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悪いことをしたおんなのこの話





 そしてまた次の日も、ミキちゃんは学校に来なかった。

 茜が聞くと先生は「竹内は風邪だ」と言った。

 嘘だ。

 ミキちゃんが風邪をひいたことなんて、今までに一回も無い。それに、今日の給食にはプリンがでる。風邪をひこうと、インフルエンザだろうと、ミキちゃんが休むはずがなかった。

 何か、あったんだ。あの日、ミキちゃんがきつねさんに会いに行くと言った日に。


(わたしの、せいかも……)


 あの日、ミキちゃんに「ボタンを持っていったほうが良い」と言うのを忘れてしまったから。

 だからミキちゃんは帰ってこないのかもしれない。呪われてしまったのかもしれない。

 だとしたら茜はとてもじゃないけれど、給食のプリンなんかゆっくり食べている場合じゃない。

 行かなきゃ。

 茜は、給食のおかずを急いで食べた。パンは、半分だけ食べた。あとの残りはこっそり給食袋の中に隠して、プリンも同じように隠した。最後の牛乳だけはちびりちびりと飲んで、ちらと時計を見上げれば、昼休みはあと三十分も残っている。


(大丈夫、だいじょうぶ……間に合う)


 茜は給食の食器を急いで片付けて、こっそり教室を抜け出した。近くの席の子達にはちょっと変な顔をされたけれど、“だいじょうぶ”と茜はじぶんに言い聞かせた。

 急いで、裏門に走る。食べるのが早い男子たちが、ボールを投げ合いながらグランドに向かっていくのとすれ違う。

 茜は、顔を伏せて走った。今しかなかった。裏山までは――きつねさんに会った場所までは、学校からなら、すぐだ。




(なのに――)


 木に登って裏門を乗り越えるときには、飲んだばかりの牛乳が戻ってきそうなくらい心臓がドキドキした。

 昼間の田んぼのあぜ道は、夕方と同じくらい怖かった。

 隠れる場所なんかどこにもなくて、お日様の光に追いかけられているみたいで、おまわりさんに見つかったら捕まってしまうかも――なんて思うだけで、茜は死んでしまいそうだった。

「き、きつねさーん…!」


 でも、放課後は外出禁止だから。

 行くなら今、この時間しかなかった。


「きつねさーん!」


 田んぼの端っこから端っこまで走って、名前を呼んだ。何回も何回も呼んだ。


(なのに……なのにぃいい……)


 茜は、泣いた。

 しくしくとトイレの中で泣いて、午後の授業の内容なんてほとんど頭に入ってこなかった。

 きつねさんは、いなかった。

 あのあぜ道まで頑張って会いに行ったのに、いなかったのだ。


(どうしよう……)


 頭がぼーっとして、心臓はどきどきしっぱなしで、いつ先生に「昼休み何処に行ってたの?」なんて言われるか、考えるだけでも目の前がチカチカする。

 でも、本当はそれよりも、きつねさんがいなかったことが茜の心臓を止めてしまいそうだった。


(ミキちゃん……)


 頭がふらふらする。

 何をしてでも、ミキちゃんに会わないといけなかった。これ以上怖いことも無いのかもしれない。

 茜は、そんなふうに思ってふらふらと覚悟を決め、放課後ミキちゃんの家へと向かった。

 まっすぐ家に帰ってきなさい、と言われていたのに。ついに、お母さんとの約束まで破ってしまった。

 怒られるだろう。

 きっと、テレビなんかに出てくる悪いことをした人達は、こんな気持ちなんだろう。

 “もうどうにでもなれ"という気持ちと、“お母さんに捨てられたらどうしよう"という気持ちが、茜の中で混ざってぐるぐるになる。

 きっと、橋の下に捨てられる。だって、前に「茜は橋の下で拾われた子だ」とお父さんに言われた。すぐにお母さんが冗談だと言ってくれたけれど、捨てられるならきっと、橋の下だ。

 そんな風に考えながら、茜はずっと、学校からの帰り道をじぶんの影だけを見つめながら歩いた。

 そうしてとぼとぼと、ミキちゃんの家への角を曲がった時のことだった。


「茜ちゃん?」

「……!! ミキちゃん!!!」


 向こうの角からひょっこりと顔を出したミキちゃんに、茜は飛び上がって全速力で駆け寄った。


「ミキちゃん、ミキちゃあぁあん……っ!!」

「え、どうしたの茜ちゃん?! 何かあったの?!」

「ミキちゃんがぁああ……」

「ぇええ???」


 鼻水と涙をたらしながら茜が抱きつけば、ミキちゃんはきょとんとしたまま、それでもおずおずと頭を撫でてくれる。

 生きてる。ちゃんと、ここにいる。

 茜はミキちゃんに抱きついたまま、しばらくおいおいと泣いた。


「だってミキちゃん、学校に来なかったから……」

「それね。実はお母さんに、しばらく家にいなさいって言われてたの」

「ええぇ……? ……なんでぇ??」


 鼻水を袖で拭いながら顔を上げれば、ミキちゃんがちょっともったいぶるみたいに「ふふふっ」と笑う。


「実はね、ミキ、きつねさんに会ったんだ」

「えぇえっ!? だって、わたし、探しに行ったのに――」

「でもね、そのせいでお母さんに“しばらく外に出ちゃダメ”って言われちゃった!」

「えぇ……? どういうこと??」

「でもね、茜ちゃんに話したくて。こっそり出てきたの! おかあさん、いつもはお仕事夜からなんだけど、今日は早く出かけて行っちゃったし!」


 ミキちゃんはすごく興奮しているみたいだった。頬っぺたをピンク色に染めて、ぎゅっと茜の手を握る。


「聞いてよ、すごいよ、茜ちゃん! きつねさんはね、ミキが言わなくても、ミキのお願い事がわかったの!」

「え、え、ちょっとまって、ミキちゃん。ミキちゃんはきつねさんに会いに行ったの?」

「うん、会いに行ったよ。でもいなかったの。でもね、きつねさんは、夜にミキの家まで来てくれたの!」


 ミキちゃんの話は、こうだった。

 あの日、きつねさんに会うために茜の言った場所へ向かったものの、そこには誰もいなかったらしい。

 残念に思いながら、家に帰って。お母さんが残して行ってくれた、ご飯を食べて。

 夜中に一人で寝ていた時のこと。

 窓の外で変な音がしたかと思えば、気づけばきつねさんと知らない場所にいたというのだ。


「わーぷしたの、 わーぷ!! 」

「ほ、ほんとに??」

「ほんとだって!! 嘘じゃないよ、気づいたら家じゃないところにいたの!!」


 そして、そこできつねさんは、ミキちゃんが言うより先に沢山のお菓子をくれたらしい。


「ミキがお願いする前にくれたんだよ?! すごくない!?」

「す、すごい……!」

「きつねさんは神さまなんだよ! きっとわーぷしたのも、家でお菓子食べたら怒られるから、“きをつかって”くれたんだよ!!」


 ミキちゃんは上機嫌でスキップをした。茜もつられて嬉しくなった。

 すごい。すごすぎる。きつねさんは只のきつねさんじゃなくて、すごいきつねさんだったのだ。


「やっぱりお面してた?!」

「してた、してた! だからね、ちゃんと気にしてないフリしたよ! だからきっと、ずっと一緒にいてくれたんだと思う!」

「ずっと一緒にいたの!?」

「今日の朝まで一緒にいたよ!」

「えぇええ!?? じゃあ昨日一日、ずっと一緒にいたの!?」

「ずっとじゃないけどね。たまにきつねさん、お出かけしてたから」

「お出かけ?」

「だって神さまだよ? 忙しいんだよ、きっと!」


 それからは、色々お話しながら二人で一緒に茜の家まで帰った。

 ミキちゃんも“きをつかって"くれたのだろう。おかげで茜は、ぎりぎりまっすぐ家に帰る事が出来ている。きっと、お母さんにも怒られない。

 そうして茜の家の裏口までたどり着いたとき、二人はそろってあっと声を上げた。

 門の前に、白い小さなお花がまぁるく置いてあったのだ。


「すごいよ茜ちゃん! これもきつねさんかな!?」

「たぶん……」


 茜は、しゃがみこんで小さなお花を拾い上げた。とたんに、ものすごく申し訳なくなった。

 ミキちゃんが学校に来なかったのは、確かにきつねさんのせいだったけれど。

 きつねさんは、悪いきつねさんではなかったのだ。ミキちゃんだって、呪われていたわけではない。

 なのにじぶんは――


「ミキちゃん……きつねさん、ボタンのこと何か言ってなかった?」

「言ってた! なんかね、“たくさんもらえた”って。喜んでた!」


 茜がこてんと首をかしげれば、ミキちゃんもコテンと首をかしげた。


「誰にもらったの?」

「知らない。ミキはボタン、もってなかったもん」


 ミキちゃんはすぐに、お花の方を向いてしまった。茜の隣りでお花を拾い上げて、きっと、ボタンのことなんてどうでもいいのだろう。

 でも、茜はどうしても気になった。

 やっぱり、きつねさんはボタンが好きなんだ。

 なのに自分は、きつねさんを疑って、そのくせボタンもあげていない。


(どうやったら、お礼ができるんだろう……)


 茜は門の前にしゃがみこんだまま、拾い上げた小さなお花達をじっと見つめた。

 ランドセルにこっそり忍ばせた巾着の中で、いくつか集めたボタンがカチリ、と鳴る。

 きつねさんに会う方法を、探さないといけなかった。






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