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生きた証

作者: 彼方 魁


           春、出会い。夏、静けさ。秋、気づき。冬、消え去る。


 日本には四季がある。そして、四季には願いが込められると言う。


そんな言葉は世間一般には知られず、僕の中にだけ存在する。何かに縋るほど心は弱くない。でも、誰にも縋れないほど弱い。自分から離れていく誰かを見る度。自分から消えていく余生を感じる度。


 2022年2月28日17時57分。余命1年。黒林 藍の生きていられる時間が医学的に証明された。僕は何も感じなかった。よく言われている実感が湧かないというやつだ。眼鏡をかけた男性の言葉が、そこから入らなかった。 


屍生死病。医師にそう告げられた。1000万人に一人に発病する確率の病だ。病状は、痛みはなく不健康にもならない。そして、余命の日付通りに命が途絶えるという。最後までただただ死への実感も湧かず死に至る。自殺願望がある人にとっては喉から手が出るほど欲しい病だ。 だが今の僕にはいらない。地元の数少ない友人。家族。不自由なく生きている僕にとって、たった一つの不自由になった。


傲慢だとは思ったが、自分が死ぬことによって悲しむ人が居ると思った。今思えば、居ると思いたかったのだと思う。だから、死ぬまでに後悔はないようありとあらゆる関係を断とうと思った。


「屍生死病ですが、その病状から余生の過ごし方は本人の自由です。」

医師の言葉が妙に引っかかる。まるでなんとも思ってないかのように。

「すみません。お父さまとお母さまに少しご相談がありまして、この後別室で対応のほどさせていただいてもよろしいでしょうか。」

「はい。あ、わかりました。」

医師の言葉に親は反応しているが、顔は暗く言葉の意味をまだ理解していないようだった。 

そして僕一人を残して親と医師は別室に行った。残された僕はいろんなことを考えていた。これからの余生の過ごし方。病を知った人とはどう関係が変わっていくのか。そう考えているうちに悔しくなってきた。当たり前に生きていくことを思っていた。人並みに幸せに人生を過ごしていくと。

いてもたっても居られず、僕は診察室を出た。まだ親は医師と話しているようだった。僕は気を紛らわしたくて病院内を歩いていた。エレベーターで最上階に上がり、どんどん下に降りていく。この病院は11階建てだ。7階に差し掛かり歩いていた。無機質な廊下にはリハビリをしている人。何処も悪くなさそうな人。足早に歩く看護師。自分はまだ病人ではないと反抗する気持ちが生まれてきた。

歩いていると一つの病室の名前に目が止まった。


『榎並 真白』


綺麗な名前だ。無性にどんな人か気になった。名前を見ていると中から看護師が出てきた。

そして看護師が去ったドアの隙間から少しだけ中が見えた。一人の女性がベッドに腰を下ろして外を見ていた。髪の長さは肩ぐらい、そして華奢な後ろ姿がやけに脳裏に焼き付いた。そこでドアは閉まった。 

携帯の通知が鳴り見てみると、医師との話が終わったらしい。後ろ姿が気になったまま僕はその場を後にした。


親と合流しそのまま何もなく家路についた。車の中はまるでお通夜のように空気が重かった。誰も何も発さず、気づけば家に着いていた。

その日の夜ご飯は僕の大好物のハヤシライスだった。でも人間は不思議なもので全然喉を通らなかった。親の優しさを無下にしてしまった。 

夜ご飯も終わり部屋に籠っていると、親に呼び出された。

「少し話があるんだけど、いいかな」

父親が重苦しく話し始めた。

「山下先生と話したんだけど、屍生死病は今なお治療方法は確立されてないらしい。」

「そうなんだ。」

僕は親の顔が見ることが出来なかった。

「そしてこれから過ごしていく余生なんだけど一年間普段通りに過ごすか、まだ確立されていないこの病の研究対象になるかだって。」

母親は僕を傷つけまいと言葉を選んでいるようだった。でも僕は耳を疑った。研究対象?この身をもってして今後の世界にために尽力しろと。モルモットになれと。僕のいない世界のために?

僕は絶望した。今の医療に。この世界に。全てのタイミングに。

「少し時間が欲しい。」

僕はそう言って自分の部屋に戻った。後ろから母親の泣いている声が聞こえてきたが、逃げるように戻った。

自室に入りベッドに潜り込んだ。これから僕の人生はどうなっていくのか。考えれば考えるほど絶望に浸った。僕の心は雨に打たれる切なさのようなものが残っていった。


翌朝、僕は早起きしてリビングで親を待っていた。

「藍、起きてたのか。」

父親が起きてきて、その少し後に母親が起きてきた。

「少し話があるんだけど、いいかな。」

僕は話を切り出した。

「どうした?」

父親がそう言って座り、その横に不安げな顔をした母親が座った。

「昨日の話なんだけど、僕研究対象者になるよ。」

「ほんとにそれでいいのか?」

「うん。あと1年しかない人生の中で何ができるだろうって考えた時に、これしかないと思った         んだ。」

「わかった。ほんとにそれでいいんだな?」

「うん。」

親にはそういったけど実際の所は、他人と関わりたくないからだ。あと1年しか生きられない僕と関われば悲しむ人が増える。そう思った結論だった。


僕の意思決定が決まってからは物事は早く進んだ。大学の退学手続き。入院手続き。全て親がやってくれた。僕は時間に置いてけぼりにされている気分になった。


そうしているうちに入院日がやってきた。病院に入って手続きを終わらすと、看護師さんが病室まで案内してくれた。案内された部屋は二人部屋だった。左側のベッドには荷物が置いてあったが同室の人は居なかった。右側のベッドが僕のだ。親と荷物を出して整理していると看護師さんがやって来た。

「このあと研究のための診察がありますので準備ができ次第、呼びに来ますね。」

そう言って部屋を出ていった。僕はモルモットになったんだと実感が湧いてきた。

荷物の整理が終わり僕は診察に向かった。診察室に行くと同時に親は帰った。診察は血液を採ったり脊髄液を抜いたり。

「これで今回の診察は終わりになります。お疲れさまでした。」

そう言われ僕は自室へ戻った。

自室のドアを開けて僕は目を奪われた。余命を告げられた日。その時出会ったやけに脳裏に焼き付いた後ろ姿がそこにあったからだ。僕が固まっていると彼女は振り返り僕に気づいた。すると軽快な足取りで僕の前にやって来た。

「あなたが今日から同じ部屋の人?」

「あ。うん。」

「そっか。私は榎並 真白。よろしくね。」

「よろしくお願いします。」

「敬語じゃなくていいよ。ところであなたの名前は?」

「黒林 藍です。」

「藍くんか。いい名前だね。」


そう言ってベッドに戻っていった。初めて顔を見たが可憐で美しいと思った。そしてやけに肌が白かった。僕はぎこちない動きで自分のベッドに戻った。


「藍くんはどうしてここに来たの?」

「僕は屍生死病になったんだ。それで研究対象者になってここに来たんだ。」

「え。私と同じだ。」


僕は驚いた。まさかの同じ病気の同士だった。


「え、君も屍生死病なの?」

「そうだよ。君はいつまで生きれるの?」

「余命は1年って宣告された。来年の春にはこの世界から消えてる予定。」

「なるほどね。私はね去年の夏にあと2年って言われた。だから君よりは長生きしちゃうね。」

それから話は続きわかったことは、22歳で同じ年。彼女も大学を退学したこと。エリカという花が好きなこと。僕らは同じ境遇だからか話は続いた。気づけば深夜1時になろうとした頃、真白さんは眠ってしまった。だけれど僕は眠れずにいた。同じ病気の人に出会ったこと。そしてその人が真白さんだったこと。かくして、余命の少ない僕らの人生が始まった。


翌日、深夜に寝たからか僕は昼頃起きた。そして目を開けると真白さんが立っていた。

「藍くん、おはよう。」

「あ、おはようございます。どうしたの?」

「あー、まだ敬語じゃん。まあいいや。ほら見て。」

窓の外を見てみると、一面ピンク色に染まっていた。

「病院のソメイヨシノが咲いててさ、一緒にお花見しよ!」

「うん、いいよ。」

「やった。じゃ、さっそく準備して行こ!」

真白さんはやけにハイテンションだった。机に置いてあった上着と財布を持って僕らは病室を出た。


屍生死病は病状からして基本的に外出は自由で、あまり縛られずに生活できる。診察も週に一回、あとは普段通りに生活すればいい。


病室を出て階段を一階まで下りた。お花見用のご飯を買いに僕らは売店に寄ることにした。

そこで僕らはおにぎりとお茶を買って桜の元へと向かった。外に出ると僕たちの上を覆いつくすほど桜が広がっていた。

「うわー!めちゃくちゃ綺麗!」

そんな台詞を言いながら桜の写真を撮る真白さんは満開の笑顔だった。僕は見とれていた。真白さんの目にも桜が満開に映り込み、そしてものすごく似合っていた。

「うん。すごく綺麗だね。」

「なんでこっち見てるの。桜見なよ。」

真白さんは笑いながら僕にそう言った。それから二人で空いているベンチを探して座った。座って桜を見てみると改めて圧倒された。まるで別世界にいるような錯覚に落ち、自分が病気であることも忘れていた。こんなにも人の心が奪われるものがあるんだと感心すると同時に、桜を見るのも今年で最後なんだと悲しくなった。でも、真白さんと見れて良かった。横を見ると真白さんはすでにおにぎりを食べ始めていた。

「もう食べてる。」

「我慢出来なくなっちゃって。桜の下で食べるのめちゃくちゃ美味しいよ!藍くんも早く食べな!」

目をキラキラ輝かせて言う真白さんに見とれながらも、僕もおにぎりを頬張った。真白さんの言う通り今まで食べた中で一番美味しかった。これが桜パワーか。小学校の運動会の時に食べたおにぎりを思い出した。それから桜とおにぎりに憑りつかれた僕らは一生懸命頬張った。食べ終わると僕たちは再度桜を眺めた。

「一緒に見る桜は最後だね。」

真白さんが言った。

「そうだね。」

僕は驚いた。まさか同じことを考えているとは。なぜだか嬉しくなった。

「桜はすごいよね。咲いたら一番美しくなって、みんなの大事すぎる前にちゃんと散ってさ。そして来年もみんなの期待通りに咲くんだよ。もし桜が一年中咲き続けていたらこんなにも大事にされていたのかな。ちゃんと散っていく悲しさがあるから人の心に訴えかけれることが出来ているのかな。私には散るとき時、誰かの心に少しでも残ることが出来るのかな。」

僕は何も言えなかった。なぜなら真白さんが少し寂しそうな顔をしたから。

「藍くんはどう思う?」

「僕は桜にはなれないな。みんなの期待に応えれる人間じゃないし、プレッシャーに押しつぶされそうだ  よ。」

僕は悲観的に答えた。実際、中学生の時は勉強が出来た。そのせいで地元でも有名な偏差値の高い高校を受けさせられた。でも結果は惨敗だった。その時の親の顔を今でも思い出す。それからは期待されるのが怖くなり、ほどほどな点数を取り続けて過度な期待はされないように生きてきた。

「どうして?藍くんは期待に応えてくれたよ。」

僕は驚いた。

「どうしてそうおもうの?」

「だって出会ったばかりの私とこんな楽しいお花見してくれたから。」

「そうなのかな。優しい言葉ありがとう。」

「どういたしまして。藍くんみたいな優しい人なかなかいないよ。」

純粋に嬉しかった。でも、人生であまり褒められてこなかった僕は消す言葉が見つからず黙ってしまった。真白さんの言葉はすんなり受け止めることが出来た。それからは言葉を交わすことなく時間が過ぎていった。周りの人が少なくなったころ真白さんが口を開いた。

「じゃ、そろそろ戻ろっか。」

「うん。そうだね。」

そうして僕たちは桜の元を後にした。病室に戻りゆっくりしていた。

「藍くんは夢ってあるの?」

真白さんが唐突に聞いてきた。

「夢ですか。夢は今まで持ったことはないです。適当に大学を卒業して、適当の会社に入って。まあ多分、僕の性格上夢を持ってそれが打ち砕かれるのが怖かったんだと思います。今はかなえたい夢すら持てない状況になっちゃったんですけど。」

「そうなんだね。でも、それもそれでしあわせそうだね。」

「そうかな。真白さんは夢あるんですか?」

「私はねカウンセラーになりたかったの。心のつらい子がいっぱい溢れてるから、そっと寄り添えるような。だから大学も心理学部があるところに行って勉強してた。でも、大学三年生の時に発病しちゃったから目指せなくなったの。」

「なんかごめんなさい。」

申し訳なくなった。真白さんは淡々と話していたけどきっと心の中は辛いはずなのに、大丈夫なように話してくれた。

「なんで君が謝るの。」

「辛い気持ち思い出させちゃった。」

「大丈夫だよ。もう過ぎたことだから。藍くんはネガティブだね。私が専属のカウンセラーになってあげようか?」

「なにいってるんですか。僕は大丈夫ですよ。」

僕はうれしくて笑いながら返した。こんなに優しい人がもうすぐ亡くなってしまうなんて、神様はいないんだな。



『どうか僕よりも長く生きてほしい。』


窓の外に見える桜に強く願った。


僕の願いとは裏腹に桜は散っていった。命の時間も着実に削られ、夏になった。


「暑いねー。太陽さん張り切りすぎだよ。」

真白さんがアイスを食べながら言った。

「たしかに暑すぎるな。今日の最高気温35度だって。」

僕の敬語はもうはずれ普通に話せるようになった。


屍生死病のほうは、診察を受け続けるも一向に治る気配も特効薬が開発されるようなこともなかった。


「そういえば、この病室から出てないね。」

真白さんが愚痴をこぼした。

「仕方ないよ。こんなに暑かったら出る気もなくすし、そもそも行くところないし。」

「どっか行きたいところないの、藍くん。」

「んー、ないなー。」

考えを巡らしたが一つも思いつかない。するとテレビの音が聞こえてきた。世間は海開きをして人で溢れているニュースだった。横を見るとテレビを見ている真白さん。その瞬間、キラキラした目をしている真白さんと目があった。嫌な予感がする。

「藍くん!海行こ!」

予感命中。

「嫌だよ。ただでさえ暑いのにさらに人がたくさんいるなんて。」

「行こうよ!一生のお願い!」

「もう一生終わるだろ!」

「なんでそんなこと言うの。もう一人で行ってくる!」

それはまずい。

「わかった!行く。一緒に行くから、一人では行くな。」

そう言うと、途端に真白さんの顔は満面の笑顔になった。

「やったー!めちゃ嬉しい。さっそく何待ってく?浮き輪とビーチバレー用のボールと~~」

その後も、真白さんは嬉しそうに持ち物を決めていた。僕はそれを見ているだけで楽しかった。海に行くのは翌日にして、その日は持っていくものの買い出しに行った。夜まで真白さんはハイテンションだった。当日になったらどうなるのやら。そう思いながら、僕は眠りについた。


海へ行く当日。天気は真白さんに応えるように快晴だった。天気予報でもなかなか暑く絶好の海日和になりそうだった。真白さんは白いワンピースに麦わら帽子を室内で被り、バックに持ち物を詰めていた。この人はどんだけ元気なんだ。


「いざ、しゅっぱーーつ!」


真白さんの掛け声とともに僕らは病院を出た。最寄り駅につき、電車に乗る前に自動販売機で飲み物を買った。真白さんはどれにするか迷いすぎて電車に乗り遅れそうになった。電車に揺られ40分弱、目的の駅に着いた。10分ほど歩き海浜公園に着いた。広大な砂浜。キラキラと光る海。煌々と照り付ける太陽。誰が見ても海日和と言ってしまいそうな光景が広がっていた。


「やっと着いた!さっそく泳ご!」

真白さんが張り切りすぎて荷物を持ったまま海に入ろうとしている。

「待て待て!まずは荷物を置こう。あと服はぬらさないようにね。」

「はーい。」

まるで母親の気分だ。しっかり準備が出来ているのか見ていると服を脱ぎだした。

「待て待て!着替えは更衣室に行って!!」

僕の制止も聞かず脱いでしまった。だが真白さんを見てみると水着姿だった。

「なに想像してんの。ばか。」

そう言って海に向かって走り出してしまった。なんて用意周到なんだ。それから僕も着替え、合流。相当楽しみにしていたらしく、残りの人生を消化する勢いで遊んだ。その後も、浮き輪やビーチバレーをしたり砂浜でお城を立てたりどっちが長くトンネルを掘れるか勝負したりした。貝殻も拾った。さすがに遊びすぎたのかレジャーシートに座り二人で休んだ。


「いやーとことん遊んだねー。」

真白さんがやり切った顔で言う。

「めちゃくちゃ遊んだな。遊び過ぎだな。」

「そうだね。遊び過ぎたね。」


時間は結構過ぎていたらしく夕方になっていた。ちょうど夕日の時間になっていたらしく水平線の向こうに太陽が差し掛かっていた。光が海に反射して世界を金色に照らしていた。本当にこの世が焼かれているようでもあった。横を見ると真白さんも夕焼けを眺めていた。


「今日も世界は回っているんだね。」


真白さんが一言、この世に落とした。


「周りの人たちはまさか私たちに残された時間が少ないことは気づかないんだろうね。それほど他人になんて興味ないし忙しなく自分の世界を回すために必死なんだろうね。今目の前にある海に消えて行けば、誰にも知られずに消えることが出来るのかな。そう思うと私たちはちっぽけだね。」


珍しくネガティブだ。


「たしかにちっぽけかもしれないね。でも僕たちもこんなに楽しく過ごして幸せを見つけているのはすごいことだと思う。残りの時間が少ないからこそ気づけることもあるし、一日一日を大切に生きることが出来てる。そう思うとまだ気が楽になるんじゃないかな。」

「ありがとう。そうだね、私たちにしか気づけない幸せがきっとあるよね。」

真白さんに笑顔が戻った。僕は安堵の息をついた。


長い人生の中で改めて人生を見つめなおす機会は少ない。人は今を生きている以上、目の前の幸せをこぼさないようにするのが精一杯だ。だからこそ小さな幸せには気づきたいし、生きていく意味を見出していきたい。


大きな音が僕らの耳を震わせた。その音の正体は花火だった。あたりはすっかり暗くなり、他の来客が小さな打ち上げ花火をあげていた。




『どうか人生が輝き続けますように。』




僕は上がり続ける打ち上げ花火に強く願い続けた。


打ち上げ花火散り切り、気づけば枯れ葉が散り始めていた。


地面が落ち葉で埋まる頃、僕の命は残り少なくなっていた。


僕は何かを残せるだろうか。世界なんて変えられないのはこんな僕でもわかっていた。たった一人の人間が変えれるような世の中じゃない。




10月16日。真白さんが消えた。


その日昼過ぎに起きた僕はすぐに違和感を感じた。いつものベッドに真白さんがいない。診察に行っているんだろうとも思った。でも、今日は診察の日ではなかった。僕は病室を飛び出し看護師さんの元へ駆け出した。違和感を早く解消したくて無我夢中で走った。


「すいません。榎並 真白さんってどこにいますか?」

僕は息も整えないまま声を出した。

「それが朝からいなくて院内探しても見つかってないの。」

「そうですか。ありがとうございます。」

看護師さんも慌てているかのようだった。僕はここ数日の真白さんを思い出した。けれど、これと言って変わった行動はなかった。自室に戻り考える。何か手がかりがないか真白さんのベッドや机を見てみる。机の写真の額縁の中には知り合ったばかりの時に二人で行ったソメイヨシノが入っていた。その横には、海に行った時の貝殻が綺麗に並べられていた。その時ある言葉が頭によぎった。



『私には散るとき時、誰かの心に少しでも残ることが出来るのかな。』



何故だろう。この言葉が頭の中で反復する。ふと貝殻が目に入る。海に行った日、何か言ってたかな。僕はあの日のことを思い出す。




『今目の前にある海に消えて行けば、誰にも知られずに消えることが出来るのかな。』




真白さんが海に向かって呟いた言葉。思い出した瞬間、僕は病室を飛び出した。


真白さんは死ぬ気だ。でもなんで。だめだ。死んじゃだめだ。


僕は階段を一段飛ばしで駆け下り、なりふり構わず廊下を走った。病院の外に出て近くにあった誰かのかわからない自転車を借りて、最寄り駅に向かった。

最寄り駅に着き切符を買う。足が攣りそうだったがそんなこと気にならなかった。3分後、電車が到着しかけ乗る。乗車中も胸の焦燥感が取れない。どんどん心が締め付けられていき、息が苦しくなってきた。生きていてほしい願いと不安で涙が出そうになる。こんなに急いでいるのに電車は時刻通り進んでいく。この長い時間がより僕を苦しめた。今までの楽しい思い出が蘇ってくる。僕は真白さんに何も恩返しができていない。こんなにも助けてもらったのに。


心が限界になり一筋涙が落ちた時、電車はようやく到着した。少しの希望と一緒に電車を降り、海辺へと向かった。

風が強く寒くなったこともあり、訪れている人はいなかった。ただ、一つの後ろ姿を除いて。


僕は力の限り砂を蹴って走り出した。すでに体力は底を尽きていた。でも、自分の限界に抗うように走り続けた。真白さんを救うために僕は生きようとした。

後ろ姿に届きそうになった時、真白さんの心の声が聞こえた。


「私はなにかを残せたのでしょうか!誰かの心にこの世界に、私は、私の生きた証は刻まれたのでしょうか!」

真白さんが叫んでいる。残りの時間を削って。自分の生きた意味を、小さな証を。今ここに刻んでいる。その後ろ姿は太陽のように眩しくて、水面に反射する光のように綺麗だった。

「真白さん。」

僕は名前を呼んだ。すると幾筋も涙を流した真白さんが振り向いた。

「藍くん。私、生きてたかな。生きれたかな。最高に輝いてたかな。」

「真白さんはここまで、強く生きてたよ。この世界に僕の心にちゃんと深く刻み込まれているよ。だから大丈夫。この世界に、生きていたよ。」

そう言うと、真白さんはまた涙を流した。そんな彼女は、光り輝いているように見えた。


「真白さん。」

「なに?」

海のほうに振り返って、真白さんは反応する。


「僕も今まで生きた意味がわかりませんでした。もしかしたらわかるものではないのかもしれません。」


僕は涙が止まらなかった。それでも、続けた。


「でも今日、今わかった気がします。生きた意味。いや、生きる意味が。僕は真白さんのために生きているんです。自分の余命が決まって何もかのどうでもよくなった時に、真白さんは僕の前に現れた。きっと、神様が最後に大きな幸せとして会わせてくれたんだと思います。」

真白さんは何も言わず聞いてくれた。そして僕は、深呼吸をして想いを告げた。


「真白さん。残り僅かな時間。僕と一緒に生きてくれませんか。」


変わらず彼女は海に視線を向けていた。そしてこっちに振り向き、言葉を紡いだ。


「ありがとう。私も藍くんの心に残れるように一生懸命生きたい。だから私からも、お願い。一緒に生きて。」


彼女はぼろぼろに泣きながら答えてくれた。僕は嬉しかった。この22年間の生きた意味が見つけれたこと。人生の中で最愛の人と巡り会えたこと。全てのタイミングに感謝した。

そして僕らは生を実感するかのようにきつく抱き合った。それから、涙を流しながら海に大声で叫んだ。二人の証を刻むように。世界に忘れられないように。



『僕たちの人生が最後まで輝きますように。』



10月16日。夏の願いが二人になった。



それから時が経ち、クリスマスが過ぎた12月28日になった。


クリスマスはお互い自分の家で過ごした。それでも一緒にお祝いしたかった僕たちは、二人のクリスマスを28日にした。

夕方、お祝いのための買い出しに行き飾り付けも買った。大きなチキンや炭酸飲料、思い切ってワンホールケーキも買った。

「ねぇ、早く飾ってパーティー始めよ!」

「そうだね。飾り付けようか。」

真白はワクワクが抑えきれず飾り付けを進めていた。そんな彼女が愛おしくて僕は目を奪われていた。そんなこんなで飾り付けや盛り付けが終わった。二人で炭酸飲料をコップに注ぎ、右手に持った。


「準備はいい?」

「いいよ。」

真白が大きく息を吸った。

「メリークリスマース!!」

「メリークリスマス!」

真白の掛け声とともに、僕たちの最後のクリスマスが始まった。

炭酸飲料を一気飲みし、そのまま大きなチキンを頬張りだした。

「美味しー!」

そんな彼女がたまらなく愛おしかった。この時間がずっと続けばいいと本気で思った。

僕たちはその後も楽しい時を過ごした。


時間が経ち外がすっかり暗くなったころ、真白さんはテレビにくぎ付けになっていた。内容は有名人がめでたくゴールインしたニュースだった。

「すごいね、結婚。一人同士が出会って結ばれる。生きる証の婚姻届けをだす。なんだか憧れちゃうな。」

「どんな感じなんだろうね。今までの二人がどんな風に変わるんだろうね。」

「想像がつかないね。」


笑いながら、でも叶わないことに少し呆れて言っているように見えた。何か励ましの言葉を探したが見つからなかった。残り3か月もない僕にはどうにも出来なかった。そんな心を抱えながら、惜しくも終了の時間が来てしまった。僕たちは片付けをした。飾り付けのいくつかはお互い思い出に持つことにした。その後はいつもと変わらず就寝時間がやって来た。僕たちはお互いのベッドに入り会話した。


「今日は楽しかったね。」

「うん。楽しかった」

「楽しい時間ほど早く過ぎちゃうね。」

「そうだね。でも、長く続けば続くほどその後が悲しくなるからちょうど良いのかも。」

「それならずっと続いて欲しいな。」

僕たちは楽しみを忘れたくないからか会話は続いた。

「早く寝ないと、明日しんどくなるよ?」

僕が早く寝るよう促した。

「わかった。おやすみ。」

真白は素直に受け止めてくれた。

「おやすみ。」

そして僕たちは楽しかった日を過去に流した。


物音で目が覚めた。窓が開いた音だった視線をそちらに向けると窓の前に、真白が立っていた。不思議に思い、僕はベッドから起きて近づいた。その瞬間、別の音が聞こえてきた。泣いている音。ふと目線をあげると、真白が泣いていた。


「どうしたの?なにかあった?」

真白は静かに首を横に振った。

「でも、泣いてるよ。」

「ううん、ないの。ないんだけどもう少しで私たちが消えると思ったら悲しくなって。」

それから僕は声はかけず、ただ横にいた。窓からは冷たい風が入っていた。


「藍くんと出会って幸せが増えた。それを感じる度に生きたくなって、この先も藍くんと長い人生を生きたいってなった。でもどう足掻いても叶わない。そう思うと毎晩苦しくなる。」

彼女はポツリポツリと僕と描く未来のことを伝えてくれた。それを聞くたび僕も辛くなる。

「僕は残り少ない人生を真白と生きたいと思うよ。これまでの日々もこれからの日々も。忘れないし忘れたくない。これからも二人でいこ。」

僕も真白との今後の人生を語った。真白を見ると笑顔になりながらも泣いていた。僕は真白の後ろにある白いカーテンに目線が行った。

「真白。ちょっといい?」

「ん?どうしたの?」

真白が不思議そうにこちらを見る。

「少しの間、目をつぶってくれない?」

「あ、うん。いいよ。」

そう言って、目を静かに閉じた。僕は静かに真白の後ろにあるカーテンを掴んだ。そしてカーテンを少し広げて、真白の頭に乗せた。


「開けていいよ。」

真白は目を開けて、何をされているかわからない顔をしていた。


「何してるの?」

「真白の願いを叶えようと思って。」

「何の願い?」

「結婚。叶わないとか言ってたでしょ。お金も場所もなくて、ベールしか用意できなかったけど。」

「なんだそれ。」

そう言いながらもまんざらでもない表情をしている。白いカーテンをベールに見立てる作戦はうまくいったようだ。

「じゃ、結婚の言葉言ってよ。」

思いのほか真白は乗り気だった。


「榎並真白は黒林藍を病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


僕は当たり障りのない言葉を並べた。想いを込めて。


「はい。誓います。」


真白は恥ずかしそうに、それでいて目を合わせて言ってくれた。

そして僕たちは静かに誓いのキスを交わした。顔を赤らめながらも愛に満ちた時間を過ごした。


「私にこんな日が来るなんて思ってもみなかった。」

「僕も来るなんて思わなかったな。こんな幸せな時間が。」

外には白い雪が降り始めていた。まるで僕たちを祝福するかのように。

「私、幸せだったな。こんなに心が満たされるなら、この人生を受け止められそう。」

「これからもきっと幸せだよ。二人でなら生きていけるよ。」


誰かのために幸せを願うこと。自分の力で誰かを幸せにしたいこと。こんな気持ちを持つ日が来るなんて思わなかった。真白のおかげだ。この病に絶望した日。世界の全てが敵に見えた。そんな僕の前に同じ病を患いながらも、僕を支えてくれた真白。感謝してもしきれないよ。僕は窓の外に見える月に向かって願いを込めた。




『どうかこの病が治りますように。』




最後の願いを込めた。こんなにも幸せな時間がこれからも続くように。最善の最愛の未来を想像して。




2月20日。真白がこの世から旅立った。



真白は嘘をついていた。僕よりも余命が短いこと。僕は鵜呑みにして、安心していた。真白の方が長生きすると。


20日、目が覚めると真白の周りに山下先生と親御さんらしき人が集まっていた。

見てみると真白の心拍数が「0」になっていた。見た瞬間飛び起き、山下先生に飛びついた。

「先生!真白はどうしたんですか?」

僕の真剣な表情に先生は驚きながらも、事実を確かめるように僕に言った。

「榎並真白さんは息を引き取りました。余命二年を彼女は全うしました。」

僕は絶望に襲われた。自分より生きると信じ切っていた自分に腹が立った。


「真白の友達かい?」

真白の父親らしき人が僕に訪ねてきた。

「あ、黒林藍と言います。真白さんと同じ病を患っています。一緒に生きていました。」

頭のまとまりがないまま僕は答えた。そう返すしか、今は考えられなかった。

「ありがとうね。おかげで真白は幸せに生きれたよ。本当にありがとうね。」

母親らしき人がそう僕に感謝してくれた。

「いえ、こちらこそありがとうございます。」


そう返すしか、今は考えられなかった。そして僕は親御さんに一礼し病室を出た。廊下を進む足取りは重かった。どこかに行きたい。この気持ちから遠ざかりたい。気づけば屋上に出ていた。空は旅立ちやすいよう雲一つなかった。僕はベンチに座り心を落ち着かせようとした。でも落ち着こうとすればするほど思い出は頭の中を駆け巡る。一緒にお花見したこと。海で遊んだこと。心の内を明かしあったこと。参列者が雪と月の、二人の結婚式お挙げたこと。どれを思い出してもすべてが美しかった。懐かしくてもう一度味わいたくて、これからも作っていきたかった。ただただ悲しかった。自分の制止力とは裏腹に涙は止まらなかった。僕は泣き続けた。

涙が枯れるころ僕は自室に戻った。そこには真白も親御さんも山下先生もいなかった。僕はベッドに横たわりまた思い出に浸っていた。引き出しを開け桜の花びらや貝殻、クリスマスの飾り付けを出した。すると一つの紙が落ちた。拾い上げるとそれは一通に手紙だった。裏面には、真白の名前が書いていた。僕は心を落ち着かせて、手紙を読み始めた。




『藍くんへ


 嘘をついてごめんなさい。私は先に消えてしまいます。でも、何も後悔はありません。それは藍くんと出会えたからです。

今までの私の人生はつまらないものでした。小中校と学校ではいじめられていました。大学に行けば何か変わるかと期待しましたが、そんな矢先に病を患いました。その時の私は全てに絶望し自殺も考えていました。そんな時、同じ病を持った藍くんが私の前に現れました。それから私の人生は一変したよ。どんなことも楽しくて生きたいって何度も思った。でも叶わないことが頭の中をよぎると悲しくてやりきれない気持ちになった。そんな私を見て一緒に生きたいって言ってくれた藍くんを見て、私は何度も助けられました。

そして藍くんは私の夢を叶えてくれました。それは結婚することです。私には訪れないと思っていたから嬉しすぎて生きた心地がしなかったよ。親も神父さんもいなかったけど、世界にたった一つの特別な結婚式になったよ。お嫁さんにしてくれて、ありがとうね。

私は本当に幸せだったよ。誰が何と言おうと私は幸せだった。私が私で良かったって本気で思えたよ。

そして最後のお願い。私が居なくなった世界は自分のために生きて。強く生きて。でも少し思い出してくれると嬉しいかな。これからは藍くんの人生が始まります。どうか幸せになるようにお空から祈っています。それじゃ、さようなら。


                    

                                   榎並真白より』




枯れたはずの涙が次々と溢れてきた。そして僕は泣き疲れて寝てしまった。




それでも僕の余命もあと一週間になった。すぐ僕もそっちに行くから。


それでも世界は残酷になった。屍生死病の特効薬が開発された。真白さんの体を使って。


僕は薬の臨床実験の対象者になった。


その結果、細胞は正常に戻り僕の余命は医学的になくなった。



月に込めた願いは僕に叶った。




僕は27歳になった。


「今日はどういったお悩みですか?」

「彼女がいるんですけど、病を患って余命宣告されて。」

彼は泣きながら話してくれた。

「どうやって関わればいいか、支えていけばいいかわからないんです。」

「その気持ち良くわかります。僕も昔、余命宣告された大切な人がいました。」


僕はカウンセラーになった。心に重い悩みを抱えている人を助ける道を選んだ。


「僕は支えられた側だったけど、最後までその人は僕のそばに居てくれた。絶望しているときも自分のつらさは出さずに接してくれた。そんな風に。たった一人の彼氏の君が居てくれるだけで彼女さんの心は少し救われると思うよ。」

「そうなんですかね。」

「きっとそう。残り短い人生を受け入れるなんて到底できない。だからこそ今ある幸せをこぼさないように、二人で手を合わしていく必要があると思うんだ。」


その言葉を聞いた彼は少し力強い顔になった。


「わかりました。彼女と話してみます。」

「うん。頑張ってくるんだよ。君だけは彼女の味方でいてあげてね。」

「はい。ありがとうございます。」


そう言って彼は出ていった。




真白が居なくなってから5年。その事実を受け入れきれてるとは思わない。でも、少しずつ前に進んでいる。


真白のことは忘れない。僕の心に刻んだ思い出たちが手助けしてくれている。真白の生きた証がたしかにここにある。この世界にも。人の生きる意味とは何なのか。自分のためか。誰かのためか。想いを継いで継承していくのか。人が居るだけ答えがあるように、僕にも答えがある。最初から決まっているものではなく。生きていることで決めれるものだと思う。






もし生きている意味を問われたら。


あなたはどう答えますか。


見つけるために動き自分の人生を見つめ直しますか。


たった一つの命とどう向き合いますか。

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