。ハミングを奏でていくと私の意識が高揚する。そして高らかに讃美歌を奏でていくんだ。
そういえば額が熱い。痣の疼きがひどくなり熱を持ち出した。顔が燃え出しているかと思うぐらい熱いんだ。でも体は止まろうとしない。しないばかりか更に速さを増していく。
そして視界が、目の前が明るくなってくる。そう金色に染まる光越しに周りの景気が見えてくる。
じゃあ,何? 私は金色の光にでも包まれているの?
でも、
体の中が力で満ちようとした時、淡い光が視界に入る。それも二つ。それが私の周りを漂い出す。フラフラと。それが動いている最中と私の体に当たってくるんだよ。何度も何度も当たり出す。
鬱陶しいと権杖で払おうとしようとしてもすり抜ける。終いには,いつもつけている仮面がない剥き出し額に当たってくるんだ。鬱陶しいことこの上ない。
でも何か伝わってくる。それも小さく微かに
'お父様'
'あなた'
あんた達は、いったい何、何を伝えたいの。
すると額の中が蠢き出した。えっ御方が目覚めた。
私が懇願してもダメだったのに目覚めるなんて。意識が揺らぎ、動きも乱れていく。気を取り戻して元には戻したけど。
しかし、それが覚醒して現れることはなかった。額の中で鎮まり、収まっていく。
'我,捌けるは魂あるものの行状のみゆえ'
のお言葉を残して。
意味がわからないよ。ちょっと待て、それじゃ御方やんないの。なんで? 私たち見捨てられた?
気落ちしていく中、脳裏に再びシュリンの怯えた顔が浮かぶ。彼女だけじゃない。タダイ神父やセリアンに、街でお世話になっているみんな。彼,彼女達に絶望なんてやりたくはないよ。
だから纏わりつく光は無視することにした。私はやれることをやるだけだ。
ありがとうございました




