1/4計画
「おはようございま~す!」
マネージャーの立川女史が控室に入ってきた。
「立川さん、ちょっと頼みがあるんだけど」
「なんです、みぶさん?」
「手が届かないんで背中を掻いて欲しいんだ」
「なんだそんなことか。どのあたり?」
後ろに来て尋ねるので、
「3の1」
「OK、ここね」
「それから、2の4も」
「それだけ?」
「うん、ありがとう」
共演の新人女優八木なつみが目を丸くしてこちらを見ている。
「みぶさん、それ何のおまじないですか?」
「ああ、これはね、一緒にラジオをやってるヒロノツトムさんから教わったんだ」
地図でもなんでも、位置を教えるには4分割して時計回りに1,2,3,4と番号をつけると言葉だけで伝えやすくなるということなのだ。
例えば神戸市の位置を知らせるには、兵庫県を4分割して2の位置、さらに2の地域を4分割して2の位置に当たるので「兵庫県の2の2」と言えばほぼ場所が分かる。
ぼくはこれを応用して、人に背中を掻いて貰う時、使っているのだ。
つまり、背中を4分割し、右上から時計回りに1,2,3,4と数字をつけ、さらにそれぞれを4分割して数字をつける。
組み合わせて言えば、言葉だけで痒い位置を伝えることが出来るというわけだ。
「なるほど、面白いですね。私もやってみよう」
なつみはずいぶん感心したようだ。
その日の夜中だった。
夢うつつの中で、妙に背中がむず痒くなって来たのだ。
「これは、1の3あたりだな」
ぼんやりつぶやいた途端、背中の1の3を何かに引っ掻かれて飛び起きた。
「いててて!」
「ごめんなさい、強く掻き過ぎたようね」
どこからともなく、女の人の声が聞こえて来た。
「みぶさん、また綺麗な女の人に憑かれちゃったわね。何やったの?」
霊能者のキツネおばさんがぼくを見るなり言った。
「実は、人に背中を掻いて貰う時、背中を4分割して番号を振って伝えてたんですが、夜中につぶやいた番号の位置をいきなり誰かに引っ掻かれたんです」
「そんなことするからよ」
キツネおばさんによると、数字には数霊という魂が宿っており、ぼくが背中につけた数字が魔法陣となって霊を呼び出してしまったとのこと。
「で、どんな霊ですか?」
「まごのて」
「孫の手って、あの背中を掻く孫の手ですか?」
「そう、でも、みんな誤解してるんだけど、あれは正しくは“マコノテ”なのよ」
キツネおばさんによると、中国の西晋時代の書『神仙伝』に麻姑という仙女が登場する。
その麻姑は爪を長く伸ばしており、後漢の蔡経が、
「その長い爪でかゆいところを掻いてもらうと気持ちがいいだろうな」
と言って叱られたというエピソードがある。
それが由来で背中を掻く道具を「麻姑の手」と呼ぶようになったのだが、後にそれが訛り「孫の手」、つまり子供の子供を意味する「孫」という字を当てるようになったそうだ。
「じゃ、ぼくの背中に憑いてるのはもしかして…」
「そう、仙女の麻姑さんよ」
「は、祓ってくださいよ」
「相手は仙女さんだから、もったいなくて祓えないわ」
「そんなぁ」
「まあ、しばらく仲良くしとくことね。みぶさんに飽きたら、勝手に神仙の国に帰っちゃうわよ」
というわけで、今も麻姑という仙女はぼくの背中にとり憑いているらしい。
おかげで、今では特に頼まなくても痒いところは掻いてくれる。
但し、綺麗な女の人に見とれたりすると、ぎゅ~っと背中をつねられることもある。




