エピローグ
卒業式のファンファーレが鳴り響き、後輩たちと別れを告げた晴美たちは、赤座を交えて集合していた。
場所は、四階の踊り場。かつて、大鏡があった場所だ。
あった場所、というのは、あれから大鏡が謎の破損を起こし、業者に撤去を依頼したから。今は鏡があった場所が、わずかに黄色く変色しているだけ。
「あれから、一年半か」
長い髪を一結びにし、胸にコサージュを据えた琴音が、淡々と業務をこなすように言う。
「赤座だけは大きくなったな」
「俺だけ二年前に戻ってきたからね。……君たちは、変わらないね」
少しだけ大人びた赤座は、現在大学生活を送っている。
「……結局、皆川は戻ってこなかったな」
後輩に囲まれて泣いていたのだろう、大輝の目元は赤かった。
「……そうだね」
今でも、晴美は後悔している。
あの時、目が覚めると、丁度時刻は七時を指していた。まるで時間だけがスリップしたように、怪我も嘘みたいに消えており、全てが夢の中の出来事であったかの様相を呈していた。そばには晴美の他に大輝と琴音が地面に転がっているだけで、異変もない。
若葉だけがいなくなっていて、大鏡に幾多の亀裂が入っていることを除けば。
彼女は、あちらの世界にいることを選んだのだ。誰もいない異界に。
どうして若葉が残る羽目になったのか。
理由は、かなり初期に手がかりとして存在していたのだ。
鏡館に飛ばされたすぐ後に、大輝が入ったという講堂。
そこに転がった死体のすぐ脇にあった、置手紙。
『世の中は等価交換。出る数は入る数と等しくなり、多くなったり欠けてはいけない。
絶望するな、真実を模索しろ』
この儀式は四人で行うものだった。だから若葉は晴美を数合わせとして誘ったのだ。
そして、脱出時にいたのは――五人。
「五人で飛んでいたら、脱出の儀式は失敗する。影永呪縛を仕掛けた若葉が、脱出方法を理解していないはずがない」
かといい、それをあの場でカミングアウトしていたら、どうなっていたか予想がつかない。
その事態を防ぐために、若葉はそれを隠し通し、そして、晴美たちを生かす選択をした。
多くの人を殺したことを後悔し続けていた若葉は、最期には晴美たちを救ったのだ。
「多分、あいつ、もう死んでるんだろうな」
大輝の言葉に、異論をはさむ者はいない。
一年半は、残酷なまでに長かった。
あの劣悪な環境下で生き延びられるはずがない。生きていてほしいという願望は、年月という数字に潰された。
若葉が突然大胆になった理由を、もっと勘ぐっておけばよかった。せめて、もっと愛してあげればよかった。どろどろの愛で、若葉を甘やかし続ければよかった。けれど、全ては遅い。若葉は消えた。晴美の愛した人は、もういない。
けれど、進まなきゃいけない。
死んだ者たちの分まで、若葉の分まで、生きる。それが、無力な晴美たちにできることなのだから。かつてミツキを殺し絶望した若葉が、現実を見据え、切実に悔い改めたように、今度は晴美たちが彼女の死を受け入れ、生き続けるしかない。
「……そろそろ、帰ろう」
琴音の一声に、晴美たちは再び踊り場から背を向ける。
今できることは、ただ若葉の冥福を祈ることだけだ。
「晴美君」
誰かに呼びかけられた気がして、晴美は足を止める。優しく、朗らかで、愛しい人の声。
「若葉――」
振り返り、晴美は唖然とする。
鏡があった場所にたたずむ、ミツキと若葉。二人とも満面の笑みを浮かべ、晴美を見つめている。求めてやまない、彼女の姿。
とても、幸せそうだった。
けれど、生前の姿の彼女は、次の瞬間には消失してしまった。あらかじめ、何もなかったかのように。
……。
……そばにいてくれるんだな、若葉。
もちろん晴美の捏造だ。どうしようもない自分の妄想。けれど、最近何故か彼女が近くにいる気がしてならないのだ。
そうだったらいいな、と晴美は思う。
「ずっと、一緒だよ」
そう言い残し、大輝、琴音、赤座とともに校舎を出る。
愛する人の無邪気な笑い声が、耳に入った気がした。




