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逆転

 「忌子祭りの、犠牲者……?」


 大輝が素っ頓狂な声を上げる。無理もないだろう。僕だって今まで信じられなかった。僕自身がこの呪いを発動させた張本人の、あろうことか生まれ変わりだなんて。正直、今も驚いているほどだ。


 しかし、考えてみれば伏線がなかったわけではない。数々の既視感と、何かが頭の奥につっかえているような不快感。


 そして、今の映像で僕は思い出したのだ。人格を乗っ取るとかではない、僕は皆川若葉という人格を保ったまま、僕としてここに立っている。


 考えてみれば、僕がどうしてカガミ様の儀式を行おうとしたのかが疑問だった。僕はオカルトなどが苦手だった。なのにこの時に限って率先してやろうと騒ぎ立てたのは、何故か。


 本能的に眠っていた僕が、誘ったのか。


 「懐かしい場所だな。まさか男だった僕がこうやって女の体になってここに来る羽目になるとはね。そうだ、僕はね、ミツキ、君に刺し殺された」


 ミツキは無言のまま、じっと僕を見つめ続けている。無表情だけれど、荒い呼吸音を隠しきれてはいない。


 「僕の人生は、あれからずっと止まり続けていた。僕が何をした? 何もしていない僕が、どうしてこんな理不尽な目に逢わなければならない。ミツキ。お前は僕のことを好きと言い、そして見捨て、村人とグルになって僕を殺した。僕は多分死ぬだろうと予期していたから、復讐もかねて、呪いを仕掛けて、指定時刻になったらここが異界に取り込まれるように設定した。本当にその判断は正しかったよ」


 「違う――」


 「違くないだろう。僕は覚えている。愛し合った仲なのに、お前は最初に裏切った。だからこれは当然の報いなんだ。せめて自分の浅はかさを恨め」


 「違う。お願い、嫩芭。話を――」


 狼狽するミツキに、僕は失望を隠し切れない。


 「もう遅いよ」


 トリガーに指をかけ、引き金を引こうとする。


 「やめろ若葉!」


 ちらりと視線をやると、晴美がバールを僕に向けている。


 「若葉、お前はそんな人じゃなかっただろ! 優しくて、可愛い若葉はどこに行ったんだ! それに、ミツキがお前を騙して裏切ったなんて考えにくい」


 榊原晴美。献身的までに僕に尽くし、僕自信も少しだけ心を許していた相手。


 「……君は、僕の何を見ていた」


 「何を……って」


 「君が見ていたのは虚像だ。君はどうせ僕を都合の良い偶像としてみていたんだろう。しょせん君の愛は他人に依存するだけの愛でしかない。極めてくだらないものだよ。依存できれば誰でもよかった。そうじゃないのかい、榊原君」


 「そんなわけ……」


 口をつぐむ晴美。分かっている。彼の愛は本物だ。いささか度が過ぎているだけだ。だからこそ、僕が使う言葉は、そんな晴美を極限まで追い詰めるものだっただろう。


 「僕はただお前を無意識下に利用しただけさ。都合がよかったよ。僕からすれば最高の手駒だった。感謝してるよ。こうやって簡単に切り捨てられるような、単純な人間でいてくれたことにね」


 恐らく、晴美は絶望を知っただろう、二の句を継ぐことなく、押し黙り、俯いた。バールがするりと手から離れ、甲高い音とともに地面を跳ねる。


 「どうして……そんなこと……若葉……若葉……僕の、愛している、若葉」


 「お前が好きな皆川若葉は存在しない」


 晴美の目から光が消える。


 「僕は嫩芭だ。……さて、ミツキ。君はいよいよ殺されるわけだけど、何か言い残したいことはあるかい?」


 ミツキは数秒ほど口をもごもごと動かしていた。やがて、泣いているようで、笑っているような、形容し難い表情を向けた。先ほどの無表情とは程遠い、人間らしい苦悩の後だった。


 「嫩芭」


 エメラルドが鈍く光る。


 「たとえ届かなくても、愛してるから」





 パン!





 発砲音が鳴り、轟音のせいで平衡状態がグルグルと回る。


 ピシャリとミツキの顔が吹き飛び、背後の鏡を醜く汚した。ミツキの半壊した体は、腕や足がビクビクと痙攣を繰り返していたが、やがて動きを止め、力なくしなだれた。後ろで大輝が生の殺しの現場を見、嘔吐する。エメラルドが血に塗れる。


 「反吐が出る。裏切者が」


 裏切ったくせに。僕は本気で、ミツキのことが好きだったのに。


 すでに物言わぬ死体となった彼女を見下ろし、次には残った二人に銃口を向ける。


 「さて、次は貴方の番だよ、入江君と、榊原君」


 大樹が怯えた眼差しで僕を見る。若葉だったころには有り得なかっただろう。晴美は銃口を向けられたというのに、跪いたままぶつぶつと何かしら呟き続けている。


 「お前……」


 大樹が後ずさり、晴美のバールを握りしめる。


 「残念だったな。せっかくここまで来たのに、殺される羽目になるなんて。この事実を知っている奴は生かしておけないから」


 「……俺はまだ信じてるぜ、お前がまだ皆川だということを」


 冷や汗を額に浮かばせながら、大樹は僕を睨みつける。


 「私は皆川でもある。……さあ、どっちが死にたい?」


 微笑した瞬間だった。


 「若葉ちゃん!」


 入り口付近に、女性の姿があった。


 「……! 園村さん」


 若葉がずっと探し続けてきた、琴音の姿。


 「それに、入江と榊原も、何やってるの?」


 「園村! 何とかしてくれ!」


 「何とかって、何が?」


 琴音が疑問を呈した瞬間だった。





 うなる地響きが、ここら一帯を支配しだした。





 爆発と、轟音。


 先ほどの地震なんて比ではない。僕も思わずしりもちをつくほどだった。


 「なんだ!」


 「また地震?」


 バキバキと何かがきしむ音がする。


 「どういうこと?」


 「ミツキが死んだんだ。黒い影もいない。異空間が崩れたのかもしれない」


 僕はすぐに気づく。ここは天然の地下室。非常に脆い設計なのに、ここでミツキを殺したのは過ちだった。


 先ほどのテープレコーダが言っていたではないか。


 黒い影を消し、ミツキを今始末した。


 異空間がゆがみ始め、この異界の館が崩壊の兆しを見せたのだ。


 ようやく、音の正体が分かった。


 天井に、ひびが入る音。


 「逃げろ!」


 大樹の叫び声は、天井の崩落でかき消された。





 僕とほかの三人の間に、大きな岩石が地面に叩きつけられた。つんざく轟音と叫び声が重複し、キィンと耳鳴りがする。


 「若葉!」


 ひときわ甲高い、晴美の声。


 岩の塊が降り注ぐ中、彼の必死の形相があった。


 「やめろ榊原! さすがに無理だ!」


 「離せ! 若葉を一人にできるはずないだろうが!」


 大樹に取り押さえられる晴美。


 ……こいつ、バカじゃないのか? 僕はお前を殺そうとしているんだ。いまだに僕の殺意は燃えている。なのに、どうして助けようとする。愚か過ぎないか。


 やがて、晴美は強引に大樹に連れ去られていく。琴音も同様に、大輝に連れられて、半ば強制的に引き返させられていった。


 僕は拳銃で、彼らの背に標準を当てる。


 何のためらいもなく、僕は引き金を引いた。


 しかし、銃弾は出なかった。予想していた肩に対する衝撃もない。


 「弾切れか」


 あれほど黒い影にバカスカ撃ったのだ、替えの銃弾がない今、これはただの無用の長物になり果てた。地面に捨て、爆発と崩壊を繰り返す地下室の中で岩が地面を抉るのを達観する。


 「……まあ、死んでも悔いはないか」


 この時だけを待っていた。ミツキを殺し、復讐を完遂させる。僕を苦しめ、絶望させた村人もみんな死んだ。


 充分な成果だ。これで、僕は報われる。


 そう思いながら、僕は鏡を背に絶命しているミツキを見やる。


 「これは」


 彼女のそばに、エメラルドのペンダントが転がっていた。地面にぶつけたのか、ひびが入っている。


 ミツキが最期まで身に着けていたペンダント。かつて僕がプレゼントとして与えたものだ。二つあげたうちの、一つ。


 何の気なしに、僕はそのペンダントを手に取った。





 刹那、僕の意識が途切れた。視界が一瞬で暗転した。


 いや、違う。


 先ほどと同じ、誰かの中に入ったような、独特な不快感。


 視界が明ける。


 そこにいたのは、僕自身だった。


 頬はこけて、絶望に染まった眼。


 周囲は森林。遠くには洋館が望める。僕らが今いる、ごみのたまり場のような館。


 ……視点の主は、瞬時に分かった。


 「ミツキ」


 視界に映る自分が、感情に乏しい声で呟く。


 これは、ミツキの記憶だ。


 そして、わめき声が耳に入る。


 大人数が騒ぐ声。傷つき、血を流しながら歩き続けるミツキと僕。


 そうだ。


 僕たちは、ミツキとともに逃げたのだ。


 死にたくなくて、生き残りたくて、幸せになりたくて。


 二人で逃げたのだ。


 そして、僕たちは。


 「なに? 嫩芭」


 「もう、駄目かもしれない」


 僕のセリフ。僕の喋った気持ち。今ならわかる。目の前にいる自分の心情も、すべてわかる。


 この時の僕は、全てに絶望していた。


 せっかく逃げて、そして、追っ手に追いつかれた。


 捕まれば、折檻される。両手両足を拘束され、忌子奉りに殺されるだけだった。


 それを悟っていた。


 だから、僕は今からこういうのだ。


 「ミツキ。





 僕を、殺してくれ」





 と。





 どうせ死ぬ運命なら、僕はミツキに殺されたい。どうせ死ぬなら、最期までミツキを感じていたい。


 「何を言ってるの」


 ミツキが、戦慄きながら返した。


 「そんなことできるはずないじゃない」


 ミツキは、出刃包丁を持っていた。僕が、あの時持たせたのだ。敵がやってきたら、威嚇程度に使えるように。


 「一緒に生きて、幸せになりたいの。こんなところで」


 「それはもう、叶わない。ミツキもわかってるだろう」


 「諦めないで! まだ、何とかなるよ。だから――」


 「僕は、もう疲れたんだ。お前だってわかってるはずだ。もう、囲まれてるって」


 ぐにゃりと視界が穿む。


 頬に、涙が伝う。


 ミツキは両手で包丁を構えた。腕は震え、しょっちゅう鼻をすする音がする。


 「約束して」


 ミツキが言う。


 「もしここで死んで、生まれ変わったら、絶対に私を見つけて」


 その言葉に、僕が笑い。


 ズブリとミツキが刃を立てたまま突っ込んだ。


 刃は僕の胸元に深く突き刺さった。数回の抵抗感の末、心臓を貫いた、鈍い感触がした。


 「もち……ろ……んだ」


 ミツキが嗚咽を漏らしながら、出刃包丁を引っこ抜く。コポコポと血が噴き出し、周囲の木や草にまき散らされる。


 ミツキの絶叫だけが、耳の奥で反射した。





 場面が移り変わり、今度はミツキの部屋に視点が移り変わった。


 その視点は、地面にひどく近かった。呼吸もおかしいし、視界も二重、三重にゆがんでいく。閉ざされた扉の向こうからは、叫び声が重複しながら鳴り響いていた。僕が死ぬ前に仕掛けた呪いが発動し、ここ外界に取り込まれた後なのだろう。


 そして、気づく。


 ミツキの腹部に、ナイフが突き立てられていた。しかも、柄はミツキが握りしめていた。


 自害、したのか。


 黒い影にあふれたこの館で、生き延びられないと悟ったのか。


 それとも。


 「嫩芭……。私は、ここで」


 不思議と痛覚はなかった。まるでVRのようだった。


 ぐりぐりと内臓をひっかきまわし、口から血を吐き出すミツキ。どろりと暖かい物が地面に噴き出す。なのに、ミツキは満足げに笑っていた。


 「いつまでも、待ってる、から」


 視界が、涙でぼやけた。


 それきり、意識が飛んだ。


 「離せ! 入江! 園村! 若葉が取り残されたんだぞ。お前ら!」


 若葉が危機に陥っている。守ると約束したんだ。ここで逃げられるはずがないだろう。しかし二人掛かりで引っ張られ、先ほど若葉と歩いた道を引き返す。


 「なこと言ってる場合じゃないだろう! このままいけば全員圧死する」


 「お前らなんてどうだっていい。若葉が死んだら、僕に生きる意味がない。若葉が僕のすべてなんだ! 若葉が――」


 「若葉若葉うるせえんだよ!」


 大樹が叫ぶ。


 「どうしてだよ、お前あんなこと言われたんだろ! どうしてそこまであいつを助けたがる」


 「お前は諦めるのか! てめぇと若葉の友情はそんなものなのか!」


 優しくて、朗らかで、かわいらしい若葉。確かに彼女は恐ろしく冷酷で残酷だ。けれど、そんなことどうでもいい。


 若葉は、若葉なんだ。確かに分かっている。この恋愛の形はゆがんで、狂っている。その自覚はある。利用できる人間。都合の良い奴。


 それだっていい。


 若葉のそばにいられるなら、どう思われていたって構わない。だから……。


 「そんなわけないじゃない!」


 叫んだのは琴音だった。


 「一体何があったか分からないけど、まずは自分助からないと、若葉ちゃんを助けに行けないでしょ! 貴方、若葉ちゃんのことが好きなら、まずは貴方が助かって、貴方が迎えに行かなきゃ! 榊原君が行かなきゃ、誰が彼女を助けるのよ!」


 爆発はさらにひどくなっていく。恐らく、地下室は持たないだろう。崩壊が崩壊を呼び、基盤が壊れた館はさらに崩落を起こしていくのだ。もたもたしていれば、晴美らも巻き込まれる。


 「くっそ!」


 腹立ちまぎれにバールを投げ捨てた。


 「榊原」


 「なんだ!」


 「俺はあいつを置いてここから出たりしねーよ」


 「けど、お前、さっきまで――」


 「ダチだから。それに、お前ももうダチだ。全員で生きてここから脱出するんだよ!」


 「入江……」


 大樹は微笑する。


 「お前を見誤ってたかもしれない。入江」


 「俺もだよ。そこまで感情的になれるまで、あいつのことを好きだと思わなかった」


 考える暇はない。


 若葉を救うために、まずは自分が生きる。


 「おい、やばいぞ!」


 大樹が立ちすくんだ。


 回廊のど真ん中に、晴美らの道をふさぐように、巨大な岩石が転がっていて、わずかに横に通れる隙間しかない。


 後ろにはすでに小岩の落石が連鎖的に始まっている。


 「通り抜けるよ!」


 晴美は身をねじ込むように、岩と壁の隙間を抜けようとする。


 しかし、やはり途中でつっかえる。一人じゃ通り抜けられない。圧迫感に、圧死するのではないかと本気で思うほどだ。


 「後ろから押してくれ!」


 「ああ」


 背中に手が当たり、押し込まれるが、やはり奥へ届かない。


 必死に両足に力を入れるが、結局無駄に終わる。


 その間にも崩壊は起こっている。


 「畜生! どうすれば――」


 そう呟いた途端、向こう側から、晴美の腕がつかまれた。


 黒い影か、と一瞬思ったけれど、暖かい腕だった。


 同時に晴美は思い切り引かれて、向こう側に座り込む。


 「大丈夫か」


 晴美が見上げると、そこには男の影があった。


 出血している頭を押さえながら、立っていた人物は、まぎれもない赤座だった。


 「赤座さん!」


 琴音が驚愕する。


 「生きてたんだ!」


 「ああ。落ちた時に黒い影が下敷きになってな。それより早く! こちらから引っ張るから!」


 赤座が琴音、そして大樹を引っ張り出した。


 「よかった、赤座さん」


 「すまないな、心配かけて」


 赤座がにこりと笑うが、ぎしぎしと大きな岩が振動する音に、すぐに表情を引き締める。


 「一刻も早く地下から出よう」


 「ああ!」


 瓦礫が地面に当たり、砕ける轟音を背に、再び晴美らは走り出した。

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