里音と精霊とリアンディディ様
湖が盛り上がり、中性的な水の人型が現れた。
表情は見えにくい。なんせ、水だから。
向こう側の景色が見えるくらい澄んだ色をしている。
『其方が今のウツシビトだな。会えて嬉しいぞ。妖精達にも好かれておるみたいだしの』
「は、あ、あの、里音と言います。はじめまして。あの、貴方は誰ですか?」
里音は恐る恐る聞いてみる。
『わしか?わしはこの湖の精霊だ。ここに住んでおる。たまに其方らのような訪問者と交流し、暇を紛らわせておる。こんななりだが結構頼りにされるのだぞ。妖精達も来るしの』
「せ、精霊様ですか。水飲んじゃいましたけど、大丈夫ですか?」
『良い良い。妖精達も好んで湖の水を持って行くからの。良い水じゃろ。心身を健康に保ってくれる効果があるからの』
悪い精霊では無さそうだ。ホッと一息つく。
『ウツシビトよ、わしを警戒しておったか。当たり前だろうが、見た目はこんなわしだが、元は妖精よ。自ら望んで、この湖の精霊になったがの』
「その、うつしびとってなんですか?」
『知らなんだか?ウツシビトはリアンディディ様に選ばれし、まだ心身共に幼い妖精の幼体の脱皮に必要な、喜怒哀楽を妖精に譲渡し、妖精の心の元となる感情を植え付ける者のことよ。ウツシビトはリアンディディ様に選ばれし者だ。誇れよ』
「はぁ、リアンディディ様って誰ですか?」
『妖精が一緒に居ながら、それも知らなんだか。リアンディディ様はこの森の主で、全ての妖精・精霊の母よ。リアンディディ様は優しいが怖い母での、だが、わしらは、そんなお母様が好きなんじゃ。この湖の管理を頼まれた時も頼られたことが嬉しくて、二つ返事で了承してしまったわ!リアンディディ様は全てを司る大精霊様じゃ。この精霊界を管理・維持しておられる。精霊界は広いぞ。迷子にならぬようにな」
「あ、ありがとうございます」
『せっかくの客じゃ。何か話してくれ。外界の事が聞きたいのぉ』
「は、はい。それじゃあ、地球の話から……」
精霊は、話してみると妖精の進化後の姿らしい。進化先はリアンディディ様か己自身で選ぶようだ。
なるほど、言葉使いは古くさくても無邪気に感じるはずだ。元が妖精なのだから。この精霊も妖精の幼体の時に別のウツシビトから喜怒哀楽の感情を受け取ったのだろう。
と言う事は、今まで脱皮した妖精の幼体は僕に似た性格になるってことかな?レッドもイエローもホワイトも個性があると思うんだけど、心の芯・性格は変わらないってところかな?感情だけ成長するみたいな感じで。
それにしても、外界・地球の話を楽しそうに聞いてくれる。だんだん緊張しなくなってきたぞ。
『……ほう!外界では、そんな事があるのか!』
「ねぇ、精霊様。ここに1人で居て寂しくない?」
無邪気で好奇心旺盛な性格だと、だんだん寂しいんじゃないかと思い始めたんだ。
『そうじゃのう。もう、何百年も此処におるからのぅ。でも、リアンディディ様のお力になれるのならば寂しくないぞ。たまにリアンディディ様から話しかけてくれることもあるし、妖精達も来るからの。慣れたの。慣れじゃ!」
わははっ!と精霊様は笑う。良くも悪くも無邪気だ。良い成長をされたのだろう。それもリアンディディ様が管理しているのか。僕はいつまで、此処に来られるかな?ちょっと寂しくなってきたぞ。
いつまでも妖精達や精霊様のいるこの場所に来られますように。
ピコン。
何だ?何の能力だ?
『精霊界への道が開かれました。いつでも精霊界と行き来できます』
もし、両親の部屋からの階段が無くなっても精霊界に来られるって事かな?これは嬉しいぞ。
『のう、ウツシビト。もっといろんな事を教えてくれーー』
ぶわっ!と、空気が変わった。なんだ?なんなんだ?この濃密な圧は?森もざわめいている。鳥肌が止まらない。
妖精や精霊は?驚いていない?大丈夫なのか?
『ようこそ、お越し下さいました。リアンディディ様』
「リアンディディ様ー!」
「おかあさんだー!」
「きたー!」
なんだか大きい5mくらい背があるんじゃないかと思うくらいの、金の髪の色をした目が翠色のひらっとした薄衣を纏った女性?がいきなり現れた。
圧が凄い!自然と頭が下がる!
《皆、元気そうですね。私は嬉しいですよ。これからも清く生きなさい》
『はい!リアンディディ様!』
「「「はーい!」」」
妖精達や精霊様は感じていないのか?この圧を。くっ、辛いっ。冷や汗が出てくる。
《さて、リオン。貴方は精霊界への道が開けるようになりましたね?今は妖精達の成長に協力してくれるので良いですが、邪なことを考えたり、性格が悪に傾いた時の対処は分かりますね?その力で我等にあだなそうとしたら、どうなるか教えてあげましょうか?》
「ぐぅぅぅ!!」
身体が潰される!身体が起きていられない!
里音は上からのしかかる圧に抗えず、地面に倒れこんだ。
「りおんー!」
「どうしたのー!」
「リアンディディ様ー!」
妖精達が里音の近くに行き顔をぺちぺちする。苦しそうな里音にリアンディディ様にホワイトが助けを求める。
里音にのしかかっていた圧がふっと解けた。
「かっ!はっ!はっはっはっ」
里音は普通に息が出来るようになった。リアンディディ様の声が響く。
《リオン、力はよく考えて使う事です。今のようになりたくなければ、善に生きなさい。これでも私は貴方を気に入っているのです。ガッカリさせないでくださいね。皆、また会いましょう》
『リアンディディ様、また!』
「またねー!」
「またあおうねー!」
「げんきでねー!」
リアンディディ様が消えると、空気や森がいつもの様子に戻った。
里音は疲れきって、身体を起せない。冷や汗が冷たい。リアンディディ様は僕に忠告に来たんだ。精霊界への道が開かれた事を感じて。
里音は目を閉じて息を整える。妖精達は里音の顔にひっついている。
「りおんだいじょうぶー?」
「かえるー?」
「ねるー?」
「ちょっと、起き、上がれない、かな?」
里音は、ふっと意識を失った。
目を覚ますと、ウォーターベッドのような物の上に乗っていた。名前の通り水で出来たベッドのようだが。
手でベッドを押さえながら身を起こすと、湖の精霊が気がついてくれた。
『ウツシビトよ、起きたか。許せ。リアンディディ様は今の精霊界が脅かされないかと心配されているようだ。普段はもう少し穏やかな方なのだがな』
「はい。ここに寝かせてくれたのは精霊様ですか?」
『そうじゃ。地面が柔らかくても、寝ていると辛かろうとな。湖の水じゃ。気持ちよかろう?』
「はい、いい目覚めでした。ありがとうございます。凄いですね。こんな事も出来るなんて」
『なぁに、わしは湖の精霊じゃ。簡単なことよ。疲れたろう?今日は帰るといい。また来てくれると嬉しいがの』
「はい、また来ます!ありがとうございました」
頭を下げて、感謝を示す。妖精達は精霊様と戯れていたみたいだ。
「レッド、イエロー、ホワイト、今日は帰るよ」
「またねーせーれー」
「またねー」
「かえるー」
「「「りおんー!」」」
顔に妖精達がびたっと張りついた。目は無事なので、湖の精霊にさよならの手を振って歩き出す。
精霊界への道が僕に開かれたからか、帰り道が分かる。
妖精達を顔から引き剥がしながら帰った。




