怒られたおんなのことミキちゃんのはなし
家に帰った茜は、お母さんに物凄く怒られた。
それはそうだろう。家についたころにはもう夕日はほんのちょっとしか残っていなくて、時計は五の字を過ぎてしまっていたのだから。
「こんな時間までなにしてたの!!」
「ごめんなさい……」
「この前、門限は四時だって言ったわよね?! 何してたの!!」
「……田んぼで、探検ごっこしてた」
「……。これから一週間、外出禁止よ。放課後はまっすぐ家に帰ってきなさい」
「ええっ!? でも、おかあさ――」
「分かったわね!?」
はい、と言うしかない。
最近、おかあさんは本当に門限に厳しくなった。そのせいで、茜はこの前あった、山のお祭りも行けなかった。ほんとうの門限はもともと五時だったのに。
ぐずぐず泣きながら、茜はじぶんの部屋に引っこんで頭から布団をかぶった。
目を閉じると、きつねさんのことを思い出す。
(やっぱり、ボタンがないとだめだったのかなぁ……)
だから、こんなに怒られたんじゃないだろうか。
だって、きつねさんは壺いっぱいにボタンを貯めていた。ボタンが大好きなのだ。
だからもしかすると、やっぱりボタンをもってこなかった茜に意地悪をしたのかも――。
(……そうかも。やっぱり、ボタンもって行った方がいいんだ)
きつねさんは茜のボタンをいらないといったけれど、明日にでもすぐ、もって行った方が良い気がした。このままだと、まさかだけど、呪われてしまうかもしれない。
でも。
外出禁止にされてしまった。どうしよう。
「ぅぅう……」
また少し涙が出てきて、茜は布団の中に顔を埋めた。
お祭り行きたかったのに。放課後、みんなは五時まで遊んでるのに……。
そうしているうちに、茜はいつの間にか眠ってしまっていて――
――変化が起きたのは、次の日の朝のことだった。
「母さん、新聞は……」
「見に行きたくないわ。……あなたが行って」
外は、雲一つない良いお天気なのに。
茜の家はここのところ、毎日くもりだった。
お父さんとお母さんがぼそぼそと話をしている隣で、茜はご飯の上に卵をかける。
味がしない。
もともと生卵は嫌いだし、でも言い出せなかった。
昨日怒られたこともあるし、夜中に凄い音がしたから、きっとまた喧嘩をしていたんだろう。
「……おい」
だけれど、新聞を取って戻ってきたお父さんがなんだかいつもと違う顔をした。
「入ってなかったぞ」
「何が?」
「郵便受け……何も入ってなかった」
新聞を、取って来たんじゃないんだろうか。
茜は、ちらっとだけお父さんが握っている新聞を見た。もしかすると、新聞屋さんから直接貰ったのかもしれない。
何にしても、お母さんたちが何の話をしているのか、時々茜にはよく分からなかった。そういうことは、最近、特に良くある。
そして。
そういう話をしているときは大体、お父さんもお母さんも怒っているから、茜はとてもじゃないけれど「何の話をしてるの?」なんて聞けないのだ。
「何も? 何も入ってなかったの?」
「なにも」
「…………。そう」
だけど、その日はなんだか少し違って、お母さんは目を丸くした。
ぱちぱちと瞬きをしながらお父さんと顔を見合わせて、お箸に乗せていたご飯をぱくりと食べた。
変な、朝ごはんだった。
二人とも、嬉しそうではない。元気が出ている、わけでもない。
だけど、ちくちくしない……なんだか、変な朝だった。
「それはね、きいてるのよ」
「きいてる?」
「そう。おねがいごとが、きいてるの。あと、茜ちゃんが怒られたのは茜ちゃんが門限をやぶったからだよ」
「そっか……」
学校の、休み時間。
茜は隣の席のミキちゃんに、昨日きつねさんに会った事と、今朝の事を話していた。
二人で肩を寄せ合って、小さくこしょこしょ話をする。
「でも、二人とも元気じゃなかったよ?」
「茜ちゃん、わかってないよ。今日はお父さんもお母さんも、喧嘩しなかったんでしょ?
それにね、コウカってのは、すぐにでないんだよ。ちょっとずつでるから、“ひびのつみかさね"がだいじなの」
ミキちゃんは、大人っぽい事を知っている。
だから茜はいつも、分からない事はミキちゃんに相談していた。
「“ひびのつみかさね"かぁ……」
「そう。だいじなのは、つみかさね。……でも、いいなぁ。ミキもきつねさんにおねがいしたいなぁ」
「……してみる?」
「ほんとに?」
「ほんとうに」
ミキちゃんは、ちょっとだけ困ったみたいに笑った。
こういうときのミキちゃんはなんだか大人っぽくて、茜はちょっとドキドキする。
「もし、お願いするとしたら。ミキちゃんは、何をおねがいするの?」
「ミキはね、コーラが飲みたいの! あと、チョコレートとか、ポテトチップとか、モソモソしないクッキーとか、お菓子をお腹いっぱい食べれますようにって! お願いするの!」
きらきらした笑顔で笑うミキちゃんは、すごく楽しそうだった。
茜はそれを見てふと、懸賞のお返事を待っていた頃の、にこにこしたお母さんの顔を思い出す。ちょっと、悲しくなった。
でもミキちゃんが「あーあ」とため息をつくから、慌ててどうしたのと首を傾げる。
「茜ちゃんは良いよねぇ。毎日シュークリーム食べれるんでしょ? つぶれてるらしいけど」
「べつに、ぜったい毎日ってわけじゃないよ。それにみきちゃんも、ちょっとくらい食べても怒られないよ。そうだ、今度こっそりチョコレート持ってきてあげる」
「だめだよ。ママ、きびしいもん……“び"のためには“ひびのつみかさね"が大事だって。いーっつも言ってる」
その話は、茜もミキちゃんから良く聞いていた。
お菓子を食べると、“しょうらいおはだがブツブツ"になるらしい。チョコレートを一つ食べるだけで、顔におできが出来るとか、なんとか。
「うそだと思うけどなぁ……」
「絶対うそだよ……っていうかお肌なんてぶつぶつになってもいいから、チョコレート食べたいよ……」
はぁ、とまたミキちゃんがため息をついて、机に頭突きをする。
茜は、そんなミキちゃんと同じように机の上に突っ伏した。
「……やっぱり、お願いするしかないかも」
「……そうかも。ミキ、今日のほうかご行ってみようかなぁ……あ、じゃあ茜ちゃんも一緒に行こうよ」
「わたし、いま“がいしゅつきんしれい"なんだ……」
「……あかねちゃんも大変だね」
「でもミキちゃん、今日の給食アイスクリームだって」
「ほんとっ!?」
途端にがばっと起き上がったミキちゃんが、後ろの掲示板まで走っていって、すぐまた戻ってくる。
「ほんとだった」
「ほんとだよ」
「今日はなんか良い事ある気がする! きつねさんのとこ行ってみるよ!!」
ミキちゃんは、いつも元気だ。だから茜はミキちゃんが好きで、クラスの中では一番仲が良い。
そして放課後、途中まで一緒に帰ったミキちゃんは、最後に「明日また話するから!」と茜に手を振って、スキップしていった。
本当は茜も、美紀ちゃんと一緒に行きたかった。
ミキちゃんだけきつねさんと話ができるなんて、なんてずるいんだろう。
でも、ちゃんと帰らないと間違いなくもっとお母さんに怒られるので、茜はとぼとぼと帰り道を歩いた。
(あ、そういえば……)
ミキちゃんに、ボタンを持って行った方が良いかもと言うのを忘れていた。
でもまぁ、しかたない。
茜のお願いはボタンなしでも聞いてくれたみたいだし、明日のミキちゃんの話を楽しみにしよう――と。
思っていたのに。
次の日ミキちゃんは、学校に来なかった。