アルテミスの王国行
アルテミスは若くしてたぐいまれな才能を持ち、わずか14にして時告げ人の第一席に名を連ね、父や兄を超える才能を持っていた。しかし、管理人の地位は基本的に男子および長子優先のため、兄を持つ彼女が管理人となる可能性は低かった。しかし、それに対して彼女は不満を覚えなかった。天才であるが故のある種の傲慢さから、愚人のために自らが束縛される管理人の地位を望まなかったのだ。しかし、彼女の兄や父ヨーゼフは彼女を可愛く思う一方で、末恐ろしさを感じていた。よく懐くアルテミスを可愛く思いながらも、自らの地位が脅かされるのではと感じたのだ。現に、彼女は自らが警戒されずに時計塔で快適に過ごすために演じており、自らの知性をもって可愛らしい妹を演じており、彼ら以外の時計塔の住人は彼女を美しく才気あふれる令嬢と感じていることに一切の疑いを感じていなかった。
苛虐の女帝に関する観測結果が出たとき、彼女は15であった。彼女は父の対応に違和感を持っていた。始祖が時計塔を作った目的は世界の秩序の維持であった。彼女はそれを歴史を観測結果のままに維持することこそが使命であり、そこに愚かな存在である人間は関与してはならないと考え、世界を改変しようとする父らの行いは神の意志と世界の法則に反するものと考えていたのだ。しかし、彼女は表向きはその考えを隠して行動していた。そして、監視者としての王国行が決定した時、彼女は決断を下した。自らが王女を守ることによって正当な歴史を維持しよう、と。
彼女をどのように王国中央へ接触させ、王女を殺害させるか。それに対する回答はすぐに見つけられた。それこそが王立魔術学院の教授の座であった。アルテミスは教授というには若すぎたが、その知性はその役割を十二分に担うに足るものであった。また、20代目が保護を与えたため、王国には時計塔から一人が王立魔術学院に派遣されることとなっていた。現在派遣されている人物は70歳目前の老教授であり引退を望んでいたため、アルテミスが後任として赴任することとなった。
この学院は13歳以上の遺伝的に魔力の多い貴族と才能ある平民が5年間通う学院であり、開かれた魔術教育機関としては世界最高峰の一つに位置付けられる学院である。これは、時計塔との関係を持ち、高い魔術の才能も持っていた初代国王に由来する。13歳になると、王女もこの学院に入学することとなっており、アルテミスは王女の担当教授兼家庭教師として王女に接近することとなった。そして、アルテミスには王女暗殺の意図を王国に気づかれないように王女を暗殺することが求められていた。家族であるならばまだ15の少女に危険な役目を負わせることを決めるのに対し心配やうしろめたさを感じるようなものかもしれないが、日々増大するアルテミスの兄や父ヨーゼフの彼女の才能への信頼と根源的な恐怖はそれを押しとおすに余りあるものとなっていた。
4年後、王女の入学に合わせアルテミスが学院に赴任することとなった。彼女は19歳となり、知的で美しいその容貌は女性としての艶かしさを併せ持つようになっていた。しかし、その裏に彼女は信念にあくまで忠実な振る舞いそれに固執する狂気と、発生する犠牲を許容する冷徹さを隠しもっていた。彼女を送り出す時計塔の人々は不安と期待の両方を抱いていたが、一方で彼女を送り出す父と兄の表情はどこか安堵しているようでもあった。
王立魔術学院は日本の旧制中学的な位置づけです