冒険者ギルドの居候 Ⅱ
豚肉を盛大に脂で焼いたようなオーク肉とついてきたパン、エール(今度は本物)を腹に入れて、多大なる残留感を感じつつ一息ついた。
「ふう…朝からオーク肉は食うもんじゃねえな、野菜でさえ脂っこい」
「じゃあ、なんで頼んだの…」
「時々食いたくなる味だからだな。食器をよろしく」
ずっと隣でのぞき込んでいたルシアに食器を渡すと、ルシアは短い返事と共に立ち上がり、去っていく。
粗方冒険者はいなくなり、依頼達成に向けて町の外に繰り出している。今いるのは寝坊した冒険者か、疲れ切った受付嬢か、多少の物好きである。酒場は昼間からが本格的な営業のため、ルシアと俺は朝から働く又はだらけている物好きだろう。
わけもなく辺りを見回していると、例の新米受付嬢が歩いてくるのが目に入る。どうやら休みをもらえたようで、自由に出歩くことを許されているらしい。こちらへ迫るその足取りは重い。
突然の来訪者に内心戸惑っていると、新米受付嬢は俺の前立ち止まり、一礼をした。流石は受付嬢、しっかりと礼儀はわきまえているようだ。
「おはようございます!ご同席をしても?」
「かまいはしないが…?」
知り合いは得意なものの、俺は知り合いでもない人物に話しかけるのには勇気がいる人種だ。隣に座った受付嬢に話す話題を模索しようとするも、先にあちらから話しかけてきた。
「私はアイリスと申します。あなたは…なぜお酒を?」
「えー…まあ、説明を省くと働きたくないからだな」
「説明を省きすぎなのですが…もうちょっと詳しくお願いします」
明らかに困った顔をして尋ねるアイリス。どうやら説明不足だったらしく、具体的に言わないと下がってくれないのはとても面倒だ。働きたくないで通せると思ったが…
とりあえず嘘で塗り固めようと思考を巡らせた。
「それは…まあ、265年前くらいだろ」
「えっ…」
「人命救助なんかをして真面目に働いていたら、ふと思ったんだ。俺、なんでまじめに働いているんだってな。下界の民にように、無意味に働いて命を費やすよりも、なんかしたほうがいいなとな。そして、今に至る」
話を聞き終わったアイリスは、やはり困った顔のままだ。残っているエールでのどを潤し、次に言われるであろう質問を予想、回答を作り出す。
地味に嘘八百が楽しくなってきた。
「…嘘、ですよね」
「もちろん嘘」
「っ…な、なんで嘘をつくんですか!?」
「それは573年前からずっとだ、俺は忌々しい過去を抱えていて…」
「もう嘘はいいですから!」
早く「物語の結末」を知りたい子供のように、真実をせがむアイリスの表情はすねかけている。おちょくりすぎたようで、笑いながら「すまんすまん」と謝罪しても、何の改善にもなっていない。そろそろ真実に聞こえる嘘でも話そうと口を開けた。
「信じちゃいけないよー?彼は嘘7割なんだからね」
「せめて冗談と行ってくれ。あと精々4割だろ?」
ルシアもまた冗談めかして言い、アイリスの横に立っていた。肩が跳ねたアイリスに人当たりのいい笑顔を向けて「驚かしてごめんね」と謝罪した。
「僕の名前はルシアで、この人の…まあ、友達なんだけどさ。僕にも昔のことを話してくれない、いけずな人なんだ」
「踏み込んでほしくないだけだ。それに、お前も話さないだろうに」
「確かにね」
かくいうルシアも過去の話をしようとすると上手く話を逸らす。結局互いに過去に関わってほしくないだけだ。
蚊帳の外だったアイリスに、ルシアはそっと微笑んだ。
「じゃあ、代わりに僕が彼に関するエピソードを話してあげよう。それで彼の人柄を把握してくれ」
あ「…は、はい!ありがとうございます!」
「じゃあ、何から話そうかな…ギルドでからまれてた時の話から!」
笑みを深めたルシアを見るに、おそらく始まるであろう俺の黒歴史暴露大会から視線をそらし、依頼掲示板へと向けた。
もうすっからかんになったギルド内は、地方のギルドにしては広い建物と緑に染まった依頼掲示板のみが寂しく残されていた。解体場は今は開いていない、蔵書室は人っ子一人おらず古びている、練習場はかかしが地味に屈強だが誰も近づかない。酒場も俺らのみ、あらためて見ても冒険者ギルドとは思えない装いだ。
「店員なり立てのときに、ガラの悪い冒険者に絡まれてね…そしたらディールが飛び出してきて、「冒険者はただ暴力をふるう職業じゃねえ。何かを守るためにあるべきもんだ!」って僕を守る位置にいたんだ」
「冒険者って、守るための職業でしたっけ?」
「いいんだよ、細かいことは」
そう、あの頃は若かった…何か月か前のハイライトである。
掲示板の中でも、気になる依頼が一件。というより取り残された依頼で存在感がとてもある、注目せずにはいられないだろう。遠目、報酬とうまみの少ない調査依頼のようで、しかしどこか気になる。
ふうん…どことなく漏れた声。テーブルに腕を横たえ、顔をうずめた。
「…ここで寝るんですか?」
「ふあ…これが俺の日常ってやつなんだよ」
沈んでいく意識の中、見えたのはルシアの優しい黒目であった。