RPGのない世界に転生したけどダンジョンが発生したので知識チートで無双する
令和の日本で死んだ俺は、なんの因果か平成中期の日本に記憶を持ったまま転生した。
最初はただ過去に戻っただけだと思っていたが、成長するに従い微妙な違和感があった。そして、誕生日にゲーム機を買ってもらえるようになったことで初めて買ったゲーム雑誌を読んで気が付いた。
この世界にはRPGというジャンルが存在していなかった――。
それでも世界は前世と変わらずに時を刻み、変わらないように見えた。だが、世界は大きく変貌してしまった。
平成三十年。年号最後の年に世界中にダンジョンが発生し、世界中の人々がダンジョンを発症した。
突発性迷宮症候群。そう名付けられた奇病は人々の肉体と精神を変異させ、最終的にダンジョンへと変えてしまう。
巷では迷宮病と呼ばれるその奇病の治療手段は迷宮で手に入る治療薬を使うか、迷宮そのものを攻略してしまうこと。
当初は各国が軍人や自衛官、警官だけで対処していたダンジョンも迷宮病患者と患者が生み出した心理迷宮の急速な増加により、民間人のダンジョン攻略を許可・要請する流れへと移ってしまった。
俺もその個人迷宮探索者ーー探索者の一人として今日もダンジョンへと潜っていく。
水月迷宮。地方の田舎町にある小さな自然迷宮。
高さ2m半、幅1m半程度の空間が続く自然洞窟のような迷宮だ。
攻略情報は地下七階まで公表されており、未攻略の迷宮ではあるが、難易度はそう高くないと評価されている。
人気のある迷宮とは言えず、日に十数組程度が通う程度だ。
公共交通の便も悪く駐車場も小さいので、わざわざ遠方から足を運んでくる者はまずいない。
俺がこのダンジョンに通うのは高校の帰りに寄れる立地で、探索者が少ないのでモンスターに簡単に遭遇できるという点だ。探索者の多い迷宮ではモンスターが復活するたびに狩られるので、人数の多い浅層部では中々遭遇しない。
深層へと進むのならばモンスターの少ない方が楽だが、単独での活動となれば浅層でチマチマと稼ぐしかない。
悲しいかな、この俺――四間飛車命は単独探索者であった――。
水月迷宮地下三階。灯りの無い洞窟を音も無く歩いていく。
スキル【五感強化】のおかげで得た暗視能力で移動は問題ない。灯りがある方が視界は良くなるが、他者――特に他の探索者に俺の行動を知られたくなかった。
地下二階からの階段から近く、四階への進行方向とは逆位置が俺の目的地。階段すぐの分かれ道のその先にある大広間。
部屋の広さは幅15m、奥行きは20mはあるだろうか。
何よりの特徴は入口から数m先から広がる断崖絶壁だ。これが対岸の出口近くまで10m以上も広がっており、探索者の身体能力でも飛び越えることはできない。そのため、地図に崖があることだけが記載され、行く必要もない行き止まりの部屋だと認識されている。
その部屋に着くと、通路の入口から隠れる位置に移動し、【索敵】スキルで周囲にモンスターも他の探索者もいないことを確認してスマートフォンを取り出す。そして、アプリ[まどぅかマヨゥカ]―― 通称[まどマヨ]を起動した。
まどマヨを使うことで探索者は自身のステータス閲覧とレベルアップ作業を行える。他にも登録されているアイテムやスキルの情報閲覧、探索者限定の掲示板などの機能を持った探索者のためのアプリだ。
(ステータス閲覧、と)
………………………………………
四間飛車命
クエスターレベル:6 盗賊2/転生者4
LP 75/75 MP 87/88
筋力:8+1 強靭:3 敏捷:13+2 感知:15 知力:6 精神:5+2
スキル
偽装、五感強化、言いくるめ
罠発見/解除、索敵、不意打ち、隠密、影走り
器用貧乏、白兵武器威力最大化、星剣、クラス・スキル知識、マルチクラス解放
装備
物干し竿/肉切り包丁/投げナイフ✕10、忍びの白装束、騎士の篭手、ガラスの靴・呪
………………………………………
これが探索者のステータスだ。
探索者階位は個人の総合的な実力の数字で、メインクラスとサブクラスのレベル合計で表される。
俺の場合、メインクラスの盗賊が2レベル、サブクラスの転生者が4レベルの合計6レベルになる。
メインクラスは戦士・盗賊・神官・魔術師の4種類で変更は不可能。サブクラスは無数に存在して条件を満たせば変更可能になる。
そして、このメインクラスが問題の1つとなっている。RPGの無い世界故に、トラップ対策が取れていないと判断し盗賊を選んだのが運の尽き。RPGの無い世界故に、盗賊は悪人の取るクラスだと思われていたのだ。
世間一般的に盗賊は役割ではなく行動と受け取っているために、盗賊を選んだだけで犯罪者予備軍だ。そのため盗賊を選んだ者はほぼ単独行を強いられる。ぼっち・ざ・盗賊というわけだ。
俺にとって不幸中の幸いは、盗賊が少ないために隠し部屋や宝箱に誰も気付かず、取り放題だったということか。装備のうち、ホームセンター産の物干し竿以外はダンジョンからの拾い物で、更に投げナイフ以外はマジックアイテムという潤沢ぶりだ。なお、白い忍者装束に武骨な金属の篭手、ガラス細工のハイヒールといった斬新極まりないコーディネイトは【偽装】スキルによってジャージと厚底の登山靴という初心者探索者お決まりの姿へと変えている。
それらマジックアイテムも本来なら装備できずに換金用だったものを、転生者のスキル【器用貧乏】で装備制限を無視して装備できたというのも助かっている。
なにしろ装備できるのが騎士や忍者だという、公には未確認のクラス用装備だ。換金しようとしても買い叩かれるに決まっている。ならば自分で使ってしまえと身に着けてみれば予想以上に強力だった。
これから向かう先も稀少品を見つけたようなトラップの向こう側だ。まだ見ぬ宝に期待をいだきつつ、スマホをしまい物干し竿を手に取った。
目の前に広がるのは底も見えない深い断崖。
足を踏み外さない程度の距離を取りつつ、穴に向かって物干し竿を伸ばし叩いていく。しばらくは中空を掻き回すだけだったが、コツリ、と硬質な手応えが響いてきた。
透明な浮遊床。これこそがこの崖を渡るための移動手段だ。
透明かつランダムに出現するこの床は何かが触れていれば固定化される。本来なら固定化した足場からまた次の足場を探りつつの移動になるのだが、盗賊の基礎スキルである【罠発見/解除】の隠れた能力として、解析したトラップを操作することができる。
浮遊床を操作し対岸まで無事に渡り、出口から部屋の外へ歩いていく。十歩も歩かないうちに丁字路へ出て、左が下層へと繋がっている昇降機への扉で、右が今回の目的地の扉だ。
石造りのニ枚扉は自動式になっており、扉の前に立つとゆっくりと開いていく。
扉の先へと足を踏み入れたらなにか空気が変わった気配がする。若干空気が重くなったといえばいいのか、湿度が増した感がある。
昨日もこの場所に来たが、その時に出会ったモンスターの影響があるのかもしれない。
【索敵】を使用し、脳内に浮かぶ三階の地図を確認する。一階、二階と同じ正方形の形状なら三階の空白地帯であるこのエリアは昨日までに七割ほど踏破している。残りも今日中には探索終了できそうな広さだ。
とまれ、まず最初にするべきはすぐ近くにいる敵の排除からだろう。
道の先、5m程度の場所で蠢いているモノが微かに見える。スライムだ。
スライムは魔法生物系統のモンスターで、動植物型のモンスターが主流の自然迷宮に存在するのは珍しいそうだが、このエリアではスライム以外を見たことがない。
外見としてはゾウリムシをサンダルほどに巨大化させた物体で、灯りがあれば藻が繁茂した池の水のように濁った緑色が見えただろう。
こちらに気付いているのか、ナメクジのようにゆっくりとこっちに動いてきていた。
「星剣、顕現」
スキル【星剣】を起動することで、手にしている物干し竿が薄っすらと蒼く輝きだす。
このスキルは光を纏わせた武器を使っての攻撃に、相手の防御耐性や装甲を貫くという効果を付与させる。物理攻撃に対する耐性を持つスライムには特に有用なスキルだ。
輝く物干し竿を数m離れた場所から叩きつけるように落としこちらへと引きずる。天井の高さが足りないので大上段というわけにはいかないが、俺の頭の高さ程度からの一撃でも充分なダメージは与えられる。
固めのプリンのような感触を残してぷつり、とスライムの体が両断された。
まだ動いているので再度突き込むと、かすかに身を震わせて崩れ落ち、ゆっくりと蒸発するように煙を出しながら消えていく。これがスライムの死だ。
弱点である核を破壊したときは即座に蒸発が始まるが、核が無事で死亡したときは周りに水分を散らしてから消えていく。どういう差があるのかは知らないが、核を破壊したときの方がドロップアイテムを残す気がする。
今倒したスライムのいた場所に残るのは白いコインが数枚。五百円玉程度の大きさが1枚と、十円玉程度の大きさが3枚だ。
迷宮貨幣――通称マヨカと呼ばれるコイン。白く、軽く、そして硬い。モンスターが確実に落とすアイテムで、一説にはマヨカを使ってモンスターが召喚されているというのもある。それを聞いた時には有名RPGを基にしたアニメを思い出したが、この世界には存在しないので誰とも気持ちを共有できなかった。
一息ついて、マヨカ用の袋に白いコインを入れ探索を再開する。
最初の遭遇から問題なく探索は進み、中部屋1つ、小部屋2つ、更には隠し部屋を2つ発見した。
戦果としてはスライムが落とした魔石が7、未鑑定の丸薬が3、回復薬らしき水薬が5、巻物が2巻、金属製のブーツが一足、鞘に炎の意匠が刻まれた大剣が一振りといった具合だ。そのうち水薬2本は倒したスライムから拾っている。
剣以外はバックパックに詰め込めたが、俺の身長に近いサイズの大剣は持っていたロープで鞘から抜けないよう縛りつけ、引きずりながら運んでいる。ガリガリと音が立つときがあるが、スライムには聴覚がないのか、先にこちらに向かってきたり、待ち伏せや不意討ちのようなことはなかった。
(最後はこの部屋か……)
眼前にあるのはスライムエリア(仮称)の入口ほどではないが巨大な扉。脳内地図によれば、扉の先に大部屋があれば綺麗に地図が埋まるようになっている。
(RPGならボス部屋ってところか)
【索敵】スキルで探知しても今までのスライムより強力そうな反応が1つあるだけだった。
これまでの傾向からボスもスライムだろうと判断し、投げナイフをしまい魔法の短杖をベルトの間に差し込む。後は回復薬等の消耗品のチェックとすぐに取り出せるようベルトポーチの位置を調整する。
確認を済ませ扉の前に立つと、エリア入り口と同じように扉がゆっくりと開いていく。
部屋の中は体育館ほどに広く目立った障害物はない。部屋の中央部には巨大なスライムが鎮座し、時折ぶるりと震えている。スライムの高さは3m程度、通路よりも天井が高くなっているために窮屈な印象はない。体長は5,6mはありそうで、踏み潰せる大きさの雑魚スライムとは大違いだった。
(【隠密】)
スキル【隠密】で巨大スライムから姿を隠した俺は、部屋内に罠が仕掛けられていないのを確認し、蒼く輝く物干し竿を大上段に振りかぶる。本来、隠密状態では満足に移動ができないが、【影走り】のスキルによって音もなくスライムへ肉薄する。
背後――背後? からの【不意打ち】による最大の一撃は粘体を容易く掻き分けて行くが、一瞬抵抗を感じると太刀筋が斜めに逸れてしまった。縦に両断するつもりが、予想の2割程度を抉り取る結果となる。切り離された欠片は雑魚スライムを倒したときと同じく煙となって消えていった。
「―――――――――――!!」
巨大スライムは叫ぶような音を立てると、俺に向かって何かを撃ち出してきた。
慌てて2歩後退し、物干し竿で受け流す。地面に落ちたソレは野球ボールサイズのスライムの一部だった。
マシンガンのような勢いで発射されるスライム弾を避けるには、高い感知と敏捷の能力値のおかげで苦ではないが、反撃に回る余裕はない。頭や手足に当たりそうな弾は回避し、胴体に当たる弾は物干し竿で逸らす。何とか耐え凌ぎ反撃のチャンスをうかがうも、手の中からミシリ、と致命的な音が聞こえた。
迷うことなく、物干し竿をその場に落とし大きく後退する。6m程度の距離を保ち巨大スライムを中心に円を描くように走る。スライムは執拗に弾を撃ち続けているが、この距離なら発射を確認してからでも充分に回避できた。
安全距離を保ちながらスライムの様子を確認すると、最初に見たときより一回りサイズが縮んでいる。スライム弾の撃ち過ぎか、【不意打ち】で与えたダメージの影響かは分からないが、優勢に事を運べているとほくそ笑む。
それが油断になったのか、ぐにり、と足元に妙な感触が伝わると足が止まる。足元を見ると、撒き散らされたスライム弾を踏んでしまい、それが粘着液のように足を固めている。
巨大スライムは動きが止まったのを見て攻撃を停止。全身で激しく震え出すと、俺に向かって電撃を放ってきた。
「ぐあっ……!」
探索者の肉体を覆う魔力――闘気のおかげで電撃による怪我やショックを防いでくれるが、痛みまでも完全に無効化してくれるわけではない。
幸いにも足元のものを含め、部屋に飛び散っていたスライムも電撃にやられたのか消えていたので移動を再開する。
体の一部を飛ばし、それを足止めの罠としてからの放電。体感としてはLPを2割近く削られた。このまま攻撃パターンの観察を続けても徐々に不利となるだけなので、攻撃へと移るために腰の短杖を引き抜いた。
短杖は片手で握り込める太さが均一に続く30cm程度の長さで、先端には親指の爪ほどの赤い宝玉が鉤爪のようなフックで固定されている。
「熱光線、発動!」
発動の合言葉とともに3条の赤い光が巨大スライムへと襲いかかった。
短杖は魔法が込められた杖で、合言葉だけで発動し詠唱する時間を抑えられる。本来なら魔術師専用のアイテムだが、【器用貧乏】のスキルで俺にでも使用できる。
熱線の突き刺さった巨大スライムは鱗のような文様を照らし出しつつ激しく震え上がった。
前世の記憶ではスライムは火に弱いとあったが、このダンジョンでも同じようだ。
「熱光線発動。熱光線発動。――発動」
移動しつつも熱線による攻撃を繰り返し、短杖の使用回数も僅かになる。
巨大スライムも最初の一撃には激しく体を震わせていたが、今の動きは見るからに弱々しい。倒す頃合いかと、杖と逆の手で肉切り包丁を引き抜いた。
「星剣、抜刀」
包丁に纏っている【星剣】の蒼い輝きが更に増し、光の刀身が包丁本来の倍以上に広がる。
一瞬、軽い目眩を覚えたが、魔法力の軽度の枯渇症状だ。連発した熱光線により消費された魔法力が【星剣】で更に減ったことが原因だろう。
「熱光線、発動!」
熱光線を使い切った宝玉の光が失われるとともに軽い頭痛が襲う。耐えられない痛みではないために光を追い巨大スライムへと駆け出した。
熱光線を受けたスライムへと包丁を振るう。【不意打ち】による大ダメージを狙った大振りではなく、次へと繋げる軽く早い剣戟だ。
一撃、二撃、そしてやや力を込めた三撃目を加え核までの道筋を斬り分けるとバックステップで数歩の距離を保ち【隠密】を使用する。
最後の一撃と、【不意打ち】による渾身の突きを繰り出した瞬間、スライムからの放電の気配を感じ取った。
この一撃での決着を狙うなら踏み込む、再度の機会を待つなら下がる、二つの選択が浮かび上がり――巨大スライムの体が弾け飛ぶ。HP全損による死亡だ。
スライムの破片が煙となって消え、部屋の中央に青く光る魔法陣のようなものが現れてもなお俺は憮然として立ち尽くしていた。
最後の選択で答えを出せないままに戦闘が終わってしまった。結果としてはうまくいったものの、戦闘中という一瞬の判断が必要な場所で判断を下せなかったという事が勝利を苦いものに変えている。
無理矢理に大きく溜息を吐き、納得できない感情を呼気と共に外に押しやると改めてドロップを見やる。
巨大スライムが残したのは大量のマヨカと通常のスライムの倍以上大きい魔石、それから頭くらいのサイズになる巨大な傘の虹色マッシュルームだった。マヨカと魔石は問題なくそれぞれの袋に入ったが、見るからに毒々しいゲーミングマッシュルームはバックパックの中に折り畳んでいたエコバッグを出してそこに詰め込む。
ギリギリ入った袋をバックパック横のフックに吊るし、歪んだ物干し竿で魔法陣を調べた。どうやら一階まで戻れる転移装置のようだが、【罠発見/解除】スキルでわかるということは罠扱いなんだな。一応、部屋内に隠し扉や通路がないか確認してから魔法陣へと足を踏み入れる。
転移したのは入口近くにある小部屋だった。この部屋は迷宮の出入口と二階への階段の間にあり、実は階段側からショートカットできる隠し通路がある。この迷宮に通う盗賊が俺以外にいないために発見されていないようで、なんの意味もない部屋だと他の探索者からは思われているようだ。そのおかげで、転移を見られることなく安心して帰途についた。
迷宮から出てきたそこはお役所だった。
正確には役所ではなく、迷宮発生災厄後に新しく設立されたダンジョン庁――通称マヨ庁の管理事務所だ。
日本では迷宮はすべて国の管理下に置かれており、入口はマヨ庁の役人が管理している。表向きは探索者以外の一般人が無断で入るのを防ぐためだとか、万一迷宮の怪物が出てきたときのためだとかいう理由だが、本当の目的は探索者や迷宮の資源の管理だと言われている。
探索者が迷宮に入るためにはパーティの代表者がカード状の探索者免状を提示する必要があるし、迷宮のアイテムを外部に持ち出すには申請書を書く必要がある。装備類は事務所に保管できるが他の迷宮に持ち出すには申請が必要なため、手間を嫌い複数のダンジョンに挑戦する探索者は少ない。
ダンジョンとの出入口側にいる警備員にカードを渡して確認が終わると分厚い門扉が開く。
「お疲れ様でした。閉所時間まで30分少しですのでお気をつけください」
警備員に会釈して答える。
都市部など利用する探索者の多い迷宮では24時間営業――営業? だが、水月迷宮は21時には事務所を閉鎖して翌日の9時までは開かない。時間を逃せば朝まで迷宮の入口で待っていることになる。
思ったよりも時間が過ぎていたな、と急いで事務所内に戻ると事務所の一角にある設備に向かう。ATMかセルフレジに形状の近い機械で、大きさはそれらより一回りほど大きい。[迷宮アイテムを鑑定するクン]、通称[メイカク]だ。
メイカクはまどマヨと同期していて、探索者本人のデータ以外は弄れなくなっている。俺のデータがメイカクに表示されたことを確認して、まずはマヨカチャージを選択する。メイカクの中央部が大きく開いた。そこには何も見えない闇が広がっていて、袋からマヨカを闇の中に一気に投入する。残高が急上昇して二万を超えた。目的のサブクラス変更用のアイテムである[小五ロリの書〕を購入しても半分以上余る数字だ。
次はアイテムの鑑定だ。マヨカを入れた後に閉じた中央部の上にアイテムを通すと自動的にスキャンが開始され、アイテムの情報が液晶に表示される。
丸薬はすべて強化魔薬と呼ばれる一時的に能力を上昇する薬だった。こういうのは使うのがもったいなくて使わないというのがお決まりだが、一応持っておくことにする。水薬は予想通りすべて回復薬だった。怪我を治す、LPやMPを回復する、状態異常を治す、全部効果はバラバラだったがあって困るものではないので保管しておく。
巻物は1つが炎柱の呪文書。新しい魔法を習得できるがそれに対応した魔法スキル――今回なら【火属性魔法】――を習得している必要がある。サブクラスを四大魔術師にでもすれば魔法は習得できるが盗賊には魔法を強化するスキルもないため不要だな。もう1つは技能書。スキル習得時に選択できるスキルを増やす巻物だ。選択肢が増えることにデメリットはないので即使用した。これで【外し】のスキルを今後習得できるようになる。
巨大スライムが残したキノコは[マジカルマッシュルーム]というキノコで食すればLPとMPが同時に回復。他にも医者や料理人のクラスなら加工して回復アイテムの素材になるそうだ。光るキノコを食う趣味はないので売却。ブーツは[天狗の高下駄]という足装備。妖怪かシュゲンシャの専用装備で、装備すれば【風属性魔法】含めいくつかのスキルが使用可能になる。使うかどうかは今後考えるとして保管しておく。しかし、さっきまでブーツだったのに鑑定が終わると一本下駄になるのはどういう原理なのか。
最後に持ち運びが面倒だった大剣は[烈火の剣]という銘の大剣だった。武器としての性能も装備スキルも強力だが、要求する筋力値が高すぎて俺には使用できない。惜しいが売却だな。
保管用と売却用のアイテムに別れたレシートのような紙が発券されたので、これを受付に持って行き書類を書けば終了だ。魔石はそのまま受付に渡せば決済してくれる。
短杖の使用回数回復やアイテムの補充もできるが、遅くなったので次に来た時に回す。営業時間過ぎて即追い出されることはないがあまりいい顔はされないからな。
「魔石の合計は12万8千円になりました。他のアイテムは一度本部に通してからの査定となります。査定額が決定すれば連絡いたしますので、そのときにもう一度売却かどうかの決定をお願いします」
「は?」
若いが愛想のない女性職員の言葉に耳を疑った。ダンジョン税という所得税やら消費税やらをまとめた探索者専用の税金で半分近く減らされて、普段の手取りは数千円程度なのに今日のは桁違いの数字だったからだ。
俺の間抜けな声に査定額を復唱することもなく、無言で魔石売買の書類を出される。間違いなく同じ数字が書かれていて、言われるままにサインを済ますと現金がトレイに乗せられて出てきた。
現世では初めて見るような金額に心を浮かれされながら、アイテムの保管売却に関する書類や着替えも夢現のままに終わらせ、退所する頃には営業時間を15分ほどオーバーした時間だった。
早く出て行けという職員の視線を背中に浴びながら事務所を後にする。
駐輪場に停めてあった通学用の自転車のロックを外しつつ、まどマヨを起動し今日の戦果を再確認しようとして――絶句した。
ダンジョンで見たときは6だったレベルが9まで上昇していた。一度に複数のレベルが上昇するなんて聞いたことがない。慌ててクエスト履歴――探索者はダンジョンを脱出した時に、ダンジョン内の実績に応じてクエストが消化されて経験点を得る――を確認した。
今回のメインクエストは〘水月迷宮三階の完全踏破〙と〘小迷宮 粘体の澱の完全踏破〙とある。完全踏破とは地図が100%埋まった状態だ。次の階への階段を見つけたら攻略、地図が半分以上埋まったら踏破と判断される。
今回は更にメインクエスト消化時に条件を満たしていたらボーナスを得られるサブクエストも表示されていて、〘ゴールデンメタルスライムの討伐〙と〘ドラゴンの討伐〙というサブクエストがクリア扱いになっていた。
ゴールデンメタルスライムは昨日倒した素早いスライムだろう。あれを倒しただけでレベルが1上がったのに、サブクエストとしての報酬もあったのか。ドラゴンは――最後の巨大スライムしか心当たりがない。鱗みたいな模様があったがあれは龍鱗だったのか。
何にせよ複数のレベルアップとなればどういう成長をするか計画を立てねばならない。レベルが上がっただけではLPとMPが増えただけなので、クラスのレベルを上げたり能力値の成長やスキルの習得は探索者自身が選ぶ必要がある。追加しようとしているサブクラスのことも考えると嬉しい悲鳴を上げそうだ。
遠距離攻撃手段のためにガンスリンガー、機動性を増すための乗り手、筋力をはじめとした全体的強化が見渡せる吸血鬼、ダンジョン生活を豊かにする料理人、マヨカに余裕ができたので複数のサブクラスを取るというのも……妄想に耽りつつ自転車をこいでいるとあっという間に家に着いた。
鼻歌交じりで車庫に自転車を片付け、灯りのない母屋へ向かうと玄関の前に体育座りをしている少女を見つけたのだった――。
作者は重度のいいね欠乏症です。
症状が改善しなければ56億7千万年以内に命を落としてしまいます。
あなたのいいねが命を救う!