世界の…平和…?
「ディールは前から、その…世界の平和のために戦ってるんだよ」
「世界の平和…?」
「あくまでもディールの受け売りだからねこれ!」
またも聞き返してしまう私に、早口で言い訳をするルシア。真面目さが霧消する雰囲気を、咳払いが仕切りなおした。
「…こほん。ディールは今日、行方不明になった冒険者の報告を受けて『謎の足跡』調査へと行ったんだけど、こんなことが昔にもあったんだよね。人がいなくなるたび夜に飛び出していってね…被害と生存者の確認、原因究明と対策まで済ましてきちゃうんだ」
「…そんなに凄腕だったんですか?」
「うん。Sランクだよ?」
「S!?確かSランクって…」
ギルドの定める冒険者における強さのレベルは、FからA、Sまでランクがある。もちろんSといえば最上位…魔物を除き(魔物はSSまである)…であり、確かEランクはFランク四人分の強さ、DランクはEランク四人分の強さ、それがずっと続いていくシステムであり…
「…Fランク何人分ですか…?」
「その認識であってるのかな?何にしても、ディールは強いよ」
自分が育てましたといわんばかりに胸を張っているルシアだが、少なくとも出会ったのは一年前であり、その時には強かったのではなかろうか。
そして後日談だが、ディールの強さはFランク4096人分に相当したことが判明した。
「…でも、なんでそんなに強いのにここでぐうたらしているんですか?」
「正確にはぐうたらじゃないと思うけど…ほら、夜に働いて昼に寝る、昼夜逆転型みたいな」
「ああ、なるほど」
「ここで寝るのは、「情報をいち早く仕入れるためだ、決して昼に働かない優越感に浸りたいわけではない」って言っていたよ?」
ルシアの声真似は、声がほんのり高いゆえか下手だった。それ以前にディールがそんなことをいう人か判別がつかないが…
「話を戻すよ。ディールが即座に異常への対策を施すから、この町はこれといった被害もないらしいよ。何故か町自体の死亡者数も少ないけどね」
「…そんなことをする理由は何なのでしょうか?」
「分からないよ、僕にも。彼が白状してくれない限り」
テーブルに肘をついて「これみよがしな嘘しか吐かないし…」と、感情の混ざった複雑な顔をしている。私は「そうですね…」とつぶやくように賛同するほかなかった。
動機は本人にしかわからない。恐らくルシアは質問を幾度となくしたのだろうが、嘘ばかりだというディールからは聞き出せなかったのだろう。
「ただ…前に一度、ディールが朝方に傷だらけになって帰ってきたことがあったんだ。装備がボロボロの冒険者三人を連れて」
「ええと…何があったんですか?」
「冒険者を守りながらAランクの魔物を二体同時に討伐した後、瀕死だった人の治療と魔物の掃討をしていたら、自分の治療ができなかったんだって」
「…まさか、魔法での治療ですか?」
「うん。けろっというからびっくりしちゃうけど、まず自分のけがを治してほしかったな」
魔力で現象を起こす魔法は、特に治癒に関しては難易度が高いようであった。またも後日談、重症人は魔法で治療できない例がほとんどのようだ。主に技術、必要魔力量、才能等々…
Sランク冒険者の力はすごいと改めて感じる。思わず感嘆していると、「そこじゃなくてね?」と本題に戻そうとする声。
「自分の過去を明かさないのはともかく、あくまで他人本位な人なんだよ。いつもだるそうにしてるけどボクを追い払わないし、頼まれたらすぐ実行するし、ギルドの中で転びかけるといつの間にか横にいて助けてくれるし、寝てる時も声を掛けたらすぐ起きるし」
いつのまにやらルシアがディールをほめたたえていた。というより、後半が凄技であるのは気のせいだろうか?
「彼は守ることに関して手を抜いていない、しかも自分の身より他人優先のように見えるんだ。何があったかは知らないけど、そうさせる理由があるんだろうね…」
黙して聞いている私に向けて、「長く話しちゃってごめんね」と声をかけるルシアは、席を立ってテーブルを拭き始めた。どうやら話は終わりらしかった。
ディールを今の姿にさせる原因とはなにか、それをギルドの酒場が閉店するまで考えていたが、結局何も浮かんでは来なかった。強いていうなればルシアの存在だが…