藍か、琥珀か
よろしくお願いいたします。
藍か、琥珀か
私が力無く座り込んでいるとシュリンちゃんが近づいてきた。両手で何かを抱えて。
「お姉ちゃん、これぇ」
シュリンちゃんが抱えていたのは、1冊の書。詩篇パサール。主の啓示受けし大聖女が、そのお言葉を書き記したものの写本なんだ。
原本は聖教会の大聖堂のサンクチュアリに安置され、代々の聖女がそれを書き写し、後々もの達へ伝えていくもの。全ての聖女が持つのは、自分だけのオリジナルになるんだね。無くしたなんて言ったら、聖女失格として放逐されてしまうんだ。
「シュリンちゃんが詩篇もっててくれたんだ」
「うん、なんか穴に落ちそうだったから。お姉ちゃんの大事なものなんでしょ」
ワームに食われる寸前、シュリンちゃんは土に埋もれていた。そうじゃなくて流されて落ちそうなパサールを抱えていてくれたんだね。私は、それごと穴の外へほうりなげたんだ。
パサールごとシュリンちゃんを私は抱きしめた。
「ありがとうシュリンちゃん。そう大事なものなんだ。ありがとう」
「うん、よかったあ」
しばらくして、シュリンちゃんが身じろぎしだす。
「お姉ちゃん、ダメ。やっぱりダメなの。酸っぱ臭くて我慢できない」
シュリンちゃんは、自分の鼻先を手で押さえた。さっきもそうだった。私は抱きついていた手を解き、彼女を解放した。
詩篇パサールをシュリンちゃんから受け取り、立ち上がって周りを見渡した。
辻の交差部分か盛り上がり、小山となっている。その向こうにワームがいたのだろう。たぶん、もうワームはいない。気配というか存在が感じられないんだ。地面の下に潜り、どこかへいってしまったのだろう。穴を見てみようとして一歩踏み出したら、
ガラン
なんか蹴ってしまった。よく見るとハンドべルなんだ。私が鳴らしていたものだったりする。
ドオっ
すると、遠くで、かなり大きなの音がした。土煙も上がっている。ちょっとぉ、もしかしてワーム?
しかも、ハンドベルが鳴ったと思ったら、反応があったということは…、このベルの音?
でもワームは、耳がないと教会の教導部から教えてもらった。あらゆる災いに対処することになるだろうといろんな事象、獣、化け物、災害について叩きこまれました。
音というか振動なんだろう。
そんなことを感じていると、ふと聞こえてきた言葉がある。
「……これでは、あやつへの罠にならんではないか。……あやつの行き道に忍ばしておいたものを。…なぜた。あやつに殺されたも同然の妻と子達に合わせる顔がないわ。…まあ、良いわ、明日…明日なりのやりようがある」
なんか、えらい物騒なつぶやきだった。聞こえた方向を見ると、騒ぎに集まってきた人達の中へボサホザの髪と汚れ、ほつれた服を着た男が紛れていってしまった。追っても間に合いそうにもない。私は佇むしかできなかった。
そのうちに、
「「トゥーリィ」」
男と女の声が重なって聞こえてきた。紫と緋色の上衣をきた2人が私のところへ向かって走ってきた。
レディ・コールマンとロードフィリップだった。近づいてきて、
「辻で何か爆発があったと聴いて来ましてよ。そうしたらあなたがいるのではありません
か、何か巻き込まれたのですか。それとも、何かやってしまいましたのですか?」
最後の言葉に体がビクッと反応してしまう。
「いえ、ね。辻業してたら、いきなり食われそうになりまして…」
嘘は、ついていない。私の憶測も多いし、言い足りないのは確かなんだけど。
「巻き込まれた方がいるようとも聴いております。貴方だったのですね。ご無事でようございました」
私は恥ずかしくて、手で頭の後ろを掻こうと腕を上げると、見習い服の引っ張られた生地が、
びっ〜と破れてしまった。
「あー」
驚いて、そこを見ようと体を捻ると他のところから
びっ〜と破れてしまう。
これまで、転ぶは転がるは、引っ掻くは引っかけるはで酷使してきたところで、止めとワームに取り込まれて消化液に浸ってしまった。限界をとっくに超えていたんだね。
下着のチュニックや、お恥ずかしいロインクロスまで、露になってしまう。
「いーやあー」
私は自分の体を抱えてしゃがみ込む。
これで、仮面の止め紐まで切れようものなら、往来で恥ずかしいものを曝け出してしまう。
もう、表を歩けなくなっちゃうよう。
「トゥーリィ、これなら持っているが着るか?」
ロード・フィリップが藍色の布を持ってきた。ちょっと待って、その色って。
レディ・コールマンが、それを受け取り、広げた。藍色が翻る。
「さあ。如何」
正規の聖女が纏う聖衣だ。
「見習いが、聖衣を纏うなど、許されませんて」
と、私は主張するのだけれど、
「では、下着のまま、歩いて行きますか? トゥーリィ」
えぇん。どっちも、いやあ。
ここで、レディ・コールマンから、
「もし、聖衣を着ていただけるのであれば、この件は、聖教会の神事。コールマン公爵家が費用寄進させていただきますが」
闇よりの誘いのようなお言葉です。
提案に乗るか、夜の辻で立つか?
答えはひとつでした。
往来で噂話が広がる。
「聴いたか。あそこの辻で、化け物騒ぎあったの。なんでも聖女様がおいでになって退治されたってよ」
「聞いた、聞いた。おっ。噂をすれば、その聖女様だ」
「仮面をしてる。噂の仮面聖女だぜ」
私は聖衣を着て、通りを歩く。横にはアンバーのベールを被ったシュリンちゃんを付き従え。藍色の聖衣が翻った。
「藍の仮面聖女だあ」
でもね。お付きの護衛騎士もいない。あくまでも見習いなんですからね。
ありがとうございました




