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夜遊びをするキツネのはなし

※このお話には暴力表現・残酷描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。






 小倉組合は悪徳金貸しだ。たぶん。

 そして、おんなのこのおばあちゃんは騙されていたのだ。たぶん。

 小倉組合に借金中の人間のことを寺島に聞いていたらよかったかもしれない。小倉組合に苦しめられている他の人間のはなしを聞くことは情報収集になる。たとえば、金貸しのなかには金を返しても解放してくれない輩もいる。利子が残っている、とか。そういうことをいって、一生、人のカネを毟り続けていくのだ。

 小倉組合はそういうのにちがいない。そういうことにしよう。その方が面倒くさくない。おばあちゃんの借金を返してやってもいいが、それで終わりかはわからない。やっぱり人間、確実な方を選ぶべきだ。

 キツネはさっそく寺島に聞いていたラウンジに赴いた。

 レア・ローズというラウンジだった。ここは、小倉組合のごひいきのお店らしい。

 鏡張りになった美しいところを見回していると、すぐに案内人の女が現れた。

 歳は三十半ばくらい。控え目なメイクをして、かちりとした隙の無い着物に身を包んでいる。


「まあ、お客様、こちら初めてですかぁ」


 案内人は、いちどお辞儀すると、カウンターからパンフレットを幾つか手にした。

 駅の裏側に看板を提げた店だが、わりとマナーに厳しいらしい。

 キツネは好印象を持った。


「ママが」

「はぁ?」

「いい」

「イー?」

「レア・ローズのママをご指名します」


 レア・ローズのママの名前は竹内雅美という。

 源氏名はルナといったらしい。最近は前線から遠のいているとのことだ。

 案内人の女は、いたくさりげなくキツネの頭のてっぺんからつま先まで眺めた。


「ママはぁ今日お休みなんですぅ。普段お店に出ませんしぃ」


 一個目のは嘘だ。今日はいる。この街に根を張ったヤクザの情報は十中八九外れない。 


「でも、お姉さんたちはみんな美人ですよぉ」


 案内人がそう言って数あるパンフレットのなかから一つを選び、見せてきた。顔写真がずらりと並んでいる。ザ・ババ……ならぬ、ザ・アンティーク・リストだ。みんな化粧で誤魔化しているが、四十近くといったところだ。ママはたしか、四十七歳。

 どうやら案内人のメガネには叶わなかった。

 引退した女豹を、前線に引きずり出すには、やっぱり少し足りないようだ。

 キツネはパンフレットを突っ返した。


「じゃあアイラちゃんで」

「えっ、……あ、アイラですか。はあ……」


 ババ……ないし年上専だと思っていた目の前のお客が十九歳の新人(5か月)を指名したことで、案内人は目を白黒させていた。


 アイラちゃん、こと鮎川菜々美は、薄桃色のワンピースを着て茶色い髪を内巻きにした日焼けギャルだった。

 めちゃくちゃ可愛い。

 もう両手を回して抱きつぶしたい。そのままがっちりとホールドして背骨が折れるまで椅子に叩きつけて真っ赤でぺちゃんこになった体を何回も何回もナイフで刺して腕の中で痙攣させてみたい。ピンドン入れて悦ぶ顔を見ていると、もう、駄目だ。理性が宇宙の彼方へ飛んでいきそう。

 うなじを掴んで思わずドンペリの噴水のなかに突っ込みかけた。


「フルーツ盛り合わせですよぅ」


 アイラちゃんの顔に触れる、キツネの手が止まった。

 ヘルプのエリアナちゃんがフルーツの盛り合わせを受け取る。可愛い。目がきらきらして、頬がほんとにバラ色になって、発熱しているみたいだ。熱い。目玉抉りたい。


「で、こっちは」


 すとんと。白い綺麗な箱が、キツネの目の前に降ってきた。


「おすそ分けー。ミッコちゃんが買ってきたんですう。みんなで食べましょぉ」

「うん」

「喉乾いたー」

「リシャール頼んでいいよ」

「えーっほんとですかぁ!」


 ミッコちゃんはさっきヘルプに入っていた。すごい可愛かった。

 キツネは女の子たちがもぐもぐと食べ始めるのを見ていた。

 それは、とても綺麗なお菓子だった。宝石みたいに円い。


 ――シュークリームが、つぶれてて。


「……なんで潰れてたんだろう?」

「えっ? なんですか?」

「それ潰れてましたぁ? やだぁ」

「じゃあとっかえましょうかぁ」


 されるがままにキツネは手の中のシュークリームを捥ぎ取られた。

 新しいシュークリームが、ぽん、と手の中に――。


「おや」


 乗ったときだった。

 一オクターブ低い声が響いた。後ろから、にょっきりと伸びた手が、アイラちゃんの手を掴んでいた。アイラちゃんが、注ごうとしていたボトルから、顔を上げる。

 テーブルには噴水が出来ていた。

 ピンクのドンペリ。ゴールドのドンペリ。コニャック。エリプス。ペルフェクション。気づくと、女の子達用のグラスが七つになっていた。

 その声は、深海のさざ波のようにテーブルを包んで、落ち着かせたようだった。

 女は、ボトルをアイラちゃんの手から受けた。そろりと粉雪を掌に乗せるような仕草だった。


「お待たせしてごめんなさいね。今日は遅着きだったものですから」


 まっしろな顔に、すう、と赤い線が開く。 

 女豹が笑った。

 キツネも笑った。


「ううん、一晩でも二晩でも、待ってたよ」







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