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「おいしいですか?」
から揚げと白米を同時に頬張っている女に、少女はにこにこと笑顔を向ける。
「…うん」
よかった、お口に合って!と少女は更に嬉しそうに笑いお茶を注いだ。
女がいたのは地下室だったようだ。ふらつく体で少女に支えられながら階段を上った。
手枷も足枷も、今は赤い筋となって女の皮膚に残っているだけだ。
「はい、どうぞ」
注いだばかりの熱いお茶が女に渡される。
「ありがとう」
まるで当たり前のように流れる時間に、女は頭が痛くなる感覚を覚える。
(このゆるい空間はなんだ…)
なんとなく居心地が悪くなり、女が箸をおいた。
「あ、あなたは食べないの?」
「わたしは、おねえさんがおきる前にたべちゃったんです」
お先にごめんなさい。そう、少女が申し訳なさそうにする。
どうして謝るのだ。私が責めたみたいじゃないか。
更に居心地が悪くなる。
女はもう一度箸を持ち直し、さくりとから揚げに箸を刺す。
サクサクとした衣が女の好みだ。というより、出されている食事全てが女の好みの物しかない。
よく知っているなあ
そういう問題ではないが、現実逃避をするしかない。
から揚げをまた一つ頬張り、周りを見渡す。
白。
全てが白だ。
壁も机も椅子も何もかも。
部屋がいくつあるのかわからないが、おそらくほかの部屋も同じ作りなのではないだろうか?
自分以外色を失った様だった。
いや、少女の瞳と自分か。
(流石にから揚げは茶色いけど。)
「白色が好きなの?」
「気持ち悪いですか?」
ハッと少女に目を戻す。
怒らせてしまったか?怒らせる要素などなかった(と思っている)が。
しかし少女は悲しげに瞳を揺らしているだけだった。
「いや…掃除が行き届いているなあって思っただけ」
そう女が返すと、少女は掃除が好きなのと答えた。
「ごちそう様」
「おそまつさまでした」
そうこうしている内に、女の食事が終わった。
「たくさん食べてくれてよかったです!」
「おいしかった、ありがとう」
「え、えへへ…」
少女の頬が赤く染まる。
「で…その…」
女は、漸く、そして恐る恐る聞いてみることにした。
「あなたは、誰?」
「おねえさん」
少女はとても綺麗な顔をしている。
ぞくりとするほど、美しい。
「わたし、おねえさんのこと、ずっと見てたんです」
何故か汗が止まらない。
この瞳が怖い。
美しいものは時により恐ろしくなる。
机を挟んで固まる女に、ゆっくり少女が顔を近づけ、指の一本一本に自分の指を絡めていく。
「おねえさん」
自分のことだ。わかっている、先ほどからそう呼ばれているのだから。
だが返事が出来ない。鼓動が早くなっていく。
絡めた指に力が籠った。何か言わなければ。
この空間を壊さなければ。本能だ、これは本能からの警鐘だ。
「あ…」
かすれた声がのどを通った。
少女が小首をかしげる。
「おねえさん?」
「お、おふろいっしょにはいる?」
これはない。
「あはははは!!」
しかし、少女は大声で笑い、女から少し離れた。
「なんでいま!」
「私もそう思う…」
「ふふふふ…」
火が噴くほど顔が赤くなる。そんなに笑わなくてもいいじゃないかと少女を見つめる。
ああおかしい、と少女はひとしきり笑い、
「いいですよ、おふろわかしてきますね!」
と言って椅子からひょいと降りた。
扉に手をかける少女に、この質問はどうかと恐る恐る声を掛ける。
「ねえ、」
「なんですか?」
「私、あなたのことを何て呼べばいい?」
「なんとでも」
そう答えて少女は部屋から出ていった。