旅支度
6万字突破です。
最近、1話が長めになった気がします。
初冬之月の宮殿内の一室、そこにはアルテミスとセレーネの姿があった。
「先生、なんで先生が私のノルデン行に随行されるんですか?」
セレーネが訊ねた。
「なんでかって、それはあなたの家庭教師も兼ねているからじゃないですか?」
「なんで疑問形なんですか?それに、普通、家庭教師は生徒の外遊に付いて行くものなのですか?」
「まあ、私もいろいろあるんですよ。今回の肩書は、あなたの家庭教師兼時計塔当主のヨーゼフ・フューラー・リーゲン・ディートリヒの名代ですからね。立場的には国王の名代のあなたとほぼ同じような感じですよ。まあ、随行は軍人とかが多くいるあなたと違って、あなたの姉弟子一人だけですし、あの子とも向こうに着いて暫くしたら別行動ですけれどね。行きはあなたに随行して鉄道と船に乗って、帰りはあなたとも別で一人ですし。それにしても、後継ぎの一人娘というのは大変なものですね、王女殿下。」
冗談っぽくアルテミスが笑ってセレーネに言った。
「全くです。古くから友好関係にある国で、民族的かつ宗教的にも近いところですから疎かにできませんし、父上が今あのような状況ですから私の責任は重大です。将来のためにも外国や軍の一部との関係はしっかり築いておかないと……」
「ご愁傷様です。私は楽でいいですよ。好き勝手出来ますし。」
「いいですよね、先生は。でもいいんですか。将来の伴侶とかを探されなくて?」
少し小馬鹿にするようにセレーネは訊ねた。19という歳は普通の貴族令嬢ならば婚を結び嫁入りをしているような歳である。
「全く、何を言っているんですか。知っていると思いますけれどいわゆる『魔力』の多い人間は長生きします。私は常人の2倍は長生きすると思いますよ、優秀ですから。それに時計塔の人間は結婚が遅めですし、そこら辺の男を相手にできるわけがないでしょう。」
自信過剰ともいえるアルテミスにとっては一般的な王族でも「そこら辺の男」扱いすることが普通である。
「それよりもあなたこそいいんですか?婚約相手選びも、あなたぐらいの人となると大変でしょう。どうです、ノルデンの第二大公子なんてどうです、お似合いだと思いますよ。」
笑って、小馬鹿にし返すようにアルテミスは言った。
「もうっ、全く何を言い出すかと思ったら……。」
師匠をからかおうと思ったら、からかい返されたセレーネの表情は羞恥と悔しさで赤く染まっていた。
「ほんとに、学院の生徒が聞いたら卒倒しそうなことを平気で言わないでください。先生は男性に興味がないんですか?」
「そのようなことは言ってませんよ。ただ、そこらの馬の骨などに興味がないだけです。私に及ぶくらいの知性がなかったら話になりません。」
アルテミスの要求水準はかなり高かった。王立魔術学院の生徒たちがこの会話を聞いたら大半が卒倒しそうな会話であった。アルテミスは勿論のこと、ヘカーテも同級生の中では憧れの存在のようなものであった。その二人が男の話をし、しかも自分たちが全く相手にされていないのである。
「ところで先生、今日はいつもと違ったずいぶん変わった格好をしていますね。」
「そうですよ。久しぶりの外遊ですからね。最近久しく着ていなかった準礼装が、見たらいろいろ小さかったり古かったりで駄目になっていたので仕立て直したので、少し着慣らしているんです。ノルデンでもこの格好で大分いると思いますよ。礼装ですから晩餐会等で来ても何の問題もありませんし、ドレスとかと違って動きやすいんですよ。時計塔の女性のうち、三分の一ぐらいはこういう格好をよくしますよ。たぶんヘカーテもこういう格好だと思いますよ。何せ『師匠とお揃い』ですからね。」
「確かにスタイリッシュで動きやすい服装ですけれど、どういう服なんですか、それ?」
アルテミスが来ているの紺色の軍服風の上着に下が短めのスカートで、軍服ワンピースとでもいうべき服装であった。本物の儀礼用の軍服同様、モールなどの装飾が派手でない範囲で行われている。
「これですか?これはですね、時計塔の神殿衛兵の少将の女性用の正式な軍服ですよ。私は当主の令嬢ですけど、いくつか同時に肩書も持っていて、これは神殿衛兵少将としての正装です。本来はこれに長靴と軍帽が付きますけど、今日はしてません。私、これでも神殿衛兵の中で上から一桁ぐらいの地位に入るんですよ。一応現在もヴィントランド王国王都ヴィントシュタット駐在武官も兼務してますしね。ここの駐在武官は神殿衛兵の駐在武官では一番階級が高いんですよ。まあ、私は生まれたときに少佐の位を父上から貰っていますけれどね。」
王国では生まれた国王の直系の子息に儀礼的に軍の階級を与えており、実際にセレーネも大佐の位と近衛第二連隊名誉連隊長の位を持っていた。しかし、実際の職務を行うことはめったになかった。一方、時計塔では女性が神殿衛兵の任に就くことは珍しいことではなかった。だが、当主の娘とはいえアルテミスが少将の位を持ち、実際に職務を行うことは偏に彼女の優秀さゆえであった。
「そうなんですね。さすが先生ですね。でも、いつの間に仕立てたんですか?仕立て屋が来たという話は聞かなかったですけど。」
「これはあの子、ヘカーテが仕立ててくれたんですよ。普段はあんな感じですけど、人並み以上に家事とかが出来ますし、服とかもほとんど作れます。それこそ、私の着るドレスの類もあの子に任せてありますよ。」
「それって、大丈夫なんですか?」
「まあ、腕は一流ですし、私の好みを完璧に把握していますからね。どこの仕立て屋よりもいいものを作ってくれると思いますよ。けど、私限定で。」
アルテミスは少し呆れたように笑い、セレーネは苦笑した。なお、ヘカーテはアルテミスのスリーサイズを完璧に目測で把握できる。これも偏に彼女の『愛』ゆえであった。彼女がアルテミスの服を作ったのはアルテミスが彼女に刀を送った際、器用な手先を使ってお返しとして作ったのが始まりであった。なお、その時最初に作ったのがアルテミスの神殿衛兵の制服であった。
「ところで、先生。あの姉弟子とノルデンでは別行動とおっしゃっていましたけど、向こうでの身の回りの世話役はどうされるのですか。よかったら、一人ぐらいなら人をお貸ししますけど。」
「心配いりませんよ。向こうで代わりの者と合流しますから。そこから、あの子は別行動です。あの子の兄がわりの人に言って、護衛兼務のメイドを一人貸してくれるよう頼んでいますから。私も少しは知っている者が来るので心配はいりませんよ。お気持ちだけいただきます。」
「それはよかった。それにしても、時計塔では基本的に護衛とメイドは兼務なのですか?姉弟子といい、その人といい、やけに戦えるメイドが多いと思いますけど。」
「そんなこともないんですけどね。ただ、私が周りにあまり人を連れるのを好まないのと、私が女の当主家の直系だからというのが大きいですね。ところで、早く準備と道中の打ち合わせを進めないと日が暮れませんか?」
「それもそうですね……」
二人は道中の打ち合わせを再開した。ともに立場上の面倒が多く二人であるため、一応しっかりと話しておく必要があった。今回の訪問は王国と大公国の友好を深め、ヴァリヤーグ帝国へ圧力をかけるとともに、王家の権威を高める目的もあった。また、最新の鉄道と新型軍艦の視察も兼ねており、砲艦外交として軍事交流などの目的もあった。大陸でも、激動の時代を前に、日夜外交戦が繰り広げられていた。その中、セレーネの外遊にアルテミスが随行することのメッセージ性は疑いようもないことであった。大公国も、シノンやヴァリヤーグと異なり、ヴィントラント王国と同様に時計塔の権威が大きな国であった。帝国西岸から大洋へ出るのに、ヴィントランドとノルデンはそれを塞ぐ様に立地していた。両国の友好は明らかにヴァリヤーグへ圧力をかけるものであった。
余談ではあるが、アルテミスの着ていた軍服を略装にし、それに黒い外套の羽織った姿、それは彼女のある一つの姿の時の、即ち暗殺者たる時告げ人としての戦闘服でもあった。なお、外套も含め、製作者はヘカーテである。
明日に続きを投稿すると思います。
そのあと、しばらくあると空くと思います。
プロットを少し作り直したので。
余談ですが、月の名前を月名と月の間に「之」を挟む形に変更しました。




