"Is this a futon?" "No, it's the floor,"
最後に覚えているのは後頭部の鈍痛。
あと、目の奥で瞬く星だった。
いや、電光と言ったほうが正確なのだろうか。
とにかく、次に見たものは暗闇の広がるこの空間である。
窓が無いのか、それとも目隠しをされているのか。
自分の置かれている状況を確認しようと、手足を動かそうにも、施錠されているのか、全く自由の効かない状態であることを瞬間的に思い知らされる。
悪趣味、悪趣味、悪趣味!
自分を誘拐したところでなにがあるのか。
女は自分の状況を理解するとほぼ同時にそう思った。
怒りなのか、焦りなのか、諦めなのか。
ため息をつこうとすると、自分が猿轡のようなものを噛んでいることに気づく。
そこで、漸く暗いのではなく、目隠しをされていることが現実であると突きつけられた。
手足が冷たい気がする。
覚醒から時間が経ったせいか、身体中の感覚が少しずつ戻ってくるのを感じていた。
気がするのではない、確信に変わる。
なんだこの部屋、寒いな。
確かに今は春先で、まだ暖かいとは言い切れない気温ではあるが、この部屋は「特別寒い」のだ。
あと身体が痛い。床が硬いのだ。
なんということだ、死ぬ時は布団でと決めていたのに。
そう思うと少し悲しくなる。
大袈裟に身体も痛い気がする。
人の唯一の決意すら、この理不尽な状況を生み出したであろう主は奪い去ろうとするのか。
ひどいじゃないか。
女は少し目頭が熱くなってきた。
「ううう…」
猿轡を噛んでいる口から嗚咽が漏れる。
いい加減にしてくれ、懲り懲りだ。
身代金の代わりに殺すにしても、犯してから殺すにしても、何にしても布団を敷いてくれ。
私は布団と共に死にたいんだ。
あとトイレに行かせてくれ。
いよいよ、鼻を垂らし、本格的に涙が止まらなくなった時、無機質であると感じていた空間から物音がした。
「えっ、あっな、泣いてる、ですか?」
突然話しかけられ、女はびくりと肩を揺らした。
そして手足を動かす。
大の大人が、布団で死ねないごときで泣くはずがないだろう。そう言ったつもりだったが、口がモゴモゴとするだけだった。
いや、やっぱり泣いていいだろう。
だって布団で死ねないんだろうし。
そう思い、女は開き直ったように嗚咽を激しく漏らすことにした。
「あっ、あっ、ごめんなさい、泣かないでください」
鼻をすすることに必死で、少し声が聴きづらかったが、声はひどく狼狽えているように感じた。
そしてか細く、まだ成熟していない、少女の様に思えた。声の主は恐る恐る、女の近くまで近寄る。
そして、濡れた布に手を伸ばし、するりと外した。
女が三度目に見たものは、宝石の様に輝く緋色。
それが見立て通り成熟しておらず、見立て以上に未熟な少女の瞳であると理解するのに、少しだけ時間を要することになる。