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南の国のはずれ姫3

 国境の街からスノーディアの国までは馬車で5日ほど――。

 どんな理屈か知らないけれど、私が乗ってきた馬車より揺れないし、クッションもふかふかでお尻も痛くない。

 まるで雲みたいな箱の中で、私を引き留めた男の人と二人になった。

 この男の人はエーヴァルと言って、私の婚儀までの側仕え兼教師となるんだそう。

 初めは赤い目が怖かったけど、途中の雪原で真っ白で赤い目の可愛い雪ウサギを見せてくれたんだけど、その後はもうエーヴァルがウサギにしか見えなくて、見慣れるまで頭に長い耳がピコピコ動いて見えて、吹き出したくてすごく困ってしまった。

 とても怖い人だと思ったけれど、私を気遣ってくれて優しい人だ。


 道中の車内は私へのスノーディアの基礎知識を教える教室になった。

 一年の半分は雪が降る寒い国であること、金銀に貴重な鉱石や宝石の採れる山があること。

 だけどいつまで採れるかわからないから、次の産業を模索していること。


「我が国は後宮があり、時々陛下がお渡りになります」

「は? 後宮って……あの(・・)後宮ですか?」


 沢山の女の人がいて、日ごと夜ごと愛を囁く、という。


「ええ。その後宮です」


 私は岩場で頭を打ち付けた気分だ。

 お嫁に来たんだと思っていたけれど、お飾りになってしまうようだ。


(まあ、仕方ないよね。お相手が“はずれ姫”じゃ、そんな気分になれないし)


 こんな日に焼けた肌に、棒切れみたいなやせっぽちの身体で。

 私じゃ陛下を満足させられないから、これからもそっちへ行くんだろう。

 母さまから急拵えで聞いた閨の作法が役に立ちそうもないけれど、少し安心もした。


 ※ ※ ※


 馬車は順調に進み、スノーディアの王宮の門をくぐった。

 到着して挨拶をしたが、早速おざなりな扱いをされた。


「しばらくはゆっくりするといい。私も忙しいから」


 私が頭を上げて顔を見る前に、夫となる人はさっさと執務室に戻ってしまった。

 忙しい、ね。後宮に通うのが忙しいって事か。

 随分とお盛んなことだけど、これなら後継も他が生んでくれて、私は本当にすることはないわね。


「だったら“ゆっくり”しようじゃないの!」


 そうね。ちょっとゆっくり雪に触って、お庭見て、お部屋を改装したり、持って来たものを飾り付けたりするだけよ。


 私は切り替えて、いそいそと国から持ち込んだ荷物を改めようとしたら、

「リーノ様。お勉強が先です。いずれ王妃となられるのですから」

 と、ドサドサと大量の書物や資料をエーヴァルはテーブルに積み上げ、にっこり笑う。


「こ、これを全部!?」


 私は積み上げられた紙の束に目を剥いた。

 いや! 道中はさわりだけって聞いてはいたけど!!

 でもっ! 馬車で結構たくさん聞いたんだよ?

 私が二の句を継げずに口をパクパクさせていると、


「お勉強だけではつまりませんので、息抜きもご用意しました。ご婚儀までの1か月、一緒に頑張りましょうね」


 エーヴァルは裏のなさそうな顔でにっこりと笑う。


 訂正。

 ウサギ従者エーヴァルは、見た目に反してとても厳しい人だったわ。

 この国へ来て、初めての母さまへの手紙にはそう書こうと決めた。


 ※ ※ ※


 エーヴァルは本当に容赦がなく、この国の歴史や地理、産物や税制、庶民の暮らしに貴族達の動向。

 ありとあらゆることを私に詰め込んできた。

 悔しいことに教え方が上手くて、馬車同様、ついつい話を聞いてしまう。


 そして日に二度ほど休憩と言う名の自由時間がある。私はいつものように庭に出て、雪の積もった橋の欄干に手を押し当てて、手形を作る。

 手の形になるのがとても面白くて、ついついいくつもつけて回る。

 白いのに、とても冷たくて、さらさらとして不思議な感触だ。

 故郷アイラナの砂浜とは全然違う感触で飽きずに触って、いつかこの雪の結晶を染め物の柄にしてみたいと、じっくりと眺めてしまう。


「リーノ様、今日はちょっと面白いものを用意致しましたよ」


 エーヴァルはどこからか湯気の立った鍋を持ってきて、雪に埋めた。

 鍋の中をのぞけば、牛乳っぽいものが入っていて、バニラのいい香りが漂ってくる。


「いい匂い。懐かしいわ」


 バニラは私の国の特産品だ。当然この国にも輸出されている。

 お菓子の風味付けに使うと聞くけど、作っているところは初めて見た。


「これを雪で冷やしながら、よーくかき混ぜます」


 エーヴァルは泡立て器をぐるぐると混ぜていく。

 鍋の熱で雪が溶けると別の場所に変えて、ただひたすら冷やしながら混ぜていくと、だんだんとろりとして、少しずつ固まる。

 泡立て器が動かしにくくなったら、外して大きなスプーンで器用にまあるい形にして、クッキーに乗せて私にくれた。


「さあ、どうぞ。スノーディアの雪で作るアイスクリームです」


 私は勧められるまま、もう一つのクッキーをスプーン代わりにすくって一口食べた。

 冷たくて、とっても甘くて、バニラの香りがふくよかでとてもいい。

 私の国で冷たいお菓子は削った氷にシロップを掛けたり、凍らせた果物を薄く削ったりが主だったけど、こんな冷たくて甘いお菓子は見たことがない。


「とっても美味しい。こんなものを毎日、スノーディアの人は食べてるの?」

「いいえ。アイラナ産のバニラは高級品ですから、これは貴族向けですね。庶民はバニラ抜きか、祝い事にほんの少しエッセンスを入れるくらいです」


 驚いた。聞けばバニラは街中では金貨と同等の価値があるんだそう。

 私の国のバニラってそんな扱いなんだ。


「私の国ではありふれてて、残りかすで石鹸の香りづけにも使っていたのに」


 バニラの種を取ったあとのさやも少し香りがする。

 石鹸をつくる工程で、バニラのさやを入れて石鹸に香りをつけるのだ。


「それはとても贅沢ですね。きっとその石鹸一つで庶民はふた月、余裕で暮らせますよ」


 エーヴァルはそう教えてくれた。

 実は少し持ってきていて、ひとつ侍女にあげたらすごく喜んでくれたけど、そういう事だったのか。

 アイスを食べながら納得していると、後宮に向かう渡り廊下に誰か現れた。


「あ……」


 あれは陛下だ。供を何人か連れている。

 私がいる事なんて気が付く訳ないのに、何だか気まずくて背を向けた。

 だって……。これから後宮って。。。

 何となく妄想が止まらなくなり、ぱっぱっと手で追っ払う。


「どうしましたか?」

「う、ううん。何でもない。そうだ、後宮は今、何人くらいいるの?」


 エーヴァルは少し考え、

「口で説明するよりは見て頂いた方が早いでしょう。これからご案内致します」

 と言った。


「えっ! そ、その……。こっ、これから(・・・・)ですか?」


 私はひどく動揺し、つっかえながらも聞く。

 さっき入ったばかりで私、お邪魔ではないかしら。


「今はちょうど我が国の歴史を学んでいるところでしたから、実践(・・)学習と参りましょう」


 な、な……。何の実戦!? もしかして閨の実戦なのっ!? こ、こんな昼間から!?

 また妄想が広がって、カーッと顔が赤くなった。

 やだもう。エーヴァルの顔も見れない。


「そ、そのあのっ! 私っっ! こ、心の準備がっ……全然。き、今日は勘弁してくださぃっっ!!」


 雪の中に埋もれたいと思いながら必死の思いで言ったのだけれど、こっそり上目遣いで覗いたエーヴァルはきょとんとしたかと思えば、ぷっと吹き出し、大きな笑い声に変わった。


「しっ……失礼……しました。ふ……ぷふっ。そういう(・・・・)使われ方をしたのは随分昔のことで、今の後宮は違います」


 肩を震わせながらエーヴァルは教えてくれたけど、にやけ顔のままで全然笑いが収まってない。

 それはそれで失礼よね。返してよ。乙女の純情を。


「じゃあ陛下は?」

「大方資料でも探しに行ったか、休憩しに行ったのかもしれません。後宮には温室があり、年中暖かいのでとても気に入っておられるのですよ」


 陛下は寒がりなんだそうで、温室でお茶や休憩をするのが好きなんだそう。


「さて、それでは楽器(・・)の“実践”に参りましょう。リーノ様、音楽はお好きですか?」


 今の後宮はスノーディアの伝統楽器がいくつか置いてあって、エーヴァルはそれを見せてくれるそうだ。

 誤解させたお詫びに絶対一曲、弾いてもらおうと心に決めた。

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