学院長室にて
アルテミスは学院長に学院長室に案内された。
学院長は彼女に着席を勧め、ソファに座るとメイドが紅茶を持ってきた。
「まずは聖典教理科の教授への就任ありがとうございます」
学院長が話し始めた。聖典教理科は学院の4つの学科の一つで、時計塔の始祖が作ったとされる聖典の研究を行う学科であるが、同時に魔法史のなどの史学や古代言語の講義なども行っている。時計塔の信組の作った聖典の研究という分野の特性上、代々の学院の時計塔出身の教授の多くはこの学科の教授である。なお、残りの3つの学科は理学科、物質魔術科、霊体魔術科であり、学院の生徒はこれら4学科すべての授業を履修する必要がある。
「これは丁寧にありがとうございます、学院長。ところで、講義はいつごろからになりますか」
「2週間後の初秋月1日からです。教授には上位クラスの聖典の講義を受け持っていただきます。」
クラスは上中下位の3つで、第1学年の上位クラスには彼女が家庭教師を務める設定となっている王女が所属することとなっている。
「ところで教授、この後は宮殿へ行かれると伺っていますが間違いありませんか」
「はい、後程宮殿に参内しなければなりません。王女殿下にご挨拶せねばなりませんから」
「承知しています。まもなく宮殿から迎えの者が来ると思います。国王陛下と王妃陛下は西のヴェストハーフェンで静養中であらせられるため、両陛下へのご挨拶は後日になると思います。」
「わかりました。ところで学院長は王女殿下との面識はおありですか」
実のところアルテミスは王女がどのような人物かを全く知らなかった。王女に近づけるものが少ないこともその原因の一つであったが、最大の理由は彼女が興味を持たなかったからである。他人のことなどどうでもよかった彼女にとって王女もまたそうなのであった。しかし、いざ今から会うとなると、いささかの興味がわいたのだった。
「あまりお話したことはありませんが、理知的で聡明な方だったと記憶していますよ」
学院長にこのように言われ、彼女は少し意外に思った。国王のたった一人の娘ともなれば甘やかされぶりは尋常でなく、傲慢で聞き分けの悪い子供ではないかと思っていたため、臣下からそのように思われている王女への興味が強まった。多少世辞も含まれているのだろう、とも思っていたが。
「なるほど、早くお会いしてみたいものですね」
思ったことを顔に見せないで返答すると、部屋に執事らしき男が入ってきて学院長に伝言した。
「どうやら迎えの者が来たようです。宮殿はすぐそこですが、道中お気を付けください。明日また会えることを楽しみにしています」
「こちらこそです、学院長。いろいろお話が伺えてよかったです」
学院長の老紳士に別れを告げると案内の者に連れられ、彼女は迎えの馬車に乗った。そして、宮殿へと向かう。宮殿や学院は王都の北側の高台にあって比較的近く、周囲には数多くの王国の官庁が並んでいた。宮殿への道は夏の青々とした街路樹が木陰を作り出し、涼しげであった。10分ほどかけて馬車は宮殿の正門に到着した。そして、宮殿の侍従らしき人物に案内され、彼女は王女の私室に向かう。正式な謁見ではないためあまり形式ばった対応はなされていないが、宮殿は彼女にとって物珍しいものであった。時計塔は研究機関としての性格上実用的なものを好み、彼女自身も質素なものを好んでいたため、歴史ある名家の出身といえど豪華な調度品のようなものに囲まれる機会はあまりなかった。
しばらくして案内された部屋に王女が入ってきた。