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シューヴ 立ち還れ

よろしくお願いします

 地面に落とされた。

ウツボもどきの尾鰭に着ているスカプリオが引っかかったんだ。

 投げ飛ばされた。落ちてゴロゴロ転がって最後は地面を滑ったよ。全身が痛い。手や脚なんかも擦れてヒリヒリしてる。首から肩口がなんか寒い。手足は動く。骨が折れたりはしてないな。痛くて悲鳴をあげている体を叱咤して起き上がる。

 周りを見ると状況は変わっていない。夢から覚めて平凡な営みの中にいると思いたかったけど、目の前は瓦礫が視界を塞ぎ、

 近くには傷つき体を横たえた男、自身から流れ出た血の海に浸っている女、もう1人も上肢を失い血飛沫を振り撒き悶え苦しんでいる。何も変わっていなかった。

 自身も見ればスカブラリオは尾鰭に引きちぎられてすでにない。下のトュニカも肩まで破れて肌着が曝け出されている。


「生きてる」


 ひとりごちた。

 人間しぶといもので、あんなに飛ばされて地面に激突しても動けるんだ。でも、私は失敗した。願いを捧げ奇跡を呼ぶことができなくなってしまった。

 私にできることがなくなってしまう。

御方、御方と心のうちで読んでみる。だめ、ダメだ繋がる感じがしない。反応がないんだ。もちろん返事もない、額におわす御方にも見捨てられたのかな

とっ,

   

   スルッ


 額を覆っていた仮面がずれた。投げ飛ばされた拍子に止め紐が緩んだよう。


   ゴトッ


 仮面がとうとう外れて地面に落ちる。

 仮面で隠していた痣が空気にさらされてしまう。御方の証もさらされてしまう。


 それとも御方は既に私を見限り去られたのかも、それほど私の価値なんてないのかも。そう思った瞬間、膝から力が抜けた。崩れるように跪き手をついて項垂れた。

 すると、

「お姉ちゃん」


 シュリンちゃんが走り寄ってくる。この子は無事だったようだ。胸に荷物を抱えて私のところにやってくる。


 こんな私へ心配して近づくものがいる。何もできない私のところへ縋って来てくれる。


 ならば、


「シュリンちゃんは大丈夫だった。怪我とかしてないかな」


 と口から言葉が紡がれる。私は微かにでもできることをやろう。

そうしたら、


   ベシャ


 瓦礫が積もる中を走ってきたせいで何かに引っかかってシュリンは転んでしまった。 


「シュリンちゃん」


 勢いで胸に抱えていた荷物も投げ出してしまう。

 ひとつは藍いバーヌース、正聖女の着るべき色で染められたフード付きのマント。包まれていたのが解けて舞い広がってしまった。

 そして,もう一つが一抱えはある書、詩篇パサール。聖協会の経典だね。こっちは何とか地面に落ちる前に私が受け止められた。しかし、腕の中でファンブルしてページが開いてしまう。


「危ない、危ない。詩篇を地面に落としました、なんて言ったら神父にどやされるよ」


 たとえ,聖女の資格なしとしても,この書は私が綴ったもの、私という証。

ふと、自然と開いたページにしおりが挟まっているのが目についた。


「ん? これは?」

「お姉ちゃん」


 声のした方へ視線を向ける。


「シュリン?」


 何だろう,シュリンと何かに女性の顔のイメージが重なる。それも以前、見た顔立ちだ。


(トゥーリィ。貴女は'謳'を書き記すことできたかしら?)


 その女性が伝えてくる。彼女は簡易ヴェールを被り,その下にはブロンドの髪が見える。


 つっ


 頭に何かメッセージが入り込んできた。無理矢理なんで痛みも付き纏って。いったい

   

   何?


 私は痛みを紛らわすつもりで顳顬に手を当て、


「あなたは、この前も同じこと言ってましたよね」


 ひとりごちる。


(わかっているのなら、実戦あるのみ)

  

   パチン


 女性はフィンガースナップを鳴らす。 


(やってみせて)


 私は瞬きをする。目の前にシュリンがいた。


「なぁに、お姉ちゃん」

「ううん、詩篇を大事に持ってきてくれてありがとう」

「えへへ。大事なものだもんね」

「そう、だから」


   パン 


 と、詩篇を閉じる。


「あなたが持ってて」

「えぇ?」


 そして、足元に落としていた鈍色の仮面を拾い上げ、


「これもお願い」

「ええぇ?」

「大事なものなの。だから………やはり大事なシュリンが持っていてね」

「うん」


 私はシュリンの目を見る。そう、自分を賭して守るべきもの。


「じゃあ、ここからできるだけ離れて、危ないからね」


 私はがれ場と化した通りから逃げるように指差して逃げるよう促していく。


「えっ、お姉ちゃんは,一緒に逃げないの?」

「お姉ちゃん、やらなきゃいけないことあるから、終わったらシュリンを追いかけるからね。先に行って待っててよぉ」

「でもぉ」

「お願い。シュリンちゃんいると目一杯の力出せないよ。だから…」


 言葉に力を込めていく。


「いきなさい」


「うぅ、わかったよぉ。絶対に追っかけてきてよ。絶対だよ」


 シュリンは怒られたと思って目に涙を溜めて踵を返して走っていった。

さてと,私は足元に広がって落ちているバーヌースを拾い上げてぐるっと回すように羽織っていく。


「さあ、始めよう。リカバリだね」



ありがとうございました

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