冒険者ギルドの居候
この世界で誰もが憧れるであろう職業、冒険者。魔物をなぎ倒し、周りからは尊敬のまなざしを受け、更には大量の金を手に入れられる正に夢のような職業。英雄志望の子供が冒険者ギルドの大きな門を叩くことも少なくない。
もちろんそんなうまい話はない。英雄になれるのは一握りで、ほとんどはその域に達さず普通の暮らしを送る。武器防具の手入れに費用は嵩み、手に入れたお金も湯水のように消える。尊敬は集めはするが…戦いが派手でないために失望することもよくある話だ。何百何千と人が死ぬ世界だし、偶に強制動員されるし、たとえ英雄になっても拘束やら税やら…要するに意外にブラックな世界である。
「かと言って夢に向かって働くのも悪くないが…」
朝、冒険者に向けて出される依頼が依頼書として張り出される時刻である。いい依頼を求めようと群がる冒険者たちを見て、俺は苦笑いした。
当事者たちからすれば、れっきとした「争奪戦」であるのに対して俺が笑っていられるのは、俺は関係ないからだ。それも同然、ギルドに備えられたがら空きの酒場にただ一人居座り、働き盛りの朝っぱらにもかかわらずエールを呷っている輩が、どうして社畜と同じように見えるのだろう。見えるはずがない。
ディール、23歳。子供のころに冒険者を志した一人であり、いまや酒場の一席を占領している剛腕冒険者である。光の乱反射する金髪に磁器のように白い肌、だらしなく椅子にもたれかかっていなければイケメンだ。
「だがなあ…あれをみたら、夢を追う少年少女は卒倒間違いなしだよなぁ…見知らぬ子供よ、ご愁傷様」
大忙しの冒険者と受付嬢。手慣れていない仕事と大勢の冒険者相手に戸惑っている、新人の受付嬢には同情の念を感じる。というか一昨日入った新米を早速実践投入とはどういう頭をしているのか甚だ疑問だ。
受付嬢は高収入で美貌、更に有名冒険者の玉の輿を狙える職業として、これまた少女の憧れが集まっている。勿論ブラックで、パターンの見えない膨大な書類業務、冒険者とうまく付き合わないと暴力沙汰になり、労働時間は余裕の十二時間越えである。冒険者が足で稼ぐ社畜ならば、受付嬢は机と向き合う社畜だ。
そんなことを思いながら、もはや特等席となったカウンター席の端っこでテーブルにもたれかかっていると、不意に一人の足音がこちらへ来る。あいさつ代わりに手を上げると、群がる冒険者数人と新米受付嬢が不審げにこちらを一瞥し、また上げ返す人影も一人。
「おはよ。今日もあれとは関係なさげだね、ディールは」
「もちろんだ、俺は争いたくはないからな」
「はは、冒険者をやっているのに?」
少年は心なしか少なくなった冒険者たちに目を向け、苦笑する。
彼は中世的な顔立ちと男子なのに少しばかり長い茶髪を持った、ギルド経営の酒場で務めるルシア。ギルド酒場指定のバーテンダーのような服を纏い、手には濡れた雑巾とジョッキを持っている。これから拭き掃除をするついでに、エールのお代わりを提供しに来たようだ。
ルシアが俺の横に座り、ジョッキと代金の銅貨二枚を交換すると、俺はジョッキ内の液体を口に含む。口を洗い流す清涼感と無臭。
「…水じゃん、これ」
「あはは、オーダーを聞くついでに酔い覚まし。オーダーと料金がないと商品は出しちゃいけないの。驚かしてごめんね」
謝罪が見られない笑顔に若干の笑みと諦めを抱きつつも、少々小腹が減ってきたため銅貨四枚を渡し、「エールとオーク肉炒めで」と頼むと「了解」という言葉と共に、ルシアは酒場の奥へと歩いて行った。
段々と少なくなっていく依頼書と冒険者、偶にからかうルシア。これらを眺めるのが俺の日課であった。