止ん事無き方は帰る
よろしくお願いします。
ネイヴのドアを開ける。ミサに参列していただいた方達が思い思いに帰っていく。
その中でスリッチャーさんが来る。
「スリッチャーさん。お子さんが生まれたら、連れてきてくださいね」
「そうさせてもらうよ。是非とも祝福を頂かないと」
「はい! 私も楽しみなんですよ」
「ありがとう。トゥーリィ」
にこやかにスリッチャーさんが出ていく。
ネイヴには、もう人は残っていない。
最後に出るは、ボルドーレッドとボトルグリーンの外出用のドレスを装う、お二人さま。後ろには剣士様も控えている。
「またのお越し………」
次の言葉が繋げない。こんな止ん事無き方々がおいそれと来るの? 今日だって、なんでいるのかって思っていたんだね。
「今日は、突然……」
ボトルグリーンの貴婦人が話を止めさせる。
「御前、御方が自ら話さなくとも」
「良い。今日はあくまでも、一参列者なり 気にするでない」
「はっ」
かの方は私に向き合うと
「突然、あい、すまなかったな。今日はお主を見たかったのじゃ。許してたもれ」
「お眼鏡に叶うとは思えないのですが」
せめて、跪くくらいのことはしようとしたけど、手の動きで止められた。
かの方は、後ろを指し示し、
「此奴にも、お主を見せてみたかったことでもある」
「えっ剣士様ですか?」
「剣士様とな、はっ、何を言われる。此奴はただ背がデカくなっただけと童よ」
「叔母上」
そんなことを言われた剣士様は抗議の言葉をあげる。
「いつまで経っても童はわっぱ。大剣振り回しても変わらぬものよ」
なんか、からかってきてるのか、暗に自慢しているのか難しいところではあるのよね。
「次の機会にでも、此奴のこそばゆい話などを」
「叔母上」
「ははっ」
ちょっと待って、’次'って何。まだ、わたしと関わり合うってこと。
隣の怖いヴァレットメイドのお姉さんとも。できたら辞めたい。辞退したい。せめてタダイ神父に譲ってあげる。のし付けて。
「では、さらばじゃ」
と玄関を出ていく。ドアの隙間から2頭立ての黒塗りのキャリッジがこの聖教会の前に横付けされているのが見えた。紋章なんかは見えない黒塗りの頑丈そうな馬車。
かの方たちと剣士様も馬車に乗り込んでいく。ネイヴの中にいたお付きのメイドサーバントの方たちも、教会から出て馬車を取り囲むように、付き添っている。よく見ると、建物の影や屋根上なんかに暗色のピナフォアをきたメイドサーバントが見える。
「はっ」
一人のメイドサーバントが御者席に座り、手綱を鳴らして出発して行った。
「トゥーリィ、お前はいつのまにか、あんな止ん事無き方と知り合ったんだ」
わたしの後ろに、いつのまにかタダイ神父が佇んでいる。
「来られるって聞いていたなら、なんで知らせてくれない。驚きすぎて、老い先短い老体
の心臓に悪すぎるわ」
「神父様もいきなり、わたしの後ろに立たないでくれますか。わたしの肝も止まります」
私は振り向き、神父の顔を凝視する。
「私だって聞いていません。知り合いどころか、街中でお見かけしただけです」
嘘ではない。なんか、私を探っていたのよね。異形騒ぎの時から。
「トゥーリィよ、なんか隠し事はしてないな。王族が関わるような」
ぎくっ
「そんなのなんかないですよ。一介の聖女見習いですよ、私。あるわけないですって」
そう、ある理由ないはずなんだ。確かに公爵家のお嬢様に伯爵家のお方と、ちょっと関わりというか巻き込まれているだけなはず。
「なら、良いが。くれぐれも気をつけることだ」
「わかりました」
言うだけ言ってタダイ神父はネイヴからチャンセルを通り、そこにある出入口より自分の執務室へ向かって行った。
そんな神父を見送りながら、私は腰に両手てて、ネイヴに通じているドアより儀場全体をを見渡していく。
「ふう、なんとかミサをやり終えたわ」
式典の後から静かに私に寄り添っていたシュリンちゃんに労いの言葉をかける。
「お疲れ様。色々手伝ってもらってありがとう」
「いえ、私なんか大したことやってないのに」
私はシュリンに近づいて頭の毛並みを撫でていく。
「本当に助かってるの。来る人が今日より少ないとはいえ、神父と二人でてんてこ舞いだったんだからね。ありがとうシュリン」
「えへへ、どういたしまして」
そんな話をしながら、私はチャンセルに向けて歩みを進めていく。聖書台に置かれている詩篇を戻したり蝋燭の火を落としたりしなければいけない。後片付けがあるんだね。これがまた色々とあるんだ。
私は一度説教台によりハンドベルを掴み、ネイヴ最前列に向かう、そこで跪き、祭壇に向かって前句を奏上していく。
隣人よ
この詩篇を信じ行うは難し…
一通り相乗し終えるとベルを一度鳴らす。
「一隣人であるトゥーリィがミサの終了を告げさせていただきます」
そうして私は手で印をくみ、
「本日、参列していただいた方々の帰りの道行の安全を祈願するものであります」
奏上し首を垂れた。
そしてもう一度ベルを鳴らす。
すると…
グァン
足元から突き上げるような揺れが起きた。
えっ、なんか前にも同じことあったよ。
きゃああああああ
一緒にいるシュリンが悲鳴をあげた。
ありがとうございます。




