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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

タオルと青春 外伝

作者: 太郎丸 海

「お……らぁ!」


白球がミットの中に吸い込まれる。


「ナイスボール!また球威あがってんじゃねぇの?」


うちのエース、自慢のエース。

俺は女房役。まぁ本当に女房ってわけじゃなくて、

野球でいう、ピッチャーとキャッチャーの関係。


出会ったのは高校からで、女房役になったのは先輩たちが引退した去年の夏以降。

その時のあいつは、見てられなかった。

二年生エースとして、予選のほぼ全てに登板。完投も何試合かあった。それはほかのピッチャー陣を休ませるため、先輩たちに楽に投げてもらえたら、って思ってたのはみんな知っている。




ーーーおおよそ、一年前の夏。

運命の予選決勝は中盤まで調子が良さそうだったのに、

7回ノーアウトに安打と連続のフォアボールで満塁。俺はスタンドからできる限りの声で願った。


でも、そこであいつはライトへ一旦下がった。

監督からの指示だ。もちろん監督からの指示は絶対だし、

客観的に見たら、任せられるとこでもない。

むしろ客観的に見れる監督がすごいだけ。

だからこそ、絶対的信頼のある3年生ピッチャーに任せたのだ。


結果は、1点取られて3対4。

ノーアウトから1点だけって先輩どんだけすげぇんだ。っていう。

大量得点されるかもしれない大ピンチを最小失点で抑えたんだ。流れはこっちにくる。

そう願って、声を枯らした。


案の定気合の入りまくるうちの野手陣。

2点を追加し、5対4。

ほっとするなんて口が裂けても言えないけど、

このまま試合終われ!って祈ってた。


でも、9回裏に先輩が安打で捕まってワンナウト2塁。

ふと外野に視線を向けると、ベンチを睨むあいつがいた。

あー、あれは多分投げたいんだろうなぁ。ここで投げれるとかマジで肝座ってんなぁとちょっと呆れて見てたら、やっぱりコールが入った。


マウンドに戻ったあいつは、堂々と相手を見下ろして、サイン交換をする。

多分ストレート。帽子をしっかり被り直すのは、本当に気合が入った時しかでないから。この癖が出た時に打たれたのは今まで見たことがなかった。だから大丈夫。


……その後だ、金属とボールのぶつかる軽い音が聞こえたのは。

白球は、高く高くレフトポールへ吸い込まれていく。

行くな、行くな……行くな。その思いは、空に消える。


無音。永遠だと思うような、一瞬だと感じるような、無音。

そのあとの、相手チームの歓声。


真っ先にマウンドを見た。膝から崩れ落ちるエースに目を向けるのは、多分俺だけだったと思う。

最後のスタンドへの挨拶もあいつは崩れ落ちたまんまで、バスの中も、そして帰る時まで顔を上げることはなかった。


流石に心配で、少しだけ家に寄ってみる。

部屋に電気は付いてない。

おばさんから許可をもらって部屋のドアを開けた。


「で?暗い部屋でなにやってんの?」


「あ?なんだよ、あず。入ってくんなボケ。」


「ちゃんとお前の母ちゃんに許可もらってるから。つーか飯おばさん作ってくれてんじゃん。はよ食えよ。」


返答は来ない。まぁそりゃそうだ。誰でも自分を責める。

特に三年の夏を終わらせたっていうこと。

そりゃまだやってたかっただろ。あのうぜぇ先輩たちと野球をさ。


一つ大きなため息をつきながら、あいつの正面に立つ。

そこから胸ぐらを掴んで、無理やり立たせた。

それでも顔を上げないのは、責任の重さからなんだとわかった。

そのまま顔を覗き込んで、そっと唇にキスをしてみる。


「はぁ!?おまえ!?なに!?やめろよ!!」


唇を擦りながら、びっくりした様子でこっちを見る。


「よし、顔上げたな。ほら早く飯食ってこい!俺ももう帰る!」


「はあ!?普通ぶん殴ると思うだろ?めっちゃ力入れて身構えてたのに!」


「おまえ、なに?ぶん殴られると思って体に力入れてたの?ちょっと立ち直ってるじゃん。だっさ。それなら早く立ち直れよボケが。」


帰るために明るい廊下に出る瞬間、あいつが声をかけていた。


「おまえ、なんでき、き、キス…」


「あ?ショック療法だろ。それ以外あるかボケェ」


吐き捨てて廊下に出る。

もちろん、顔はもう見えない。というか見せられん。こんな真っ赤な顔は。


「んじゃ、俺帰るから。明日ちょっと自主練付き合えよ。じゃあな。」


振り返らず、平然を装った。

そのままあいつは、声もかけてこず、俺は帰路につく。

唇に指を当てながら帰ったあの姿は、他の奴には絶対に見せられないーーーーー



白球がミットの中に収まる。


「どう?今日の俺の投球?」


「まぁまぁ。もう少しできんだろ。お前なら。なんならもう一種類くらい変化球でも覚えるか?」


軽口を叩きながら、マウンドでミーティング。

そろそろ予選が始まるから、かなり気合入ってんな。

でも今日はかなり力が入りすぎてた。

多分それだけじゃない気がするな。


「おまえさ、さっきマネージャーとなに話してたの?」


「はぁ!?なんにも話してねぇよ!ただタオル貰いに行っただけ!」


おーっと、引っかかったねぇ。


「あれ?お前さっきトイレに行ってくるって言ってなかったっけ?」


「ぐぉぉ」


…分かりやすい奴。

あからさまになんかあったんだな。いや、なんか言ったか?バカ見たいなこと。


「さては、お前あずさちゃんにキザったらしいことでも言ったんじゃねぇの?俺が甲子園に連れてってやる。みたいな。」


「お、お、おお前もしかして見てたのか!?!?」


いやいや、それそん時俺コーチと配球の打ち合わせしてただろ。


「いやあずさちゃんから聞いた。俺とあずさちゃん、名前一緒で仲良しだから。」


「はぁ!?!?!?」


わかりやすく動揺すんな、こいつ。エースらしくどっしり構えててほしいもんだな。


「嘘だよばーか。ほらクールダウンしようぜ。」


背中を優しく押しながら、ストレッチに入る。

あいつは、マネージャーが好きみたい。多分マネージャーも少し気になってる。


だから、少しだけ応援してあげることにしよう。


誰にもわかんないだろうけど、俺はもうすでに、

あいつを独占してるんだよ。

あいつの女房役は、俺だからな。


とりあえず、甲子園に行くまでは。

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