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正体

 晴美は若葉とミツキを遮るように立つ。


 「また会ったな、ミツキ」


 いくら殴っても死なない。惨劇に存在した人だけしか殺せないとか言っていたっけか。


 「お前のせいなのか? 若葉の頭痛」


 「違うわ。共鳴。過去の事実と過度にリンクすること。感動的な映画を見、ヒロインと同じ感覚になることない? それの上位互換ね。ここに来る人でたまになるの」


 「やはりここに来たからか」


 晴美は若葉を一年生の頃からストーキングを繰り返していた。けれど、こんな風に苦しんでいることなんてなかった。


 「けど、ここまでひどい共鳴をした人は珍しいわ。……まあ、珍しくもないわね。ここは、上階と比べて刺激が強い場所だから」


 「こんなところ平気でいられるほうがまともじゃないね」


 バールを構え、再び殴り殺そうかと思案するが、先ほどの経験で無駄だと結論付ける。若葉が苦しんでいるのを、見ているだけしかできない。


 「……まさか、貴方」


 不意にミツキが濁った、光の宿らない目を若葉に向ける。


 「カセットテープを持ってきたんだ」


 「カセットテープ? ああ、皆川がさっき人形の欠片と一緒に見つけたって言ってたやつだろ? それがどうしたんだ!」


 「いえ。……まあいいわ、どうせなら聞いてみるのも一興ね」


 にたりと薄気味悪い笑みを浮かべ、ミツキは胸元から大きな黒い物体を取り出した。


 再生機だった。カセットテープ専用の。


 「これは……」


 「ここに訪れた人間の中で、最もこの呪いの解決に奥深く切り込んだ人が残したもの。聞けば、ひょっとしたら何か分かるかも」


 晴美は舌打ちする。


 「そんなの後回しでいい! それより若葉を――」


 「私は皆川の頭痛を癒すことはできない。。それより、早く物事を進め、脱出したほうが賢明ではない?」


 「……いつかお前をぶち殺して解体してやる」


 強引に再生機を奪い取る。大輝は悪いな、と若葉の耳元で囁き、彼女の制服からカセットテープを取り出した。電源をつけると、かすかな機械音とともに、簡単に起動した。


 「やむを得ない。つけるぜ」


 大輝がカセットテープを再生機に入れる。


 ややあって、テープが再生されだした。晴美はミツキに警戒したまま、それに耳を傾けた。





 『ザザザザこれを見ているということは、私は脱出できたか、あるいは死んでいるでしょう。ここをさ迷ってから何時間経過した時点で、私はこのテープを残す。これを聞いて、生存者の助けにザザなることを祈る。私の名前は園村花音。ここに飛ばされた一人です。ザザザザザザここは呪いが支配している場所。ミツキという女がいて、黒い影がうろつきまわっている。今からはなすことは、私が他の生存者と会って集めた情報です』


 園村? 確か、若葉と一緒にいた女も、同じ苗字だった。大輝の驚愕の表情から見て、何かしら彼は知っているのだろうと考える。


 ようやく、雑音が消えてきて、声色が鮮明になる。


 それより、若葉の痛みに苦しむ、断続的な呻き声に気が散らかって仕方がない。


 『脱出する方法は簡単。幽霊たちを全員成仏させるのです。できれば、ミツキは殺害すること。もう一人、彼と呼ばれる存在も撃破か何かをしなければならないでしょう。その方法は、未だに分かりません。けどミツキ自身が言ったことです。そうすれば脱出は可能できる状態に持ち込めます』


 それはもちろん試した。けれど原型を留めないほどに殴っても奴は死なない。


 『原因としては、呪いの核となっているものを排除することで、この異界のバランスが崩れ、現状を保っていられなくなるから。だから現世とここをつなぐ鍵が露出する。建物の柱が破壊されるようなものです。柱が消えれば建物は倒壊します』


 独白は、延々と続く。


 『ミツキと彼を撃破してから、生存者たちは二階の蔵書室――呪いの始まりの地となった場所から、地面に飛び降りる。飛び降りる地点はそこに行けば分かる。一人一回、カガミ様と唱えて飛び降りる。けれど、その前に私たちはミツキらと黒い影をしないといけない。正直そのプロセスを踏む方法は私には見当がつかない。それどころかこれこそが脱出方法の全てとは思えない。まだ何か要素が必要。私と一緒にいた他時空間の生徒も殺された。もう、望みはないかもしれないと諦めそうになる。けど、私はもう一度だけ妹と会いたい。だから、まだ諦めるつもりはない』


 途中からそれは涙声に変わっていた。ギリギリと大輝が握りこぶしを固める。


 『これを聞いた人の健闘を祈るわ。……私は、絶対に生きてここから出る。では、ご縁があったら、いずれ』


 ラジカセが停止する。全ての役目を終えたと言わんばかりに、再生機の電源がプツンと落ちた。


 「俺は、お前の日記を読んだ。いない者の部屋にあった奴だ」


 「そう……」


 微動だにしなかったミツキの表情が、悲しげに揺れたのを、晴美は察する。


 「忌子奉りで命を絶たれる運命だった彼と恋に落ち、そして、やがて二人で逃げようとした」


 駆け落ち。愛した者と一笑を添い遂げたくて、この絶望した世界から退避しようとする。


 「けど、その目論見は失敗して、彼は命を落とした。彼の死後、仕掛けられた永影呪縛は発動し、ここにいた人々を怪異へ導き、黒い影に変え、異空間とした」


 「なるほど。怪異に侵されて黒い影になってしまった奴らの肉体が、現実世界で死体となって発見される。表面上は大量殺人という事件の出来上がりか」


 ちらりと晴美は若葉を見る。すでに彼女は苦悶の声を上げていなかった。多々静かに頭を抱え、不規則な呼吸を繰り返している。心配で不安でたまらない。


 「永影呪縛は黒い影を生み出し、そしてお前と彼は異界に残った。現在俺らは黒い影を全滅させて、あとはお前らだけだ」


 バールを持ち直す晴美。しかしただ殴り続けても意味はない。晴美は惨劇を経験してない。どうやって殺せばいい。


 「……懐かしいわね」


 ふっとミツキは笑みを浮かべた。普段の無表情から信じられないほど、穏やかな笑顔。


 「あの時も、多くの人が私に凶器を向けた。彼が死んだ時のことよ。大事な忌子の逃亡を許したからって。大人の事情で、何もしていない私たちが迫害される。理不尽な事」


 ミツキは晴美らに無防備な背中を向ける。小柄な彼女は、大鏡の中にすっぽりと納まり、晴美に照らし出していた。


 「愛していた人と寄り添うことが許されない。それは時として絶望と同義。あいつらは、もう絶対に許せなかった。惨劇当時、醜く、無様に泣き叫んで死んでいく奴らを見て胸がすっとしたわ。……けど、黒い影になった奴らに殺されるなんて嫌だった。だから、自分で自分を殺した」


 気づけば、私は死してなおミツキとしての自我を保ってここにいた。


 「何年、何十年ここにいただろう。何時からかここに人が飛ばされてくるようになった。正直、どうだってよかった。また彼と会えないなら、全て意味なんてないから」


 ……分かる。その気持ちは。


 好きな人が無事にいてくれれば、誰がどのように死のうが関係ない。想い人が傍にいてくれれば、二人で幸せになれるなら、他者など気にならない。幸せになるために最大限の行動をとり、時にはハイリスクな行動をとって、それに後悔はない。


 ミツキは、僕と同じだ。愛に依存して、愛に命を捨てる覚悟がある。


 「つーか、なんでお前ここに残ってんだ? 黒い影化しなかったのは自殺したからか?」


 「分からない。けど、また会いたかったからかな。彼に。会えないことくらいわかっているのに」


 鏡に映るミツキは自嘲する。キラキラとエメラルドグリーンのペンダントが輝く。


 「ありえない。けど、信じずにはいられない。亡霊で、しかもこんな醜い体になってしまった。会えても失望されるだけ。なのに――」


 どうしたって会いたいの。だから、私はここにいる。


 いつの間にか、晴美はバールを下ろしていた。


 これでいいのか。自分と同じ考えを持つミツキを、この手で撲殺する。そんなこと、できるのか。


 くだらない同情のはず。けれど、非情になり切れない。らしくないな、晴美は自分を否定する。


 「ミツキ……」


 そう呼びかけ、ミツキが振り返る。





 パァン!





 一発の銃声が鳴り響いた。





 びちゃぴちゃと地面に血が落ちる。


 ミツキの胸部に、穴が開いていた。ゴプ、と喀血し、鏡に背中をぶつけ、両手で胸元を抑える。ミツキの濁った眼が、晴美と大輝の背後に注がれる。


 晴美が驚いたのは、惨劇に関わった人間しかミツキを殺せないということではなかった。


 「わ……かば……」


 熱を持ち煙を放つ銃口を、ミツキに向ける若葉の姿。


 「愛してた、ね」


 そこにいたのは、確かに若葉だった。けれど彼女は先ほどの彼女ではなかった。丸みを帯びた目は冷徹にミツキを見下し、口調も皮肉交じりに変わっている。


 そして、筆舌に尽くしがたいほどの、雰囲気の変貌。若葉はいつだって穏やかで、小動物のようであったはずなのに、今の若葉が纏っているそれは、冷たくて、人を近寄らせない。


 「ここまで連れてきてくれてありがとう、榊原君」


 若葉は拳銃をミツキに向けたまま、不敵な笑みを浮かべる。


 「え? ちょ、お、おい、皆川、冗談、だよな」


 冷然とした態度で、人を撃った若葉に、大輝は困惑気味に引きつった笑みを浮かべる。現実を理解してない。もちろん晴美もそうだった。どうして若葉が人を撃った? 先ほどはとっさに引き金を引き、黒い影を撃破できた。だから明確な意思は介在していいなかったはず。


 けれど、今の彼女は違う。


 殺意に満ち溢れた目は、黒い影と通ずるものがあった。


 「冗談? は。現実を見たらどうだい、入江君。それとお前らは絶対に動くな。動いたら」


 容赦なく射殺する。


あっという間に場を制圧し、晴美を素通りし、ミツキの前に立つ。


 ミツキもこの事態は想定していなかったらしい、茫然と若葉を見つめることしかできなかった。晴美も、何もできなかった。というより、自分の理解力を越えた情況に、何もできないといったほうが正しいだろう。


 冷酷な牙を剥き出しにした若葉は、するするとブレザーを脱ぎ捨て、地面に打ち捨てる。元の若葉の面影は、そこにはない。


 「なんでだ」


 どうしてミツキに危害を加えることができる。若葉は晴美と同級生だ。それなのに、どうして若葉は……。


 「納得できねーよ! つーか、ミツキは悪くないだろ! 確かにたくさんの人を殺した空間を作り出した奴かもしれねーけど、問答無用に撃たれて良い奴じゃ――」


 「お前ら、こいつの言ったことを信じるのか? 嘘八百並びたてやがって。なにが一緒にいたい? 何が大切な人? 冗談も甚だしいわ」


 あはははと笑い続ける若葉に、晴美はバールを構える。


 こいつは、若葉じゃない。


 「お前は、誰だ」


 照準をミツキに向けたまま、若葉は邪悪に笑った。


 「僕の名は弘原海わだつみ嫩芭わかば。忌子祭りで殺された生まれ変わりだ」


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