南の国のはずれ姫2
どんなに寂しくても時間は待ってくれない。思い残すことのないようにあちこちに潜り、染物で景色を残し、貝殻やサンゴ、真珠でみんなにお守りを作った。
私も母さまから貰った。昔、父さまから贈られたという、とっても綺麗な赤サンゴのブレスレット。
「赤サンゴは魔除けになるから、きっとあなたを守ってくれるわ」って。
旅立ちの日は、見事なお天気で朝からまぶしい日差しが降り注いだ。
私が着るとは思ってなかったユウナ用の花嫁衣装を少し直して、私が着ている。
これはお嫁に行くユウナのためにと私が自分で染めたもの。
白い生地をユウナが一番好きなプルメリアの花弁のように薄く黄色に染めてある。
普段はしないお化粧をして貝のネックレスに白いプルメリアの花冠を乗せると、伝統的なアイラナの花嫁姿だ。
私は側仕えに手を引かれ、家族の待つ階下にゆっくりと降り、最後の挨拶をしていく。
「「ねぇ~ち゛ゃ゛ゃ゛んーーー。ヤダよぅぅぅぅ。俺もいっしょにいく゛ぅぅぅ!!!」」
双子らしく涙と鼻水まみれで見事なハモリのサリとレイは、私の服を汚さないように側仕えたちに抑えられている。
「サリもレイも元気でね。ユウナや母さまを困らせちゃダメよ。約束だからね」
二人の頭をポンポンと両手で撫でると、サリもレイも返事とも泣き声とも区別のつかない言葉で頷いてくれた。
「おねぇちゃんの嘘つき。まだ染物全部教えてくれてないよ……」
ラナはふくれっ面で、私が作ったラナンキュラスの染め型を大事に抱えている。
「ゴメンね、ラナ。お姉ちゃん、向こうで新しい柄考えて送るから、許して」
ラナはふくれっ面のままこくりと頭をさげて、母さまのスカートのすそを掴んで俯いた。
「ユウナ! 婚約者を盗っちゃって悪いわね。これもやっぱり私の魅力ってやつ!?」
おどけて言ったら「リーノ……!」とユウナは私に抱き着いて泣きだした。
「ゴメン。ごめんねリーノ。私が元気だったら……」
「泣かないで。私の足の裏は割れた貝殻踏んでも切れないくらい丈夫なんだよ。いざとなったらナイフくらい蹴っ飛ばしてやるから」
「うん……」
「その耳飾り、似合ってる。結構自信作なんだ」
「うん。大事にする」
「元気でね、ユウナ」
「……うん。リーノも。向こうはとっても寒いから薄着はダメ。ちゃんと着て温かくするのよ」
「ユウナったら。母さまみたい」
名残惜しそうにユウナと私は離れ、母さまの前に立った。
母さまは直す必要のない私の髪を撫で付け、襟を直し、そっと私を抱きしめた。
「とっても綺麗よリーノ。貴女は私の自慢の娘よ。行ってらっしゃい」
泣き笑いの母さまに、私は精一杯の笑顔で答えた。
「ありがとう母さま。いってきます!!」
こうして私は16年間生まれ育った島を離れた。
まるでちょっとした旅行気分で不思議と涙は出なかった。
※ ※ ※
目指すスノーディアはずっと北にある国で、外海を経て途中まで船で川をさかのぼってから馬車に乗り換えて約3日かかってスノーディアの迎えと合流した。
ここはスノーディアの兄弟国であるオートゥアーノの国境沿い。
一山超えればそこはもうスノーディアで、後戻りなんてできない。
「遠路ご苦労。リーノ姫は我々が責任を持ってお預かりします」
ここからは国からついてきてくれた供とも離れて、たった一人でスノーディアに向かう。
国を出た時に着ていたノースリーブとサンダルは、厚手のコートに立派な毛皮の帽子と毛皮の張られたブーツに変わり、初めての寒さなのか、ひとりぼっちの怖さかわからないまま私は震えた。
「姫様……どうかお達者で」
「マノア、ここまで連れてきてくれてありがとう。道中気を付けて帰るのよ」
「王城が寂しくなります。どうかお元気で」
「ありがとうカイ。あなたも元気で。ユウナの事、お願いね」
途端にカイはさっと顔を赤らめて「……知ってたんですか?」とばつが悪そうにしていた。
「知ってるわよ。はずれ姫だって恋愛物くらいは読むんだから」
「ユウナ姫は必ずお守りします。リーノ様もどうかお元気で」
他に守るべき人はたくさんいるんだけど、ここでユウナの事しか出ないのがきっとカイのいいところなのだ。
「ぐずぐずするのは似合わないし、もう行くね!」
くるりと背を向けて、私はスノーディアの迎えに足を向けた。
――一歩目は、足が震えた。
――二歩目は、動かない足を思いっきりつねった。
――三歩目は、涙がこぼれた。
――四歩目は、我慢できなくて振り返った。
遠ざかるマノアとカイの背中がどんどん小さくなる。
――五歩目は歩けず、スノーディアのお付きが隣にいた。
もう帰れない。家族の元にも、あの輝く青い海にも。
今日からは寒くて冷たい、白い世界のスノーディアが私の国。
顔も知らない人が、私の夫になる。
――嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 置いていかないで!!
途端にたまらなくなり、駆け出そうとする私の腕を誰かがしっかりと掴んだ。
「行ってはなりません!」
「嫌っ! 離してよ!」
振りほどこうとして、男と目が合った。
雪みたいに白く輝く銀色の長髪に、母さまがくれた赤サンゴ色の目が鋭く私を睨む。
「同盟がどうなってもいいのですか? 貴女も一国の王女でしょう!!」
そう言われると、勝手に身体がびくりとして、力が抜けた。
「う……」
分かってる。これは同盟維持に必要な条件だもの。
出口のない感情があふれて、大量の涙になって流れ落ちる。
泣いて、泣いて、足元に海ができるんじゃないかと思うくらいくらい泣く私を、男はただ黙ってコートの影に隠してくれた。