居候、お仕事と信念と
「…ぃ、ぉーい、ディール起きてー。ラストオーダーの時間だよー」
「んん…?」
眠い、ただこの一言にすぎる。これがラストオーダーの時間と言われてなければ、さらに言えばルシアの声でなければ起きなかったところだった。
かと言って、微睡に抵抗するとは言っていない。体のほとんどを動かすことなく、無意識のうちに取り出した銅貨二枚を差し出す。
「エール一杯…ふわあ…」
「眠そうなのにちゃんとエール頼むんだよねえ…まあいっか、すぐ持ってくるよ」
柔らかい指が銅貨をかっさらうと、気配は遠くの方へ。テーブルで液体の様にだれていると、すぐさま頬に冷たい物が押し付けられた。
ピクリと跳ねる肩、くすくすという笑い声に眠気が覚めていく。顔だけ動かせば、結露したジョッキとまじまじと観察するルシアがあった。
「…毎回驚かせようとするな、ルシア」
「だって、全然かまってくれないじゃん。驚いた顔ぐらい見せてくれてもいいよね」
「お前は犬か何かかよ…」
「別に犬でもいいよ」と笑うルシアは、ジョッキのほかに一枚紙を持っている。自然な動きでそれらを受け取ると、喉を潤しつつも内容を拝見する。
しかし内容が剣呑であり、途端に顔をしかめてしまった。ルシアも隣からのぞき込むと、眉をひそめていた。
内容は至ってシンプル。「Cランクパーティーが守草の樹林にて一組行方不明、謎の足跡が関連か。注意されたし」とのことだった。
「…今までこういうことはなかったんだけどな…」
「ああ、物騒なもんだ。…謎の足跡?」
「言うと思った。ほら、あの依頼書」
ルシアは掲示板へと指をさす。明日に向けて依頼書を張り付けられているが、前見たときに取り残されていた依頼がやはり目立っていた。
「謎の足跡の調査が依頼内容だけど、報酬が極端に少なくて。銅貨三枚じゃあ誰も手を出さないよね」
「大概の調査依頼は同じもんだ。仕方ないといえばそこまでだしな」
冒険者は、魔物の素材を売り払ってようやく依頼達成、素材の売却金額の一部を差し引いて収入が渡されるという形だ。システム上、魔物を討伐せずに収入を得る事はないのだが、もちろんそんなことはない。ギルドが報酬を出す事で成り立っているものの…
重要な偵察などは兎も角、存在すら怪しいものに出す金はないといった様子である。というより、神話的存在…ドラゴン、精霊といった珍しいもの…がはやった時代に詐欺が多発し、ギルドの金が流出したことへの対策なのだろう。
懐から出てきた地図を広げて、守草の樹林一体を確認する。今いる町からはそう遠くない距離は、大体徒歩十分だろうか。ちなみに樹林内部にある村までは直線距離で徒歩二時間ほどかかる。何故樹林の中に村があるのかが謎である。
「まあ…行くしかないだろうな。情報集めは村ででもすればいい」
「そっか、ディールなら安心だけど、無理はしないでね」
「分かってるさ」
残ったエールを喉へと流し込み、席を立つ。軽く腕を回して調子を確認し、今から仕事である感を醸し出す。
「明日の平和のために、働くとしますか!」
「…何を言っているんでしょうか?」
「……」
引き攣った笑みで振り返れば、アイリスが素の表情で疑問を提示していた。言葉の意味とキャラに対して同時に理解不能なのだろうか?
ともかくだ、英雄のようにセリフを吐いた後、理解されない時の恥ずかしさは計り知れないものだ。瞬く間に顔面が熱くなっていく。
「…フッ」とわざわざ言葉にして、改めてギルドの出口を見据えながらも、英雄気取りを続けながらつぶやく。
「そいつは…ルシアにでも聞いてくれ。さらば!」
「「あっ逃げた」」
外へと全力逃走である。しかたないじゃないか、戻るための顔とメンタルを持ち合わせていないのだから。
「…で、あれは何をやっていたんですか?」
「ボクも知らないよ。彼はたまに暴走するから」
まさか、童話にあこがれる子供の様にかっこつける人であるとは思いもしないだろう。ましてや自分で恥ずかしがってるし。
ルシアは微笑ましいものを見る目をしていたが、ディールがちらと見た瞬間逃げ出したから、一番恥ずかしかった原因はルシアなのではないか?
「いやそれより、明日の平和のために働くって何ですか?働きたくなさそうだったのに、急な心変わりをしましたね?」
「ああ、うん。別に心変わりじゃないよ。信念というべきかな…」
「信念?」
おうむ返しに「ボクも詳しいわけじゃないよ」と前置きを加えて、ルシアはディールの定位置に座って話し始めた。