権杖の正しい使い方
市中で甲虫が大量発生するという事件も、概ね片付い田ようで守護戦隊として着ている藍色のバーヌースを脱いだ。その下からアンバーの教会服のハビットが現れる。バーヌースのポケットに仕まっておいたベールを被れば、立ち所に見習い聖女に戻ると言うわけ。
でも、気を抜いた瞬間、羽音がして1匹の甲虫が私目掛けて飛んできた。
「危ない!』
「トゥーリ!」
それを見つけたオジーンもドゥバァーも共に叫んで、私に注意を促してくれた。
「ふんぬ!」
おかげで、未だ手に持っていたジョゼル権仗を振り上げ、飛んできた甲虫をはたき落とすことができたんだ。そいつは粘着質な音をたてて、甲羅部を砕けさせて地面に落下する
。直様、走り寄って来てくれたドゥバァーがざっくりと剣を突き刺してトドメを刺してくれた。
「お前、それが何か知っているだろ? 何気に荒っぽい使い方するなぁ。一応、聖教会のと宝具だぞ」
「この権仗の事ですか? これってメイスでしょ。あのぶん殴る奴」
「まあ、言われて見れば、確かにそうなんだがな」
「でしょ」
私は両腕を組んで、うんうんと首を振り、さもありなんと答えた。
「本来のお役目を果たしたんだからいいんですよ」
「お前も見かけによらず豪胆な奴なんだな。肝が据わっていると言うか」
彼も私の言動に呆れてしまった。
まあ、その後、辺りを虱潰しに捜索したのけど甲虫は見つからなかった。
『グラディアス・ドゥミィニイ』
主への感謝を忘れない
私は印を結び'主'へ祈りを捧げて、本当に終わりなんだねと、この場を去ることにした。
「お二方、私くしは、ここで帰らさせて頂きます」
「帰りなら、私共で送りしますのに」
守護令嬢レディ・コールマンは私を優しく、誘ってくれている。
「お言葉ありがとうございます。帰りに所用がございますゆえ、こちらで失礼させていただきます。こちらの迎えも直に来ましょう」
私としては、できることであれは、彼女たちには関わりたくない。慎ましく静かに教会へお勤めしたいのだけど、曲がりなりにも聖女として周りが、それをさせてくれない。
「残念ですわ。あなたと帰り道に色々とお話ししたかったのですが、次もよろしくお願いしますね」
「わかりました。みなさま、お疲れ様でした」
私は踵を返すと、背中越しに手を振って答えておく。こんな仕草をしちゃあ、レディコールマンやフィリップ公に失礼にあたり、不敬罪になるのかなあ。
⭐︎
「お疲れ様。迎えに来たよ」
甲虫騒ぎの現場から立ち去り、しばらく歩くと道の傍らに赤毛の獣人狼族が立っていた。やはりんアンバーのベールを被り、同色のケープを羽織っている。私と同じ教会の部屋済みのシスター見習い。彼女の名はセリアン。
「この後、寄り道していいかな。肉屋に寄ろか。オファル肉を分けてくれるって」
「別にいいけどさぁ、オファルって臓物だろっ。それを練って、捏ねかぁ。そんなんばっかで飽きちゃうよ」
舌打ちなんかもしてて、ちょっと不満そう。
「ごめんなさいね。贅沢できれば良いんだけど、教会の懐も寂しいんです。肉を分けていただけただけでも感謝しないと」
「でもよう、ここんと魚のアラか、捏ねだろ。後は、やっぱりもらった野菜ばっかじゃないか」
「ごめんね、教会の壁の修理でお金かかっちゃて。ないのよ」
そうなのよ。先日、大型の異形が暴れ回り、街の建物を破壊して回る事件が起きた。なんとか駆除できたんだけど教会の明かり取りの大窓が被害を受けてしまったんだよね。まさか、重装鎧が飛び込んでくるなんて思いもしませんでしたよ。ご近所さんから多少の寄付があるとはいえ、それだけでは足らない。結局、普段の教会の維持費を本部から前借りしてやり繰りしたのよ。そのせいでカツカツの運営をしてるって訳なの。
「それを言われちゃ、敵わないねえ」
それでね。本当に他言無用の秘密なんだけど、暴れ回った大型異形が、身の前のセリアンだったりするのよ。なんか変な事情に巻き込まれた挙句、異形に変身させられるは、暴れ回されるは、木っ葉微塵になるは、矯正転身させられるはと凄まじい経験の持ち主なんだね。私も関わっているから、内緒なんだよ。内緒! 分かって。
そんな会話をしながら、通りを肉屋へ向かっていたのだがセリアンが声を顰めて耳打ちして来た。
「トゥーリ。後を誰かつけて来てるけど、知り合い?」
「セリアも気づいてたの? さすが獣人狼族だね。」
そうなのよね。レディコールマンと別れて、すぐにつけられたの。




