碧眼 黒髪の剣士
よろしくお願いいたします。
美しい干渉色の浮かんだ黒髪、濡れ羽色の髪は、ざっくりと短ぐ。私を見てくるのは鮮やかな碧眼。私よりも頭二つほど高い背だけで細身なんだけど、どちらかと言えば、しなやかって感じかな。黒い外套のせいか、益々思ってしまう。
「道に迷われたかと、それはさぞ難儀致しましたでしょう」
普段では、使うことない言葉が口から出てくる。舌を噛まなくてよかった。
「私も、最初に赴任した時、お恥ずかしながら、失念いたしまして、行き先を迷いましたしだいであります」
本当に、初めて来た時に迷ったんだ。
口頭で聞いた、うろ覚えで来たものだから、あっという間の迷子さんひとり。仮面なんかを被っているものだから怪しまれて、往来の人も近づくこともなかったから、聞くことも出来ずにいたのよ。たまたま、小さい子に聞くことができたんで、ことなきを得て教会に着くことができました。小さい子を誘拐して狼藉を働き言うことを訊かせたんじゃないからね。
私が先導して教会まで案内していく。ここからなら、そんなに遠くはない。
「剣士様にあられましては初めての土地と失念されて当然かと思われます。以後は私くし、パラス教会の聖女、見習いの身ではありますが案内をさせていただきます」
ここの街並みは、建築家が街並みを計画的に設計して作られたわけではない。城壁都市の外側に行き当たりばったりの急拵えで作られたものであるんだ。地図なんてないし、
長く住んで慣れるしかないんよ。
私はといえばーミュラーさんの粉屋からの帰り道、迷わずに帰られますって。
「助かる」
ぶっきらぼうな返事だ。まだ声変わりしたばかりの、掠れた低い声。若いな、私とそう変わらないかも。
「しかし、なんで剣士とわかった?」
「それは、もちろん……」
途中で、話が止められる。
「頼むから、俺にそんな鯱鉾ばった喋りなんかしなくて良い。普通に話してくれ。肩が凝るわ」
私も、こんな喋りを続けなくて助かる。
「そんな身の丈ほどの剣を背負って入ればわかります。歩き方も軍人のそれじゃない」
「確かに軍人ではないな。よくわかるな」
「でしょ。そうなれば、冒険者か剣で生きていく方かです。身なりも意外に整っていますから剣士様かと」
「なるほどな」
しかし、なんで剣士様がこんな所に?
「今日はこんな所に、どうされたんですか? 城壁外の寄せ集めの街並みに。あぁ、言えない事情があるんでしたら、返事もなしで。単なる興味から聞きたかっただけですから」
「なに、叔母上に呼ばれただけだ。なぜかは知らぬ。聖教会を指定してくるんだ。隠し立てすることでもないだろう」
相手を叔母上とねえ、なんとなく高貴な方達なんじゃないかしら。そんな止ん事無い方たちなんか、こんな場末の教会に来てたっけ。記憶にないなあ。私が赴任してからはお見かけしていません。と言うことは、この剣士様も高貴な方なのかな。
しばらく歩いていると、軒先をアンバーのベールを被りケープを羽織った獣人狼族の娘が掃除しているのが見えた。
「あそこがパラスサイド聖教会です。ミサまでは、少し時間がありますから、ネイヴの椅子に座って休んでてくださいね」
「ありがとう。あれは獣人か? ここは、いろんな種族がいるのだな」
私は剣士様へ笑顔を添えて伝えるのは、
「はい、主の啓示受けたる大聖女様の教えで、'生きるものに普く愛を'が教義ですから」
ここが帝都ウルガータの誇る城壁の外にできた混沌とかした街区にあるバラすサイト教会なんです。
剣士様をネイヴに案内をして私は厨房へ向かう。
「シュリンちゃんありがとう。火の具合どうだった? 赤甘茶の色は出てる? タダイ神父の準備は出来てる?」
厨房の釜の前で番をしていてくれたシュリンに、矢継ぎ早に聞いていく。鮮やかな赤い毛をした獣人狼族の女の子、ベールだけを被っている。その子が釜口の前で薪の燃え具合を見ていてくれたんだ。
「大丈夫だと思う。鍋は吹かなかったし、赤い良い色が出てるよ。神父様は、まだ着替えてる」
「ありがとうね。ミュラーさんのところで手間取っちゃって遅れたのごめんねぇ」
「ううん、気にしてないよ。お姉ちゃんは、ちゃんとお仕事してきたんだもんね」
ああっ、良い娘だぁ。思わず抱きしめてしまう。シュリンも昨日はワームに喰われそうになって辛くも脱出できたの。でも今日も健気に仕事をしてくれる。本当にいい娘。
赤甘茶を煮出した鍋を窯からおろして中身を木桶移す。そして手を合わせ握り、
「フリッジ<クール>」
と主に祈りを捧げて奇跡を乞い願う。急速に冷やしていくんだ。
「シュリンちゃん、杯の方はどう?」
「それも、用意できてるよ」
厨房のテーブルの上に片手で持てるサイズの木の杯が相当数おかれている。
「ヨシっ」
次に私はミュラーさんの店から持ってきた包みをテーブルに乗せて、開封する。あたりに香ばしく、甘い香りが漂い出した。
「なんか、甘くていい香りがする」
そこへ外で掃き掃除をしていた獣人狼族の女の子が入ってくる。セリアんだ。
「入口の掃き掃除終わったよ。で、なんだい、それ?」
流石、鼻のきく種族だ。
「これは、ヴィスキィロールっていうんだ。今日のホスティアなんだよ」
「いつもの硬パンじゃないんだ」
「ちょっと気張ってみました」
テーブルに置いたヴィスキーを薄めに切っていく。
「今日は何人くらい礼拝された?」
セリアんが
「11人ぐらいだね」
「たくさん来たね。あ〜あ、私らの分は残らないな」
泣く泣く諦める。でも心うちでは、ヴィスキー、ヴィスキーってリフレインしてるの。
でも、頑張って仕事した姉妹二人には、ちょっとだけ残った切れ端を渡す。
「これは、啓示受けし大聖女様の血肉を模した聖体だからね。感謝して食してね」
「わかりました。お受けします」
で、二人とも食べてくれた。
「どう?」
「美味しい。香ばしくて柔らかいし、甘いに更に甘い。何これ!」
「こんなの初めて! 美味しい」
うん、上手にできたようで、ッと胸を撫で下ろした。
さあ、ミサを始めるよ。私は、来ているサフラン色のトゥニカの上からアンバーのスカプリラオ肩衣を羽織り、コルネットをかぶる。修道女の儀典用制服になるんだ。
昨日の騒ぎで、いつものハビット修道服がお役御免になるハプニングが起きてしまったの。だから急遽引っ張り出して着てるんだ。
そしてサンクチュアリへと歩いて行った。
ありがとうございました




