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大嫌い、大好き。

作者: 塩日狩

以前、別サイトに掲載していたものの改稿です。

別サイトにログインできなくなりました…。

夏休みとお正月は複雑な気持ちになる。


だって、従兄弟のお兄ちゃん…いや、お兄ちゃん『達』がやってくるから。

大好きなお兄ちゃんと、大嫌いなお兄ちゃんに会える日。


「梨々(りり)、明けましておめでとう。まだちょっと早いけど」

しゅん兄明けましておめでとー!何ヶ月ぶりかなぁ?」


挨拶を交わしながら、車から降りてきた人物に梨々は抱きついた。


その反動で『春』がよろける。

それを引き離すように、梨々のツインテールの片方が引っ張られる。


「…おい、ハルには挨拶しといて俺は無視か?」

「痛い痛いっ!髪の毛引っ張らないでよ(しゅう)くん!」


春と秋。

二人は梨々の従兄弟で、歳は3つ上だ。


そして双子。

メガネをかけているのが兄の春、かけていないのが弟の秋。

彼らはよく似ており、長年の付き合いになる友人はもちろん、祖父母でもメガネを外されると時折間違える。性格も態度も違うので喋れば分かるが、黙っていれば瓜二つだ。


…しかし梨々だけは別で、初めて二人を認識したそのときから間違えたことがない。それは今も変わらない。本人によれば「え、全然違うよ?」とのことである。


梨々はといえば、春によくなついていた。

一人っ子である梨々からしてみれば本当の『お兄ちゃん』のように優しいから。


…代わりに、秋の方は嫌いだった。

何にしてもちょっかいを出してくるし、特別冷たい訳でもないけど優しくもない。


「秋くん意地悪だから嫌い!」

「あーあ、秋。また嫌われちゃったけどどうすんの?」

「ったく、顔あわせりゃ『嫌い嫌い』と。俺が、何かしたか?」


呆れたように秋が問う。春の背中に隠れるように梨々が覗く。


「した!いっぱいした!数えきれないくらい!あたしと春兄ちゃんが積み木で遊んでたら横から来て壊したり、せっかく友達が遊びに誘いに来てくれたのに勝手に断ったり、アイス食べてたら横取り!」

「……したっけ?」


目を細め思い当たらないと言わんばかりに首を傾げる。

やった方は忘れても、やられた方は忘れないのだ。


「覚えてないの?!最低!やっぱ最低!」

「あー悪かった悪かった。さーてさっさと中入ってみかんでも食おうぜ」

「心こもってない!それにあたしの家!」


梨々の声は、虚しくも寒い冬の風にかき消された。


今日から正月の間、数日間彼らと生活を共にするのだ。


31日。

正午前。


「秋くん起きてー!」

「…お前さぁ、そろそろ俺を起こすときバット持ってるの、やめてくんない?」


寝起きの悪い秋を起こすのはいつも梨々の役割だった。

昨年、起こしにきた梨々を寝ぼけて布団に引きずりこんだことがあってからというもの、欠かさずバットを持っている。


「たった一度の過ちじゃねーか…お前、子どもだから暖かくて湯たんぽに最適」

「子どもじゃないし湯たんぽでもない!」

「あーはいはい」


これ以上は不毛だと感じた秋は、梨々が再び口を開く前に起き上がる。

あくびを一つし、そのまま階下のリビングに向かった。


秋にとっては遅い朝食、他にとっては昼食をとりながら、久々に大人数が並ぶ。


「春くんも秋くんも学校で相当モテるんじゃない?」

と、梨々の母が言った。


「いえ、そうでもありませんよ」

「とか言いながら、こないだも靴箱に手紙が入ってたのは誰だよ、ハル」

「それ言うなら、秋こそ一年の子に呼び出されてたじゃないか。先週だろ?」

「…あったっけ」


双子の会話をにこにこしながら梨々の母は聞いている。息子がいないものだから、男の子がいることが嬉しいらしい。

そのため程度が分からず、ついご飯を多くよそいすぎて断られるのが常だった。


「あっそうだ。ねぇ梨々」

梨々の母が思い出したように箸を置く。


「なあに?ママ」

「うっかりしててね、今日のおそばに入れるカマボコを買い忘れたのよ。ちょっと買いに行ってきてくれない?」

「えー、めんど… あっ、ほら冬休みの宿題もあるし…」

「どうせギリギリまでやらないんだから、いいじゃない」


母親の理解は深い。

ピシャリと言い切られると、ぐうの音もでない。

わかった、と梨々は不満げに呟いた。


「俺も行く」


言ったのは秋だった。


「え〜秋くんと2人で行くのやだぁ。変な虫とか葉っぱとか服につけられちゃう!春兄も来てよ」

「あのなぁ。いつの頃の話してんだ。散歩がてら外に出掛けたいだけ」

「ごめん梨々、この後用事があってさ。買い出しなら僕らで行くべきなんだけど。秋、頼む」

「まぁ、荷物持ちくらいはしてやるよ」




何枚も重ね着をし、ブーツに脚を入れたところで玄関のドアが開いた。

のぞき込んでいるのは梨々より先に支度を終えた秋だった。


「おせぇ」

「仕方ないでしょ!準備があるんだから」

「何で女ってこう手間がかかるのかね」

「秋くんの彼女だってそうでしょー」


今年初めて履くブーツに、梨々はトントンと地面をならして靴の具合を確かめながら言った。


「彼女?んなもんいねぇし」

「えっ、うそ!」

「ホント。ほら、さっさ行こうぜ」

「あ、ちょっと待って。…ねぇ、何でいないの?一年の子に呼び出されたりしたんでしょ?」

「何で、んなこと覚えてんだよ…」


秋の顔にはでかでかと「面倒」の二文字がプリントされていた。

梨々を見つめる瞳に疲れが見える。


「コクってきた中に、彼女にしたい女がいないからだよ」

「…ふーん、なにそれ。どんだけ理想高いのよ」

「そうだな、我ながら困ったもんだよ」

「秋くんの理想って…やだ、待ってよー!」


それだけ言うと秋はさっさと歩き出してしまった。

「この話はお終い」と言わんばかりに。




「かまぼこ買った、おつまみ買った、みかんも買った、お酒と油も買った」


メモを見ながらひとつひとつ確認していく梨々に他のコーナーを物色していた秋が声をかけた。


「全部揃ったか?」

「あ、うん。私の方はこれくらいだよ」

「今のスーパーってすげーのな、ペットフードコーナー広くてさ。缶詰とかクオリティ高いし、あれ間違って人間が食いそう」


ケラケラと笑いながら秋が言った。

確かに、と頷いて梨々も笑った。


「さっさと帰ろうぜ。寒い」

「秋くんの買い物は?」

「別に。散歩だし」


正月でごった返した街中は、小柄な梨々には歩きにくい。

三歩も進めず誰かにぶつかり、波に流されそうになる。

そんな梨々をよそに、秋はすいすい進んでいく。


「あ、やば…」


見失った。

必死で追っていたが、一瞬よろけたすきに秋は梨々の視界から消えていた。

まぁいい。子どもでもなければ知らない場所でもない。行き先は同じなのだ。ゆっくり帰ろう。


そう思った梨々の胸に、ふと幼い日の思い出がよぎる。


あれは今よりずっと、みんな幼かった頃のこと。

梨々家族と春、秋家族で遊園地に出かけた。


日曜日の遊園地は人でごった返し、大人たちは早々にギブアップをしたが、遊び足りない子どもたちは園内を回ることになった。

大人と居なさいと言われた梨々が駄々をこねたので、双子が連れて行く形で。

梨々は両手に春と秋の左右の手を握りしめ、コーヒーカップ、メリーゴーランド、観覧車…入園料の元手は充分にとったというほど回り、さぁ帰ろうとなった頃だった。


梨々がはぐれた。


しっかり掴んでいたはずの両手はいつの間にか離れ、梨々は一人群集のなかに取り残されていた。


しゃがみ込む小さな女の子に時折心配そうに視線を向ける人はいるが、声をかけるものはいない。

見知らぬ人間達がこちらを見る様子に梨々の不安は募る。

ついに心細さに泣き始めたとき、焦った顔で迎えに来たのは…



「…春兄だったと思うんだけどなぁ」


正直、自信がない。

普段であれば見間違うことはない。

しかし、あの時は視界が涙でぼやけていたし、その後はすぐにおんぶされて眠ってしまったため、わからなかった。

確実に分かっていることは、双子であったということだけだ。


梨々が春だと思う理由は「優しかったから」


あの時、梨々をしっかり抱きしめた力には優しさと安堵があった。


「…やっぱり、春兄だよ」

「ハルがどうしたって?」

「きゃ!」


ぼんやりと昔のことを思い出していると、いきなり手首を掴まれた。

少し不機嫌そうな秋がいた。


「…ったく、のろま。おいてかれてるくせに立ち止まりやがって」

「ご、ごめん」


ふん、と鼻を鳴らし、手は掴んだままで進み始める。


「あの、秋くん?手、離そうよ」

「無理。またはぐれられたら探すのがめんどくさい」


ほんとは紐でつないどきたいとこだが、と呟いたのはおそらく梨々の聞き違いだと思いたい。


しばらくはついて行くのに必死で会話もままならなかったが、人ごみがやや少なくなったとき、ふと秋が立ち止まった。


思わず梨々はその背中にぶつかる。


「ご、ごめん。いきなり立ち止まらないでよ」

「……」


彼女がぶつかった程度ではなんのダメージもないだろうが、秋の性格からして小言がくるはずと梨々は謝りながらも身構えるが、その様子もなく無言で何かを見ている。


不思議に思いながらその視線を追うと、ある古本屋で止まっていた。正確に言えば、そこに陳列されている絵本に。


「『ゆうしゃとおひめさま』…?秋くん、これ知ってるの?」

「あ?あぁ、まぁ、な」


梨々に問いかけられ、ハッとした秋は歯切れ悪く答える。


「この本が、どうかしたの?」

「ん…いや、ただ少し懐かしかっただけ。家にあったんだよ、昔」

「どんなお話?」

「普通に勇者が出てきて、普通にさらわれたお姫様を助け出すっていうどこにでもあるごく普通の童話」


それだけ言って、再び人の流れに身を投じる。


手は繋いでいたので、どんな物語か少し読んでみたいと伸ばした梨々の手は、叶わず宙を掻いた。


絵本


いつも手放さない本があった。

幼い頃、初めて母が買い与えてくれた絵本。


どこにでもあるような内容だったが、秋とってそれは初めての『宝物』となる。


ある日、『いとこ』が産まれたからと秋と春は病院に連れて行かれた。

個室のベッドの上には自分たちを息子のように可愛がってくれるおばと、小さな生まれて間もない命。


「あかちゃん?」


春が問いかけた。

おばはにっこりと微笑みながら頷く。


「春くん、秋くんのいとこ。優しくしてあげてね?」


おそるおそる秋が手を伸ばす。

すると、小さなそれは答えるように秋の手を力一杯握りしめる。

自分よりも小さなその命に双子は感動を受けていた。


「いっしょにさっかーとかげーむとかできる?」

「うーん、もっと大きくなったら出来るかもしれないわねぇ。でもこの子、女の子なのよねぇ」

「おんなのこ?」

「そう。二人は幼稚園にも行ってないから、ピンとこないかしら」

「ぼくたちと、ちがうの?」


そう訊いたのは、秋だ。

困ったような笑みを浮かべ、どう答えようかとおばは考える。

すると彼らの母親がフォローに入る。


「秋、ほら、お姫様よ」

「おひめさま?おひめさまって、あの、えほんにでてくる?」

「そう。そして男の子は勇者様」

「ゆうしゃさま…。…ぼくも?」

「そうね」


秋は必死で手を握るその『おんなのこ』を見つめる。


そして、絵本に出てくる愛らしい姿のお姫様と重ねてみた。

全く違う。だけどどっちも大切にしなきゃいけないもの。そんな気がした。




「…うわー、久々」


秋の寝起き開口一番はそれだった。


買い物から帰り、一休みしようと客間のソファに横になったのが良くなかった。


いつの間にか眠っていたらしい。


「あの本屋のせいだろうなぁ…」


彼が言っているのは古本屋での事だった。

懐かしい本を思い出して、それが夢にも影響したらしい。


あの『宝物』は一体どうなったのだったか。


「秋くーん起きてーおそば食べるよー…ってあれ、起きてた」

「まぶし…」


暗闇に慣れていた視界にいきなり光が差し込み、思わず目をつぶった。

くらんだ目で確認すれば、犯人は梨々だった。


「もー、起きてたんなら早く出てきてよね!」

「うっせ…。今起きたんだよ」

「ほらほら!スタンダップ!」

「お前発音悪いな」

「ほっといて!」


ライティングの成績はいいの、これでも。と、頬を膨らませていう。


「今何時?」

「新年15分前!」


手元の携帯で確認すると確かに11時45分だった。



『新年あけましておめでとうございます!!』


テレビのアナウンサーの言葉と同時に、梨々・春・秋の携帯が賑やかな音を奏で始めた。


それを受けて多少酔いの回った大人たちが口々に言う。


「さすが学生ねぇ」

「俺たちの時代とは大違いだよな」

「年賀状が必要ないって、日本も寂しくなったわ」


確かに、今年梨々は年賀状を用意しなかった。


正直言って書くのが面倒だったし、今年は携帯という便利なアイテムを手に入れたのだから、それを活用したいと思うのが子供心というもの。


梨々と春が必死に受信と送信を繰り返しているころ、秋は我関せずといった風に鳴り響く電話を無視しテレビを見ていた。


「秋くん鳴ってるよ?彼女じゃないの?」

「だから梨々、彼女はいないっての」


不機嫌そうに返されて、こつんと頭をテレビのリモコンで叩かれた。

痛くはなかったけれど、すぐに梨々は春に泣きつく。


「秋くんがぶったぁ!」

「おいハル、そいつ寄越せ」


いやいやと首を振りながら春の後ろに隠れた梨々と、妙に物騒な様子の秋を見比べ、春は苦笑をする。


「秋、いじめるのもほどほどじゃないと、本気で嫌われるよ?」


最終的にいとこの味方をすることに決め込んだ兄をみて、不満そうに秋はそっぽを向く。

そのままテーブルに放置していた自分の携帯に手を伸ばすと、おもむろにそれを開いた。


「仲が良いわねぇ」


と、梨々の母が嬉しそうにいう。


「私も男の子が欲しかったわ」

「私は梨々ちゃんみたいな女の子が良かったわ」

「こいつが妹とか、考えたくもないね」

「こっちこそ、秋くんがお兄ちゃんなんか嫌!」

「なら、ハルも要らねえな」


意地悪に秋がそういうと、あっ、と気づいたように梨々が春を見た。


「ダメっ!春兄は要るの!いっそ二人兄妹がいいな」

「まあまあ梨々ったら、そこまで言わなくてもいいでしょ」

「だって、秋くんが意地悪言うんだもん。つい言い返しちゃう」


「つい、でボロクソ言われちゃたまんねーよ。おいハル、お前も何か言ってやれ…って、寝てるし」

「えっ、たった今まで起きてたのに?メールしてたよ」


春はぐっすり、心地良さそうな寝息をたてていた。


いつも通りの梨々と秋の言い合いに呆れていたころ既に眠りの舟の櫂を手にしていたらしい。


「んー。私も眠くなってきたかも」

「ガキ」

「秋くんはさっきまで寝てたから眠くないんでしょ!」


言われてみると、確かにと納得しないこともなかった。


梨々のいうとおり、先程までの睡眠の効果は絶大で、さっぱり睡魔が襲ってくる気配は無い。


そうこうしていると、梨々は寝るから、といい残して自室に引っ込んだ。


父親たちは酒を飲んで盛り上がっているが、未成年であるせいで混ぜてももらえない。

それにかなり出来上がっていて、今にも酔い潰れてこちらも眠りそうだ。


ともなると、実質ひとりな秋はテレビにも携帯にも集中はできず、この「息子が欲しかった」というおばと、同じく暇をもて余した母の相手を日が昇るまでさせられるのである。




梨々の覚えている一番古い記憶は、誰かに呼び掛けられるところから始まる。

だけどそれは親じゃない。


ただ一言、「おひめさま」とあどけない子供の声で呟かれる。

それが記憶なのか夢なのかも定かではなく、なんとなく両親にその話をしたこともない。


この声の主を知っている気がする。


「梨々」


また。

同じ声。

いや、全く違うのに、なぜか同じだと思う。



「…好きだ」

「しゅ…?」


ぼんやり目を覚ました梨々。

そこは静かな自分の部屋で、誰もいない。

時計は5時半。


「うーん。初夢、かなあ?」

「どうしたの?」


朧気な記憶が、夢だったのか現実だっのかも分からずただ疑問に思っていた。


「さっきね、誰かが私の部屋に来てたみたいなんだけど」

「誰だろ、おばさんが起こしに来たんじゃないの?」


二人の目の前には、寝ている間に食べ損ねた分のお汁粉が白い湯気と甘い香りを漂わせている。

それをすすりながら、梨々が疑問を口にし、それに春が返す。


「んー、わかんないんだけど…あちっ」

「ほら、気を付けなきゃ。大丈夫?…夢だったんじゃないの?」

「大丈夫。…やっぱりそうかなあ?」


ううむ、と唸る声が汁椀の中に響く。


「少し寝過ぎたね、僕ら」

「うん。あ、宿題!」

「終わらないの?」

「だって量が半端なく多いの!」

「手伝ってあげようか?」

「え」


春の申し出に、梨々の心が大きく揺らぐ。

今年梨々は受験生。学校に加えて塾からも冬季課題が山盛り出ている。


だが、テストも近いことを思い出し、自分の為にと踏みとどまった。


「いや、いい。自力で頑張る」

「そう。梨々はえらいね」

「ズルして皆に置いてかれるのやだもん…でも、どうしてもの時はお願いしてもいい?」

「いいよ、もちろん」


頼れる返答にほっとし、汁椀を置いた。

すでに中は空になっている。


次々に表情を変えるいとこに、春も穏やかな笑みが浮かぶ。

食器の後片付けを引き受けて、片付けながらふと思い出したように口を開く。


「あ、そういえばさ」

「おいしかったー!あ、うん?どうしたの?」

「僕、彼女ができたんだ」

「…ほんと?」

「うん。梨々にはなんか、すぐ知らせたくて。ごめん、行っていいよ。頑張れ」

「そっ、か。うん、またあとでね!宿題一息ついたらみんなでゲームしよ!」


初恋


「…春兄に彼女かあ」

「何、お前ショック受けてんの」


部屋に戻る途中、ばったり秋と出くわした。


梨々が無意識に呟いた一言を拾われてしまった。


「べ、別に!…でも、なんかちょっと寂しいかな、って。驚いて、おめでとうって言いそびれちゃったよ」


えへへ、とおどけて笑う。

大好きなお兄ちゃんが急に遠い存在に感じる。

距離ができた気分だ。

感傷を誤魔化したくて、梨々はつい無意識に、目の前のもう一人のいとこに突っかかる。


「でも、さすが春くんだよね!秋くんとは大違い!」

「俺も同じだけモテる」

「秋くんが張り合ってるー!」


「なぁ梨々、俺さっき、『彼女はいない』って言ったよな?」

「う、うん。言ってたね」

「『好きなヤツはいる』って言ったら?」

「え、誰か…い、いるの?理想のタイプ、とかじゃなくて?」


秋が、誰かを好き。

その言葉に、梨々の胸がざわめいた。


「ああ。しかもかなり前から」

「かなり…って、小学校、とか?」

「その頃はもう好きだったな」


なぜいきなり秋がこんなことを語り始めるのか。

わきあがる感情は、春の時と似ているようで、どこかが違う。

これ以上聞くのは嫌だ、怖い。


慕っていた兄がというよりも、もっと違う、焦りや、不安が混じる。


(やだ、なんで…?秋くんに…?)


大嫌いなはずなのに。


「なあ、梨々」


秋の声音はやさしい。


「ハルと俺、どっちがショック?」


ふいに、抱き寄せられた。

小さな体は、すっぽりと秋の胸の中に収まる。


そして戸惑いと、デジャブに梨々は驚く。

この優しい抱擁を覚えている。


(春兄じゃなかったんだ…)


遊園地ではぐれたとき、真っ先に梨々を見つけ出したのは。


「さっきの『好きなヤツ』って…お前のことだし」

「え?」

「生まれたときから、お前は俺の『おひめさま』なんだよ」


また。

梨々の一番最初の記憶と繋がる。

いつだって、大切な思い出の箱の中には秋がいる。


(わたし、もしかして)


やっと気がついた。


「なぁ。俺ずっと知ってるんだけど。梨々が俺を好きだって」

「何言って…!」

「お前はハルのことが好きだと思ってたらしいけど」

「なんであたしより、あたしの気持ちがわかるのよ!」


梨々が慌てたり真っ赤になったり、その反応に満足げな秋は上機嫌だ。

その笑みを一旦収めて、急に神妙な表情を作ると、梨々の耳元に顔を寄せた。

いつもの意地悪さが抜けきった優しい、いや甘い声音で言う。


「梨々、これはちゃんとした俺の本音だ。聞いてくれ。お前が好きだ。だから…結婚しよう」

「え?」

「従兄弟同士って、結婚できるんだぜ?」


それくらいは梨々だって知っている。

でも、それ以上に。


「なんでいきなり結婚なのよ!そ、それに、わたしまだ秋くんが好きなんていってないよ」

「だから、知ってるって言ったろ。それに姫と勇者はくっつくってのがセオリーだろ?」



自信満々な秋の言葉に、言い返す言葉が出てこない。


「お互い知りすぎてて、今さら付き合うも何も無くないか?まぁお子様の希望に合わせてやるよ。じゃ、僕と交際からはじめていただけますか?お姫様」


意地悪なお兄ちゃんは、すごく優しくて、ずっと見守ってくれていた。


『大嫌い』な人は、いつの間にか『大好き』になっていた。

…いや多分、最初から大好きだったんだろう。


返事の代わりに、抱きしめ返す。


「俺、この告白失敗してたら死んでたかも」

「え?何か言った?」

「なぁ、新年最初はキスで初めよーぜ」

「…ばっかじゃないの!!!」



fi…ん?



…その後。



「あら、梨々どうしたの?その本」

「お母さん。古本屋でね、秋くんが気にしてたの。ちょっと読んでみたくて」


梨々が手にしていたのは、古本屋にあったあの本だ。


それを見て、ふふ、と母が笑った。


理由を梨々が尋ねると、


「もう読んだの?」

「え?ううん」

「じゃあ、読んでみたらわかるかもしれないけど…。ねえ、知らなかったでしょ?梨々の名前の由来」

「…由来なんかあるんだ?」

「あのね…」


ゆっくりと、母が語りだす。 



初対面から、ずっと秋は赤ん坊の梨々の傍を離れなかった。

女の子はお姫様、と聞いた秋の顔はキラキラしている。

目の前の宝物が嬉しくて仕方がないと言わんばかりに。


「そっかあ、おひめさま…。じゃあ、りりぃだ」

「りり?」


梨々の母がきょとんとすると、苦笑しながら秋たちの母が言った。


「リリィっていう、絵本に出てくるお姫様の名前よ。特に秋がお気に入りでね」

「そうなんだ。りりぃ…可愛い響き。なら、りり、ってどうかしら」

「そりゃ可愛いけど…いいの?」

「大丈夫よ。候補の一つとして旦那に伝えてみるわ。だけど、もう他の名前には出来そうにもないけどね」

ふふ、と梨々の母が笑う。

「だって、この子を守る勇者様が付けた名前だもの。ね、秋くん」


ぽん、と我が子に寄り添う甥の頭を両手を使ってくしゃくしゃとなでる。


その手の隙間から、少年はおばを見上げる。


「ね、おばさん」

「おおきくなったら、りりぃをぼくのおよめさんにするね」

「えっ、しゅうだめ!はるもりりぃおよめさんにしたい!」


「はるは、なきむしじゃんか!つよいゆうしゃは、しゅう!」

「そんなことないもん!」


小さな勇者たちの争い。

母親たちは顔を見合わせて笑う。

3人がいつまでも仲良くあってほしいと願いながら。



Fin.

出番のなかった春は、また別作品で。

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