何故か駅前の彫像が日替わりで別マッチョになる
私の住む街には大きな駅があり、ロータリーの一角にマッチョな彫像が設置されている。
私の記憶では、そのマッチョは髭の生えた禿の男性で、台座に腰かけて肩に布をかけていた。
下腹部も布で隠れているデザインだったので、目のやり場に困るということはなく、特に気にするような存在ではなかった。
……はずだった。
ある日、ふとその彫像に目をやると、別マッチョになっていた。
髪の毛がふさふさの若い男性のマッチョ像で立位でポーズをとっている。
何か物を投げるようなその態勢のマッチョに違和感を覚えた。
以前、私が見ていたものとは明らかに違うと。
知らないうちに取り換えたのかなとその日は特に気に留めることもなく、そのまま出社したのだが……。
また別のある日、その彫像に目を向けると、今度は逆立ちをしているマッチョになっていた。
しかも陰部が隠れていない。
これはどういうわけかと、さすがに混乱した。
たった数日で彫像を入れ替えるはずがない。
予算だって限られているだろうし、必要性が全く感じられないのだ。
おまけに逆立ちの状態で竿と球をモロ出ししてぶらぶらさせているデザインの彫像など、公共の場にふさわしくない。
いったい誰が何の目的で……。
私はモヤモヤした気持ちを抱えたまま出社し、一日中脳裏にそのマッチョの彫像の姿がちらついていた。
同僚たちからは疲れているのかと心配され、散々な一日だった。
翌日。
私はその彫像の姿に目を疑った。
なんとマッチョが増えているのだ。
1マッチョだった彫像が、2マッチョになっている。
二人のマッチョが腕を組んで足を上げている。
もちろん、陰部も丸出しである。
これはもう色々といけないと思いながら、ようやくここで気づいた。
毎日日替わりで彫像を入れ替えるはずがない。
これは明らかに異常事態であると。
しかし、異常事態だと気づいたところで、私にできることはない。
今まで通りに出社して、仕事をし、帰ったら家事を手伝い、子供の相手をする。
毎日のルーティーンにマッチョが入る隙間など何処にもないのだ。
私は妻と子供と自分の家族のために仕事をする。
マッチョのことなどどうでもいい。
……と思いつつ、翌日にはやはり目を向けてしまう。
6マッチョだった。
6人のマッチョが一つの台座に見事なバランスで存在している。
土台となった3マッチョが手をつないで、そのマッチョたちの頭の上に2マッチョが仁王立ちし、最後の1マッチョが逆立ちするという、なんともアクロバティックなポージング。
高さもかなりあり、三階建てのビルディングに匹敵するほど。
こんな……こんな無意味なものを誰が何の目的で?
このまま放っておけば、マッチョたちは増殖を続け、やがて100マッチョ、1000マッチョと増えて行き、ゆくゆくは天文学的な数字になるだろう。
にもかかわらず、駅の利用客は増殖するマッチョを気にも留めない。
当たり前のように駅の中へと吸い込まれていく。
私はもう……我慢の限界だった。
あのマッチョが増殖する瞬間をこの目で確かめない限り、このままいつもと変わらぬ日常を過ごすのは不可能だろう。
彼らの正体を突き止めねばならぬ。
その日、上司に掛け合って有休をとることにした。
家族たちには帰りが遅くなると伝える。
退社したら途中下車して大きめのスーパーにより、防寒具一式をそろえる。
まだまだ寒い季節なので、外で一晩を明かすのは辛い。
私は漫画喫茶で終電まで時間を潰し、最終電車に乗って駅へと向かう。
外へ出るとひんやりとした冷たい風がほほをなでた。
彫像は朝見た形のまま、6マッチョが変態的なバランスをとっている。
何としてでも奴らの正体を明かして見せる。
そう決意した私は、買って来た携帯用のスツールに腰かけ、防寒着を着こんで彼らの前に座す。
ホットコーヒーとホッカイロも用意した。
スマホの予備電源もばっちりだ。
さぁて、マッチョどもよ。
貴様らの正体を俺に示せ。
それから1時間、2時間と時が過ぎていき、午前3時を回ったころだ。
マッチョたちに異変が生じる。
彼らはつないだ手を放してバラバラになり、台座から降りて地上に足をつけたのだ。
あまりに自然に動き出したので違和感を覚えなかった。
「……あっ」
気づいたのはそれからしばらくしてのこと。
地上に降り立ったマッチョたちは私を取り囲むように立ち、じーっとこちらを見ている。
どうやら私の存在に気付いているようだ。
「きっ……君たちは……いったい」
「おめでとう」
「……え?」
「おめでとう!」
マッチョたちは拍手を始める。
これ……どこかで見た光景だぞ?
「なっ……何がおめでたいんだ!」
「君は我々の存在に気付いた。
仲間に入る権利を得たんだ。
私たちと一緒に日常の中に溶け込もう」
マッチョたちが何を言っているのか分からないが、これはおそらく仲間になれと言う意味の言葉だろう。
安易に同意したら彼らの仲間にされてしまう。
「いや……申し訳ないが……私には家族がいるんだ」
「そうか……どうやら見当違いだったようだ。
仲間がまた一人増えると思ったんだがな……」
「え? また一人?」
「ああ、私はずっとここで勧誘をしていたんだ。
こうして5人もの新たなる同志を見つけることができた。
だが……そろそろ潮時だろう。
君のように冷やかしで近づいて来る者が現れたとなると、
認識阻害フィルターの効力も薄れたと見える」
「え? え?」
どうやら彼らは理解の及ばない領域の住人らしい。
「一つだけ忠告をしておこう。
今後は不可解な存在を目にしたとしても、
不用意に近づかないことだ。
私のように聞き分けの良い者ばかりではないからな」
「はぁ……?」
「それでは失礼する」
マッチョたちは一礼して、そのまま歩いてどこかへ行ってしまった。
駅前には交番があり、警察官がいたが彼らに注意を向けている気配はない。
私だけがあのマッチョたちの存在に気付いていたのだ。
ふと……台座の方を見ると、見慣れた禿の彫像がいた。
陰部も布で隠している。
どうやら幻を見ていたようだ。
私は家に帰ることにした。
それから、私にとってごくありふれた日常が戻って来た。
駅前の彫像もとの姿のまま、変わらずにそこにいる。
だれも興味深く眺めたりはしていない。
あのマッチョたちの姿は、特定の人だけに見えるようだった。
私の目に彼らの姿が映ったのは一体なぜなのだろうか?
今までに不思議な体験をしたことはない。
幽霊なんて一度も見たことがないし、臨死体験もしたことがない。
私はごく普通のありふれた人生を送って来たはずだ。
だが……本来は見えないようなものが見えてしまった。
これは何かの予兆なのか、それとも……。
「あっ……あの!」
通勤途中、駅で電車を待っている時に、一人の中年男性が声をかけて来た。
彼は怯えた顔で遠くの方に見えるスカイツリーを指さす。
「あれ……何に見えますか?」
「え? スカイツリーですよね?」
「そうですか……すみません」
私が答えると、中年男性は申し訳なさそうに一礼する。
改めてスカイツリーを見やる。
どこもおかしくない、普段通りの姿のままだ。
どうやら彼にはあれが別のモノに見えるらしい。
いったいどんなものが見えているのだろうか?
私には分からない。
私が利用する駅前には、一体の彫像がある。
はげた頭のマッチョの像だ。
いつも眺めるあたりまえの光景。
出勤する人々はその彫像を気にも留めない。
私はふと足を止めてその彫像を見てしまう。
今日も姿が変わらないことにホッとしつつ、何処か残念な気持ちになっている自分に気づく。
以前のように姿かたちを変えて私の注意を引いてくれないだろうか?
駅の前にあるマッチョの像。
もう別マッチョにはならない。