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 黒い影がゆっくりと近づいてくる。角を曲がれば、ボーガンを持つ個体がいる。


 「どうしよう」


 「園村さん、ナイフを貸して。俺が先行して道を作るから」


 「けど……」


 「このままだと両方殺される。ボーガンを持ってる奴と同一線上の廊下にいたら完全に狙い撃ちされる」


 なら後ろの三体の個体を薙ぎ払って逃げるしかない、と赤座は分析する。しかし彼の額には汗の粒が浮かび、表情も緊迫している。


 ボーガンを持っている黒い影は後二十メートルほど行けば琴音たちのいる廊下に出てしまう。迷っている余裕はない。


 琴音は胸ポケットにしまったナイフを赤座に手渡した。ありがと、と言いナイフを受け取る手は、緊張と恐怖でガタガタと震えている。


 「いいか、園村さん。絶対についてこい」


 「分かった」


 そう返事を返すや否や、赤座はナイフの柄を握りしめ、いきり立って走り出す。


 「どけ!」


 黒い影の前でナイフを大きく振り、怯ませてから突破する。琴音も赤座と距離が開かないようについていくしかない。忌々しげに赤座を見る、黒い影の殺意に歪んだ眼に、琴音は心底鳥肌を立てる。全てを恨むような、禍々しい邪眼。


 赤座の怒号だけが廊下に反響する中、二体目の黒い影も突破する。


 あと一体――。


 「よっしゃ、逃げ切れる!」


 赤座が嬉々として叫び、しっかりと琴音がついてきているか確認するために振り替える。このまま突っ切って逃げられる。残った黒い影が所持した武器は大型ナイフ。近接戦に持ち込まれなければまず逃げ切れる。思わず琴音も笑みをこぼす。後ろから黒い影が追いかけてきている気がする。しかし、大した速度ではない。


 黒い影との距離が近づいてくる。あとはこいつも威嚇さえすれば――。


 しかし。


 赤座の表情が、そのまま凍り付いた。


 反射的に琴音が振り返った先には、丁度角を曲がろうとする黒い影がいた。その手に握られたクロスボウの銃口は、がら空きになった琴音の背中を射ようと狙っている。


 撃たれる!


 「させるか!」


 前触れもなく赤座が琴音を押し出した。バランスを崩し、琴音は受け身を取ることもできず転倒した。


 数秒後、琴音がいた場所に、ボーガンの矢が突き刺さる。


 しかし、次には大型ナイフを振り回す黒い影が襲い掛かる。やばいと思った時にはすでに遅く、それは躊躇もなく琴音の頭上に振り下ろされた。


 鈍い金属音とともに、赤座がそれを食い止める。


 「園村さん、早く逃げ――」


 そういった時、ずぶりと黒い影の頭蓋骨をボーガンの矢が打ち抜いた。もんどりうち、血の半円を描き、黒い影が動かなくなる。わずかにずれていたら、おそらくそれは赤座に突き刺さっていただろう。


 そして、黒い影は、残った琴音たちに標的を絞る。ボーガンの矢を装填し、地面に伏した琴音に照準を絞る。矢の先端が、ギラギラと生々しい光を帯びた。


 「ヒ――――――――」


 立ち上がろうと必死にもがくが、目の前に現れた死の実感に、両足が動かない。


 腰が抜けた――!


 「うわあああああああ!」


 断末魔にも似た叫び声とともに、突然赤座がナイフを片手に黒い影に突進した。


 黒い影もボーガンを一本装填する。狙いが琴音から赤座へとずれる。先ほどまでうまく巻いてきた黒い影までもが、赤座に近づいてきている。


 「くそがぁあああ!」





 ビュン。





 風を切る音ともに、赤座の左腕にボーガンが突き刺さった、。けれど赤座は止まることなく、黒い影に走り寄る。


 「赤座さん!」


 「死なせない! 今度こそ死なせない!」


 奴が再びボーガンの矢をセットした瞬間、赤座は絶叫しながらナイフで思い切り黒い影の首筋を掻き切った。ガラスに生暖かい血がこびり付き、離れているここまでにも濃厚な血の臭いが漂ってきている。


 しかし、黒い影は死んではいなかった。


 クロスボウが、琴音を捕らえる。


 「あ……」


 「させない!」


 口から唾液を飛ばしながら、赤座は黒い影を窓に押し出した。飛ばされる黒い影が窓ガラスをいとも簡単に突き破った。姦しい破裂音。赤座は、こいつをここから転落させる鵜森なのだ。


なのに、黒い影は首から多くの血を噴き出しながら、赤座の手を掴んだのだ。


 「赤座さん!」


 「園村ぁ! 絶対に生きて、ここから出ろよ!」


 躊躇は一切なかった。赤座の激痛に顔をゆがませながら叫んだ赤座は、黒い影ともろとも窓の外へ飛び出した。一瞬望めた赤座の表情は、笑っていた。


 二人の姿が、消える。


 赤座の断末魔が、急激に小さくなり、やがてドスンと干していた布団が地面に落ちたような音が響き渡った。


 「あ……かざ……さん……」


 あとに残ったのは、静寂。花音を守れなかった彼が、今度は琴音をかばうために――。


 「いやああああああああああああああああああああああああああ!」


 どうして。どうしてどうしてどうして! どうして私を生かした? 一緒に生き残ろうとさっき約束したばかりなのに。


 しかし、涙している暇はない。


 残った二体の黒い影が、琴音を追い詰める。いまだに足が震えて立てない。まるで自分の脚ではないようだ。


 「いや、いやいやいやいや! 来ないで!」


 せっかく生きていたいと願ったのに。こんなところで、理不尽に殺されたくない。


 黒い影が半月のような、邪悪な笑みを浮かべ、身動きが取れない琴音にナイフを振り上げる。彼がせっかく命を懸けて救ってくれたのに、自分は何もできないのか。


 殺される。殺される。殺される!


 助けて、お姉ちゃん!


 そう願ったと同時に、琴音の頭上にナイフが降り注ぐ――。





 不意に、ポケットが暖かくなった。


 思考している余裕はなかった。バチュンとも、グシャリとも形容し難い音とともに、突然黒い影が爆発したのだ。突然膨らみ、血と臓物をまき散らしながら、まるで超常現象のように。生暖かい血が琴音にかかる。


 「……え」


 同時に、琴音の脚が動くようになった。先ほどまでがくがくし、腰を抜かしていたのに、なぜか動く。


 早く、早く逃げないと!


 素早く立ち上がり、琴音は再び逃走劇を開始した。





大輝はひっきりなしに本棚を漁っていた。蔵書室の扉は、外にいる黒い影のおかげでぎしぎしと音を立て始めている。そろそろ本気で破られるだろう。先ほど蔵書室を一蹴したが、今黒い影がいる場所しか出口がない。突破されたら、終わりだ。


 あの後、寸でのところで内側から鍵を閉めることができた。しかし予想以上に脆い構造なのか、今にも鍵が壊れてしまいそうだ。


 「どうすりゃいい!」


 駄目だ。ただ本棚を一から十までひっくり返しているならどのみち積みだ。


 「どうするんだ? 俺が彼だったらどこに隠す?」


 単純なのは、扉から遠くにある本棚だろう。けど、大輝はすでにそこを調べ終えている。裏を返して手前の本棚にあるのか? しかし黒い影が扉一枚隔てた向こう側にいるのだ、なるべく近寄りたくない。


 琴音がいてくれれば……。大輝は頭をかきむしり、本棚を漁りながら思考に没頭する。しかしやはり分からない。どこに隠す? 本を引き出し、捨て、また引き出しながら大輝は彼の思考をトレースしようとする。


 「ああもう! 木の葉を隠すなら森の中か、ふざけやがって!」


 そういえば若葉も同じようなことを、ここに来た時に言っていた。まさか現に自分がそれを体験するとは――。


 「ん?」


 待てよ。


 よく考えろ。今探しているのは本だ。本はどこにある? 本棚の中に無論決まっている。


 けど、それが大輝の最初の固定観念になっていないだろうか。


 思えば、ここに来てから大輝はずっと本棚を探し続けていた。


 もし俺が彼の立場なら。


 『木の葉は森に隠すという諺があるけど、私は枝を森の近くの土に隠すタイプだから』


 校内に侵入した時、若葉はそう言っていた。


 ざっと大輝は振り返る。


 椅子はほとんど足が欠損しているとかの壊れ方をしており、机には埃の厚い膜で覆われている。受付の机にはボールペンが転がっているだけだ。


 その机を観察していると、一つだけ、やけに埃が薄い机があることに気付く。


 大輝はその机に触れる。……冷たい。木造だ。引き出しを開けるも、文房具やメモ帳が入っているだけだ。


 「けど、どうしてこれだけ」


 大輝が机を撫でると、わずかにことりと音が鳴った。


 ……机の上だけ、わずかに動いた。


 大輝はそれを取り去ると、なんと空洞ができていた。


 「あった!」


 空洞には、一冊の本があった。タイトルもない、黒いだけの本。


 「これが、永影呪縛の本か」


 本の表面は濡れていた。……恐らく、術者の血だろう。ページをめくると、ほとんどは白紙だったが、一ページだけやけに詳細な地図が載っていた。この館の地図らしい。


 この本に、血をしみこませ、呪術範囲の地図を書き記した。


 これさえ処分すれば、黒い影の脅威は――。


 バキ!


 ここで、扉の耐久力が限界に来た。あけ放たれる扉と、黒い影の侵入。


 「やばい!」


 この本を破壊しないと! そう思い、大輝は気づく。


 武器を持っていない。


 しまったと大輝は舌打ちする。先ほど室内に飛んできた包丁を回収していなかったから。


 「まずい!」


 黒い影の一撃を避け、大輝は突き刺さっている包丁を抜こうとする。しかし奥まで食い込んでいるためか、なかなか外れない。


 こうしている間に、黒い影が近づいてくる。


 「さっさと抜けてくれよ!」


 じりじりと距離を狭めてくる黒い影。本を地面に転がし、両手を使って引っ張ると、わずかにグラグラし始める。


 黒い影は、大輝に近づいてくる。


 にたりと嫌らしく、奴らが嗤う。やばい、追いつかれる!


 前触れもなく腕に抵抗が無くなった。包丁が抜けたのだ。勢いあまって背中を地面にしたたかにぶつける。痛みでジンと慢性的な痛みが襲う。


 黒い影は、すでに目の前にいた。


 金属バットが、這い蹲った大輝のこめかみを打ち抜こうとする――。


 「終わりだあああああああああああ!」


 大輝は包丁を逆手に持ち、重力に任せて本を突き刺した。





 視界は本だけに注がれていた。ぽたぽたと地面に汗が滴り、いつの間にか息を止めていたのか、視界がぼんやりする。見ているのに、見得ていない、貧血の症状だ。


 カラン。


 乾いた音に、大輝が上を向く。


 黒い影が、消えていた。地面には奴らが先ほど携帯していたと思われる武器が地面に転がっている。


 嘘みたいに静まり返った蔵書室に、大輝の荒い呼吸音だけが乱反射する。


 「……お、わった?」


 コンマ数秒の差で、黒い影を消滅させることに成功したらしい。


 「は、ははは。……マジふざけんな畜生」


 人間は危機的状況を脱すると笑ってしまうらしい、大輝は乾いた声で罵詈雑言を宙に投げつけた。


 ポン。


 エレベータが到着したような軽い音とともに、蔵書室の扉の奥が開いた。


 「まだなんかあんのかよ」


 大輝はそこに近づく。


 扉の奥には、下へ延びる階段があるだけだった。


 かがんで奥を観察するが、暗くて何があるかは分からない。けれどそこからは凍てつく冷気が漏れ出している。


 「……行くか」


 大輝は先ほど己自身を殺そうとした金属バットを手に取る。


 そのまま一歩ずつ、大輝は底の見えない階段を下って行った。





 「消えた……」


 黒い影が、空気に溶けるように霧散した。空中に残された禍々しい狂気の数々が地面に転がり、金属音が重複する。


 息を切らし、血と汗にまみれたワイシャツを着たまま、晴美は地面に座り込んだ。


 あれからずっとエンドレスの戦闘を繰り広げていた。若葉は結局拳銃で何発か撃っただけで、ほとんど晴海が底力を引きずり出していた。


 そのさなか、突如としてあれだけいた黒い影が消滅した。


 「どういうこと? どうして黒い影が……」


 若葉の問いかけに、晴美は応えることができない。ぜぇぜぇと不規則な呼吸を繰り返し、強く胸を押さえている。腕もブルブルと痙攣してる。見れば、体中切り傷まみれだった。


 「さすがに……きついな」


 「大丈夫? ごめんね、私、何もできなかった」


 「仕方ないよ。慣れてないんだから、こういうの。若葉が無事でよかった」


 晴美は満足そうだった。


 「誰かが永影呪縛を解除したんだ。多分、バカ野郎あたりだろうな」


 「だとしたら、黒い影は」


 「現れないだろうね。……これで、誰かに殺される心配はなくなったみたい」


 「じゃあ、他の皆も無事なんだ!」


 よかった、と若葉は安堵する。大輝や琴音、赤座もきっと無事だ。だから永影呪縛を解除できたのだ。


 「危なかった。これでようやく若葉の脅威がなくなった」


 晴美は先がへしゃげたバールを投げ捨てる。血と油と、黒い影の臓器らしきものがこびり付いており、ひどくグロテスクだ。


 「……歩けそう?」


 「ごめん、少し無理かもしれない」


 「ゆっくり休んで。……それと、ありがとう。守ってくれて」


 「それはお互い様だ。あの時敵を打ち抜いてなかったら、僕はすでに死んでたよ」


 苦笑しながら、晴美は首を曲げて若葉を見上げる。


 「けど、驚いたよ。まさか若葉が引き金を引けるなんて」


 「それは私もびっくりした。銃なんて触ったことないのに」


 あの時、若葉は迷いなく拳銃を撃つことができた。どうしてあんなに正確に打ち抜けたのか、未だに分からない。奇跡も同義だ。


 「今度は、若葉に銃を引かせない。若葉を完全に守り抜いてやる」


 「充分守られたよ」


 少なくとも、彼が死ななくてよかったと思っている自分がいた。


 「ありがとう、晴美君」


 若葉のお礼に、晴美の顔がみるみる赤くなる。


 「べ、別に……」


 「なに? 照れてるの?」


 「若葉の時々小悪魔な所、本当に好き」


 顔を隠し、もごもごと喋る晴美を見、若葉は微笑ましい気持ちになる。狂人であることに変わりはないが、ふとした時に見せる子供っぽい照れ隠しが可愛く感じる。


 「よし、じゃあ、そろそろ行くか」


 「行くって……地下室?」


 「ああ。黒い影を消してもここから出られないということは、何か他の手段を講じなければいけない。……望みが大きいのは、黒い影が群がっていた地下室にある可能性が大きい」


 再び晴美はバールを握りしめる。


 「一応これは持っていこう。無用の長物かもしれないけど、まだ何か危険が残されている可能性がある」


 「分かった」


 もう少しで、元の世界へ戻れる。僅かな希望を胸に、若葉は全身に負傷した晴美を気遣いながら、暗がりに沈む廊下を進む。



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